第22話
「さて、じゃあとりあえずアンに必要な武器をを買いに行くか」
「さすがはマスター、さっき駆けていった人の遺言はバッチリ無視ですか」
いや、行動を起こすなよっていうのは、行動を早く起こせよ、のフリだろ? そんなんも分からないようじゃイチジクもまだまだだな!
俺は、仕方ないなと首を横に振りつつ、教えてやる。
「あれは、やれと言うことなんだよ! ……それより、確か武器屋はあっちの方面だったよな? 早く行くぞ」
俺の暴論に、それは違うと思うのですが……などと主張するイチジクの背中を押して、俺たちは武器屋への道を進む。
人混みの中を歩きながら、俺は、隣を歩く気合十分なアンの方に首だけ回す。
「アンは本当に良かったのか? 乗り込むってことは人と戦うってことだぞ? そりゃあ、アンがいてくれた方が心強いが……」
もうすぐ武器屋に着くのだが、ここでその真意を確かめたかったのだ。
それに、彼女はゆっくりと口を開いた。
「はい、攫われる苦しみはよく分かりますから……それに、私だって困ってる人を救える人になりたいんです!」
言い始めは顔を伏せて眉を顰めていたが、最後は晴れやかな顔で、いつもの笑みを見せてくれる。
これからは助ける側にってことか……もう十分に変われて……いや、今は置いておこう。
そんなことを思いながらも、少し意地悪を言ってみる。
「困ってる知らない人まで助けるとか……やっぱりアンは欲張りになったな」
そんな言葉に、シルドー様のせいですよと微笑む彼女はいじらしく、可愛かった。
そんなこんなで武器屋に着き、アンの武器だけ買った俺たちは、何事もなく武器の看板のかかる家から出た。
「毎度ありがとうございましたぁ〜〜」
しかし、ここで問題が発生する。
その問題によって、武器屋から出た瞬間、俺は立ち止まった。
買ったばかりのナックルを装着して魅入っていたアンが、突然止まった俺に衝突する。
痛いな……って、なんだアンの頭か……
それに彼女は、慌てて頭を何度も下げた。
「す、すみません! すみません!」
「いや、それはいんだが……」
「どうかされたのですか?」
イチジクの質問に、俺は正直にその問題を答えることにする。
「いや、武器も買ったし、戦う準備は万端だ……で、これからどこに行きゃいいんだ?」
そう、俺たちは肝心の大使館の場所を知らないのだ。
「でしたら、街の人に聞けばいいのでは?」
「いや、まぁ、その通りなんだが……」
周りを見渡して住人を探すが、みんな忙しそうに働いている。
仕事してる人に話しかけにくいしな……
仕事を最大限したくないシルドーという男にとって、仕事をしている大人は近寄りがたい存在なのだ。
その時……そんな自分でも簡単に近づける店屋を見つけた。
「おっ! ちょうどいいところに、客のいない果物屋があるじゃないか」
少し先にあるそこの店には、店の主人と思われる男が一人立っていた。
その容姿はヒゲモジャでやつれて見える。何よりも、その太い眉が特徴的だった。
これじゃあ客が来なくても仕方ないよな……
俺も正直関わりたいとは思えなかったが、背に腹は変えられない。その店へと足を向けた。
「おっちゃん! ちょっといいか?」
俺の呼びかけに無気力な顔がこちらを向く。
この太眉おっちゃん、見たことあるな……?
いや、そんなはずはないか、俺は昨日ここに来たばかりなんだぞ……
「そのだな……ウェスト王国の大使館ってどこにあるんだ?」
「ああ……それなら」
俺の言葉にゆっくりと右手の人差し指を持ち上げて、大まかな場所を教えてくれる。
用件を済ませた俺は、さっさと消えようと方向転換するが……
「お前らも大切な人をあの男に攫われたクチか?」
ありがとうと言って立ち去る俺たちを、男が止めた。
お前らもということは、この店主は誰か大切な人を攫われたのだろうか……
彼は続ける。
「それなら、やめたほうがいい……俺も何人かの仲間と乗り込んだが、酷い目にあった」
「なっ!」
このおっちゃんすでに喧嘩売りに行ったことあったのかよ!!
