第18話


「よし、じゃあとりあえず王城へ向かうとするか!」



それに異論はないが……

「この崩壊した家屋はどうするんだ?」




俺は周りの家々を見渡す。近くには騎士団と自警団しかおらず、街の人はみんな逃げてしまっていた。





「それに関しては私の方から鍛治師ギルドの方に報告しておきましょう。お金は王城から出ると思うので、心配しないでください」





おぉ!! それは太っ腹だな。もし弁償しろとでも言われたら俺はこの身を売るしか無くなる。





『いや、マスターなど誰も買わないと思いますが?』




いちいちイチジクの毒舌が突き刺さる。




こいつは親の仇のように俺に毒舌を浴びせるな? なんか恨まれるようなことをした覚えはないんだが……




「おい! シルドー! 聞いてるのか!!」




頭にジャニーの大声が響く。





「あ、あぁ、ボーっとしていた。で、なんだって?」




「はぁ……シルドーはいつも魂の抜けたような顔をしてるから、いつボーっとしてるのか分からんな!」





ジャニーが呆れ気味に答えた。




こいつ、失礼なやつだな!


お前だって常に元気だからいつが元気なのか分からないぞ!?





「悪かったよ、それでどうしたんだ?」


「こんな状況だが、これから王城へ向かう!自警団の欠員は第三騎士団がしてくれる予定だ!」




もうここまでくれば大丈夫か……




「分かった、なら安全に連れてってくれ」




俺たちはこうしてついに王城の門を通過するのだった。












「それにしても、本当に大きいですね?」

そう言うのは半魔族の少女、アンだ。




俺たちは今、ドラゴンの死体を庭……と言うには広すぎる庭園に置いて城内に入ってきていた。今ここにいるのは、俺にアン、ジョニー、ジャニー兄弟の代表計四人だ。




「そりゃあ、この国の中心ですからね? イーストシティは私たちが住んでいるこの国、イスト帝国の首都なんですよ?」






え、そうだったのか?




『はい、イスト帝国はイーストシティを首都とした計四十七の地区からなる大国ですよ? 町に住む人口は殆どが人族で、ここから離れた村や集落にはエルフ族や、獣人族などの亜人族が住んでいます』





イーストシティって、王都であることは知ってたが、すごい都市だったんだな……






「まてよ……ってことは俺たちが今から会う王様って、マジですごい人じゃん!!」




ジャニーからなにを今更と言った目で見られた。





「なにを今更……安心しろ! 王は民思いの立派な王だ!! 悪いようにはしまい!」





……本当に言われた。





しかし、街の人の顔を見る限り、王政と言う割にはみんな不自由なく暮らせていた。きっと本当に民想いな王なのだろう!……と思いたい。






それにしても……






「ここまでずっと廊下を歩いているわけだが、いつになったら王の間に着くんだ?」







俺たちはかれこれ十分ほどふらふらしていた。






俺の疑問に、さっきの騒動以降ずっとそばにいたジョニーが答えてくれる。





「確かにこの城は大きすぎますからね? あと少しです、頑張ってください」






いや、あと少しったって……もうヘトヘトなんだが?


他の二人は辛くないのか? 俺は気になってアンの方を見る。





「……? どうかされたのですか、シルドー様?」





そこには平気そうな顔で歩く女の子の姿があった。






「いやぁ、疲れてないのかなって思って」





すると、全然です!と元気よく返事してくれた。





女の子がこんなに平気そうに歩いているのに俺がへたばるわけにはいかない!!



困った俺は、イチジクに助けを求める。





『なぁ、歩くのが楽になる方法とか知らないか?』


『簡単ですよ? 彼女におぶって貰えばいんです』





……そんなの嫌に決まってるだろ!!






俺は頼りにならない相棒をスルーして、ジャニーたちについていく。





そして、もうこれ以上は足がもたない……と思っていたとき、ようやく彼らは止まった。





そんな俺たちの目の前には、豪華絢爛、装飾豊かな扉が聳え立っていた。





それを背にして、ジョニーは両手を広げた。




「お疲れ様です。ここが王の間となります、礼儀作法は私に合わせてください」



「よ、ようやくか……緊張するな」





前世ではバイト先の店長より高い地位の人と接したことのないような男である。冷や汗が止まらない……。






ってか、今更だけど俺の服装はレザージャケットで良かったのか? 場に合わない気しかしないんだが……





「さて、開けますよ?」





ジョニーは俺の心の準備など待つことなく、両手でその大きな扉を開いて言うのだった。








「あっ、それとシルドー?」



「……なんだ?」



「ヴェリテ王に嘘は通じませんからね?」







そのジョニーの顔は、悪戯が成功した子供のような笑みをしていた。






「……は?」





ちょっと待て、どういうことだ!?






