第19話



「で……? あれは死体じゃないならなんなんだ?」



どう見てもあれはすでに動かぬ人……いや、服装を見た感じメイドだ。もし人間が死んだふりをしているのだとしたら、役者にでもなるべきだろう。





ジョニーは俺の質問に答える。






「あれは……過去最大の失敗作、ですかね?」






どういうことだ? 人の亡骸が失敗作?






疑問の尽きない俺に、ジョニーは続けて言った。






「あれは、確かに動かない人です。いえ、正しく言うと動かないオートマタです」



「あれがオートマタ!?」







 俺は思わず驚きの声を漏らす。




ほとんど人間の姿じゃないか! この宝物庫を守っている巨大鎧は、確かにロボットのような雰囲気があった。しかし、あれの見た目は完全に人間のそれだ。




「今、人に似過ぎていると思いましたね? その通りなんですよ、あれはあえて人に似るように作られたオートマタなんですよ」





ジョニーはそのオートマタに目を向けながら、ゆっくりと話を再開する。





「オートマタ、またの名を機械人形……その制作に一緒に取り組んだ異世界人がそう呼んでいたらしくそう呼ばれています」




やっぱりこれは異世界人……つまりは俺と同じ世界から来た人が作ったのか。




俺はそのオートマタのもとに足を進める。足元のガラクタが足にぶつかって邪魔だったが、乗り越えて少しづつ近いた。




「それ……いえ、彼女はですね? 昔実験されたバトルメイド計画の成功作であり、失敗作なのです」




バトルメイド計画、ジョニー曰く戦闘能力の高いオートマタのメイドを生み出す実験だったらしい。




五十年前、半魔族に襲われた前王様は、強さを欲した。とくに、他国との会議中など、どんな時でも給仕などで側にいるメイドに強さを求めたようだ。その結果として行われたのがこの計画。結果、多額の費用と、足掛け十年をもってこのバトルメイドは完成されたらしい。



前王様たちは、異世界の技術を取り込んだそのメイドの強さに喜んだ。



しかし、問題が発生する。このバトルメイドは『制御機能』を搭載できなかったのだ。つまり、指示はきちんと聞くが、制御ができない。彼女は戦闘をする度にあらゆるものを破壊した。



困ったのは研究者たちで、彼らは制御機能を備えるべく、もう一度研究を再開した。



……しかしそれは失敗に終わる。彼女が完成する前に前王様は、今のヴェリテ王に変わり、それと同時にこの計画は取りやめとなったのだ。





「ヴェリテ王は、俺を守る金があるなら、国民のために使え!! って激怒したそうですよ?」




笑いを含みながらそういう声が、俺の少し後ろで聞こえる。




……なるほど、そうして設計が中止となった彼女は、今こうして埃をかぶっていると。




「まぁ、結果としてその実験が生み出したのは、実験の試作段階によって作られた魔術回路を搭載した、巨人鎧くらいですかね? 流石に多額のお金をかけたこのオートマタを捨てるわけにもいかずここに放り込んであるそうですが……」



「そうか……」





薄汚れたオートマタの顔に目線がいく。





人間とは所詮こんなもんだ。いくら善行を積んだところで、結局、人間に無価値と判断された瞬間、これまでのことなど忘れて捨てられる。これは、人間関係も似たようなものだろう。





