第12話




俺たちはまたもと来た道を戻り始めていた。


隣を見ると、羊のようなツノを生やした半魔族の少女、アンが何が嬉しいのかニコニコしながら歩いている。




「そういえば、アンって戦えるのか?」





 それに、少し間を置いてからアンは答える。




「はい、子供の頃は森の中で自給自足の生活をしていましたから、多少は戦えます。ただ、何年もろくに体を動かしていないので……今こうして動けるのも、急なレベルアップでステータスが伸びたからですし」






アンは数年前、半魔族だからっていう理由で森に住んでいたと聞いたな……それ以降牢屋に閉じ込められていたとも……





だが、アンの言葉の中に引っ掛かりを覚え、俺は尋ねる。




「……なんで急にレベルアップを?」





すると、アンは申し訳なさそうに俯いて答えた。




「その……大変言いにくいのですが、シルドー様が倒されたルビィドラゴンの一部の経験値が、何もしていない私のもとにも注がれたようで……」




「ああ、なるほど……」




アンが申し訳なさそうにする理由が何となく分かった。




経験値が倍になることがないなら、近くに二人いれば、それぞれに注がれる経験値は少なくなるのだろう。


だから今回で言えば、ルビィドラゴンの経験値は俺だけでなく、アンにも渡ったわけだ。それをアンは後ろめたく感じているようだ。




俺は、それに本心を告げる。




「いや、別に気にしなくていいぞ? アンが強くなってくれれば俺も戦わなくて済むしな」





俺は、極力面倒なことはしたくない。


戦うということが、面倒以外のなんであるというのか……




そんなことを考えていると、アンがガッツポーズで答えてくれる。





「はい! 全身全霊をもってお役に立ってみせます!」




「ふむ。良い心がけだな!」





 頭の中で、イチジクの『マスター』と言う呆れたような声が聞こえてくるが、無視する。





「それで、今後の戦闘のためにもアンのステータスを知りたいんだけど、いいか?」




「もちろんです! シルドー様! 今は口頭になってしまいますが……」





そう言ってアンは惜しげも無く自分のステータスを教えてくれた。


ステータスを晒すということは、己の弱点となる部分すらも見せることにつながる。だから、よっぽど信用できる相手以外は見せるべきではないのだが、これは信用の証として受け取って良いのだろうか?





そんなアンのステータスをまとめるとこんな感じだ。





名前 アンコロモチ

種族 半魔族

称号 醜い人族 醜い魔族 ドラゴンの生贄

Level 83


攻撃力. 1420

防御力. 840

魔力. 470

素早さ. 1200



ユニークアビリティ


バーサーカー





こんなステータスのようだ。称号は触れない方がいいだろう、お互い気まずくなるし、無駄に傷を抉るようなことはしたくない。




俺は、足を進めながら顔だけアンの方に向けた。




「ちなみに、ルビィドラゴンを倒す前はどれくらいのレベルだったんだ?」



アンは、それになんの躊躇もなくポンポンと情報を漏らす。




「森に住んでいた頃、日常的に魔物は倒していたので、62でした!」



「62!? すごいな! でも、山分けしたルビィドラゴンの経験値だけで21もレベルが上がったのか……ルビィドラゴンの経験値半端じゃないんだな」



60台から80台に上がるまでがどれだけ大変かは俺も知っている。



ルビィドラゴンはそんなに強い魔物だったのかと、身震いをする。





『ルビィドラゴンはS級の魔物。S級の魔物は一匹で一つの国家を破壊できるほど強力ですからね』




『おっかねぇ……それより上のランクはあるのか?』



『はい、私も見たことはありませんが、大陸や世界規模での破壊が可能なSS級がいます』



それは一生会いたくないな……俺は乾いた笑みを浮かべた。





「にしても、物理攻撃力と素早さが圧倒的だな? 一般的な冒険者の大体6倍か……」




冒険者は30レベル前後が多く、そのステータスは200〜300程度とされている。




「はい! 父が肉体派だったものですから! 代わりに防御力と魔法攻撃力が普通より低いんですけどね?」




たしかに、80台にしては低すぎる。力にはその代償も必要か……まぁ、俺も防御力以外は0だしな。





俺は、もう少しで森を抜けられるな、と思いながら、軽い調子で聞いてみる。





「その、ユニークアビリティのバーサーカーっていうのはどんな効果なんだ?」



その質問に、アンは驚いたようにこっちを見てきた。そのクリリとした目を少し大きめに開き、ぱちぱちさせている。





……なぜだ?



