第21話
「それで? その女の子と仲良く朝帰りというわけですか?」
俺がヘイトをボコボコにした日、ヴェリテ王に会った日、オートマタを手に入れた日、警備員ギルドで飲んだ日……から一日経った日の朝。俺は春風吹く宿屋の廊下で座らされ、いや、正座させられていた。斜め後ろにはイチジクがお行儀よく手を揃えて立っている。
「シルドー様は昨晩オートマタを起動し、外のことを教えてやろうと街に出た。そしてベンチに座っていると眠くなってきてそのまま寝落ちした……そう言うのですね?」
何より俺の前には仁王立ちした給食のおばちゃん……などではなくアンが立っている。
こ、こわいよ? アンさん? なんでそんなに怒っていらっしゃるのでありますか? 俺は本当のことを言ってるんでありますよ?
俺は、愛想笑いをしながら答える。
「はい、全くもって間違いはありません。アン様の言うとうりにありますれば……」
チラリとアンの様子を伺うと、俺の言葉に目を細めて、後ろに立つイチジクの方を向いた。
「これは本当なのですか? オートマタさん?」
確かに疑われても仕方のない状況だが、この話は事実なのだ。
オートマタの魂と化したイチジクは、正直に答えてくれるだろう。
アンの言葉に返事をする声が後ろからする。
「はい。たしかに、私はベッドの上で、マスターにあられもない姿にされ、その状態で起動させられました。そして、その後は(外に行くよう)求められるがまま……」
そこで彼女は言葉を濁した。
うんうん、俺が汚れを取るためにオートマタを半裸にして……
「って、おいイチジク! なんだ、その事実だけど誤解しか招かないような言い方は!?」
俺はすかさずツッコミを入れる。
すると、その反応を見たイチジクが、仕方ありませんねぇといった感じで、ため息混じりに再びアンの方を向いた。
「はぁ……マスターの言うことに間違いはありません。それと、私の名前はイチジクです」
俺は後ろのイチジクから前にたつアンの方に目を移す。
彼女は、わずかに震えていた。
「あられもない姿……求められて……それに、マスターっていう呼び方も……」
何かブツブツ言っているが、正確には聞き取れない。
それからしばらくして、ようやくアンははっきりした声で話し始める。
「でも、そうですね……いえ、分かってたんです。シルドー様のような素敵な……」
後半は聞き取れなかったが、最後にアンは眉を八の字にしてため息をついた。
「では、自己紹介を。私の名前はアンコロモチです。アンと呼んだくださいね? イチジク『さん』」
「改めまして、私の名前はイチジクです。これから『も』よろしくお願いします。アン?」
二人は仲良く? 握手をする。イチジクはその機械が露出した右手を俺製のメイドグローブで隠していた。
……ん? さっきアン、イチジクさんって?
俺は違和感の正体に気がつき、すぐさまアンに呼びかける。
「ちょ! アン!? なんでイチジクはさん付けなんだよ!!」
確かアンは、自分にひどいことをした人間に様をつけたのに、それより素晴らしい人々に様をつけないのはおかしいとか言う理由で俺たちのことを様付けしていたはずだ!
その問いに彼女は答える。
「いいんです! イチジクさんは敵だから問題ありません!」
アンが目線をそらせながら口を立てた。その様子はいじけていると言う表現が正しいのだろうか?
いや、まぁ俺は二人が親密な関係みたいになるから全然構わないんだが……
「さて、では誤解も解けたことですし、そろそろアンにあのことを」
イチジクが目で俺に言うように合図してくる。
「……? なんのことですか?」
もちろんアンが知るよしもない。いや、アンはまだ知らなくてもいい。
「なんでもない」
そう言って、俺は痺れる足を軸にして立ち上がった。
「ところでアン! 今日一日はこのイーストシティを楽しむぞ」
俺は勤めて楽しげに言う。アンもこれまで全然遊ぶ機会がなかったんだ、多少遊んでもばちは当たらないだろう。
「……え? でも、今日は……」
俺はいいから、いいからとアンの言葉を遮って手を握る。そういえば、こうして女の子の手を握るのなんて高校の時のフォークダンス以来だな……
いや、昨日握ったっけ……
そんなことを思いながら、そのまま握った手を強引に引っ張って、ドアの方へと進む。
「ほら、イチジクも行くぞ! 今日は目一杯遊ぶんだ!」
勢いよく扉を開け、鍵を宿屋の主人に返す。お金は全部イチジクに任せているからイチジクに出してもらった。
「え、ちょ、ちょっとどこに行くんですかぁ〜〜?」
アンの声が聞こえるが気にしない。宿屋の玄関に着くと、空いた左手をドアノブにかけ、勢いよくこちらに引く。
外はさわやかな風が吹き、登り始めたばかりの太陽が、地面に埋められたレンガを照らしていた。
正直、外にはあまり出たくない……が、宿屋にいてもすることがないのは確かなのだ。
俺は、外への一歩を踏み出しながら行き先を決める。
「まずは買い物……いや、ショッピングにでも行くか」
昨日のうちにこの宿屋周辺の小洒落た店情報は、頭に埋め込んでいるのだ!
