第15話
「さて、アン」
「なんでしょうか? シルドー様」
「自立するには、やっぱりアンが変わる必要があると思う。アンも仲良くしたいんだろ? 人間と」
「はい」
そんな会話をする俺たちの前では、自警団がドラゴンをどうやって運ぶか話し合われていた。
トラックを縦に二台重ねたほどの大きさのドラゴンを、なんの用意もなしに運ぶのは難しいのだろう。
俺はその様子を見てイチジクに聞いてみる。
『今のアンにあの大きさ、重さを運ぶことは可能なのか?』
『はい、ステータス上は可能でしょう。ただ、三年間まともに動いてない体では少し厳しいかもしれませんが……』
うーん……まぁでも、多少は力になれるだろう。
俺は一つ頷いて、自警団の行動を見ていたアンに話しかける。
「なぁアン、人族を助けてやれないか?」
これまでは蔑んでくる存在だった人族、それを助けることで人族とアンの関係を少しでも変えることができるかもしれないと考えたのだ。
すると、アンは初めは弱々しく、最後には力強く答えた。
「わ、私ごときが人の役に立てるとは思いませんが……こんな私でも出来る範囲なら頑張ります!」
相変わらず自分の評価が低い娘だ。
しかし、それと同時に感心する。
殺されそうになった相手と協力するのは勇気がいっただろうに、よくやるよ。
俺なら、真っ先に逃げるか、敵の首を狩るだろうしな。
意見が噛み合った俺とアンは、話し合っている自警団の前まで歩いていく。
そして、リーダーであるジャニーに話しかけた。
「なぁジャニー、そのドラゴンをどう運ぶか困ってるんだろ?」
それに頷くジャニー
「ああ、そうだな! まさかドラゴンがやられてるなんて思わないから、荷台もなにも持ってきてないしな!」
ジャニー、喋り方は変わっても、この無駄に元気がいいところは子供のジャニー君と変わっていない。
俺は呆れたように少し笑いながら言う。
「なら、アンが手伝ってくれるってよ」
それに、ジャニーは首を縦に振った。しかし、その間に少し時間があったことは見逃さない。
「……お、おぉ! それは助かる! 頼んでいいか? アン殿!!」
アンは、その大声に萎縮しながらも大きな声で返事をした。
「はい!」
俺は切実に願う。
これで良いように転んでくれたらな……
こうして俺たちは自警団の面々とアプルの森、さらにその先、イーストシティを目指すことになったのだった。
……が、進みだしてから二時間くらいたった今、俺たちは早くもアプルの森の中で休憩をしていた。
皆、近くの岩や枯葉の上に腰掛け、水分を摂ったり、おおきく伸びをしている。
かく言う俺もちょうどいい岩に腰掛け、ため息をついていた。
「はぁ……疲れた、しんどい……眠い……」
顔を見上げればサワサワと木々が揺れ、その揺れ動く葉の隙間から太陽が顔を覗かせていた。
「ああ……もう動きたくない」
そうしていると、視界いっぱいに男の顔が映り込んだ。
「おいおい、体力なさ過ぎるんじゃないのか?」
「なんだ、ジャニー? 男の顔なんざこんな近くで見たくないんだが?」
特にイケメンは……
しかし、そう言う俺をからかうように、ジャニーは笑う。
「ガッハッハ! ちょっと戦っただけでそのざまじゃ、頼りねぇなぁ!」
「ハッ、お前の部下こそもうヘトヘトじゃないか」
俺の目に、地面に両手両足をついてぜぇーはぁーと息をしている下っ端どもが映り込む。
ここに来るまで、道中何度か戦闘はあったが、アンと自警団が協力して難なく突破していた。
今こうして休憩をしているのは、道中、アンがドラゴンを頭の上に持ち上げて、自警団十数人が周りでそのサポートをしていたのだが、ドラゴンが予想以上に重く、アンはともかくサポートの自警団が体力の限界を迎えたからだった。
俺と同じ方向に目をやったジャニーは笑う。
「いやぁ〜それを言われると困っちまうな? だが、それに比べてアン殿は本当に力持ちなんだな! 男の威厳もあったもんじゃない!」
そう言って笑うジャニーからは、警戒の色が薄れてきているようだった。たいした時間ではないが、ここに来るまでに命の危機を共に乗り切ったことの影響が大きいのだろうか。
すると、休憩ということでちょうど俺のところに歩いてきたアンが、純粋無垢な顔で口を開いた。
「いえいえ、私は半魔族ですのでこのくらい……それに皆さんの方が凄いです! お仕事だからって、殺されてしまうかもしれないのにドラゴンを目指してこんな遠くまで来たのですよね? 本当に立派です!」
それを聞いた俺は、目を細め頭の中で会話する。
『これ、狙って言ってるのか?』
『これまでの言動から分析するに、これは天然でしょう』
『アン……将来は魔性の女だな』
『マスターもころっとやられた口ですか?』
『俺は見た目だけでイチコロだ』
『さすが、可愛ければゴブリンも許容範囲と言われるマスターです』
『……おい、誰がそんなこと言った?』
『……え? 違うのですか?』
『違うぞ?』
『人生……いえ付喪神生、一番の驚きです』
ニッコリと褒めてくれる魔性の女……アンに自警団の何人かがモジモジと照れている。ジャニーももれなく顔を赤らめていた。
こいつら、ついさっきまで嫌ってたくせに……
こんな一瞬で仲良くなれるということは、人族が前提として、アンを半魔族だということにせずに接することができていたなら、アンが悩むこともなかったのだろう。
ほんと、うわべしか見ていない証拠だよな……
アンの見た目はツノを除けば絶世の美少女だ。恐らく普通に人族に生まれていたらモテモテだっただろう。
彼らの様子を見ていると、少しだけ鼻の下を伸ばしたイケメン……ジャニーが、アンに近寄る。
「カッコいいか! アン殿は……」
その時、ジャニーのセリフを遮るように、朗らかな空気を一変させる唸り声が辺りに響き渡った。
「グルゥアアアア!!!!」
俺は、その声に聞き覚えがあった。
「アプルウルフか!!」
『はい、ドラゴンの血の匂いに誘われたのでしょう』
もともとこうなることを予想して、止まることは極力避けていたのだが、本当にこのタイミングで来るとは!