ジョニーの不穏な言葉に動揺するが、そんな焦りなど気にすることなく、大扉は開くのだった。










そこにあったのは煌びやかな部屋だった。金や銀の装飾がなされた柱、ここにくるまで何度も見たイスト帝国の国旗……





そして、中央の奥の椅子に座るのがイスト帝国の現代の国王、ヴェリテ王か……





彼は白いあご髭を生やした、しかし老いを感じさせない威厳を保った人物だった。白くなってしまった頭の上には王冠が光り輝いている。





なんか……俺だけすごい睨まれてるような?





そうなのだ、その威厳を保ったお方はどういうわけか、少し高くなった段の上から俺をジッと睨んで離さない。






 な、なんなんだ? あの王様は……





できることならすぐにでも回れ右したいが、逃げ出すわけにはいかない。



俺とアンはジョニー隊長に続いて王の下まで歩いていく。





そしてら王の前にたどり着くと、ジョニーは跪いた。この姿勢は見たことがある。よく王の前で騎士たちがするやつだ。




俺もジョニーに従って同じ姿勢になる。左を見ると、アンもプルプル震えながら同じことをしていた。……かわいいな





俺たちが跪いたのを確認してジョニーが声を張り上げる。





「第三騎士団隊長! ジョニー・フランク! この度はルビィドラゴンを倒した者、アン。またそれを目撃した者、シルドー。さらに調査に出た自警団の団長、ジャニー・フランクをここに連れてまいりました!」






ジョニーのここまで大きな声は初めて聞く。









そしてしばらくの静寂のあと、いよいよ王は口を開いた。






「うむ、我が名はヴェリテ。よくぞ参られたのぉ、アン殿。それから……なべぶ、ゴホン……シルドーよ!!」





……え?





今、この王様、鍋蓋って言おうとしてなかったか? もしかして、いや、もしかしなくても……正体、バレてる?





俺は堪らずチラリと王の方を見る。






そこにはしてやったり、とにやけた王がいた。


周りの様子を見るが、特に気にした様子はない。自分が聞き間違えたとでも思っているのだろう。まさか急に王様が鍋蓋など言うはずもない。





「頭を上げよ!!」





そう言った王は、すでに最初の威厳たっぷりな王に変わっていた。

 王は、空気を震わせる。




「さて、まずは第三騎士団、暴挙に及んだ第七騎士団の取り押さえ大儀であった。これからも励むが良い!」




続いて、王はジャニーへと目を向ける。




「それからイーストシティ支部のの自警団、ルビィドラゴンの調査、ならびにアン殿の道中の護衛、ご苦労であった! あとでギルドに褒美を渡そう!」






「「ハッ」」






王の言葉に二人のリーダーが頭を深々と下げる。こいつら、イケメンだから無駄に様になってんだよな……





それに一つ頷くと、王は最後にアンの方を見た。





「して、アン殿よ! 此度の働き、誠に感謝する。アン殿のおかげでこの国は救われた。本当にありがとう」





この人本当に感謝してるのか? なんか感謝の言葉がとってつけたようで嘘くさいんだが……





王は続ける。





「ならびに謝罪をしたい。ヘイトがそんな愚行をしていたとは知らず、裁くことともできなかった。誠に申し訳ない」




彼はそう言って王座に座ったまま頭を下げた。





これは驚いたな……王が一般庶民に頭を下げるなんて、どうもこの国の王はお堅いプライドなどはなさそうだ。






隣を見ると、ジョニーも驚いているのか、口をあんぐりと開けていた。




アンは、それを見て、両手のひらを前でフリフリしながら言った。





「お、王様! 頭を上げてください!! 王様は何も悪くありません!! それに、あの騎士にもなにか理由があったのですよね?」





やっぱり、アンも慌てていたようだ。





俺は驚いていたのが自分だけではないと知り嬉しくなる。







すると、ヴェリテ王は顔を上げて言った。




「うむ……実は、彼奴が半魔族を恨む理由、わからなくもないのだ」




 ほう……ヘイトが半魔族を恨む理由ねぇ

 その話はちょっとだけ興味があるな




「うむ……少し昔話をしよう……」





彼は語る。





昔、この街にはヘイトという子供がいた。彼は『腹に寄生虫を宿して生まれた』が、そのお陰で命の尊さを知っており、争いを嫌い、頼れるお父さんが大好きな可愛らしい子供だった。しかし、そんなお父さんは死んでしまう。五十年前、半魔族の反乱によって……彼の父は騎士団だったのだ。