イチジクが……。
ズカズカの進む俺の後ろから、小さな声が聞こえた。
「マスター、そこは左ではなく右です」
俺は何事もなかったかのように180度回転する。手を繋いで引っ張り出しておいて道を間違えるなんて、そんなこと悟られてはいけない。
絶対にだ!
それから、手を繋いだ俺たちと、それに付き添う形で歩くイチジクは、出店が並ぶこの街のメインストリートに来ていた。
さすがは王都、まだ朝だというのに随分と活気にあふれていた。左右さまざまな店から似たような決まり文句が飛び交う様は、この街の繁栄を表しているようだ。
そんなあちこちから聞こえる声の中、こちらに向けて発せられる声があった。
「お! そこのカップル!! うちのアプルの森直送のフルーツジュース飲んでかないか?」
俺はそのまま歩き続ける。
にしても、カップルなんてどこにいるんだ? こんな朝っぱらから嫌なワードを聞いたものだ……
しかし、さっさと立ち去ろうとする俺の耳に、まだ例の声が聞こえてくる。
「おーい! 聞いてんのか? 今なら安くしてやるぞー?」
あれ?……あの店主、俺たちのことを見てないか?……ほら、俺と目があったらニコッて笑ったぞ!
俺の右手の先を見ると、真っ赤な顔をしてモジモジした女の子がいる。そういえばノリで手を繋いできたが、これだとカップルに見えるのか?
……いや、見えるよな? 見えるに違いない!
「よし! 朝飯もまだだしな! 行くぞアン!」
俺は上機嫌に歩き出す。なんたって前世と合わせて約三十年一人身な俺だ。勘違いとしてもこんな可愛い子とできていると思われるのは悪くない……いや、良い!!
声のした先まで堂々と歩いた俺は、店にいる親父さんに指を三つ立ててみせた。
「おっちゃん! それ三つくれ!」
俺はお小遣いとしてイチジクもらった小銭を店主に渡す。
「毎度あり!!」
そこで、ジュースを受け取った俺は気づいてしまった。
この状況になれば、俺がアンと手を離さなければならないことに……
「くそ……あの親父、はめやがったな」
「あの主人もまさか、そんなことで恨まれるとは思わなかったでしょうね」
それから俺たちはその後も、行きたいまま自由に街の中を散策した。
そうしてみてから、思う。
帽子のおかげか誰もアンのことに気づかなかったってことは、やっぱりツノが生えてるだけで、アンも普通の女の子と一緒じゃないか……と。
「うげぇ……朝より人が多くなってきたな」
宿屋を出た時は登り始めていた太陽が、ちょうど真上に来た頃、イーストシティの街は朝とは比べものにならないほど活気にあふれていた。
たくさんの人間が川のように道を流れている。
そんな中、人混みに慣れない三人は人の川を漂うこともなく、メインストリートにある広場で休憩していた。
「イチジク、大丈夫そうか?」
イチジクはこれまで付喪神として物に取り付いて来たのだ。人の体の動きなど慣れているはずもないし、人混みに流されるなんて経験もしたことないはずだ。
人混みの辛さは、晩年ぼっちの俺には痛いほどよくわかったから、珍しくも心配してみる。
すると、イチジクはちらりと人の流れの方を見た。
「はい、私は問題ありません。……ただ、強いて言うなら目線が気になるな、と」
「そりゃあ、あれだろ? これまでは人に見られるということがなかったから過敏になってるんだろ」
そんな会話をしていると、アンがやや引きつった笑みを浮かべて、ツッコミを入れる。
「お二人の言うことはよく分かりませんが、理由はもっと単純だと思うのですが……」
もっと単純な理由ってなんだ……?