俺は立ち上がり、すぐに刀を抜く。アンも拳を前に構えていて、戦闘態勢だ。
始めは三匹程度だったのが、草木をかき分け別のアプルウルフが次々と姿を現わす。
「アン! 戦えるのか!?」
「はい! もうだいぶ体が動くようになりましたから!」
アンのレベルは80を超える。アプルウルフ程度ならどうとでもできるだろう。
「そうか! 気をつけろよ?」
「はい! シルドー様もお気をつけて! ……それと、昨日のような戦い方はやめてくださいね?」
不安げなアンが振り向く。昨日のような戦い方とは、恐らく自分の体に噛み付かせてそれを斬るような戦い方のことだろう。俺はその言葉に頷いた。
「分かってるよ」
毎度毎度あんな戦い方をしていては、もたないだろうし、何より痛いのは俺だって嫌だ。
俺は、頭の中の相棒に呼びかける。
『さて、俺たちもやるか! 頼りにしてるぞイチジク!』
『お任せくださいマスター』
俺は両手で刀を構える。
大丈夫、一度は戦ったことのある敵だ……精神を集中する。
そして、心構えが出来た時……
『マスター、来ます。右、岩の上からです』
来たか!
声に反応して体を横に向けると、そこにはキバをむき出しにした狼の顔があった。
俺はたまらずバックステップを踏む。標的を逃したアプルウルフはそのまま地面に着地した。
俺はそのタイミングを逃さない。
アプルウルフが着地したその瞬間、アプルウルフの体重は下にかかっている。
動けない今が好機!!
「そりゃあ!!」
一閃……アプルウルフの体は真っ二つに分かれ、辺りに血飛沫が飛んだ。
さすが、最強スペックの刀だな!!
この戦闘に余裕を見出した俺は、一つの疑問をイチジクに尋ねる。
『そういえば、イチジク! この刀ってステータスで数値化するとどんなもんなんだ?』
『以前言ったように、ステータスを見るにはギルドに行ってステータス用紙を出してもらう必要がありますので、詳しくは分かりません』
そういえば自分以外のステータスを知るにはギルドに行かなければいけないと言っていたな……
『ですが、おおよそで言うとレベルが二百手前で、攻撃力が三万前後といったところだと思いますよ?』
その事実に俺は唖然とする。
……三万!?
えげつないな? 普通の武器だと平均が五百と言っていたから……六十倍か!?
今の俺で防御力が一万六千ことを踏まえると、この刀で斬られたら俺もひとたまりもないことになる。
俺は改めて、ルビィドラゴンの中で長年鍛え抜かれた刀に目をやる。
「この刀……思ったより凄かったんだな」
この刀と俺の防御力があれば俺自身は問題ないだろうが、他の奴らはうまくやっているのだろうか?
そう思った俺は、あたりを見回し、まずはアンの様子を確認する。そこには拳一つでバッタバッタと狼を投ぎ倒す女の子の姿があった。
『アン、あんなに強かったのか』
『半魔族でレベル80オーバーなんて、規格外にも程がありますよ?』
そうだったのか……
あっ、また一体吹き飛ばされた
アンは、アッパーでアプルウルフを吹き飛ばし、拳を掲げる。
「私だって! やればできる子なんです!」
「ははっ……あんな嬉しそうな顔初めて見たな」
『ですね、これだけ活躍すればルビィドラゴンを倒したという話もより信憑性を増すでしょう』
そうだな、とだけ言って他の人たちを見渡すと、他の自警団のメンバーも果敢に戦っていた。
その圧倒的な武力に思わず声が漏れる。
「ほわぁ……自警団、素人の俺が見ても凄いってわかるな」
『誰だって何年も修行すればあれくらいになります』
イチジクからなかなか辛辣な言葉が返ってきた。
そうやって努力できることが凄いと思うんだが……
だが、やはり才能の違いというものは存在しているのだろう。
そうして戦う自警団の中でもある男だけは、一際目立っていた。言うまでもなくジャニーだ。
彼は大剣を両手で持っており、一振りするだけで風を巻き起こして、アプルウルフを吹き飛ばしていた。
アプルウルフが紙切れのように空に舞う。
『なんか、アプルウルフかなり吹き飛んでるが、あれは魔術なのか?』
『いえ、恐らくあれは武器のスキルによるものでしょう。連続で発動はできないですが、武器にスキルがあればあのように強力な技を出すことができるのですよ』
ああ、なるほど。そういえば俺も使ってたな……スキル。
スキル……魔力がなくても使えると言う能力だ。俺で言う【巨大壁】やら【レザークラフト】とか、要はごく稀に道具に付いている魔術みたいなものだ。
そこで、俺は気づいてしまった。
……まてよ、ということはだな?