先代の皇帝が進めた、人族一強の政策により、不当な扱いを受けて怒った半魔族は城にまで押し寄せ、騎士団を虐殺していったのだ。



ヘイトは心底悲しんだ。しかし、父と約束した、『己の母を守ること』をやり遂げようと小さいなりにも頑張った。



許させることではないが、酒やらクスリを薄めて高値で売りさばき、相応の金を作った。



そして……



その結果として残ったのは、夫が死んだ悲しみから自殺をした母の亡骸と、それによって無駄になった大金だった。



ヘイトは取り残された。そして、その時に感じた憎悪を半魔族に注いだ。父が死んだのも、母が自殺したのも、自分がこんな思いをしたのも、全部全部全部、半魔族が悪い。



彼はたんまりと貯めた金を賄賂として使い、騎士団に入った。地位を得た。



それから彼は生まれた時から得意の巧みな話術で、己の騎士団を洗脳した。半魔族を恨むよう。そして半魔族を見つけては何かしらの言い分を見つけて捕まえた……殺した。



 これが、ヘイトから手に入れた情報らしい。




 王は以前からなかなか謁見に来ないヘイトを訝しんではいたが、彼の出生を知っているからこそ、信用していたそうだ。






「そして、奴は今牢屋に閉じ込めている」







うーん、同情はしないが、なかなかに刺激的なストーリーだ。


彼が恨むのも間違いじゃないのだろう、俺も同じ状況なら、ヘイトと同じことをしていたかもしれない……いや、それすら面倒くさがるか?



まぁ、とにかく、今回はたまたまこちら側だったというだけの話だ。








すると、横から声が聞こえた。



「そんなことが……半魔族だけが被害者というわけでもないんですね……」




目を伏せて、悲しそうに言うアンに、王は言ってのけた。




「しかし、ヘイトのしたことは許されない。彼の処遇はアン殿に任せようと思うのだが……」





ほう……ヘイトの運命はアンに託されたわけか?




……さて、アンはどうするつもりなのか?







その様子を黙って見ていると、アンはゆっくりと口を開いた。





「私は……彼を、許します」






その声は全ての悪をを許すような、慈悲を授ける神のようなものだった。






その対応に、流石に驚いてしまう。



アン、本気か!?


ヘイトはアンの幸せな生活を全て奪った元凶だぞ? それをなんの罰もなしで許すなんてどうかしてる……





しかし俺は納得する。


まぁ、これがアンという半魔族だな……




アンとの付き合いは短いが、その中でもアンの人となりは大体掴めたつもりだ。






アンの発言にヴェリテ王は、特に驚いた様子もなく、落ち着いた反応をとった。




「……聞いてはおったが、アン殿は本当に無欲なのだな? しかし、それでは我のこころが治らぬ。何か、望みはないのか?」




「の、望みなんて……」




「あるのではないか? 例えば……親、のこと」




 「親」のところでヴェリテ王は目を細めてアンの方を見た。





「親……親、はい……できることなら、また会いたいです」




「うむ。それでよいのだ」





そしてヴェリテ王は力強く、アンの助けになることを誓った。






「我が国、イスト帝国の総力をもってアン殿、そちの親を探そう」




「あ、ありがとうございます」





 アンが慌ててお礼を言う。





そして……





次にヴェリテ王が見たのは紛れもなく俺の方だった。







「最後に、シルドーといったか? おぬし」


「はっ!」





俺もジャニー兄弟を真似してみる。二人ほどキリッと決まっては無いように思うが、そこはご愛嬌だ。





王は言う。





「おぬしは、アン殿に運良く助けられ、ヘイトとの戦闘でも運良く生き残り、そしてここまで来たんだな?」






こいつ……分かっててやってないか?