……うん、分からないことはイチジクに聞くのが一番だ。俺は素早い回答を求めて、直接頭に語りかける。




『なんでアンは驚いてるんだ? バーサーカーってのは聞くのもおかしいくらい有名なユニークアビリティなのか?』



尋ねてすぐに頭に響く無機質な声。



『それは違いますマスター、マスターがユニークアビリティの存在を当たり前のように受け入れているからです』



『……というと?』



『ユニークアビリティを持っている生物は滅多にいないのです。人族だと一万人に一人でしょうか? 魔族だとそれよりも多いですが……』




なるほど、みんな持ってるものだと思っていたが普通は持っていないのか!



俺は、慌てて誤魔化す。



「いや、知り合いにユニークアビリティを持ってる奴がいたからな? 普通にスルーしてしまった。」



我ながら苦しい言い訳だ。しかし、とっさに他の言い訳が出てこなかったのだ。




「え? あっ、そうでしたか! それで驚いていらっしゃらなかったのですね! さすがです!」



そんな俺の言い訳に笑顔で答えてくれる。本当にいい子だな……己の汚さが際立つようだ。



納得してくれた彼女は、それについて話してくれる。




「私の持つバーサーカーは、体力が極限まで減った状態で感情が高ぶると、攻撃力が跳ね上がるといったものです。」



ほうほう、それはすごい効果だな……ただでさえ高い攻撃力がさらに上がるのだ。





だが……



「それにデメリットはないのか?」




アンはまた驚きの表情を見せた。



「さすがはシルドー様! 実はバーサーカーになると、理性が飛ぶので私自身も制御できないんです」



昔一度だけ発動しちゃいまして、と続けた。




基本、この世界では大きな力には多少なりとも代償が存在している。

例えば、俺なら防御力以外はステータスが0だし、ルビィドラゴンだと歩くスピードがかなり遅い。



そうか、と答えた俺はアンにも聞こえない程度に本音をつぶやいた。






「まぁ、結局は戦うことのないのが一番なんだけどなぁ……」


『マスターはフラグを立てるのがお好きなようですね?』





イチジクが何か言ったような気がしなくもないが、気のせいだろう。


そういうことにした俺は、それから乾いている木を探して、アンと共に森の中を探索し始めた。










そして、薪も運べる程度に集め終わり、ドラゴンの所まで戻ろうと歩き始めた頃……






『これは全てフラグを立てたマスターのせいですからね?』





俺たちはアプルウルフという狼に囲まれていた。その数はざっと見ても二十はいる。


どこへ目線を向けても、アプルウルフが目をギラつかせていた。奴らは尖った歯をむき出しにし、グルルルと低く唸る。





『俺は別に悪くないだろ! ……たぶん』




フラグなんて、知ったこっちゃないのだ。





とにかく今は……



俺を守るように前に立って、薪を放り出してアプルウルフに二つの拳を突き出していたアンに向かって言葉を投げる。





「アン、やれるのか?」




「……はい!」




 しばらく変な間があって、そんな返事が来た。


 こいつ、絶対嘘だろ……




 俺はすぐさまイチジクに相談する。




『イチジク、アンは本当にやれると思うか?』


『はい、約80パーセントの確率で』


『おぉ! 大丈夫そ……』


『負けます』


『いや、負けるんかい』





 俺は、ため息を一つ吐いて前に立つアンに言葉をかける。

 





「囲まれたからには戦うしかないけど、アンは武器もないし、まだ動きづらいんだろ? 今回は下がっててくれ。また次、俺の代わりに戦ってくれたらいいから」






いくら怖くても、ここで戦わなければ二人の死あるのみだ。



なら、やってやろうじゃないか





「くっ……お役に立てず申し訳ございません!」




そう言ってアンは俺の後ろに付いた。





この状況で、感情に流されず足手まといになることを考えて引けるとは、なかなか賢い娘だ。






 正直、危険なことはしたく無いが……





 こんな状況になった以上、仕方のないことだ!!