俺はそのオートマタの前に膝を下ろす。





埃をかぶったそれは悲しそうな顔をしていた。いや、本来そんなことはあり得ないのだが、そんな気がしたのだ。






「お前もバカだな? どうせ捨てられるのに、この世界に生まれるなんて」






オートマタが人に近いからだろうか? 変に同情的になってしまう。



顔の埃を拭うと、そこには美しい顔があった。全てに均等が取れていて、完璧としか言いようがない容姿をしている。艶やかな黒髪もその美麗さを際立たせていた。






邪魔な絨毯をどけると、その絨毯についていた砂煙が舞う。





「……あれ? カッコいい右腕をしてるじゃないか。これで戦ったのか?」




絨毯を持ち上げると、めくれた袖から機械らしい腕が見えた。鋼の色をしたそれは、彼女が人でないことを教えてくれる。





それを見た俺は立ち上がって言った。






「なぁ、ジョニー、俺はこのオートマタを貰うことにするが、いいよな?」



「え、ええ、それは構いませんがそんな不良品でよろしいのですか?」





驚いた声が聞こえる。これだけすごいものがある中で、これを選ぶとは考えられなかったのだろう。





それに俺は、深く頷いて答える。





「あぁ、俺はこれがいいんだ。大丈夫、制御できそうになかったらちゃんと壊すから」





すると、ジョニーは呆れたように容認する。





「そうですか……あなたの強さを知っている私としては、その点に関して心配はしておりません。ヴェリテ王には伝えておきます。どうぞ持って行ってください」






それを聞いた俺はもう一度かがんだ。






「これから、俺のために働けよ?」





よっこいしょと、そのままオートマタをお姫様抱っこして持ち上げると、意外と軽かった。




彼女からは女の子らしい柔らかさは感じとれたが、その肌からは暖かみを感じない。






ロボットなんだから当たり前か……







とにかく、約束の宝を手に入れた俺は、もうこの部屋に用はない。





そのままアン、ジャニー、ジョニーの三人のもとまで戻ると、出口に向かって歩き始める。





「じゃ、用も済んだし……よっと、さっさと行くか?」





俺がそうしてオートマタを抱え直しながら言うと、いつになく必死なアンの声が横から聞こえた。





「シルドー様! その子は私が運びますから、下ろしてください!!」





……? なぜだ?





アンの言うことに理解を示せない俺は、純粋に尋ねる。






「どうしたんだ? このオートマタそれほど重くもないし、大丈夫だぞ?」





しかし、アン曰くそういう問題ではないらしい。


とにかく私が持つと言って、アンに半ば強引に奪い取られた。




いや、俺からしたら楽になるわけだしいいんだけど……




「ははっ! シルドーはモテモテだな!?」





それを見ていたジャニーが、訳の分からないツッコミをしてきた。鍋蓋の俺がモテているならこの世界の人間みんなモテていることになるが……?





「何を唐突に……嫌味か?」





そんな雑談をしながらも宝物庫を出た俺たちは、城の出入り口に向かって歩き始める。









「それで、これからどうするつもりだ? もうすぐ日暮れだし、これからお前の町、ペイジブルに行くより明日の朝にでも出た方がいいと思うんだが?」





長い廊下を歩く中、少し後ろから渋めの男の声をかけらる。ジャニーだ。





「そうだなぁ……でも、どこかに泊まるっていっても金がないし」




つい最近までただの鍋蓋だったんだ。



鍋蓋がお金を持っていようか、いや持っているわけがない。となると、目下の課題は金になるわけか……






すると、ジャニーが片眉をあげてこちらを見てきた。






「ん? あのルビィドラゴンの素材は売らないのか? 売れば白金貨数枚にはなるだろう?」





え? いや、売るも何もルビィドラゴンを倒した報酬は貰ってるんだ。あのドラゴンの主導権はすでにヴェリテ王に渡っているだろう。






「もうその報酬はもらったじゃないか」



アンにおんぶされたオートマタを見る。





しかし、誤解をしていたのは俺のようだ。ジョニーが隣を歩きながら教えてくれた。





「いえ、その褒美の件は、もともと脅威となるドラゴンの討伐のために用意されたものですので、あのルビィドラゴンの亡骸はいまだにそれを倒した者のものですよ?」





……え? 俺はゆっくりアンの方を見る。





アンは何の話をしているのか分からないようで、俺と目が合うととりあえずニコッと笑っていた。






『アンって、よく分からないとニコニコする癖があるよな?』


『マスターもイヤラシイことを考えていると鼻の下を伸ばす癖がありますよ?』





それは別に俺の癖じゃなくて、男たちみんなの癖じゃないのか?