「はい、まったくもってその通りでございます」





なら、俺だってその茶番に乗ってやるさ






「では、その幸運に感謝せねばな……本当にありがとう」






その言葉は、さっきアンに向けたものとは違う、心からの感謝のようだった。






「いえいえ、私はたまたま運が良かっただけですので」





俺はそれでもこの芝居を続けることにする。今更、実は僕がやりましたなんて言えないし、言う気もない。






「ふっ、間違いないのぉ……して、アン殿にはルビィドラゴンを討伐した報酬を与えようと思うのだが……?」


ヴェリテ王は再びアンに話を振る。







そういえば、モブCが報酬をもらえるとかなんとか言っていたな……






ん? そういえば何か忘れているような……


あっ! 思い出した、モブCだ!! あいつあとでお仕置きしないと!






一人で例のフラグ男……モブCに何をしてやろうか考える俺を放って、ヴェリテ王は続けた。





「ルビィドラゴンを倒したアン殿には、かねてより決まっておった、貨幣と豪邸を与えよう。場所は希望を言ってくれたら通すが?」





そんなこと言われてもアンはこの辺の地域について知らないと思うが……アンもどうしようか困っているのか下を向いたまま動かない。




助けが必要か……?





俺が適当にフォローしようとした時、アンが前、ヴェリテ王の方を向いて口を開いた。






「王様!! 実は、言いたいことがあります」






なんだ?



突然、切羽詰まった声が王の間に響く。まぎれもないアンの声だ。彼女は喉を震わせる。







「私は嘘をついていました! 」




 ……は!?




「お、おいアン!?」





「ルビィドラゴンを倒したのは私ではありません! ここにいるシルドー様です!! シルドー様は、私を『英雄』にするべく、このような嘘をついてくださったのです!」







そう言って、俺の方を手のひらで指すアン。






……な!? ちょっとまて!!






困惑して次の言葉を探す何も言えない間に、アンは全てを話した。






自身が助けられたことや、契約を結んだ結果俺が嘘をついたこと。



それを聞いてから、俺は慌てて止めに入る。






「ちょっと待て、アン!? お前はなにをいって!!」





イスト帝国の国旗が揺らめいた。ジョニーが横目でこちらを睨んでくる。その目は騎士団のそれだった。



アンが全てを言い終えた時、この場では神に等しい存在、ヴェリテ王が口を開いた。





「ほう……そうであったか」





こいつ、知ってただろ!





俺の正体が鍋蓋であることすら見抜く王だ。ルビィドラゴンの真実など言わずとも知っていたはずだ。






「待て、アン!? お前、なに「して、アン殿? 何故このタイミングで本当のことを話した?」」




俺のことを無視して彼らは会話を続ける。






しかし、これは俺も気になっていたことだ。



なんでだ? ここまでうまくいってたじゃないか、ヴェリテ王も嘘と分かって認めていたはずだ!







それに、跪く半魔族の少女は言う。






「はい……理由は簡単、です。王に、シルドー様に相応の報酬を与えて欲しかったからです。私はここまでシルドー様のご好意に甘えて来ました。それはこのような報酬があるとは知らなかったからです」






は!? それだけの理由で??








そう思って目を見開く俺に向かって、アンは言葉を発した。





「シルドー様? 私は自警団の皆様と仲良くなれました。王に助けを乞うこともできました。もう、十分なんです」






そう言われて、言葉をなくす。





……確かに、俺は当初の目的を忘れていたかもしれない。俺はあくまでアンを変えるためにここまでしたんだ。





でも……






「うむ……絆とは美しきかな。しかし、王であるこの我に嘘をついたという事実は消えぬ」





話は進む。俺が入る余地もなく、良くないほうへ転がり落ちる。






「ここは二人とも刑に処す……」





その瞬間、場に緊張が走る。ジャニーが何かを言うつもりなのか、王の方を見上げる。





アンを連れて全力で逃げるか? その場合ジョニーが最大の敵になりそうだが……しかし、そう考えたとき、王は続きを話し始めた。





「……と言いたいところだが、アン殿にはヘイトの件で申し訳ないことをした。さらに、シルドーにもルビィドラゴンの件で助けられたことになる」






緊張が緩んだのを感じる。こわばっていた筋肉が少しほぐれ、呼吸が安定し始める。





そして絶対の王はその決定を下した。






「よって、シルドーに褒美とともに責務を与えることとする!! 褒美はここより北にあるペイジブルという町にある屋敷。そして責務とは、その町ペイジブルを治めることとする!」





「……は、はぁ?」





自然に出たそれは、ため息とも疑問とも取れる声だった。





このおっさん、何言ってんだ……




……それは、それはつまり、俺が領主になるということか?