 実は、今、これまでにないほど興奮していた。





なんたって、魔物との戦闘なんて、異世界転生してから初のイベントだ。さらには、女の子を守るというオプション付きなのだ。ドキドキするなという方が無理だろう。







「ついに始まるぞ! 俺の無双伝説が!!」








もしこれが、ドラゴンとかなら尻尾を巻いて逃げたに違いない……が、恐らくアプルウルフは低級の魔物。


ここは主人公である俺に、噛ませ犬が如くさっくりやられてくれるはずだ。




その展開を信じて、俺は今ここに立っていると言っても過言ではない。





とは言ってもな……やはり俺はただの鍋蓋、戦い方など知るわけがない。





だから、俺は頭の中で助けを求める。





『さて、イチジク! 俺に動きを教えてくれ!』



『……承知しました』





以前、ドラゴンの胃の中から出たのと同じ作戦。すなわち、イチジクにこの刀の扱い方を教えてもらうのだ。





薪を地面に置いた俺は、体の前に両手で刀を構える。恐らく俺が素手で殴っても攻撃力0ではほとんどのダメージしか通らないだろうが、こちらには最強の刀がある。これさえ当たればこっちのもんだ。





その時、頼りになる声が頭に届いた。





『来ます、十時の方向』




左前を見ると、アプルウルフの一体がこちらに迫ってくる。視界の端にいたのに、よく見つけられたものだ。



しかし、見えていたのなら対処も容易だろうと、落ち着いてイチジクの指示を待つ。




「グルゥゥァ!!」



一気に迫ってくるアプルウルフ……



一歩一歩、力強く大地を蹴り、その速さは尋常ではない。



あっという間にその距離は無くなっていく。



そいつはほとんど俺の目の前にまで迫っていた。





ここにきて、ようやく焦りを覚えた。




「ちょっ! 目の前来てるぞ!?」




思わず、脳内ではなく口で言ってしまう。




イチジク!? 指示はまだなのか?





遅いのではないか、そう思った時にようやくイチジクから言葉が発せられた。





『今です、横に払ってください』





俺はすかさずイチジクの指示のタイミングで、思い切り刀を横向きに払った









……のだが、




「当たらない!?」



やはり、明らかにタイミングが合っていない!




俺の振るった刀は宙を切り、何もいない空気を攻撃した。





次の瞬間、左半身を襲う鋭い痛み。




俺の攻撃をかわしたアプルウルフが、左肩にその牙を立てたのだ。





「いってぇええええ!」





激痛の赴くまま、気がつけばそんな声を発していた。





いくら防御力が高いがあると言っても、肩を牙でえぐられたのだ、痛みが走る。




「くそっ離れろ……よっ!」




俺は噛み付いたままぶら下がるアプルウルフを右手に持った刀で切り落とす。




それは紙を切るような感覚だった。なんの抵抗もなくアプルウルフの首を切断する。




血しぶきが真横で飛び、容赦なく俺の顔面にべっとりとこべりつく。




しかし、今はそれどころではないと、すかさずイチジクに助けを求める。





『イチジク! どうなっているんだ?』



即座に帰ってくる無機質な音程。



『マスターのステータスの問題です。マスターの素早さはステータス上0、魔物のスピードに対応できていません』



「ま、まじかよ……」





どうやら、俺の無双はまだ先の話のようだ。




しかし、嘆いていても始まらない。これは、紛れもなくリアル。選択肢を間違えることは、死に直結するのだ。






俺は、顔についた血潮を左手の甲で拭いながら、頭を働かせる。





くそ、こんなところで防御力以外が伸びなかったことの弊害が起こるとは。



どうする? どうすればいい? 俺はドラゴンを倒した男だぞ? 考えろ、考えろ!



攻撃さえ当たれば間違いなく息の根を止められる。それは、足元に転がっている狼を見れば明らかだ。

なら、当てればいいだけなのだが……当たらない。当てられないのだ。



じゃあ、逃げるか?



この状態で?



どうやって?





…………アンを盾に使って?





心臓が早くなる。




ゴクリ……つばを飲み込み、チラリとアンの方を見た……






その時だ。




「シルドー様! ここは私が囮になります! 先にお逃げください!」




俺の危機を悟ったのだろうか、アンが言いながら俺の前に立ったのだ。





ボロボロの衣服を身にまとって前に立つその姿を見て、俺は頭から冷や水をかけられたみたいに一気に冷静になった。




この子は今何をしている?

俺を助けようとしている。



彼女は勝てるのか? いや、無理だ。武器を持っていないし、ここしばらくは体を動かしてないんだ、自由に動けるわけがない。



なら俺は何をしている? ろくに刀も扱えず、女の子にこんなセリフを言わせている。



俺はなんのためにドラゴンの中にいたんだ? 弱肉強食の世界で生き残るため。







「ふざ、けるな……」





その言葉は、自然と出ていた。




先ほどまでとは違った感情がフツフツと溢れてくる。





俺は……この世界を生き抜くためにあの中で耐えたんじゃないのか……? あそこで耐えた力を使うのは、今じゃないのか?