一度は反対を向いた体を、もう一度果物屋の方に向ける。
「詳しく教えてくれ!!」
敵の情報は少しでも多く知っておいた方がいい。なんたって俺は防御力が高いだけで、戦闘能力としては一般人だ。
俺のお願いに店主は片眉を上げて、その無造作に伸びたあごひげに手をやる。
「なんだ、本当に行くつもりだったのか?」
「ああ」
俺がそう簡潔に答えると、そのおっちゃんは嫌なことを思い出すように顔をしかめた。
「おらぁ、昔メインストリートで商売をやってたんだがな? 昼過ぎにそこで店番をしてた最愛の娘があの男に攫われたんだ」
歯をこれでもかと言うほどグッと噛み、血管の浮き出た右手拳を握りしめる。よほど悔しかったのだろう……
「メインストリートか……」
どうも、メインストリートという言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、その原因を探る……と、それは八年前に繋がった。
あっ……この太眉おっちゃん、見たことあると思っていたが、思い出したぞ!
俺が鍋蓋としてアプルの森に向かうジャニー君に連れられたとき、メインストリートで声をかけてきた果物屋のおやじさんだったのか……
あの頃は、見えるすべてのものが新鮮で、よく覚えている。
元気な頃の姿を知ってるから分かるが、かなりやつれてるな……
しかし、俺のことなど知るよしもない彼は、声を荒げる。
「もちろんすぐに抗議に行ったんだ……だが奴は言った!『そんな娘は知らん、戦争でもしたいのか?』……とな?」
ドンッ……
店主が握りしめた拳を果物ののった台に叩きつけた。
店主は見たのだという、ラグダの印の入った服を着た男どもが、自分の娘を無理やり攫っていく姿を。
「そうなりゃこの拳で取り返しに行くしかないだろ?……だから俺は街で、同じく愛する者を攫われた仲間を増やして、その日のうちに大使館に攻め込んだんだ……」
ラグダはあくまで使節として来ている。いつ来るかも分からないが、いつ帰るかも分からないのだ。もしかしたらそのままさらった娘をウェスト王国にまで連れて帰るかもしれない。
だからこそ戦力が少なくてもすぐにでもと……
「俺たちは武器屋に相談してそれなりの装備をして行ったんだ……が、奴らは強かった」
「もしかして、身体を強化するというウェスト式の魔術ですか?」
メイド服のイチジクが、目にかけた眼鏡をクイッと上げた。
ちなみにこの眼鏡……めがねは、さっきの買い物のときに俺が奢らされたやつだ。ずっと目のピントが合わなかったらしく、めがねをかけることでちょうどになったらしい。
すると、果物屋のおっちゃんが、その顔をイチジクへと向けた。
「メイドの嬢ちゃんよく知ってるな? その通りだ。ウェスト王国の……ラグダんところの兵士はみんな使える。力も速度も段違いだ」
なるほど、ヴェリテ王が表立ってウェスト王国にこの件をについて抗議できない理由が、改めて分かった気がする。
恐らくその話に出ているウェスト式の身体強化が強力ゆえに、戦争になって戦っても勝てるか分からないのだろう。
「俺たちは結局大使館の中にも入れなかったからな……」
そこで、一つだけ気になったことを聞く。
「失敗か……それで、その後どうなったんだ?」
彼らは他の国の偉いさんに喧嘩を売ったのだ。処刑されてもおかしくないはずだが……
「あぁ、処罰の件なら、ヴェリテ王の温情で店の撤去という罰で許されたぞ」
「なるほどな……」
ヴェリテ王も大体のことは勘付いているのだろう。
俺も失敗したら罰せられるかもしれないのか……それは、嫌だな。
痛いのは嫌だし、怒られるのも嫌だ。
だが、まぁ……
俺は、何よりも大切なことを確認しておく。
「おっちゃん……娘さんは可愛いか?」
彼は、その言葉に驚いたように目を見開いた。
そして、太眉の下にある目尻に涙を浮かべて、ニカッと笑うのだった。その顔はかつて見たおやじさんの顔に近かった気がする。