俺は、問題になっているイチジクの方を見る。
何かおかしなところが……?
「あっ、あれか? 見た目がメイドだから、とかか?」
すると、少し後ろに立っていたイチジクは、へたり込んで、よよよよ……などとほざきはじめた。
「あぁ……マスターの趣味が偏っていたばかりに、こんな服を無理やり着させられた私……」
可視化されたイチジクに嘘の情報で罵られる。
俺は、すかさず止めに入る。
「いや待てイチジク、俺はそんな趣味でもないし、そもそも、その格好はデフォルトだろ!?」
くそっ! 普段は無表情でスッて立ってるくせに、俺を馬鹿にする時だけこんな生き生きしやがって!!
そんなことを考えながら文句を言うと、イチジクから斜め上の返答がきた。
「あっ、申し訳ございません。私が幼児にでもなれたら良かったのですが……」
「俺はメイド趣味でもロリコンでもない! ノーマルだ! 普通に可愛い子が好きだし、めがねを掛けた女の子が好きだ!!」
そこで、イチジクが、急にスッと立って真顔になる。
「いや、実は前から思っていたのですが、そこまでメガネを推す時点で普通ではないですよ?」
「おいおい、何言ってるんだ? めがねっ娘、可愛いだろ……?」
「…………。」
「…………?」
イチジク、なぜ黙る? 普通の男子は、めがねを掛けた委員長キャラとか、ツンツンしたインテリメガネとか、ふわふわした丸めがね女子とか……好きだろ?
ベンチに座る男と、いつのまにかその正面に立つメイドが、お互いに向かい合っていた。
男は何か考え込んでいてメイドはその様子をただただ見ている。
「な、なんだか凄い状況です!!」
そんなアンの一言で俺は現実に帰ってくる。
あいも変わらずガヤガヤとした雑音が鼓膜に響く。
昼時だからからだろうか? どこからともなく甘ダレ良い香りが漂ってもきた。
アンは、続けて問うてくる。
「お二人は昨日が初対面ですよね……? なんだか凄く仲の良いように見えるのですが」
そりゃあ、何ヶ月も一緒にいたわけだしな……俺とイチジクが仲良しに見えるのも当たり前だ。
まぁ、この状況を見て仲良く見えるかは人それぞれだろうが……
「初対面だぞ? 昨日初めて起動したからな……にしても」
俺はさりげなくアンの質問を躱す。イチジクには全然さりげなくないと怒られそうだが、アン相手になら大丈夫だろう。
そこで思い切り息を吸い込んでから、吐き出して言った。
「いい匂いだな……」
ちょうどお昼時ということもあり、腹が空腹を訴えてきたところだ。俺はその匂いのもとをたどるべく一人歩き始めた。
その元凶は、思ったより遠くにあった。メインストリートの店の中の一つ。
「これは……ホーンラビットか?」
その店屋の看板に描いてある絵には見覚えがあった。
それに、文字はスキルのおかげで完全に読める。人の波を掻き分けてたどり着いた屋台にはたしかにホーンラビットと書いてあったのだ。
ホーンラビットといえば、俺がゴブリンの集落にいた頃彼らが食べているのを見た。
兎を食べるなんて、小学生の頃学校の小屋で兎を見ていた俺からしたら考えられなかったが……
「うまそうだな……」
ごくりと唾を飲み込む。かつてゴブリンの集落にいたときは、食べられなくて見て我慢するしかなかったが……
腹が匂いだけでは物足りないと訴えかけてくる。頭では抵抗のあるものの、体は勝手にその屋台向かって進んでいた。
そして……
「毎度ありぃ!」
「はぁ……結局買っちまったな」
俺はホーンラビットの肉が刺さった六本の串を包んだ葉を持ち上げて見る。
ここは異世界、兎くらい食べてなんぼだろう……背に腹は変えられないんだ!