そんなことを思いながらも、いつものことだとスルーして話を進める。






「アンはあのルビィドラゴン、どうするつもりなんだ?」





今、ルビィドラゴンを倒したのが俺だと知っているのは、アン、ヴェリテ王、ジョニー、ジャニーと俺を含めた五人だけだ。このことは内密にすることになっている。世間一般では倒したのはアンということで通す予定だ。







実はこれは、ヴェリテ王が自ら発案したことなのである。





その時のことを思い出して、ふと思う。





……よく考えてみたら、これもヴェリテ王が気を利かせてくれたのかもな。





今更、実はこの半魔族はルビィドラゴンを倒していなかったと分かれば、世間からアンにどんな目線が向けられるか分かったものじゃない。




あの王実はいい王なんじゃ……




と思ったが、あの若干からかうような笑みを思い出して、それはないと自身で否定する。





「それで? ドラゴンを倒したことになってるのはアンだ。あれの処遇はアンが決めてくれ」




と、俺が尋ねるとアンはようやく意味を理解したようで、オートマタを担ぎ直しながら言った。





「それはもちろんシルドー様が決めてください! シルドー様はどうするつもりなのですか?」





うーん、俺か、俺はなぁ……





「売るべきだと思う。この世界、武力だけじゃいけていけない。やはりいつだってお金は大切だ。それに、いつお金が必要になるか分からない状況だしな」





これから何かといりようになるだろう。




何が起こるか分からないこの世界で重要なものは、愛……などではなく力なのだ。それは武力であったり、財力であったり、形は様々だが、あるに越したことはない。






俺が自分の考えを述べると、アンは即座に首を縦に振った。






「では、売りましょう! シルドー様の言うことに間違いはありません!」






このアンの無条件な信頼は嬉しくもあるが、少し怖いな……


もし俺が道を踏み外していたらどうなってしまうのか……






『大丈夫ですよ、私はいつだってマスターの側にいるんです。私が正してみせます』





そうか……ほんと、頼りになる付喪神だよ。





俺は、少し含み笑いをしながらイチジクにそう告げた後、少し後ろを見てジャニーに問うた。




「じゃあ、売るか。で、ジャニーはあのドラゴン、どこで売ればいいか知ってるか?」




あんな巨大なものどこで売ればいいのか、どうやって売ればいいのか、てんで分からない。





「それなら、商人ギルドだな! ちょうどこの王都にはその本部がある。あそこなら買い取ってくれるはずだ!!」





ジャニーは相変わらずの元気さで言う。






商人ギルドか、そういえば俺も冒険者ギルドとか行ってみたいな……






「夢が広がるなぁ……」






ギルドという異世界ファンタジーに改めて想いを馳せていると、







「ところでだがな……? アン殿」





ジャニーが気持ちの悪い笑みを浮かべながらアンに擦り寄っていた。アンの方はオートマタを背負ったまま、よく分からないと言ったようにニコニコしていたが……







そんなアンにジャニーは言うのだ





「この後、自警団の皆で宴をしようと言う話になってるんだが……アン殿も来ないか?」






……と。





俺は静かにジャニーの後ろに走る。





そして……






「俺の前でアンを堂々とナンパとは、いい度胸じゃないかぁああ!!!!」




思い切り拳を叩きつける!……が、





「何を、しているのですか……あなたは」





俺の拳は、青筋を立てたジョニーによって止められた。


俺の拳とジョニーの掌がパシリッと音を立ててぶつかる。




「ほう……? ジョニーはいいのか? 愛しの兄さんが取られるぞ?」





俺は二発目をジャニーに飛ばす。





「おっと……まぁ、確かに兄さんには制裁が必要みたいですが、傷つけることは許しません」





こいつ、また止めやがった……








俺はジョニーの目を見る。ジョニーも俺の目を見る。







そして、二人の声が重なった。





「会ってからお前は俺の邪魔ばっかりするな?」

「会ってからあなたは面倒ごとばかり……」







俺は姿勢を低くして、拳を構える。


ブラコンも得意の杖を放り投げて拳を構えた。







「死ねぇぇええ!! ブラコン!!」

「あなたが消えなさい、ゴーレム!!」






俺たちは殴り合った。互いに全力だった。





まぁ、お互い物理による攻撃力がほとんどないからか、子供の喧嘩のようにも見えるが……






俺たちは硬い拳とともに、言葉をぶつけ合う。






「俺は、硬いだけで、ゴーレム、じゃない!!」


「私だって、兄想いなだけで、ブラコン、などと低俗な、ものでは、ありません!!」


「それを、ブラコンって、言うんだよ!」


「はっ、これだから脳なしは……いいですか? まず、人の気持ちを、その程度の言葉で括ろうとすることが! 間違っているのです! あなたの知能の低さが露呈していますよ?」