「そりゃあ、世界一のべっぴんよ!!」
なら、それで戦う理由としては十分だ。
俺は面倒臭いことが大嫌いだが……
可愛い女の子のためなら、世に言う善行とやらをしてやらないことはない。
おっちゃんの顔を見てから、俺は刀に手をかけて宣言する。
「上々! 娘さんがまだいるかは分からんが、あとは俺たちに任せとけ」
アンの方をちらりと見ると、にっこり笑って頷いた。イチジクは……手につけたメイドグローブにぎゅっと指を差し込んだ。手術前の医者みたいな動きだ。
二人の覚悟も十分わかった。
俺たちはくるりと最初におっちゃんが指差した方を向いた。
大丈夫、やばくなれば逃げればいい……
そんなおよび腰で考えていると、隣に立っていたイチジクの声が聞こえた。
「マスター、こんな正義の味方、性に合わないんですから、いつ逃げてもいんですよ?」
俺の方を蔑んだ目がとらえる。
さ、さすがはイチジク、俺の考えることはなんでもお見通しのようだ。
ほんとエスパーだよな……
「分かってるよ」
そして、いよおよ俺たちは歩き始めた。
「さっ、正義の味方を始めようか」
太陽が西に傾きはじめた頃、そこには十分足らずで到着した。
昼間に見たラグダの紋章が門前にたなびく館は、ニ階建ての豪邸だった。
門の前には門番が二人立っているのが見える。
そんな様子を、俺たち三人は建物の陰に隠れながら偵察していた。
顔を覗かせる俺の隣で、イチジが衝撃の発言をする。
「大使館内の生命反応は、五十程度でしょうか」
え、なんでそんなことわかるんだ!?
ここからじゃ外の様子は見えても、館内は何も見えないはずだ。
気になってイチジクの方を見る……と、その理由は明白だった。
イチジクの目の周辺に電子的なマップが展開していたのだ。
その所々に赤い粒が見える。
それを見て、乾いた笑みをこぼす。
「お前……オートマタの力使いこなしすぎだろ」
「自身の体ですので、このくらい出来ることは分かります」
イチジクが横目で見てくる。こいつ、ほんと何でも完璧にこなしてくるな……
「それで? お前には何が見えてるんだ」
「はい。おおよその人間のいる座標……です。他の生物や物などの情報までは分からないですし、隠蔽されていたら分かりませんが」
「ほう……それは、多少制限はあるけど、これから重宝しそうだな」
俺はそのまま話を進める。
「なら、そんな万能オートマタさん、作戦とかある?」
俺が皮肉を込めてそう尋ねると、俺の質問に既に答えがあったかのようにイチジクは解答を提示してきた。
「そうですね……とことんやるというのでしたら、誰か一人が囮となって門の前に兵をおびき寄せる。その間に残りの二人が手薄になった塀から館内に侵入、中の女性を救出するという流れがいいかと」
ほう……なかなかに悪くない作戦だな
特に反論もなかった俺は、続きを促す。
「なるほど……で? その囮は誰がやるんだ?」
そんな会話から五分後……
俺は一人門の前に立っていた。
「まぁ、普通に考えて囮役は俺になるよな……」
防御力だけは高いし。
俺は両手をレザージャケットのポケットに手を突っ込んだまま、門番に声をかける。
「あのぉ、攫われた女の子たちを返して欲しんですが……」
これで「はいどうぞ」と返してくれたら万事解決だ。誰も傷つくことなくこの件を終わらすことができるんだが……
その門番は汚い笑みを浮かべて言った。
「はぁ? 舐めてんのか? あいつらはラグダ様や俺たちの慰み者になるんだよ! お前たち弱者は引っ込んどぅぇ……!?」
……あれ?
俺は両手をポッケに突っ込んでいたはずだ。
つまり、こいつの頬に現在進行形でめり込んでいるこの拳は俺のものではないはずなんだが……
直後、殴られた目の前の門番はよたよたと後ずさりし、叫んだ。
「お前ぇええ!! 何しやがんだ!!」
改めて自分の手を見る。
あれ? 俺の手はなんで前に突き出てんるんだ? なんで拳を作ってんだ……?