これは善行とかではない。


単純に、ここまで苦痛に耐えて来ても無力である自身に……腹が立ったのだ。






「さがれ、アン」




俺が初めて放つ怒りのこもった声にアンが反応する。




「いや、です……」




俺に背を向けたままそう訴えてくるアンの声は、僅かながら震えていたように感じた。





俺は、アンの真後ろまで足を進める。




はぁ、俺は本当に女の子への扱いがダメダメだな……



そう思うと、ふと笑みがこぼれていたことに気づく。

そして、後ろからアンの頭に手を乗せながら言った。





「大丈夫、さっきはちょっとしくじっただけだ。次はちゃんとやる」




アンが何かを言う前にアンを一歩下がらせた俺は、アンの前にスキル【巨大壁】を形成した。




「……さて、やるか」





気合いを入れ直した俺は、右手で刀を構えて前へ進む。アプルウルフは一撃で殺された仲間を見て、少しこちらの様子を観察していたらしい。





すると、足を進める俺に、イチジクからの声が聞こえた。





『マスター、どうするつもりなのですか? 止まっているものなら刀を使えば絶対に切れますが、あの動きに対応するのは不可能です』




『大丈夫だ、俺には俺のやり方がある』





そう言って俺は、少しアンから離れた位置で左手をまっすぐ上に掲げた。




木々がざわつく、違う意味で鼓動が速くなる、右肩は血の一滴も出ていない、防御力のお陰だろう。





俺なら大丈夫だ。これは盾である俺にしかできないとっておきだ。






そして、大きく息を吸い込んで叫んだ。






「敵さん、こっちらぁ!! 手ぇのなる方へ!!」





……パチンッッ






静かな森に俺の左手の中指と親指のこすった音が響いた。俺は言い終わると同時に、高く掲げていた左指で『指パッチン』をしたのだ。





「「「グルゥオァアアアアア」」」





その瞬間、周りを取り囲むアプルウルフが一斉に飛びかかってきた。



俺に向かってだ。



アンの存在などには目もくれず、一目散に集まってくる。





これは俺がスキル【挑発】を発動したのだ。









使い方が分からなかったから、自分なりの挑発をしてみたのだが……どうやら正解だったようだ。





「さぁ、かかってこいやぁあ!!」




『マスター、私もサポートさせていただきます』




奴らの目は血走っていた。綺麗に生えそろった牙からは舌を出し、目の前の敵をただただ狩ることだけに全神経を注いでいた。





『左から最接近、三秒後二、一、今です』




俺は言われた通りにそちらに刀を振るう





『当たった!』



『マスターの素早さを考慮に入れましたので……次は右です』





次の攻撃も当たった。さすがはイチジク、本当に頼りになる付喪神だ。




俺は次から次に来るアプルウルフを、いとも簡単に蹴散らすことができた。



すでに俺を中心とした周りはアプルウルフの血で真っ赤に染まっている。





「俺、無双のターン!!」





このままいけるか? と思ったが、それも長くは続かなかった。




『マスター、そろそろ厳しいです』




イチジクも、十匹目を倒した段階で対応できなくなったようだ。

そんな残念なお知らせが頭に響く。




ま、まじかよ!?





俺は、一旦足を止めた。



『使えな……いや、なんでもない! 大丈夫、ここからは俺の戦いだ』




対応できなくなった瞬間、一匹のアプルウルフがおれの左脚に噛み付き、その肉を引きちぎろうと首を動かしている。




「無駄ぁあ!」




刀でそのアプルウルフをぶった斬る。


アプルウルフが白眼をむいて倒れていった。




「グルァアァア!!」



倒したと思ったら、俺の右の耳元で声がした。そちらを向くと、声の主が俺の右肩に噛み付いたようだ。素早く刀を左手に持ち替える。




「痛いんだよぉお!!」




次の瞬間にそのアプルウルフは死体となった。





そうして、防御力が馬鹿みたいに高い俺だからこそ出来た捨て身の策で、かれこれ五、六匹ほど倒した。






身体中を痛みが這い回る中、アプルウルフが一匹も襲ってきていないことに気がついた。





「なんだ……?」



『気をつけてください、アプルウルフは賢く、協調性の高い魔物です』




俺を囲んで、睨みながらアプルウルフが唸っていた。





「なら俺から行くぞ!!」




来ないならこちらから行くだけだ! そう思った次の瞬間、彼らは一斉に俺に向かって飛び出した。




『……ッ、全角度からマスターに噛み付いて動きを封じるつもりのようです』




なんだと!?