「よく言うよ、頭触られただけ、で! あんなマヌケヅラ晒しといて! もしお前がブラコンじゃないなら、この世界にブラコンなんて単語生まれねんだよ!」


「ほう……まだ、言いますか!? ただ硬いだけの泥人形ゴーレムの分際で」


「あん? だれがゴーレムだ!!」






俺たちの殴り合いはしばらく続いた。お互いストレスが溜まっていたのだろうか?







そんなことを王城の廊下で始めてから、五分ほどだった頃……お互い肩で息をしていた。





二人とも傷一つ付いていなかったが、全力を尽くして戦ったのだ。





それを見ていたジャニーが、呆れたように声を出す。





「はぁ、お前らなぁ? もうそろそろじゃれ合いはいいか?」





こいつ、俺たちのあの熱い戦いを見ていて、あれをじゃれ合いと言うのか!?


だが、もう言い返す体力も残っていない。






アンが俺のところに走ってくる。






「大丈夫ですか、シルドー様? 私には分かりませんでしたが、きっと聡明なお考えのもとで戦ったのですよね? お疲れ様でした!」





この子、ええ子や……ささくれ立った心が癒されていくのを感じる。





ジョニーの方を見るとやつは、ジャニーに構ってもらえてニマニマしていた。





やっぱりブラコンじゃねぇか!!






「はぁ……ほら、さっさと王城を出るぞ?商人ギルドに行くんだろ?」



ジャニーがため息混じりに言った。そうだ、日が暮れる前にお金にしておきたい。





俺は、レザージャケットを胸元でパタパタして、空気を入れながら答える。




「そうだな、ブラコンは置いといて、さっさと行くか……」


「だから、だれが……」






言い返そうとしたジョニーを、ジャニーが止める。





「こら、もう黙っていくぞ」



こうして俺たちはようやく城から出ることになったのだ。










「うわ、もう日が暮れるじゃないか……」



太陽はもうその日の役目を終えたとばかりにその日最後の輝きを見せていた。

街並みが綺麗に照らされて、どこか遠くに旅行をしに来たような気分になる。



改めて見ると、この街は綺麗だな……






そんなことを思いながらも、俺は視点を動かす。



「で、問題のルビィドラゴンはと……ああ、あったあった」




ルビィドラゴンの亡骸は城に入った時と同じ状態で転がっていた。少し切り込みが入っているのは俺とアンが頂いた部分だ。




俺は、一緒に館内から出てきたアンに声をかけた。




「アン、また運ぶの手伝ってもらえるか?」




俺のステータスじゃ、ピクリとも動かないだろう。




「はい! もちろんです」



アンは、俺のお願いに笑顔で答えてくれる。






さて、じゃあ早速商人ギルドに売りに行こうか……



と足を進めるが、そのドラゴンを中心にすごい人だかりができていることに気づく。





「なんだ? 城の騎士団とかではなさそうだが……?」





彼らは騎士団ならではの青と白を基調とした服や鎧を装備していなかったのだ。





そう不思議に思いながら足を進める俺に、ジョニーが後ろから少し驚いたような声を出した。





「おや? どうやら商人ギルドまで行く必要は無くなったみたいですよ?」






どういうことだ?


とりあえずその人だかりに向かって歩いていくと、小太りの商人がこちらに向かってきた。





「おやおやおや? これはこれは、アン様とシルドー様でいらっしゃいますね?」





その中年の男は、スーツにネクタイを締めて、くるんっとなった口髭を生やしていた。





リアルであんな口髭始めて見た……あれはワックスかなんかで固めてるのか?