たしか、ここを曲がってっと……
人の波から広場に無事上陸した俺は、二人を待たせたベンチに向かって歩き出す。
「凄いよなぁ、こんな遠くまで風魔術で匂いを飛ばすなんて……」
そんなことをのんびりと呟きながら歩く。
そうして、もう少しで二人のところまで着くと思ったとき……
何か目的地のベンチのあたりが騒がしいことに気づいた。
そこには、数人の人だかりができていて、彼らはベンチを囲むように立っていた。
なんだ……?
あれは、何人かの男が二人に集まってるな。
これはまさか……いや、二人とも絶世の美女だ。これは必然といっても過言ではなかったのかもしれない。
言わずもがな、ナンパだ。
「な、なんですか! 来ないでください!」
遠くからアンの叫び声が聞こえる。イチジクは……無表情で特に変わりなく立っていた。
……いや、右手のメイドグローブを外そうと左手の袖を捲り上げていた。
落ち着けイチジク、別にナンパで人を殺すことないんだぞ。
俺は左腕にに葉の包みを抱えたままのんびりそれを眺める。
あの二人なら男……ひぃ、ふぅ、みぃ……五人くらい捻り潰すことは余裕だろう。
そこでふと呟く。
「……いや、まてよ、これはチャンスか?」
……そうだ。ここは男としてかっこよく助けるべきだ。そうすればもしかすればアンとのフラグが!
そうと決まれば……俺は足を前へと進めた。
「てーきさん、こっちら!」
今は左手が使えない状況だ。走りながら右手をナンパ男五人に聞こえるように前に突き出す。
「手のなる方へ!!」
……パチンッ!!
俺のバックラーによるスキル【挑発】が発動する。
その瞬間、まさにアンの腕を掴もうとした男がこちらを向く。いや、五人全てが俺を親の仇のような目で睨んできた。
このスキルは発動条件として、俺が敵を敵とみなすこと、その敵に俺の手を鳴らす音が聞こえることの二つを満たすことが必要だ。少し条件が厳しいが、成功すればその敵は確実に敵意を持って俺のもとに向かってくるのだ。
俺は叫ぶ。
「さぁ、来いやぁあ!! お前らなんぞ屁の河童じゃあ」
こちらに剣を構えて走ってきた一人を殴り飛ばす。互いの運動エネルギーがぶつかり、攻撃力が一般人な俺でも男一人を吹き飛ばす威力に変わる。
一人、二人、三人。一人ずつ的確に倒していく。
やはり、相手の攻撃を一切恐れないということは強い。相手との間合いやらを考える必要もなく、一方的にボコれるからだ。
たかがチンピラの攻撃など、痛みの壁を超えた俺にとっては、大したことないものなのだ。
……そして最後の一人を拳で倒した俺は、クールにアンに近づいて、ひらりとお辞儀をした。
最後にそのまま串を二本取り出しし、アンに捧げる。
「お嬢さん? 受け取っていただけますか?」
うん、今の俺、相当イケてるぞ……そのはずだ。
だって、フラグを立てるには十分だろう。男からその身を守り、最後には花……は無かったが、肉の串のプレゼント!!
すると、アンが少しだけ眉を傾けながら、手を差し出して、串を受け取った。
「え……は、はい! ありがとうございます!」
あれ……? なんでちょっと困った顔してるんだ? もっと頬を染めるとかするんじゃないの?
そうしていると、隣に突っ立っていたイチジクがため息をついた。
「マスター、あなたはこうして見てもおバカですね?」
マスターと呼びながらマスターに言うべきでないセリフを平然といってのけるオートマタ。
そんな毒舌オートマタを見て、おバカではない俺は、すぐにその毒舌の理由に気づいた。
「あ、もしかして自分の分がないと思って拗ねてるのか? 安心しろって! ちゃんと人数分買ってきてるから」
俺はさらに二本包みから取り出してイチジクに突き出した。
すると、イチジクはまたため息をつきながらも「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。
これで三人とも手元に串が行き渡り、俺たちは肉を口元に持っていく。
そして、地面に転がるチンピラどもをほったらかして、俺たちは肉にかぶりついた。
もぐもぐもぐもぐ……
噛む噛む噛む。噛むたびに小切れになった肉から肉汁が溢れて、口の中を幸せで満たす。
「……んぐっ、うまいな」
アンの方を見ると、これまた豪快にかぶりついていた。言葉は発さないが、本人がうまいと思っていることくらいは伝わってきた。
次に、その隣でお上品に肉を食べるイチジクを見て思う。
そういえばイチジク、さっきから色々食べてるが、味覚とかあるのだろうか? いや、そもそも食べることが必要なのか?