いや、それだと結局ただの褒美になってしまう……やはり、なにか裏があるのだろうが……





太陽の光が西側の壁に備え付けられたステンドグラスに射す。赤青緑、様々な色に輝くそれらはどんな時に見ても美しかった。





たまらず、脳内のイチジクに無言で問いかける。






『イチジク、ヴェリテ王の目的分かるか?』



『分かりません。もしかしたら、王はマスターがやってきたことを全て肯定して褒美を増やしたのかもしれません』



『そう、か……? ヴェリテ王を見た感じ、そんな雰囲気じゃなさそうだが』



『はい、ですから可能性にしか過ぎま……マスター、呼ばれてますよ?』






「……おい、シルドー、聞いておるのか?」



え? あ、ミスった!?



「は、はい?」





「王であるわしにこんなことを言わせたのはおぬしが初めてじゃぞ?」





イチジクと色々話し込んでて全然聞いてなかった! やばい、とりあえず謝らないと!





そう思った俺を、ヴェリテ王が手で制する。





「もう良いわ、はぁ……おぬしにはこの城にある宝物庫の中から、一つ持っていくことを許すと言ったのだ」




「宝物庫の宝……?」






正直謎なことばかりだが、その単語が俺を冷静から遠ざける。





……え! マジで!? マジで言ってるんですか?





宝物庫って、あれだよな? 城の、ひいては国の宝だよな! なんで? ヴェリテ王太っ腹!





よく分からないことはそっちのけで、すでに頭の中は宝のこと一色である。






「うむ、……お主がこれから治めるペイジブルは、いろいろ厄介ごとを抱えておってな? これからその地を治めていくときの手助けになりそうなものを一つ持っていくと良い」




「え……」







俺は思わず、嫌な声を出してしまった。





だって……なんかこの人凄くめんどくさいこと言ったぞ?






 厄介ごとを抱えた町って……




 そりゃ、褒美じゃなくて責務になるはずだ。






ただでさえ領地なんて治めたことないペーペーだぞ? そんな俺に訳ありの土地を任せるなよヴェリテ王……







俺は、涙を飲んでヴェリテ王に意見する。







「それなら褒美の件共々、責務の件も辞退させていただきたいのですが……?」






いくら宝や屋敷がもらえると言っても、そんな厄介ごとをさせられるのは、勘弁してほしい。


すると、ヴェリテ王はすごく楽しそうに言った。






「いやぁ、それは残念じゃ……そのペイジブルの隣にある森、『始まりの森』には、エルフなども生息しておるのじゃがのぉ」




「やりましょう! いえ、やらせてください」






俺は間髪入れずに申し出た。





 エルフ……いるのかぁ、うん、やっぱりいるんだよなぁ






しかしこいつ、エルフをダシにするとは卑怯な……エルフなんて素晴らしい存在、俺が放っておけるわけないだろう!!






「そうか! 引き受けてくれるか!」






俺はヴェリテ王の質問に、もちろんですと笑顔で答えた。いや、正しくは顔を引きつらせて答えた。




すると彼は、急に笑顔になった。




「よし! ではシルドー、これから領主としてよろしく頼むぞ!」





俺は、そう締めくくろうとした言葉に待ったをかける。





「まっ、待ってください。俺は地を治めた経験とかないです。一体これから何をしたらいいのか……」






さっきも言ったように、俺はなんの経験もない一般人だ。突然、はい領主として頑張ってね! と言われても訳がわからない。





すると、彼は怖い笑顔を保ったまま恐ろしいことを言い出した。





「あぁ、それについては心配するでない。わしはおぬしに任せて大丈夫だと思っとる。そのために宝も渡すわけじゃしの?」





そして彼は続けた。もちろんなんの根拠もないがな、と。






「そんな、ご無体な……」




この王は何を考えているんだ?


なんの経験もない人間にそんな荒れた土地を治めろとは、無理にもほどがあるぞ?