やはり、俺が殴っていたようだ。俺は慌てて謝る。
「あっ、いやすまん、手が滑った」
行き場のなくなった右手をそのままおでこに持っていき、ペチンと叩く。
やはり、彼を殴っていたのは俺だったらしい。もう一人の門番がこちらを見て目を見開いていた。
人なんて殴ったことなかったのに!! 俺ってばなんて野蛮な子に……
しかし……
俺は、自分自身の脳にスイッチを入れる。
まぁいっか、こんなクソ野郎ども。
「ちょっと、伏せてた方がいいぞ?」
俺はそれだけ言うと片手を刀に手をかける。
さっきまで怒鳴っていた門番たちはそれに気がついたのか、何か言いながら剣を構えた。
奴らがボソボソ唱えたのは、噂に聞く強化魔術だろう。だが、それも無駄だ。全て無駄なのだ。
ゆっくりと引き抜いた刀が西に傾く太陽に照らされて光り輝く。
門番たちがより警戒したのを感じる……が、俺には関係のない話だ。
「俺は忠告したからな?」
それだけを言い残し、俺は刀を前に立つ敵に向けた。その剣先は大使館に届くこともなければ兵士にすら届かない。
しかし、合図としてはこれが正解だったのだ。
殴られた方の門番は叫ぶ。
「何言ってんだ、お前!?……もういい!!お前は他国の貴族に敵対した者としてこの場で……」
ヒュンッッッツ!!
そいつが何か言い切る前に、俺の隣を何かが高速で通過した。
完璧な相棒がちゃんと仕事をしてくれたようだ。
数秒後、目前で空気を切り裂くような音が鳴り響く。
……ドゴォオオオオンン!!!!
その瞬間、門も、大使館の入り口も、サウス王国の旗と、兵士も……俺の目の前にあったものが全て崩れた。
門や扉は木っ端微塵になり、旗は燃え尽きて真っ黒になっている。
「ま、まじかよ? すげえ威力だな……これが異世界式オートマタの戦闘能力か」
そう、今の刀を抜いて振り下ろす動作は、イチジクにオートマタに搭載されているビーム砲の発射を許可する合図だったのだ。
この威力についてはイチジクが任せてくださいと言ったので任せている。
ちょっと強すぎる気もするが……まぁこれで館内にいるほとんどの兵士がこの門跡に集合するだろう。
そうすればアンとそれに合流するイチジクの仕事が楽になるってものだ。
さぁ、ここからは俺の仕事に集中しますかね
その時、瓦礫の下から声が聞こえた。
「あ、あぁ……お前、やりやがったな? これでお前も終わりだぞ? もちろんこの国もな!! こんなことしでかしといてウェスト王国が許すわけがない!」
よほど運がいいのか、あの爆発の中で門の前に立っていた兵士は生き残っていたようだ。
相変わらずの怒声が砂埃から聞こえてきた。
それを見て、やはりイチジクは手加減していたのだと理解する。
「お前よく今の中で生きてたな? イチジクに感謝しとけよ?」
抜いたままの刀を両手で構え直して、態勢を整え直す。
指一本一本にに力が入り、わずかに足が震える。
これから何十人という魔術の使い手を相手にする。
それだけではない、今回から戦闘中に脳内のイチジクのサポートがないのだ。
不安要素が積み重なり、身震いに変わる。
「いや、これは武者震いだ」
自分に言い聞かせる。大丈夫、これから戦う機会など何度もあるのだ、毎度毎度ビビっていては保たないだろう。
「何事だぁああ!!」
破壊された入り口の扉、巣の穴から出てくるアリのように兵士が出てきた。彼らはみんな各々の武器を構えていて、こちらに敵意むき出しだ。
にしても、近接戦闘の武器ばかりってのは全員が身体強化で戦うからなのか?
「まぁ、こちらとしてはどっちでもいいんだが……」
その時だ、兵士たちの一番最後にそれはいた。
醜く肥えたヒキガエルのような男だった。太った体を煩わしそうに引きずるそいつは、フタコブラクダの背中のように、ふたつ盛り上がった立派なケツアゴを口の下につけている。
こいつが親玉のラグダか?