この刀にスキルさえあれば、魔術を知らない俺でもあんなカッコイイ芸当ができるということか!?
『お、おい!! イチジク! この刀はスキルもってないのか!?』
俺はワクワクしながら聞く。もし炎が出せたり雷を帯びさせたりできるのなら是非やってみたい!!
『おや……記憶にございませんか? 以前軽く言ったと思いますが、スキルならありますよ?』
え? 聞いてないぞ!! この刀は何が出るんだ? 炎か? 雷か? もしかして黒焔とかか!?
期待が止まることなく上がっていく。
そして、そんな俺にイチジクは告げたのだった。
『自動修復ですよ』
はぁ……ため息が出る。まったく……はぁ……
イチジクは全然わかってない!
あぁ、全くといってもいいだろう。それは俺の求めているスキルじゃないことくらい、百日以上も一緒にいるのだから分かって欲しいものだ……
俺は、しかたなくそれを教えてやる。
『あぁ、確かに聞いたことあったよ、そのおかげでドラゴンの胃の中でも溶けなかったんだったよな?』
『その通りですマスター。よくそんな頭の中の木ノ実に記憶することができましたね』
『俺の脳は木ノ実じゃないというツッコミは置いといて、他にもあるんだろ? スキル』
これだけ期待させておいて、まさか他にないなんてことはないだろう。
しかし、イチジクの無慈悲な返答が返ってくる。
『……ないですね』
俺はたまらず刀を地面に叩きつけた。
カランッと音を立てて、刀が地面を転がる。
「なんだよ! ただでさえ魔術が使えないのに、刀までただの刀かよ! 俺もあっちのジャニーが持ってるやつの方がいい!!」
『落ち着いてくださいマスター、声に出てますよ。それに、今やあんな剣よりこちらの刀の方が圧倒的に強いんですよ?』
「いーやーだぁー! 黒焔を出す剣とか持ーちーたーいー!! そんで眼帯とかつーけーたーいー!!」
三者から見たら、一人で駄々をこねている頭のおかしい人みたいに映っているだろう。いや、そもそも戦闘中に駄々をこねるなと言う話なのだが……
しかし、ようやく見つけた可能性すら失おうとしているのだ。黙っていられるわけがない。
すると、イチジクに現実を突きつけられた。
『はぁ……駄々こねないでください。それに、マスターのステータスではあんな剣振るえませんよ?』
「うっ……」
痛いところを突いてくる。確かに、防御力以外皆無の俺にはあんな剣扱いきれないだろう。
しかし……それでも……
うぅ……
『ほら、刀を拾ってください。またアプルウルフですよ』
あぁ! くそっ……!
こうなったら憂さ晴らしじゃああ!!!!
こうして俺はその右手に、また刀を握ったのだった……
あれから十分たった頃、俺は刀を鞘に収めた。ようやく全てのアプルウルフを倒しきったのだ。
「はぁ……疲れたな」
『今回は一度も噛みつかれませんでしたし、成長しましたね』
毎度毎度あんな痛いのは勘弁してほしい。いくら防御力が高いといっても、痛いものは痛いのだ。
そうして満足感を感じていた頃、少し前から声が聞こえた。
「流石だな! アン殿は!!」
そう言いながらアンに近づくジャニーが見える。二人とも傷一つ付いておらず、他の人と比べるとその強さが明確になる。
『剣を持ってるが、大丈夫そうか?』
『はい、彼から殺気は感じられません。彼女の強さにより脅威を感じたからでしょうか』
イチジクがそう言うなら、心配しなくても大丈夫かと、その様子を俺は少し遠くから見ることにする。
このまま友好関係を築いてくれれば、アンを変えることにつながると思うんだがなぁ……
……そう思った直後だった。
突然アンがジャニーに突っ込んだ!!
別に関西人的なものではない、物理的に突っ込んだのだ。
体を少しかがめ、一気にジャニーの懐にタックルする。
アン!? どうしたんだ……!!