そこに目線がいくが、とりあえず返事くらいはする。



「ああ、確かに俺はシルドーだ」


「はい! 私はアンです!」





俺たちの挨拶に中年の男は右手を斜め上から自分の前に振り下ろして、華麗に頭を下げる。





「どうも……わたくし商人ギルドのギルド長をしております、マーチャンドと申します」




見た目は中年だが、その立ち居振る舞いは中年オヤジを感じさせず、かなり様になっていた。






「「ギルド長!?」」







俺とアンの声がかぶる。




それも仕方がないだろう。それだけ驚いたのだから。




まさかのギルド長か……本部があるとは聞いていたが、その長が来るとは思わなかったな







すると、驚く俺とアンを置いて、ジャニーが一歩前に出た。




「いやぁ! お久しぶりです! マーチャンド殿!!」






ジャニーが敬語を使っている。ジャニーは警備員ギルド、イーストシティ支部のリーダーと聞いた。やっぱり商人ギルド本部のギルド長の方が位が上なようだ。






ジャニーの元気な声に、マーチャンドは笑顔で答える。





「お久しぶりですね? ジャニー氏、それにフランク氏」




そう言って、ジョニーの方にも目を向ける。




ジョニーはそれに、一つ礼をした。


フランク公とは、ジョニーのことだろう。確か、この二人のファミリーネームはフランクのはずだ。






俺は、挨拶が済んだことを確認し、マーチャンドへ向けて口を開いた。





「それで、ギルド長自らルビィドラゴンの買取りに来たのか?」





ギルド長がここまで来る理由はそれぐらいしか考えられない。


それは根拠のある勘だったが、やはり正しかったようだ。






マーチャンドは、再び俺の方を向いて、話を再開する。



「ええ、話が早くて助かります。この度はこのルビィドラゴンの素材を売って欲しいのですよ」







やはりそうなるよな……アンに交渉のスキルは無さそうだし、ここは俺が出るしかない




『イチジク、交渉とかできるか?』




正しくは俺だけが出るのではなく、イチジクにも出てもらうのだ。






すると、イチジクから予想外な力強い言葉が帰ってきた。




『はい、この刀を持っていた男はあちこちを旅していましたから、売り買いには多少詳しいつもりです』






……え、そうだったの? レベルが90とか言ってたから、てっきりもっとガチガチの冒険者だと思ってた。





とにかく、嬉しい誤算である。






『じゃあ、交渉は任せるぞ?』





次に俺は、横目でアンを見る。





「アン、この交渉、俺に任せてもらっていいか? 大丈夫、アンに損になるようにはしないから」





アンの性格的に承諾はしてもらえるだろうが、この素材はアンのものだ。一応確認しておく。





すると彼女は満面の笑みでこう答えた。




「はい! もちろんです! 」




やはりいつでもアンは俺に過大な信頼を寄せてくれているみたいだ。





俺はありがとうとアンに伝えると、マーチャンドに向き合う。






「というわけだ、今回の交渉は俺を通してもらうが、問題ないよな?」



「ええ、もちろんですとも。私は買い取りさえできるなら特に問題はありません」


マーチャンドは正直に答える。






「では、交渉をするにあたって商人ギルドに話し合いの場を設けて……」


「いや、そんなまどろっこしいことはいい。どうせ商人の長である貴方より高値を出す人がいるとは思えない。」





俺は途中で話を遮った。もともと他の人間に売る気もなかったし、あとはお互い幾らで妥協するかの話だ。





俺の言葉に驚いたのか、マーチャンドが目を見開いて……そして、すぐに笑みを取り戻した。




「そうですか、そうですか、それは私としても時間の短縮になります」





よし、マーチャンドも了承してくれたし、交渉を始めよう。

俺は早速だが、一番気になる点を聞くことにする。



なんの策略もない。ただただど直球な質問だ。





「で、貴方は幾ら出すつもりでここに来た?」



少し背の低いマーチャンドの目をしっかりと見て尋ねる。





その間にも、イチジクとの繋がりを切らさない。



『ちなみに、一般的にルビィドラゴンだと幾らで売れる?』



『そうですね……以前A級のドラゴンを売ったときは、200万ヤンになりましたので、S級にでもなると、1000万ヤンくらいでしょうか?』



1000万!?



以前、イチジクにこの世界の通貨について聞いたことがある。ヤンとは日本で言うところのエンで、響きが似ているのは転生者が広めたからだと思われる。


その証拠に、価値も日本円とほとんど変わらないからだ。





『さぁ、マーチャンドは幾らまで出すのか……』




そう身構える俺に、マーチャンドはその立派な口髭をさすりながら言った。








「そうですねぇ、私共としては、3,000万ヤン程度を出そうかと」







え……3,000万? 3,000万って言ったか!? イチジクの言う額の三倍じゃないか!