しかし、そんな俺を置いて彼は言ってのけた。





「心配するな! わしの勘が外れたことはない! この人選は必ず成功する」




「は……はは……」





ほんと、大した自信だよ……しかし、何故だろう? この人が言うと本当になんとかなりそうな気がして来た。






これが王、か……






「では、貴殿の今後の活躍を願っている!」





王のその言葉を最後に、俺たちは王の間を出た。












「ふぅ……大変なことになったな!」


扉を出たところでジャニーが笑いながら肩を叩いてきた。


「ホントだよ……」


これからジョニーに連れられて宝物庫に行く予定なのだが……



結果として、アンは王の助力を、俺は宝と土地と難題を押し付けられたわけだ。




「これだと、イスト王国の配下みたいになるな……」




俺はひとり愚痴をこぼす。イスト帝国の領土の一部の領主となるのだ、結果としてイスト帝国に税金などを治めなければならなくなるだろう。




「税とかなら、そこまで気にしなくて良いと思うぞ?」




俺の独り言を聞いたのか、ジャニーの声が煌びやかな廊下に響いた。俺はレッドカーペットの上で九十度回転する。




「なぜだ?」



「そりゃあ、シルドーはイスト帝国の正式な国民じゃないからな! 王も治めろとしか言ってないだろ? 正直、ペイジブルはイスト帝国の最北で旨味もない。それに反乱ばかりで、人件費を割くだけ無駄な土地なんだ」





……つまりどういうことだ?




そうして、頭にはてなを思い浮かべる俺にジョニーのフォローが入る。





「何もわかっていないという顔をしていますね?」



「正直意味がわからん」





「ペイジブルは、無能な領主などいらない、独立する! と何度も反旗を翻してるんです。別にイスト帝国としてもペイジブルは要らない……ですが、敵に回られると厄介と」





……なるほど、つまりペイジブルとかいう町に、力を入れてイスト帝国のものにする気はないが、イスト帝国に接した町。あくまで友好関係は築いておきたいと?






「なるほどな、今ペイジブルに必要なのは政治力より反乱を抑える武力だと。それに、イスト帝国に属していない人の方受け入れられやすいのか」





ジョニーがその言葉に肯定の意を示した。ちょうど適任だったのが俺だって話か……





ルビィドラゴンの後始末はもう少し先になりそうだ。まずはペイジブルとかいう町を無事治めてから、か。





これからの方針が決まったとき、袖を引っ張られる感覚を覚えた。




後ろを見ると、右手の指でそっと服の袖を握るのはアンだ。






「シルドー様、勝手なことをして怒ってますか?」




「まぁな、お陰で俺はこんな厄介ごとを押し付けられたんだから」





彼女は涙目だった。子供なんていたことはないが、親に叱られるのを待つ子供のようだった。





はぁ……そう思うならそんなことしなきゃいいのに





「……いや、別に怒ってないぞ? 確かに、アンが余計なことを言ったせいで、俺はなんか訳ありの町を押し付けられたわけではあるがな」




「や、やっぱり怒ってらっしゃいますよね」




「あぁー、もう、だから、怒ってないって。ここにきて領主様になれたんだぞ? 大出世じゃないか」





無理やりそう言うと、目を潤ませた彼女はいつもの笑みを浮かべた。





この顔だ、俺はこの顔が一番好きだ。





「本当にシルドー様は……ありがとうございます」





俺がアンを見て癒されていると、隣から野暮ったい声が聞こえる。







「はっは! シルドーはいつもアン殿の味方だな!?」


「当たり前だろ? 俺はいつだって女の子の味方なんだよ」






俺は高らかに宣言する。もしアンが男だったら……助けたのかな?






『マスターなら、助けましたよ。私にはわかります』




まさか返答があると思わなかったから、驚いてしまう。






『なんだ? 突然、気持ち悪い』




『あのマスターに気持ち悪いと言われるとは、心外です』





上等だ! 喧嘩なら買ってやろうじゃないか!




こうして俺たちがいつものやりとり……思考戦を繰り広げていると、突然前を歩くジョニーが立ち止まった。





「いたっ……なんだよ? 突然立ち止まるな」





 背の高いジャニーの背に頭からぶつかる。





「いや、だから宝物庫に着いたと言ったじゃないですか?」





あ……またボーッとしてた俺が悪いのか。





そこにはこれまで見たどの扉よりも煌びやかな装飾がなされた扉があった。それは高さ、幅ともに圧巻の大きさを誇っていた。こんなもの、人力じゃ開け閉めもできないだろう。






しかし、それより目をひいたのが……








「おい、なんだこの巨大な二つの鎧は!?」





そう、扉の両隣には人の五倍はある巨大な西洋風の鎧が鎮座していたのだ。





俺の疑問にジョニーが答えてくれる。






「あぁ、彼らは巨人族の鎧です。今はオートマタが実装されて、この扉を守護するナイトをしてます」





オ、オートマタだと? オートマタっていったらやっぱり自立機械のことだよな、マジで!? こいつら動くの?