ジャニーの大声が響く。
「おい! なにをする!! ついに本……」
「くうっっっっつつ」
その瞬間、俺は走っていた。
アンに向かって一直線に。
理由は簡単だ。
アンの横腹、そこに牙を立てたアプルウルフがいたからだ。
血飛沫が飛ぶ。
アンから赤いインクが溢れ出し、止めどなく吹き出す。
ジャニーは目を見開いて動けないでいる。
この風景、既視感があるな……
あぁ、小さい頃ゴブリンに襲われた時か。
頭は至って冷静だった。だが、今はこれでいい、これが最善だ。
「おらぁあああ!!!!」
アンのもとに到着した俺は、走りながら抜いていた刀を思い切り縦に振るう。
「きゃうぅぅん……」
アプルウルフの最期は呆気なかった。そもそも、群れで襲ってくるだけでそこまでの脅威のない魔物だ。
「おい! アン!! 大丈夫か!?」
俺はすかさずアンを抱き抱える。
その声にアンが笑顔で答えた。
「シルドー様……ダメですよ、服が汚れてしまいます」
「黙れ、今そんなこと構うか!」
「また、助けてくださったのですか……私は大丈夫です! 半魔族、舐めないでください」
気丈な態度だが、その顔は青白い。もともと栄養も足りていなかった体だ、いくら高レベルといえども今この攻撃を喰らうのはまずかったのだろう。
くそっ……
油断していた自分に嫌気がさすが、今は悔しがる時ではない。
俺は、アンを抱えたまま、後ろを振り向いた。
「おい! だれか! アンの治療を頼む!!」
聞こえてない……ということはないだろう。かなりの大声で言ったのだから。
しかし……
「「「…………」」」
その声に自警団の面々が一言も発さないまま、目に見えて戸惑う。
仲間の顔を見る奴や、聞こえないふりをする奴、誰一人こちらを見ない。
ちっ……! こいつら!!
「まだアンに警戒してるのか!? 今は一大事なんだぞ! 今の行動を見てなかったのか!? お前、そん……」
しかし、そんな俺の必死な説得をイチジクが止めた。
『マスター、彼らはドラゴンの死体さえ手に入ればいいのです。彼女はむしろ邪魔な存在……』
その声が頭に痛く響く。
アンの呻き声がしてそちらに向き直ると、アンがその綺麗な眉を顰めて、苦しそうに目を閉じた。
くそっ……! 何か手はないのか!?
こいつらの一人から治療具を奪うか?……ダメだ、治療中に攻撃されるのがオチだ。
なら……
『イチジク! 今すぐ俺に治療法を教えろ!!』
『それには道具がなければ……今の状態のマスターには到底無理です』
イチジクにも無理なのか! こうなったらここにいる連中皆殺しにして、治療道具を盗むしか……
俺は静かに刀を握った。問題ない、善行の対象であるアンのためなら人だって殺してやる。
こいつらは悪だ。悪を倒すのは正義の務め。悪を殺すことは正義だ。正義は悪ではない。つまり、俺がこいつらを殺すのは間違っていないのだ。
そう決意して立ち上がった時だ……
「俺に任せろ!! シルドーは患部が見えるように服をまくれ!」
ジャニーだ。その瞳は何かを決意した男の目をしており、イチジクに聞かなくても殺気など出していないと分かった。
「了解した!!」
今はジャニーを信じるしかない! それに、今のジャニーの目は、昔のジャニー君と同じ目をしていた。昔ジャニーは弟のジョニーを守るために盾になったような奴だ……大丈夫、あとは任せよう
俺は、アンの服をへそが見える程度に勢いよく捲し上げる。
見えたアンの腹部は痩せ衰えていた。今はそこに二つの穴があって、血が流れている。
「ちょっと離れてろ!」
治療道具を持ったジャニーが馬から戻ってくる。
本当に大丈夫なんだよな……
身体中の汗腺から、冷たい汗がブワッと滲み出るのを感じる。しかし、今はジャニーの技量に頼るしかない、俺は少し離れた位置から、アンとジャニーの様子を見ることにする。
ジャニーの治療は的確だった。五分足らずで治療をし終え、包帯を巻き終えたのだ。
すごいな……
「これで大丈夫だろう」
汗を首に巻いたタオルで拭いながらジャニーは言った。照りつける太陽がその汗をきらめかせる。
俺はホッと息を吐いた。アンの顔色も随分と良くなったみたいだ。
そんな俺に、イチジクからのからかう声が聞こえた。
『マスター、今回はいつになく必死でしたね?』
『そりゃぁ、こんな可愛い子が死んだとなっちゃ、この世界の多大なる損害になるだろ?』
『ああ、あくまでそのスタンスでいくのですか……でしたら、私は心ゆくまで罵ってあげましょう。変態マスター』
『やめろ、なんか俺が変態をマスターしたみたいだろ!?』
相変わらずのイチジクの反応にうんざりしながらも、俺はジャニーのもとへと足を進める。
「助かったよジャニー」
「それは俺のセリフだ……あれだけ酷い対応をしたのに、そんな俺に自分を犠牲にするなんて、アン殿は何がしたいんだ?」
あのジャニーが元気がない。
アンが何をしたいか、か……
「さぁ? そんなもんアン自身に聞いてくれ、正直俺もさっぱりだ」
アンは半魔族として生きていくには優しすぎるのだ。俺ならあんな風に、酷いことをしてきた人種を前にして笑うことなどできない。
俺の言葉にジャニーが驚きの表情を見せる。
「シルドーにも分からんのか?」
なぜ驚く?