「おい、これは一体どういうことぞ?」
ラグダは閉じた扇のようなもので粉々になった門を指す。
「はっ! そこの男がやったものと思われます」
門番はこちらを指差しながら報告した。
ラグダが血走った目で俺を捉える。
正直、それを見ても恐怖は感じなかった。むしろ、これから行うことへの罪悪感が消えて無くなる。
「ほう……ではそこの者、なぜかようなことをしたぞ?」
こいつ、絶対無理して最後に「ぞ」ってつけてるだろ……笑いを堪えながらも、俺は叫ぶ。
「理由なんて言わなくても分かるだろ? 貴様の醜い手から、この俺が颯爽と美少女を救うためだ」
俺は、出来るだけカッコをつけて言ってみる。
すると、奴は平然とした顔で言う。
「おや? 何か、勘違いをしているのでは? 一旦、武器をおいて話し合おうぞ?」
「勘違い……?」
そんなことはないと知りながらも、俺は刀を鞘に収めた。
俺の役割はあくまで時間稼ぎ、話すことでそれが叶うなら、それがベストだ。こっちもドンパチなんて面倒臭いことやりたかない。
「それで、なんだ? その勘違いってのは? まさか今更、攫ってないとでも言うのか?」
「いやいや、勘違いとはそのことではなく……お前、知らんのか? この世の全ての女は……」
それから、彼は当たり前の顔をして言ってのけた。
「……我のものぞ?」
それを本気で思っているのか、何がおかしい? といったように奴は口に出した。
この時、俺の頭から話し合いで時間を稼ぐと言う考えは消滅していた。
このヒキガエル野郎ふざけてるのか?
女は我のもの?
ふざけるな、それは彼女いない俺への当てつけか?
そんなこと……
閻魔様が許しても俺が許さん。
ゆっくりと息を吐いてから、低い声を出す。
「よく言ったなヒキガエル……」
「ひ、ヒキガエルとは何事ぞ!?」
それを無視して俺は続ける。
「俺はなぁ、この世に一つだけ許せない人種がいるんだよ」
それに、意気揚々と奴は笑う。
「なんぞ? 魔族ぞ? ドワーフぞ?……はっ! もしかして半魔族ぞ? しかし、あれもあれでいいものがあってだな? 我は……」
上機嫌に何かを話すヒキガエルを無視して、
俺は一歩一歩前に進む。
その速度は次第に早くなり、足の回転数が上がってくる。
兵たちの止めろ、止めろと言う声が聞こえる。
それによって、前に兵士の壁が出来上がった。
独自の魔術を確立させた兵士が数十人……
俺の戦闘能力ではこの壁を突破するのは不可能だろう。
しかし、俺は止まらない。
べつに、気合いでどうこうしようなどとは思っていない。相応の策があるからだ。
俺は、手を前に出して、唱える。
「スキル!【巨大壁】!!!」
目の前に不可視の壁を創り出した。
すこし斜めにして、ちょうど兵士達の頭上を通過するように創造する。
「ふっはっは! 俺を止めてみろ!!」
俺は、勢いよく走って兵士達の前にたどり着くと、そこから一気に斜めに設置した巨大壁を駆け上がった。
「「と、飛んだ!?」」
足の下で兵の驚く声が聞こえる。
しかし、そんなものは関係ない。
俺に見えているのはこの壁の向こう側で、未だに澄まし顔で弁舌を振るう男だけだ。
奴は、俺のことなど見向きもせず、兵士の壁の背後で笑っていた。
「俺が唯一許せないのはなぁ……」
目には見えない巨大壁の上を走りながら、俺は大きく息を吸い込んだ。
「ハーレム築いてる野郎だよぉおおお!!!!」
目の前には、ようやく俺の脅威に気がついたヒキガエル。
やつは、兵が前にいる限り無事だと思っていたようだが、それは間違いに他ならない。
ヒキガエルがバカでよかった。普通なら逃げられてもおかしくない状況だ。
やつは自分の話に浸っていて、俺を甘く見すぎたのだ。