堪えられずに、質問する。






「なら、こいつら動くってことだよな?」



「えぇ、魔術回路のお陰で彼らは動けます。それに、ここの扉だって彼らにしか開けられないんですよ?」




そう言うと、ジョニーは得意げに二つの鎧に扉を開けるよう指示を出した。




「通信中……通信中……。我ラガ主人、ヴェリテ王ノ許可を承認。コレヨリ宝物庫ヲ解放スル」





そして、突然喋り始めた鎧たちは、その扉の取っ手を握り、開き始めた。




彼らの一歩一歩が重たく城に響き、その存在の大きさを示しているようだ。






「ヤベェ……マジでカッケェ」


「シルドー! お前、子供みたいだぞ!?」





うるさい! こういうロボットみたいなのって、男の憧れだろ!?





「ってか、なんでまだジャニーいるんだよ?お前の要件はもうすんだだろ?」





ジョニーは案内役だし、アンはこの後俺と行動を共にするのだからここにいるのは間違っていない……が、何故ジャニーがいるかは不明である。








その時だった、イチジクの声が聞こえたのは






『殺気です、注意してください。この、ジョニーという男から発せられています』





……な!?





俺は急いでジョニーを見る……が、彼は普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべていた。そして、警戒する俺を気にするようすもなく、彼は言う。






「別にいいではないですか、兄さんがいて何か困るのですか?」







 そう言うジョニーの目は笑ってない。




……なんだ? 俺にも分かる。何かこの男、怒っている。






とりあえず、俺は素早くアンの前に立ち、いざという時のために攻撃に備えた。





「本当にひどいな、シルドーは! 俺だって見たことないんだ、いいじゃないか!! なぁ、ジョニー!!」





そう言ってジャニーはジョニーの肩を叩く。










その瞬間、俺は見てしまった……








『なんか……ジョニーがものすごい恍惚とした表情をしているんだが?』






そう、弟ジョニーは兄のジャニーに肩を叩かれて、その整った顔を真っ赤にして、二ヘラァと笑っていたのだ。





それはまるで恋焦がれる相手に話しかけられているようで……





『マ、マスター……この男は世に言うブラコン、というやつなのではないですか?』


『間違いない……こいつ、極度のブラコンだ』






あの頃からどう成長しちまったんだ……






すると、そのギャップの激しすぎる男は言う。






「はい。まぁ、迷惑にならないのならいいですよ?」






いや、平静を装おうとしてるけど、顔のニヤケは抑えられてないぞ?





アンもこの現場を? と思ってアンの方を見るが、アンは目をキラキラとさせて動く鎧を見ていた。






「すごいですねぇ……カッコいいですねぇ……」







そんな呟きまで聞こえてくる。


よかった、アンにこの世界はまだ早い。







完全に開ききった宝物庫を見て、俺はこのカオスな現状から抜け出すためにも提案する。






「じゃあ、行こうか! 宝物庫!!」






俺は率先して宝物庫に足を踏み入れる……が、暗くて中がよく見えない。





「光の精よ、我が前に暗闇を灯す光を」






困ったと思っていると、ジョニーが得意の魔術、今回は光の魔術を唱えたことで部屋に設置されている魔石が輝き始めた。






「すごいです! キラキラしてます!」



アンの声が、だだっ広い部屋に広がる。






光が灯ると、そこには眩い光を放つ金銀財宝があった。

一つ一つ、見るからに価値のあるものばかりで、それぞれが己の価値を誇張していた。






「そりゃあこの国の財宝が詰まってるからな! すごくなきゃ困る!!」



ジャニーは笑いながら言った。






「兄さん、もう少し小さな声で。では、お好きなものを一つお選びください」


そう言ってジョニーが両手を広げる。






ほ、本当に選んでいいのか?