人間なんて、そんなすぐに相手の感情が分かるようになるわけがないだろう。
「そりゃあ、俺だってアンに出会ったのは昨日のことだしな?」
そうだ、色々あったが俺がアンにあったのはつい昨日のことなのだ。
すると、ジャニーがアンのそばで包帯を片付けながら、こちらに驚きの顔を向けた。
「……そうなのか!? その割には信頼しあってるようだったが……?」
信頼、か……
「そう見えたか? ならそれは、お互い一人だったからかな……互いに互いを必要とした結果だろ」
この世界に来て知り合いが一人もいなかった俺と、人間にひどい目に遭わされて頼る当てのなかったアン。
俺たちは凹凸がぴったりと合わさるように、すこぶる相性が良かったのだろう。
俺はジャニーの隣に座ると、眠るアンの頭に手を伸ばし、少し痛んでいる髪の毛の上に手を乗せる。
イチジクが何か言うかもしれないが、もう少しだけ……
その様子を見て、お邪魔だとでも思ったのか、ジャニーはどこかへ立ち去った。
「……お前は、本当に何を考えてるんだ?」
それからアンが起きるまで、辺りに警戒しながらも俺と自警団はその場にとどまることになった。
それから時間は流れ……
ーー太陽が沈みかけた時、アンはようやく目を覚ました。
その間、アンには誰も近づけさせていない。アンが死んでもいいと思っているような連中が周りにいる状況だ。俺が側で見守っていなければ、何をされるかわかったものではない。
そんな中、自警団の連中は野営の準備をしていた。暗い森の中を無闇に歩くのは危険だと判断した結果、今日はここに止まることになったのだ。
ちなみに、死体関係はきちんと処理されている。
目を微かに開いたアンに俺は大きな声で呼びかけた。
「おい! アン!! 大丈夫か!?」
その声にアンは、一度閉じていた瞼をゆっくりと上げた。
「……シルドー様?」
アンは、ゆっくりと口を動かす。
「これは……どういう状況なのですか?」
目覚めたばかりで、まだ炎の光に目が慣れていないからなのだろうか、目をしばしばさせながら俺に尋ねてきた。
「あーっと、どこから話すかな」
アンの容態に気を遣いながらも、俺はアンがアプルウルフに噛み付かれてからのことを大雑把に説明した。
するとアンは、上半身を起こし、俺の僅か後ろで、木にもたれてに立っていたジャニーに向けて笑顔を振りまいた。
「そうでしたか……ジャニー様、助けていただき、ありがとうございます!」
……別にアンが感謝することじゃないだろうに。
このバカどもを助けるなんて、それこそ無駄な行為だ。それは、この社会の悪の部分を助けることに他ならないのだから。
そんなことを思っていると、ジャニーが予想外の行動に出た。
彼は、ズカズカと俺の隣……アンの真横にまで歩いてくると、叫んだのだ。
「いや……こちらこそすまなかった!!」
ジャニーは、膝を折って頭を下げる。いわゆる土下座というやつをしたのだ。
それを見た俺はただただ思った。
イケメンは、土下座すら様になるのか……と。
ジャニーを見ていた周りの自警団が、目を見開いてその様子を見ている。
ジャニーは自警団の中では頼れる団長をやっていたから彼の頭を下げるのがよほど意外だったのだろう。
人の様々の表情を炎がありのまま映し出す。葉が一枚ヒラヒラと舞い、炎の中でチリチリと音を立てて燃えた。
静かな中、ジャニーは語り続ける。
「これは、助けられたことに対してだけではない!! これまで、半魔族という理由だけでアン殿に行った全ての愚行、ならびにその態度を詫びたいのだ……!!」
そういえば俺が最後に見たジャニーも親父さんに謝ってたな
そんな懐かしみを感じつつも、アンの立場に立ってみる。
俺がアンだったら、こんなこと言われても、その言葉を信用することはできないだろう……
でも、アンなら……
しばらくの静寂のあと、アンは口を開いた
「……顔をあげてください、ジャニー様。私は大丈夫です! それに、これまでの対応だって、人族にしてみれば普通のこと、ですよね?」
やっぱりか……
ジャニーは体をそのままにして、顔だけをあげた。
そんなジャニーに手を差し伸べてアンは言う。
「でも……なら、これから、もっと……もっと、仲良くしてくださったら嬉しいです!!」
それは、アンの本心。そして、それに返答するジャニーのそれも本心だったように思う。
「あぁ……約束する。本当にこれまですまなかった!!」
そこには確かに種族を超えた対等な関係が成り立っていた。
『この先、うまくいくと思うか?』
『それはマスターがうまくいかせるのではないのですか?』
『……それも俺の役目なの?』
自警団とは仲良くなりつつあると思ったら、また亀裂ができて、そしてまた仲良くなった。その関係は未だに歪だ。
これから先、うまくいってくれるといいが、それまではどうやら俺がアンのサポートをしなければならないらしい。
「こいつら、面倒くさい……」
俺はアンの隣にどっかりと座ったまま、ジャニーに言った。
「じゃあ、俺はアンを見てるから野営の方を頼む」
それを聞くと、了解した! とジャニーは元気に返事をして、スクリと立ち上がった。
そのまま指示を出しに行くジャニーを見ながら、アンはまた横になる。
「ほんとに大丈夫なのか?」
見た感じはどうもなさそうだが、やはり心配になってしまう。
「はい! さすがはレベル80越えの身体ですね! もう傷口も閉じたみたいです」