いや、まてよ……もしかして……







「ヴェリテ王に、俺が治める領地分の予算を足すようにとでも、上乗せの金かなにかを渡されたのか?」





あの国民思いの王が、何の予算もなしに俺たちみたいな素人に領地を治めさせようとするわけがないとは思っていた。






それに、マーチャンドは愉快そうに答えた。




「……さて、何の話かわかりませんな? ただ、ヴェリテ王があなたの様な身元不明な者を取り立てた理由がわかった気がします」




これは遠回しにそうだと言っている。





恐らくだが、ルビィドラゴンを倒した報酬としてお金は挙げていなかった故に、この様に隠す形で俺たちに渡そうとしているのではないだろうか。






ほんとうに食えない王様だ……





しかし、その策には乗ってやるものか!






俺はすぐさま、頭の相棒と会議を開始する。




『イチジク、この男の助力を買えるとしたら、幾ら出す?』



『そうですね……私なら1000万ヤンは出します』





そうか……やはりこの男にはそれだけの価値があるか。



「わかった、なら俺たちはこのルビィドラゴンを2000万ヤンで売ろう」






俺の言葉を聞いたマーチャンドは少し驚いたようだった。




「それはまた……私どもとしては3000万出そうと言うのですよ?」





まぁ、本来ならばそれで納得するか、欲のはった人間ならもっと要求するかもしれない。しかし、今はこれでいいと思う。





「あぁ、ちゃんと聞こえてるよ。だから、残りの1000万であんたとのコネを買いたい」




何に使ったらいいかもわからない1000万より、将来絶対に役に立つであろうマーチャンドとの繋がりを手に入れた方が今後のためになると考えたのだ。








それに、マーチャンドがニタリと笑った。




「ほぅ……それは私に1000万の価値があると?」


「おっと、その程度じゃあ失礼だったか?」



俺の軽口にその不気味な笑みを膨らます。





そして……






「分かりました。今後あなたが、領土の経営で困ったときはご助力いたしましょう。私も将来有望な若者とコネが作れるのはありがたいことです」




「そりゃ、助かるよ」






これにて、ルビィドラゴンをめぐる騒動に、一旦の結末が見えたのだった。



その日のうちにマーチャンドから2000万ヤンを受け取り、俺たちの契約は無事終了した。












「すごいです! 白金貨がこんなにたくさん……私、白金貨なんて初めて見ました」





そんな風に感動をあらわにするのは、帽子を被って特徴であるツノを隠した半魔族の少女。




俺とアンは取引が終わり、イーストシティの宿でふた部屋分を借りていたのだ。



今は、アンの部屋の机の上にマーチャンドから受け取った貨幣を置いて、目を輝かせていた。




「お、俺たち、大金持ちだぞ!!」





ちなみに、ここに来る際、宿屋にアンが半魔族であることは隠してある。

この宿を取る前に適当な服屋により、さっそく手に入れた金でアンの服と帽子を買ったのだ。




俺は、目を金からアンへと切り替える。




「アン! こんな大金持ってることは誰にも言っちゃダメだぞ?」



大丈夫だとは思うが一応忠告しておく。



「はい! もちろんです!」




これが2000万か……なんだか目がチカチカする。





そうして、輝く白金にめをくらませていた時だ……




ドンドンッ、ドンドンッ!!





誰かが戸を叩く音が俺とアンのいる部屋に鳴り響いた。






なんだ!?




ま、まさかこの金のことが誰かにバレたか!





あの取引の場にいたのは、俺たちとジャニー兄弟、あとはオートマタだけのはずだ。ちゃんとジョニーに遮音魔法はかけてもらったし……





もしかして、ドラゴンを売ったと予想した人間か!?







最悪だ、たしかに不用心すぎたかもしれない。



「アンは下がれ! 俺が見てくる」





腰にある刀に左手をかけ、慎重に扉まで近づく。





まじで勘弁してくれよ……殺る気で来るなら先に殺るぞ……





緊張で手が震える、足が震える。



俺は今から人を殺めようとしているのか?