俺は、巨大壁から飛び降り、空中で拳を後ろに引く。
ラグダは口をあんぐり開けてこちらを凝視していた。
そして……
右手の拳で、その顔面に一撃を食らわせた。
「……どぶぅふぅぇぇぇえ!?」
ラグダが破壊された扉に砂煙をあげて吹き飛ぶ。
俺の攻撃力は一般人並みだが、相手の防御力も一般人並みなら、助走をつけて上から殴りつけた俺のパンチでも十分にダメージを与えられる。
ラグダを殴った俺は、兵士達の背後に降り立つ。
俺は、目線を真っ直ぐに向けた。
その目線の先、砂煙の中にラグダはいた。
よく見ると、奴は白目をむき、口から泡を吹いているようだった。
それを見て、静かになった空気の中で呟く。
「ふぅ……スッキリした」
「「……!? ラクダ様!?」」
兵士達は、ようやくラグダが吹き飛ばされたという現実を受け入れたようだ。
そんな叫び声が背後から聞こえた。
それを聞いて、「さて」と俺は肩を回しながら兵士たちの方を向く。
兵士は、すでに全員がこちらを向いていた。
なんの使い物にもならなかった兵士達を見て、俺はゆっくりと刀を抜いた。
沈みゆく太陽の光に刀身が輝く。
それに反射した俺の顔は笑っていた。
「お前らもやるんだろ? かかってこいよ!」
そこからは一方的だった。俺が無双してバッタバッタと敵をなぎ倒し……
た訳もなく、逆だ。
身体強化をしたラグダの兵は強かった。華麗なステップで近づいてくると、強烈な一打をお見舞いしてくる。
気がつけば背後を取られ、ブスリ。
そちらに気を取られていれば、横からザシュッ。
刀を振ればいなされ、ザクリ。
俺はなすすべもなく兵士たちにボコられていた。
四方八方から剣で切りつけられ、俺が刀を振るおうが簡単にかわされる。
体勢を整えようと下がっても、すぐに間を詰められ一撃をお見舞いされた。
「はぁ……はぁ……」
息を整えながら、周りの状況を確認する。
二十分かけても倒せた敵は五、六人か。
残りの敵は四十人はいる。
「マジで……痛すぎて死ぬる」
傷は無くとも、服などは切り刻まれてボロボロになっていた。
俺は、体が丈夫でも痛みは相応に感じる。正直、何度死にたいと思ったことか……
それでも、気を強く持ってイチジク達のことを考える。
「このままじゃマズイんだが……まだなのか?」
今の俺に、当初の覇気は微塵もない。
なんとか注目を集めることも、時間を稼ぐこともできてはいる……
が、そろそろ痛みで意識が飛んでしまいそうなのだ。
しかし、そこまで頑張ったのにも意味があったようで、兵士どもの慌てふためく声がした。
「た、隊長! この男、不死身ですか!? いくら攻撃しても傷一つつきません!!」
「不気味です! この場からの撤退は出来ないのですか!?」
そんな兵士たちの声が疲れ切った脳に響く。
そうか、兵士たちから見たら俺はそんなに脅威的に見えているのか……
……なら、その勘違いを最大限に利用させてもらおう。
俺は刀を持つ手とは逆の手を腰に当て、口を大きく開いた。
そして、威厳たっぷり? に言い放つ。
「フッハッハッハ!! 貴様らごときの攻撃など、俺にとっちゃ虫に刺された程度なのだよ!!」
そのセリフに、この場がシーンッと静まる。
うん……我ながらなかなかにひどい
もうちょっと、威厳を出す言い方をした方が良かったか?
とも思ったが、これでも十分に効果があったようだ。
さっきまでの止まらぬ攻撃の嵐が少し止まった。まぁ、少しだけだったが……
隊長らしい者の声で、兵士は再び動きを取り戻したのだ。
「貴様ら! 攻撃の手を休めるな! この館内を見られるのはマズイだろ!? ウェスト王国の名にかけて死守するのだ!!」
くそっ、あの隊長しぶといな……
でも、やっぱり、この中には匿った女の子達がいるのか!