アンは笑顔で言った。その顔は、傷ついた直後の無理をした笑みではなく、自然なものだった。
「アン、まだこいつらについて行くつもりなのか?」
さっき治療を渋られていたことを思い出しながら尋ねる。
「……はい」
「治療……してもらえなかったかもしれないんだぞ」
「……はい。心配してくださってありがとうございます」
しっかり受け答え出来ているアンの様子に安心しつつも、俺はここに来るまでずっと考えていた疑問をアンにぶつけることにした。
「アンちょっと聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう?」
俺は口を開く。
「いや今更なんだがな? そもそもなんで人族の街に行くことにしたんだ?」
俺の言葉にアンがこちらを見る。何と言うべきか悩んだろうか? 少し間を置いてアンは口を開いた。
「行けば変われるかも……と思ったんです。あの街での記憶は酷いものばかりですが、そこに蓋をしてしまったら、過去と決別できないような気がして」
アンは語った。己は変わりたいんだと
なるほどな……アンもちゃんと自分なりの考えを持っていたのか。
それを見ていると、なんとなく、巣立っていく親の気持ちがわかった気がする。
「アン……お前はどこへいくというのだね」
「……は、はい?」
それからしばらくアンとの雑談は続いた。
こうしてたわいもない会話が出来るのも、互いが生きているからだ。今はそれでいい気がした。
それからしばらくして、野営の準備も整った自警団と共に、ご飯の時間が始まった。
といっても自警団が持ってきた干し肉を齧るだけのことだったが……
「おい! アン!!」
「突然大きな声を出してどうしたんですか!? シルドー様!」
俺は驚くアンに向かって悔しそうに言う。
「アン、俺たちは取引したよな? 俺がアンを変えていく代わりに……アンが俺の手助けをすると!!」
「え、あ、はい! そうですね?」
未だに俺の意図が伝わっていないようで困惑している……うん、とりあえずかわいいな。
そんなことを思いながらも会話を続ける。
「俺は思うんだ……もしかしたらこの干し肉に『毒』が塗られているかもしれないんじゃないかと!!」
……もしかしたらまずは厄介な俺を倒して、ドラゴンをいただこうとする奴がいるかもしれない!!
全くもって筋が通っている。
しかし、こんな時に限ってアンは鋭かった。
「なるほど! ……で、ですが、シルドー様? この干し肉は大量にあった中から適当に取ったもの、ですよね? この干し肉に特定して毒を塗るのは……その、不可能だと思うのですが?」
ちっ、この鋭さはどこかの付喪神みたいだ
だが俺も諦めない!!
「確かにそうだ! ……しかし、しかしだ ! もし万が一にもその可能性があるならば、俺は最善をきしたい!!」
「た、確かに……」
アンは少し困ったように、でも納得したように顎に手を当てて頷く。
……フッ、ちょろいな!! ちょろすぎるぞアン!!
このまま流れで押し切ろうと、俺はアンに詰め寄る。
「そこで……だ! アンには俺の命を助けて欲しい!!」
「も、もちろんです! では、具体的にはどうすれば……?」
俺は待ってましたとばかりにアンの肩を掴んだ。
そして、自分の干し肉を前に出して、しっかりとアンの目を見ながら言った。
「この干し肉を舐めて欲しい……」
月明かりしかない真っ暗な空の下、炎がゴウッと音を立てて燃えた。それ以外は、ほとんど何の音も聞こえなくなる。
自警団の連中、聞き耳立ててやがったな……
「…………え? わ、私が、このシルドー様の食べる干し肉を舐めるのですか?」
「あぁ、その通りだ。これは毒の有無を調べるために重要なことなんだ!!」
自警団のことなど気にせず俺は言う、これは俺の命のために必要な行為なのだと……アンには犠牲になってもらうが、俺はそんな人間なんだと……
『マスター、いえ、ゲスター、それだとアンが死んでしまう可能性が生じますが?』
『バカヤロウ!! アンにそんな危険な真似させれるわけないだろう! この干し肉の安全性は俺がすでに舐めて確認済みだ!!』
『…………待ってください、クズターはそもそも、なんのためにこの干し肉を舐めさせるつもりなんでしたか?』
『だから、言っただろう? 俺の安全性を確保するためだ!!』
『………………矛盾が度を超えてますよ? 本当に救いようのない方ですね?』
頭の中でどこかの付喪神がうるさいが、そんなことは些細な問題だ!
「さぁ、アン!! 早く!!」
「わ、私がこれからシルドー様の食べる干し肉を舐める……」
真っ赤になったアンの喉が動く。
緊張で汗だくになった俺の喉が動く。
そんな極度の緊張状態の中、背後から声が聞こえた。
「そうか、なら俺が確認してやろう」
そう言って、声の主は、後ろからにょきりと現れると、これからアンが舐めて、さらには俺の食べる予定だった干し肉を一口かじった。
「…………きぃさぁまぁぁああ!!」
俺はジャニーを睨む。
しかし、彼は平然とした顔でこう言った。
「うん、大丈夫だ! この干し肉に毒は塗ってない、さぁ、食えよシルドー?」
俺はこのことを永遠に恨み続けることになるのだろう。
『ざまぁみろです。マスター』
くそっ!! なんかこいつ嬉しそうだな、そんなに俺の作戦の失敗が嬉しいか!?