食べ終わった一本目の串を葉に戻しながら、俺は尋ねる。
「なぁ、イチジク……食べ物、ちゃんと美味いのか?」
すると、イチジクはしっかりと口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「はい、このオートマタは本当に精密に作られているようで、味覚まで完璧です。しかし……この幸せに満ちた顔を見れば分かりませんか?」
え……? え……? どこがどう幸せに満ちてんの? そんな無表情で肉頬張る人見たことないよ?
「そ、そうか……まぁ、それならいんだ」
なんとかそう言葉を紡いだ俺は、目をイチジクから、地面に倒れた男どもに向けた。
彼らは、ピクリッピクリッと時々痙攣していることから、生きているとはわかる。
はぁ……まぁ、おおよそ何があったかは分かるが、一応聞いとくか。
俺は、またイチジクの方を向いた。
「……んぐっ、それで? 何があったんだ?」
首を寝転んだままの男たちに振って、なんのことか合図しながら尋ねる。
「単純ですよ、私とアンが可愛かったからこの男どもは寄ってきたのです。そして連れていかれそうになったアンをマスターが助けた……こんな感じです」
なるほど、こいつら……ガチのナンパ野郎かよ。
三人ともしっかりと食べ終わったことを確認した俺は、イチジクに自警団を呼んできてもらう。
そして、自分はその男一人のそばで膝を曲げた。
そのまま仰向けに寝転ぶその男の前髪を掴み、俺の顔と向き合わせる。
「お前ら、たしかに可愛い子をナンパしたい気持ちはわかるぞ? でも、無理やり連れて行こうとしたらダメだろ?」
目の上を腫らした男は、ゆっくり目を開いてこちらを見る。そして一瞬息を飲んだ後、唾を飛ばして叫び始めた。
「お前! こんなことしていいと思ってんのか!? 俺ぁウェスト王国の貴族の一人、ラグダ様の重臣なんだぞ!」
うぇ、ばっちいな……
「はぁ、お前がどこぞの貴族の重臣さんねぇ……」
そんな風には見えないな、とは心で思っても言わなかった。
それを知ったところで、何も変わらない。俺は、同じ状態のままその偉いさんに質問する。
「もしそうだとして、なんでそんなウェスト王国? のお偉い人間が、こんなイスト帝国の首都にいるんだ?」
そのタイミングで、後方の少し高い位置から聞き覚えのある声がした。
「はぁ……シルドーの兄貴、その説明は俺に任せるっす!」
おや、この声は?
俺は膝を伸ばすと、体をひねった。
そこにいたのは、愛しのモブキャラ、モブCだ。
彼は頭に手を当てながら、目を閉じた。
「もう、最後くらいひっそりと出て行って欲しいものっす!」
いや、俺だって今日はおとなしく遊んで、明日には出発する予定だったんだぞ?
その由を、素直に伝える。
「俺だって好きでトラブルに巻き込まれたわけじゃないぞ」
「知ってるっす、あらかたのことは街の人に聞いたっす!」
ならいいんだが……こんなことで冤罪をかけられたくない。
改めてモブCに向かい合って、自称貴族の重臣を指差した。
「そうか、で? こいつは何なんだ?」
「あぁ、その方は本当にウェスト王国の貴族の重臣っすから、逃してもらえると助かるっす!」
その言葉が合図となって、俺が止める間もなく、五人は我先にと両手両足を地面につきながら一目散に逃げて行った。
「お前ら! その顔覚えたからな!! いつか殺してやる!!」
最後の男がそんな三下のいいそうなセリフを吐いて駆けていく。
「やれるもんならやってみろっバーカ」
そんな声は、彼らに聞こえたのか聞こえなかったか……
とにかく、貴族の重臣の姿が完全に消え去った時、歓声が広間に起こった。
よくやっただの、スカッとしただの、それらは概ね俺たちに味方するものだった。
「なんか、すごい喜ばれてるんだが……」
あのお偉いさん、相当嫌われてたみたいだな?