……いや、大丈夫だ、あの時ヘイトを殺そうとした時の感覚を思い出せ、俺!





ミシリ……ミシリ……





そんな足音で、ゆっくり……綱渡りをするように扉へと近づく。






そして、右手をドアノブに当てた。






……ガチャリッ







そのままドアノブを手前に引っ張り、その反動を利用して居合の姿勢になる。









そこには……








見たことのある顔があった。





その男は、ちゃらけた笑みを浮かべながら口を開いた。




「うっす! シルドーの兄貴! 団長から宴をするから呼んでこいと言われまして……って、何構えてるんっすか!?」





そこには慌てふためくモブCがいたのである。





「なんだ、モブCか……そこを動くなよ?」






モブCは、自警団の一人だ。まさかこの金が目当てってことはないだろう……



そうと決まれば話は早い。






「……え? なんでっすか?」


「……え? そりゃ、危ないからだろ」






だけ言い残すと、俺は間髪入れず居合斬りを放った。







その剣先はモブCの前髪を擦る。





そして……





チャラかったモブCの前髪は、アシンメトリーから世に言うパッツンになった。





「ブフッ……!!」





ふふっはっ、似合ってるじゃないか!!


俺は思わず笑ってしまう。







その瞬間、モブCはポカンとした顔になり……






目だけを上に向けて叫び声をあげた。







「な、な、なんてことしてくれるんっすか!! 俺の前髪がぁあああ!!!!」






よほど気に入っていたのか、モブCが前髪を押さえて絶望にくれた顔になる。




俺は、それを見て余計に腹を抱えながらも、誠心誠意、謝罪する。






「いやぁ、すまんすまん、てっきり盗人かと思ってな? ……プフッ」





俺は、ほんとうに申し訳ないことをしたと思いながら、言った。





フフッ……! これでもうモブなんて言えないな……特徴的な喋り方に特徴的な髪型……





「……ブフッハッハ」




「嘘つくなっす! 今バッチリ俺の顔を確認してからその剣を振ったっすよね!?」





モブCが何を言っているかわからない。まさかこの寛大で有名な俺が、フラグを立てられたからという理由だけでそんな行為に走るわけがない。





目に涙を溜めながら、俺は改めてモブCを見る。



「気のせいだ気のせい……で? アンをお誘いに来たのか?」




俺の笑い声を聞いて大丈夫と分かったのか、アンが奥から扉のそばまでやって来た。





アンの存在を目視したモブCは、眉を八の字にしたまま、アンに手を振る。



「ハァ……そうっすよ! アンちゃんもシルドーの兄貴もうちのギルドにレッツゴーっす!」


「え……俺もか!?」


「……? はい」




俺も誘われてるのか!? 大学時代、一度も集まりに呼ばれなかったこの俺がか!