アンの少しホッとした顔が、赤く灯った炎に映る。
すると、俺の後ろでくちゃくちゃと肉を食べていた天敵ジャニーが、俺に尋ねてきた。
「それでなんだが、俺もここでいいか?」
こいつはまた性懲りもなく……
だが、何やら話があるみたいだしな……
ここは涙を飲んで許すべきだろう。
本来ならこの恨むべき男を、俺とアンのイチャラブ空間に入れたくは無かったが、俺は承諾する。
「俺はいいが……」
俺は、自分の干し肉を頬張る幸せそうなアンの方を見た。
すると、視線に気づいたアンは、口をいっぱいにしたまま返事をする。
「……あっ! ふぁい! ……んぐっ、もちろん私も大丈夫ですよ!」
では、と言ってジャニーが側に座って干し肉に噛み付いた。
こいつも、気を使ったのだろうか? アンの隣ではなく、俺の隣つまりは、アンとの間に俺を挟むように座った。
そんなジャニーを見ていると、かつてのジャニー兄弟の父親を思い出す。
ジャニー……親父さんに負けず劣らずの筋肉隆々ぶりだな。
今のジャニーは鎧を全て脱いでいたのだ。
アンに自分が警戒心を抱いていないことを視覚を通して示したかったのかもしれない。
まぁ、単に重かったからかもしれんが……
俺の隣で干し肉を飲み込んだジャニーが口を開く。
「ところでなんだが、どういう状況でドラゴンを倒したんだ? アン殿の性格から察するに、力比べなどではないんだろ?」
「え、えっと……それはですね?」
この話は事前にアンと打ち合わせをしておいた。ドラゴンに襲われていた俺が走って逃げた先にアンが捕らえられていて、その鎖を俺が手に持つ刀で切った。するとアンは人族には出さなかった『本気』を出して見事にドラゴンを打ち倒したのだった……こんなシナリオだ。
この話をした時、アンは「シルドー様の功績なのに!」と断固として頷かなかったが、俺が契約の話をすると渋々引き下がった。
「実は……」
アンは話し始める。『なぜ捕らえられていたのか』も含めてどういった経緯でドラゴンを倒したのか。具体的にどのようにドラゴンを倒したかは濁していたが、それ以外は真実なので、誰もその話を疑うものはいなかった。
アンの話に、始めは興味なさげに作業をしながら聞いていた自警団が、次第にアンのもとに近づき、今ではみんな興味津々にアンの話を聞いている。
「……というわけで、ドラゴンの肉を食べて眠りました。そして起きたら自警団の皆様がいたのです!」
アンの牢獄での話は前に軽く聞いていたが、想像よりもひどい環境だったらしい。アンの話を聞いて涙を流す者もいた。
「そうか……大変だったんだな!」
ジャニーは目に涙をためてそう言った。
半魔族のこういった現状は、一般の人にはあまり知られていないようだ。半魔族は悪い存在、くらいの認識だそうだ。
すると、一連の話を聞いたジャニーが立ち上がって自警団に目を向けた。
そして彼は自警団の目線が向いたことを確認すると、大声を張り上げる。
「やはり、俺たち半魔族に対する認識を変えなければならない……!!」
空気が変わる。炎が大きく揺れた。
やっぱりジャニーちょろすぎないか? これが嘘なら一発で騙されてるぞ?
……まぁ、こういうことを言えるような、情に熱い男は嫌いじゃないが
俺は、ジャニーの熱弁の後ろで、突然立ち上がったジャニーを見て、驚いていたアンに声をかける。
「アン、バレなかったっぽいな」
「はい、まぁ正直、私はバレてシルドー様の功績になればよかったと思うのですが」
「やめろ、話がややこしくなるだろ」
そう言って俺は作ったレザージャケットをアンに手渡す。肩からかけてやれたら良いのかもしれないが、万年独り身の俺にそんなことできない。
この時期は昼は暑いが、夜は少し冷え込むからだ。
そんな俺たちの前で、ジャニーは高らかに叫ぶ。
「さて、皆の者、聞いただろ!? アン殿の人生を!」
ジャニーは拳を握りしめて、自警団に訴えかける。
「彼女は、何も悪いことはしていない!! なのに俺たちは過去に半魔族たちが起こした反乱から勝手なイメージをもっていた!! それに原因はそれだけじゃないだろう!? 嫉妬だ。俺たちは半魔族の強さに嫉妬していたんだ!!」
自警団の面々が、真剣にリーダーの話を聞いている。
誰一人としてピクリとも動かない。全神経を持ってジャニーの方を向く。
「我らはこれまでアン殿の優しさに触れてきた!! 街の者がドラゴンの調査に行く我らを見て立派だと言ってくれたか? 優しくない者が自分の利益にもならないのに荷物を持ってくれるか?……普通の人が会ったばかりの人を、自らの命を犠牲にして助けてくれるか?……答えは否だ!!!!」
ジャニーにますます熱が入る。
反対に俺とアンは冷静に後ろからその様子を見ていた。ボッチはこういった体育会系のテンションにはついていけないのだ……
「人全ての認識を変えるのは無理かもしれない! 特にアン殿を生贄にした騎士団の連中などはな!! だが、せめてアン殿の優しさを知った俺たちだけでも、アン殿にアン殿として接しようとは思わないか?」
ジャニーが言い切った。
彼はそのままの仁王立ちで様子を見続ける。
自警団の面々も、じっとジャニーの方を見ていた。