その時……
ウェスト王国の大使館とは反対の、向かい合う道に五人の人影が見えた。
そいつらは、こんな状況であるのに、変にご機嫌に、ボロボロになった大使館の敷居をまたぐ。
彼らに、俺は見覚えがあった。
あいつら、昼間アンとイチジクを攫おうとした連中か!?
ナンパ五人組は、なぜかニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
くそ、あいつらも加勢する気なのか!
「なぁんて……」
その実、奴らの参戦には大して脅威を感じていなかった。
「あんな雑魚が五人加わったところで、大してこの状況から変化はしないだろうからな」
気を取り直して、もともといた兵士に目を向ける。
しかし、そこで違和感に気がついた。
なぜか彼らの……兵士たちの目がさっきまでとは変わっていたのだ。
五人が来るまでは必死さが見て取れたのに、いまは勝ち誇ったような余裕の目をしている。
なんだ? もしかしてあの五人、実は強いのか?
昼間の逃げっぷりを思い出して、そんなことはないかと、思っていると……
その問いに答えるように例の隊長が、他の兵士に聞こえるほどに大声を張り上げた。
「重臣様がイスト帝国の騎士団を呼んできてくださったぞぉおお!! 耐えろ! もう一踏ん張りだ!!」
同様に、俺にもその声は響いている。
俺は思わず、反応してしまった。
「はぁっ!?」
あいつらほんと余計なことしないな!!
その時だ。
そんな隊長の大声を合図にしたように、あの五人組のいた方から俺に向かって大量の魔術が飛んできた。
範囲型のものではなく、火の玉やら電撃やら……俺個人に向けてだ。
それらは、あらゆる形で俺に着弾する。
体が痺れ、手足が激痛を訴える。頭は割れるように痛くなり、指先は凍るように冷たい。体のあらゆる感覚が、俺の脳に痛みという信号を送り込んでくる。
「ぐぁああっつつつ!!!!」
ここで初めて悲鳴をあげた。これまでは悲鳴をあげたら相手の鼓舞になってしまうと思い、できる限りポーカーフェイスを保ってきた。
が、流石に耐えられずに声が出てしまったのだ。
一旦魔術が止んだタイミングで、俺は刀を地面に刺して、杖のようにそれにもたれかかった。
「ってぇなぁ……」
こちとら連戦で意識もフラフラしてんのに。
地面を向いて、荒い息をする俺の耳に、遠くから声が聞こえる。
「私たちはイスト帝国、第三騎士団です!! ウェスト王国からの使者殿を襲った罪、裁かせてもらいます!!」
あぁ……この声聞いたことあるぞ……
こいつには負けられないと、俺は再び背筋を伸ばした。
「はぁ、お前は本当に俺の邪魔ばかりするな」
そう言って俺は、名乗りを上げた第三騎士団の隊長様……ジョニーに顔を向けた。
大使館の前まで来ていたジョニーは馬に跨り、こちらに杖を向けていた。周りの連中もそれに倣っている。
ジョニーはまさかラグダを襲ったのが俺だとは思わなかったのだろう。よくその顔を見ると、悟られない程度に目を見開いていた。
しかし、俺の顔を確認しても、ジョニーは杖を下げずに小さな声で言った。
「今朝この街を出ると聞いていたのですが……本当にあなたは邪魔ばかりする」
細めた目が俺を見る。
負けじと睨み返すが、正直、この男とは今戦いたくない。
……そう思った時、後ろから声が聞こえた。
「よくやったぞ! そいつは我らウェスト王国に汚名を着せた大悪人ぞ!! 今すぐ死刑にするぞ!!」
ラグダだ。今はジョニーから目を離せないが、この薄汚れた声は間違いない。
……このヒキガエル、最悪のタイミングで目を覚ましやがったな。
チッと舌打ちをする。
どうする? この圧倒的不利な状況……後ろに巨大壁を創ってそれを背にして戦うか? いや、騎士団の魔術攻撃を防ぐのに壁を使って……
ダメだ、相手は前衛に身体強化を使ったラグダの兵……そして後衛には魔術に特化した第三騎士団がいる。最強じゃないか……