俺は、聞き間違いかと思い、もう一度尋ねる。




「俺までいいのか?」


「何言ってるんっすか、これはここまでお疲れ様会と、アンちゃんとシルドーの兄貴のこれからを祈った会なんっすよ?」






自警団……出会いは最悪だったが、今ならいい奴らだと実感できる。


なんだか少し、モブCに申し訳ないことをした気になってきた。


……が、それも数秒だけのことで、そんな気持ちはすぐに消え去っていた。




「そうか……なら俺は行くが、アンはどうするんだ?」




俺の質問に、アンは帽子をぎゅっと抑えながら言った。




「私はシルドー様が向かわれるのなら、お供させていただきます!」





まだ一人で行くほどには人族に慣れていないというわけか……





「よし、じゃあ準備をするからちょっと外で待っててくれ!」




俺の言葉に前髪を気にしながら早くするっすよーとだけ言って消えていったモブCを見届けて、行動を開始する。




「アン、留守の間このお金の管理は俺に任せてくれないか?」





今から出かけるにあたって、この2000万を机の上に放置したまま行くのは、バカのやることだ。





アンは、人差し指を口元に持っていき、首を傾けた。



「はい! それはもともとシルドー様のお金です! もちろん構いませんが、策でもあるのですか?」



「まぁな、俺に任せてくれ」





俺は机の上の2000万を袋に入れて持つと、隣にある自分の部屋に戻った。ふた部屋とっているのは俺が押し切ったからだ。






アンは遠慮してか、一部屋でいいの一点張りだったからなぁ……




一部屋は嬉しいが、正直彼女いない歴イコール年齢な俺には、まだハードルが高すぎたのだ。






「さてと……」





自分の部屋についた俺は、暗い中をヨタヨタと進み、ベッドに寝かせたオートマタの側に腰かけた。





「さっそく活躍してもらいますかね」





そう呟くと俺は、腰掛けたままオートマタを上から眺めた。




そして、ゆっくりと指をオートマタの胸元に持っていき……


おもむろにオートマタのメイド服のボタンを外し始める。






一つ、二つ……






少しドキドキしながらもボタンを外していると、頭の中に声が響いた。




『なな、何をしてるんですか?』



『ん? なんだイチジク、見れば分かるだろ?』





イチジクがこんな反応をするのは珍しいなと思いながらも、まぁ、賢いイチジクなら分かっているのだろうと適当に答える。






……が、イチジクはほんとうに分かっていなかったらしい。




『まさか、そのオートマタを貰ったのは己の欲求を……?』





己の欲求……?





……は!?





『んなわけあるか!! このオートマタの服の中にでもお金を入れておけば、流石に漁らないだろうと思ったんだよ!』




このオートマタは、一見、ただ眠っている人間に見える。

流石の盗人も人の服を弄るような真似はしないだろうと踏んでのことだ。





ボタンを上から数個外した俺は、ジャラジャラと音を立てる袋をその中に入れ込んだ。




で、あとはこのままベッドに寝かして……っと、これでよし!!




「よし、これで誰もとらないだろうな」




それだけ言った俺は、部屋から出て鍵を締める。




そんな俺に、隣から声がかけられた。アンだ。




「シルドー様、もう策とやらはよろしいのですか?」



「ああ、もう大丈夫だぞ? じゃ、モブCが待ってる宿の前まで行くか」



「はい!」



こうして俺たちは宿の前まで出てきた。





宿屋の扉を開くと、その扉の横にもたれかかっていたモブCがこちらを見て口を開く。




「あれ? あの時はよく見えなかったっすけど、アンちゃん、帽子買ったんっすか?」



「はい! シルドー様オススメの品です! 私は手ぬぐいでいいと言ったのですが……」





それもありっちゃありだが、こんな可愛い女の子にそんな真似はさせられない。俺は大きなベレー帽をアンに勧めたのだ。






それを見たモブCが、イケメンズスマイルを浮かべてアンに詰め寄る。





「すっごい似合ってるっすよ! 本当に可愛いっす!」




こいつ、また性懲りも無くアンにアピールを……二度目の制裁が必要か?





「ありがとうございます!」



しかし、アンは頬を染めることもなくいつものようにニコニコして言った。




この様子だと、心配するほどのこともないかな……





俺は、モブCの肩をパシリと叩いた。




「ほら、さっさと行くぞ! 案内頼んだぞ、モブC」




それに、モブCは嫌そうな顔をする。



「はぁ……その呼び名は定着させるんっすか?」






その後警備員ギルドに向かったが、街の中はクリスマスのイルミネーションを灯しているかのように煌びやかだった。


ルビィドラゴンが倒れたことで街はお祭り騒ぎらしい。






「夜だってのにすごい賑わいだな」


「はい! キラキラしてて綺麗ですね!」





というアンの顔は、その街に負けないくらいにキラキラしていて、思わず見てしまう。




しかし、そんな儚くも美しい時間はあっという間に経ち、モブCの声で現実に引き戻される。





「ここっすよ!」





そこは街の中心部にある大きな会館のような場所だった。入り口には営業終了の看板が掛けられている。



そしてなにより、その内側では、外にいても聞こえるくらい、男どもの大声が響いていた。





「なんか、すでに中で馬鹿騒ぎしてる声が聞こえるんだが?」




それに、モブCは舌打ちをする。




「ちっ、みんな俺のこと放っておいて先に始めたっすね! 俺たちも急ぐっす!」




そう言うとモブCは。その営業終了した警備員ギルドの扉を開いた。



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