『ここでの反応でこれからの対応を考えていかないといけないな』
『はい』
俺は自然と不安げなアンの手を握る。「もしものときは」そう自分に言い聞かせながらも、そのもしもが起こらぬことを願う自分がいた。
そして、彼らは立ち上がった。
アンと繋ぐ手が汗ばんだのが分かる。
さて、どうくる……
緊張感の中でゴクリと唾を飲み込んだその時だ。
「「「うぉおおお!!」」」
そんな声が星々に包まれるアプルの森に確かに響いたのだった。
「ふぅ〜」
自警団……熱い連中のようだ。さっきまでの対応で多少腹も立つ連中だが……
「アン殿……というわけでこれからも我ら自警団をよろしく頼む」
ジャニーがこちらに体を回し、アンのもとまで歩いてくると、腰を曲げて手を差し出した。
それに、未だ状況に追いつけていないアンが、手を重ねた。
「……は、はい! こちらこそ、よ、よろしくお願い、します!!」
人族に初めて自分が認められて、まだ混乱しているのかもしれない。返事に時間がかかっていた。
今でも、その手は少しプルプルと震えていた。
『とりあえず、少しはいい方向に向かいつつあるのか?』
『そうですね……まぁ、マスターは特に何もしてませんが』
うぐっ……痛いところを突いてくる、確かにほとんど俺は何もしていない。アンを見守っていただけだ、アンが一人で変わりつつあるのだ。
だが、俺はこれでもいいと思っている。結果としてアンが変われるなら、その過程はどうだっていいのだ。
俺も、楽できるならそっちの方がいいしな……
アプルの森でしっかりと結ばれたこの絆は、のちに彼女の人生を大きく左右することになることを、まだ誰も知りはしない。
ーーそして認め合った十分後、月と炎の光が各々の顔を照らす中、アンは自警団の面々に囲まれていた。
別にカツアゲにあっているとかそんなんではない。
「「アンちゃん、すげぇえカワイイ!!」」
自警団の甲高い声が聞こえる。
お前ら、初めて出す言葉がそれか!
と、ツッコミたくなるがそうなってしまうが、彼らがそう言うのも無理はない……
だって、アンは可愛いのだ。
かたや俺はというと、それを側の樹の下で幹を背もたれにしながら眺めていた。
『イチジク……もうあいつらは信用しても大丈夫だと思うか?』
『あいつらとは、自警団のことですか?』
『それ以外にいないだろ。数時間前まではアンが死んでもいいと思ってた連中だぞ?』
『……ある程度信用はしても良いと思います。彼らの中に明確な殺意をもつ者はいないようですし』
『なるほどな……にしても、なんか予想以上にアンがファンをつくってるんだが?』
『もう、彼女はマスターだけの存在じゃなくなったんですよ……その事実を受け入れてください』
「なんだ……と?」
イチジクに口に出されてそう言われると、腹の中に嫉妬という名のどす黒いものが渦巻いた。
そんなもん、お父さんは許しませんよ!!
俺はズカズカと騒ぎのもとまで歩くと、自警団でできた壁を右へ左へと押しのけながらアンのもとまで進む。
「じゃぁ……まぁ、だ!」
そうしてかき分けた先で、少し困った目をしたアンと目が合う。
「な、なぁアン?」
「はい! なんでしょう! シルドー様」
アンの声が少し弾む。同時に自然と笑顔になる。
ほら! こんな素敵な笑顔、俺にしか見せないだろ?
『落ち着いてくださいマスター、彼女は誰に対しても同じ笑みですよ?』
『そんなことない、アンは俺が好きだからな』
周りの自警団に押し出されそうになりながらも、俺は聞くことにする。もう自分でも冷静な判断が出来ているとは思えないが……
「アンは、こいつらより、俺の方が好きだよな!?」
『直球ですね……どれだけ必死なのですか』
うるさい! イチジクは黙ってろぉ!!
すると、そんな期待半分、不安半分な俺にアンは頬を染めながら言う。
「え、えっと……その、えぇ……」
「アン、はっきり言うんだ。好きだよな?」
「……は、は、はぃ……大好きです……よ?」
これにて俺の勝利が確定した。
それを聞いた恐らく独身の自警団のメンツが、恨みがましい目で俺のことを睨みつける。
だが、今はその目線すら心地いい。
「フッフッフッ……」
俺は勝者の笑みを浮かべて自警団の方を見る。そして、両手を広げて高らかに宣言した。
「貴様ら! 聞いたか? 今の言葉! アンは俺が大好きなんだよ!! 好きなんじゃない、大好きなんだよ!!」
「や、やめてください! 恥ずかしい……です」
それを無視して俺は続ける。「自警団、思い上がるな」と……
『「「「ちっ……」」」』
男ども全員が舌打ちをした……が、
『おい、お前も今さりげなく舌打ちしたよな?』
『なんのことですか?』
この付喪神は……まぁいい、俺の勝利は揺るがない!
「ふっはっはっ! アンが欲しくば俺を倒すことだな!!」
俺が前髪をかき上げながら、蔑んだ目で自警団の方を見る。
それは、自警団に火をつけるには十分だったようだ……彼らは腕まくりをしながら言うのだった。
「「「やってやらぁあ!!」」」
こうしてアンを中心としながらバカなことをしながら、夜は更けていったのだった。
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