俺が触るべきではないようなものに埋め尽くされた部屋だ。




「ここから一つか……」





どこから手をつけたものか……


悩んだ末に、とりあえず俺は端から見ていくことにした。





「金の鎧に……なんか、不気味に光った剣、このツボなんかも高そうだなぁ……」






そうして二十分経った頃、俺は端から端まであらかた全ての宝を見終わった。


その全てがキラキラしていて俺には眩しすぎた。





「いかがでしたか? 何か地を治めるのに役立ちそうないいものはありましたか?」


ジョニーが俺に尋ねてくる……が、




「そうだな……全部俺の手には余るようなものだった」






どれも凄すぎて俺が扱えそうなものがなかったのだ。




どれにしたものかな……






そんなこと思いながら改めて周囲を見渡すと、光の灯っていない一区画を発見した。


「そういや、この奥はまだ見てないな……」




そのエリアはこれまでと大きく雰囲気が変わっていた。これまでを陽とするなら、この辺は陰……色々なものがガラクタのように山積みになっている。




それを見ていると、ジョニーが落ち着いた口調で教えてくれた。




「あぁ、これより先は特にいいものはありませんよ? 価値はあるのですが、曰くつきのものだったり、多額の費用をかけて行った実験の失敗作だったり」




なるほど、捨てるに捨てられないものたちというわけか……




それでも掘り出し物を探して、その方に進むと、何か鈍い光をまとった物に気がついた。





そこには、古びた指輪があった。





「なんだ? この指輪、別段綺麗な訳でもないのに何か価値があるのか?」



「確かそれはですね、魔力に全てのステータスが移動する指輪です」






それってつまり……





「魔力は格段に上がるが、それ以外のステータスがゼロになるってことか?」






俺の質問にジョニーが肯定の意を表した。





「はい、なのでそれを付けているときに敵の矢の一発でもくらえばお陀仏です。それに、タチの悪いことに一度つけると外せないんですよ? その指輪」





魔力は上がるが、それ以外、もちろん防御もゼロになるから、不意打ちされたら一発で死んでしまうのか……




『それって、俺の防御力と似てるな……?』



『はい、マスターの魔力バージョンみたいな感じでしょうか?』





これも悪くないな……指輪を持ち上げて考えてみる。





何たってこれさえはめれば俺も晴れて魔術が使えるのだから!!





「他にいいものが無ければこれにするか」






そう言って、他のものを見ようとした時だった。






……ん? どこからか視線を感じる。






アンの方を見るが、アンは初めて見るものに感動してキョロキョロしていた。

いちいち可愛いな……





アンが違うとすればジャニーか?





そう思ってジャニーを探すと、ジャニーはなんか凄そうな剣を見ていた。




その隣にはジョニーが立ち、そんな兄をニタニタしながら見ている。こいつ、ギャップどころの騒ぎじゃねぇ……







しかし、彼らではないとなると……


改めて周囲を見渡す。ガラクタに、こっちもガラクタ……





……あっちからか?






ちょうど部屋の隅、破れた絨毯に埋もれるように、それはあった。



埃を被ったそれは、こちらをじっと見ている。



メイド服を着たそれは、ピクリとも動かない。



人の姿をしたそれは、ただただ無表情だった。





あ、あれは……




「し、し、死体だぁああああ!!!!」




俺は叫ぶ。この世界では死体はありふれたものかもしれない。しかし、一昔前までは平和な国、日本に住んでいた凡人だ。こんなリアクションになってしまうのも仕方ないだろう。





俺の言葉に反応して、ジョニーが駆け寄ってくる。



「!? どこですか! 宝物庫に死体などあるはずありません!」




ジョニーが杖を構えた。




「あ、あの絨毯の下! こっちをじっと見てるぞ」




死体のある部屋の隅を震えた指で指差す。





「あっ、あれは……!?」





ジョニーが目を凝らす。もしかしたらアンデット系のモンスターかもしれない、俺は腰にかけた刀に手を当てた。






……のだが、警戒する俺を取り残しジョニーは杖を下ろした。




「……安心してください。あれは死体などではありません」


「ち、違うですか……? どう見ても生きてないですが……?」




俺の直ぐ右からアンの声が聞こえる。




声のした方を見ると、アンが俺の腕にしがみついていた。女の子ならではの柔らかさが右腕に押し付けられていて照れ臭い。




ア……アンさん……




『マスター、鼻の下が伸びてますよ?』


『うるさい! もともとこうだ』




と、俺は鼻の下を伸ばしながら答える。しかし、それも仕方ないだろう……男なのだから!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る