第13話
「ついた……」
「はい、ようやくです」
太陽がもう西の空に沈みかけていた頃、俺たちは出会った場所に戻ってきていた。
周りの岩や石、全てがオレンジに染まった大地は美しかった。
後ろを見ると、ルビィドラゴンが出発した時と同じ状態で道の真ん中に寝そべっている。
その脇で腕まくりをしながら、俺はアンに呼びかけた。
「じゃあ、早速調理始めるか!」
「はい!」
待ちに待ったお料理タイムに、意気揚々と腰に下げた刀を抜く。
そして……
『まさか……マスター』
「えいっ」
イチジクが何かを言い出す前に、俺は日本刀を下ろした。
「これでよしっと」
そして、刀を振り下ろしてから十分足らずで、俺の手にはズッシリとした重みをもつ肉が乗っていた。
これは、言わずもがなルビィドラゴンの肉だ。さすがにトラック2台分の大きさはあるルビィドラゴンを食べ切ることは不可能なので、腹の部分をほんの少し切り取っただけだ。
刀で切った割には、なかなかうまく切れたように思う。
自らの技術力に満足げでいると、頭に少し悲しげな声が響いた。
『まさか、私の親の鞘にとって兄弟に当たる刀で捌くなんて……』
『仕方ないだろ? 他に刃物なかったし』
すると、一応は許してくれたようだ。納得したような、諦めたようなため息が聞こえた。
『はぁ……』
脳内での会話もそこそこに、俺はアンに話しかける。
「じゃあ、アン! 火をつけてくれ」
俺が切り取った肉をさばいている間に、アンに集めた木の枝に火をつけてもらう。聞いたところによると、生活に必要な魔法……いや、魔術は子供でも使えるらしく、これはもちろんアンも例外ではない。
今、魔術と言い換えたのには理由がある。
魔法とは、詠唱や魔術式無しの魔力を使った行動のことであり、魔術とは詠唱や魔術式を使った行動のことらしいのだ。
「はい! 少し離れてください!」
俺は少し離れる。
まぁ、俺は熱耐性があるからこの程度の火全然熱くないんだけど……
「火の精よ、我が前にやさしき火をもたらせ」
その一言で、簡単に草に火がついた。
「本当にすごいよな……魔術って」
「シルドー様もフラッシュの魔術が使えるのではないのですか?」
アンがこちらを振り返る。
……え? 俺が魔術?
まさか、知らない間に俺にも魔術が!?
しかし、どうも俺の記憶にはそんな魔術なんて代物使った覚えがない。
「え、えーっと……いつそう思ったんだ?」
俺がそう尋ねると、炎を背に不思議そうに頭を傾けながら答えてくれる。
「アプルウルフとの戦闘中にシルドー様の体が輝いたように見えたので、てっきりフラッシュの魔術で目くらまししたのかと思ったのですが……」
私も実際、目がチカチカして一瞬シルドー様を見失いましたし、と続けた。
「あぁ……あれね!? そうそう! あれはフラッシュの魔術を使ったんだ! ただ、俺はフラッシュ以外の魔術がからきしなんだよ」
恐らく進化した時の光を言っているのだろう。俺は笑顔を引きつらせながら言った。
『マスター、彼女に本当のことを言わないのですか?』
頭にイチジクの声が響く。
アンに俺は実は鍋蓋なんだ! っていうのか?
そんなのごめんだ……
理由は簡単。
俺は、イチジクに本心をぶちまける。
『だって、そんなことしたら、俺に惚れてくれる可能性が減っちまうだろ!』
ラノベなら、主人公が窮地を助けた女の子は大抵主人公に惚れている。俺調べだが……
しかし、その統計の中でヒロインが鍋蓋に惚れたなんて例は全くないのだ。
すると、イチジクから冷たい言葉が返ってきた。
『マスター、鍋蓋だからという以前に、その性格のせいで好かれませんよ』
「じゃあ、火もついたことだし早速料理開始だ!」
俺はイチジクのセリフに被せるように言った。聞きたくないものは聞かない主義なのだ。
じゃあ、やるか! そう気合いを入れて腕まくりをしていた時、アンが手を挙げた。
「では、私がやります! シルドー様は休んでいてください」
「……? いや、アンが休んどいてくれ! 久しぶりに俺が作りたいんだ!」
俺は即座に断る。
八年間食べることもできずに、作られていくご飯を、ただただ見てきたのだ。
今なら夢にまで見た食事をとることができる。俺はその過程から楽しみたいと思っていた。
肉を持ってご機嫌に火の方へ足を進めると、顔を青くしたアンがそこにいた。
「そ、そんな……じゃ、じゃあせめて、なにか手伝わせてください」
「ん……? いや、いいって」
「お、お願いします! どんなことでもしますから」
「なんだ? いいよ、アンの手伝いは必要ないから」
しばらくの沈黙。
なんだ、急にどうしたんだ?
俺は、不思議に思いながらも火の方へと足を進める。
すると、小さな声が聞こえた。
「わ、わたし……役立たずですか?」
「……は?」
突然の訳の分からない発言に驚く。
すると、アンがおずおずと上目遣いにこちらを見てきた。
「い、いえ、なんでもないです」
この子、大丈夫か??
「……あのな、アン。お前は被害妄想激しすぎだ」
アンは本当に自分を過小評価しすぎなんだよな……散々蔑まれてきたらこうなるのも仕方ないのか?
なら、俺がその評価を上げてやろう。
「大丈夫だ、アンは見た目が可愛いからな! 捨てるなんてことするわけないだろ? それに生活魔術を使えるアンがいないと困るし!」
俺は堂々と宣言する。自分でも言ってることが最低だとは思うが、コミュ障の俺にはラノベの主人公のようなキザな台詞は言えない。
それに、ここはアンが安心できる状況を作り出すことがなにより必要だよな……
実際、アンは可愛いし!
「か、可愛いですか!?」
「あぁ! だから、捨てるなんて勿体無いことしない」
すると、それを聞いたアンが少し困った顔をして、笑いながら言った。
「ふふっ、本当にシルドー様はどうしようもない方ですね」
うん……やっぱり笑った顔が可愛いな
アンを見て和んでいると、その目線に気がついたのか、アンがこちらを見てきた。
「ふふっ、ありがとうございます。シルドー様」
コミュ力皆無な俺が、女の子一人を笑顔にできたなら上出来だろう。
そう思って、すぐにアンから目線をそらした。
「気にするな! 日も沈んじまったことだし、さっさと焼くぞ!」
少し恥ずかしくなって話を変えたかった。さらに細かく切った肉を森で拾った木の枝に刺していく。
それから例の胡椒をまぶして焼いた肉をたらふく食った俺たちは、ようやく眠りにつくことにした。
久しぶりの食事は、また一つ人間になれて良かったと思える理由になった。
電球の一つもない月夜の下、炎を囲んだ二人の人外は、これまでの枷から解き放たれた喜びからか、いつもよりぐっすりと眠ることができたのだった。
こうしてドラゴンの外に出て一日目の夜が更けていく。
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