そんなことを思いながら、俺は逃げていった男たちから、モブCの方に顔を向けた。
「それで、なんでイスト帝国にウェスト王国の貴族が?」
聞くと、モブCは突っ立ったまま、頬をポリポリ掻きいた後、懇切丁寧に説明してくれた。
「えーっとっすね、まずニ年前、イスト帝国とお隣のウェスト王国は、お互いアプルの森に接してることから、ルビィドラゴンの脅威を受けて同盟を組んだんっす」
それから、ウェスト王国の貴族、ラグダという男は、使者として度々この街に来ていたらしい。
今回はルビィドラゴンが倒されたということで、その状況調査として、そんなラグダが例によってやって来たわけだが……
モブCの説明は続く。
「で、やつらは使者として来るたびに、イーストシティに住む可愛い女の子を無理やりこの街にあるウェスト王国の大使館に連れこむんっすよ」
「なるほど、それであの歓声か……」
奴らが来たのは今朝で、早速街に出たところ、俺たちと出くわしたらしい。
「にしても、そのウェスト王国ってのは、どんな国なんだ?」
そうモブCに聞いたところ、ウェスト王国は、ここより西にあるかなりの大国のようだ。
「だから自警団も安易に糾弾できないのか」
もし大使館の中を調べて街の娘たちを見つけられなかったら、名誉を汚されたとか言われて国際問題に発展しかねない。
そこまで考えを深めて、俺はモブCに尋ねる。
「それで、その攫われた娘たちはみんな帰してもらえてるのか?」
もし帰してもらえてるのなら……
しかし、俺の期待は簡単に砕かれた。彼は、俺の言葉に静かに首を振ったのだ。
そうか……
一拍おいて、俺は考える。
面倒くさい……
こんな厄介ごとに顔を突っ込むなんて、それこそどこぞのおバカさんのすることだ。
俺は、おバカじゃないから、こんな話聞かなかったことにして、颯爽と立ち去る。
これに限る。
心は本心からそう思っている……
のに……
いくつかのワードがそれを妨げる。
善行……ドラゴンの後始末……
「はぁ……」
やっぱり、これも『ドラゴンの後始末』になるのか?
フッと息を吐く。
イチジクの方を見ると、目があった。どうやら、この相棒はオートマタになっても俺の頼れる相棒らしい。
「そんなの許せません!!」
やはり、攫われるということに関しては人一倍に敏感なのだろうか? アンがいつになく強い口調で意を表した。
「やるか?」
「マスターのお気に召すままに」
「やっちゃいましょう!!」
どうやら話し合いをするまでもなかったらしい。予想通りと言えば予想通りの結果に思わず笑ってしまう。
俺は、一人でブツブツと呟く。
「とりあえず、アンはナックルとかでいいよな?……それで、イチジクは身体自体が兵器だし」
そんなボヤキの最中、ふと前を見ると、モブCがパッツンになった前髪のかかる額に、冷や汗を流していた。
「ちょ、ちょっと待って欲しいっす! 三人で何する気なんっすか!!」
何するって……
「んなもん乗り込むに決まってるだろ? 心底面倒臭いが……俺のスタンスとして、俺はいつだって可愛い女の子の味方なんだよ」
そう、たとえ数分後この世が滅びようとも、全てにおいて可愛い女の子は優先されるのだ。いや、全ては言いすぎた。いくら可愛くても、俺が不利益を被らないことよりは価値が低い。
……まぁとにかく、その生命は絶対にして至高なのだ!!
「や、やめるっす! そんなことしたら国際問題に!! 戦争になったら責任とれるんっすか?」
そんなもの、物的証拠を見つけさえすればどうとでもなるだろう。あとのことはヴェリテ王になすりつければいい。
それに……
「俺たちは別にイスト帝国の人民じゃないんだから、なんの問題もないはずだ」
そりゃあ多少なりともイスト帝国の警備不足などと責められるかもしれないが、だからといって戦争にまでは発展しないだろう。
「そうかもしれないっすけど……団長に指示を仰ぐっす! くれぐれも勝手に行動は起こさないようして欲しいっす!」
そう言ってモブCはくるりと方向を変えると、やってきた方向に走っていった。
遠くなっていく後ろ姿を見て思う。
さて、乗り込むか
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