こんな時頭の中にイチジクがいたらな……そんなどうしようもないことを考える。
「まぁ、なるようになるか……」
思考を放棄した俺は、息を吸い込む。
「はっ! 何が第三騎士団だ!! そんなブラコン野郎が加わったからと言って、俺の勝利は揺るぎはしない!!」
空気が変わったのを感じる。これまでは俺に大した敵意のなかった第三騎士団から、殺気を感じた。
俺、煽る相手間違えたかな……
そんな後悔は、役に立たない。
ジョニーは、馬の上で俺を見下ろしながら静かに告げた。
「命令です、この大罪人を殺すのです」
ははっ、キレてやがるこのブラコン
しかし、これでジョニーに変な遠慮されずに済む。
奴に借りなんてものは作りたくないしな……
こうなってしまった以上は仕方ないと、俺は刀を構えて、喉の奥から声を出す。
「こいやぁあぁあ!!」
前から大量に飛んでくる魔術を【巨大壁】で防ぎつつ、後ろのラグダ兵達と応戦する。
左、右、上、左、次第に身体が慣れていくのを感じる。こちとら多少攻撃を食らおうが、それで行動が制限されることはないのだ。
「いっっ! 仕返しだ!!」
また一人敵を屠った。血が盛大にかかるが、今はそれに構っている余裕がない。
「おらよっ! だい、たい十人目!!」
目潰しや、弁慶の泣き所……卑怯だと言われても仕方のない戦い方だが、こうするしか今の俺には勝ち目はない。
「どした? まさか、俺一人相手に疲れてきてるんじゃないのか?」
そう言ってまた一人、首を切り落とした。
不思議と当初感じた抵抗を感じなくなっていく。
これが慣れか……
次第に自信を持ち始めた。
このままいける……
そう思った瞬間だ。
ガンッッッッという音とともに、視界がブレた。
耳元でなにかと地面が擦れる音が聞こえる。
「ゴハッ……な、なんだ?」
首に激痛が走る。これを普通の人が受けていたら、間違いなく頭が千切れ飛んでいただろう。
あれ?……俺、横たわってね? それにこの瓦礫の山は、門!?
さっきまでは大使館の入り口付近にいたはずなのに、だいぶ吹き飛ばされたことになる。
「痛いっな……誰だ? こんな危ないことするのは」
未だにジンジンする首を左手で摩りながら俺は起き上がる。
そんな警戒する人物、ラグダ兵にはいなかったはずだ……それに、第三騎士団は後衛職ばかりのはず……
考えたその瞬間、目の前に剣が煌めいたのを見た。
「死ねぇぇえええ!!!!」
「いやじゃぁああああ!!」
その剣先に、手に持つ刀を当て、気合いで逸らす。
そこで、俺の首を攻撃して、ここまで吹き飛ばした犯人が明らかになった。
その犯人は艶やかな金髪を持っていた。真っ赤な燃えるような目をしていて、その鋭い真子が心の奥底を凍らせる。
鎧を着ていたが、それでもわかるスタイルの良い身体……
分かったぞ!! この金髪……こいつ、昨日のベッピン首切り女か!!
昨日、突然首を切りつけてきた天使みたいな女……そいつだった。
牢屋に閉じ込められていると聞いたが、緊急事態で解放されたのだろうか。
避けたことで、ヨロヨロとステップを踏む。
くそっ! いったん体勢を立て直す!! 体全体に力を入れて、少し後ろで止まろうとする。
しかし、俺がステップを踏んだそのタイミングで足元の地面が光を放った!
……これはっ、魔術か!?
この規模はヤバイ!!
逃げればこの魔術攻撃をくらわなくて済む!!……が、間に合うわけがない!!
爆音、爆音、爆音……あたり一帯を爆風が駆け抜ける。
「流石はガレットです。よくやりました」
「いえ、士官では奴を倒せませんでした……隊長の爆破魔術のお陰です」
そんな言葉が投げ交わされる中、
シルドーは静かに死んだのだった……
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