たしかに動きを止められたら、刀を振るうことができない。そうなれば、やられるのを待つしか無くなってしまうだろう。




いける……か?



咄嗟に思いついた唯一の方法、試す価値は…………ある!!






目を瞑って俺は叫んだ。





「【進化】バックラー!!」





辺りを眩い光が照らす。この光を直接見たアプルウルフ共は、しばらく目がチカチカしてしっかりと見えないだろう!




バックラーは鉄製と思われる円盾だ。片手剣を持つ戦士が反対の手に持つほどの大きさで、横から見ると半球形に膨らんでおり、その先には円錐のトゲが付いている。




目が一時的にとはいえ見えにくい上に、目標のサイズが変わって噛み付くことのできなかったアプルウルフが、俺を通り過ぎていく。




よし! もう一度人の姿に!




「【進化】! 人間の盾!」





またしても森の一帯を光が覆った。



人になった俺は素早く落ちている刀を見つけると、手を伸ばす。



『マスター、怯んでいる今がチャンスです。止まっている彼らを』




俺は、イチジクに言われるまでもなくアプルウルフに近づいていた。そこから一匹ずつ正確に狩っていく。





残り……三体! 俺は止まることなく、近くにいたアプルウルフの首を落とした。



残り二体! そのうちの一体が俺の腰に噛み付いた。激痛が走る。




「離れろって!!」




痛みに歯を噛み締めながらも、噛み付いたまま動かないそれを一刀両断にする。噛み付いてしまえばこちらのものだ。






そして……






「お前で、最後だぁあ!!」


「クルゥウ……」






戦闘開始から十分足らず……森にアプルウルフの最後の断末魔が響くのだった。




「ハァッ……ハァッ……」





アプルウルフに噛まれたり引っ掻かれたりした部分に痛みが広がる。



熱の刺激に対してはほとんど痛みを感じないが、こういった物理的な刺激は別だ。





『お疲れ様でした。マスター』



イチジクのねぎらう声が聞こえる。




『イチジクも、ナイスフォロー』




頭で感謝の意を述べると、俺は刀を二、三回振って血を落とした。元の美しい刀身が太陽にきらめく。




しかし、こんなに身体中痛いのに、傷一つ付いていないか……さすがの防御力だな。





今更ながら自分の異常さに驚く。もし俺が普通の人間だったら今この場に立ててはいなかっただろう。





「今回ばかりは盾、バンザイだな」




そんなことを言いながら、身体に異常がないことを確認したその時だった。全ての敵を倒して、俺もイチジクも油断していたのだろう。



俺の腰に背後からの衝撃が襲った。





まだ生き残りがいたのか!?






俺は刀に手を当てて慌てて後ろを振り返る。







……と、そこには泣きながら俺の腰にしがみつくアンがいた。


彼女は目を真っ赤に腫らしており、頬を雫が流れる。





「シルドー様ぁあ!!」


「痛い……痛いって! アン!」




心底心配してくれていたのだろう……女の子に抱きつかれて嫌な気などするわけもないが、身体中あちこちが痛む。ここは離れてもらおう。




「すまんが、はなれ……」




……いや、待てよ?



ここで俺は踏みとどまった。痛いと言えば、アンは離れてくれるだろう。





だかしかし! これから先こんな機会ないかもしれない。俺は前世で、生きた年齢イコール彼女いない年数だった男だぞ? 落ち着け俺、俺はこの痛みから解放されるべきなのか?





そこで前に言った言葉を思い出す。





俺は言ったじゃないか、強大な力にはそれ相応の代償が存在すると……これも同じじゃないのか?





そう考えると、なんだかこうされていることが正解のように思えてきた。




『マスター…… もういっそのことこのまま潰されてしまえばいいのに……』




イチジクが何か言っているが無視だ。俺は今、この状況を精一杯楽しむことにしたのだ。さぁ、もっとこい! その柔肌を俺に押し付けろぉおお!!





「ふへへへへへっ」





思わず声が漏れててしまうが、そこで何か違和感を感じた。




なんか、なんか変だな? 何かとんでもないミスをしてるような?




俺は思考する。





うーん……





そう言えば……俺は戦闘中、盾から人になったよな?





……は!?




ってことは、今アンがしがみついてる腰って……







自らの体に視線を落とし、即座に叫ぶ。




「アンッッッ!!!! 今すぐ俺から離れろぉお!!」




そう、今の俺は生まれたままの姿だったのだ。そして、アンがしがみつく位置は、ちょうど生娘が一番しがみついてはダメなところだ。



幸い? にも後ろからで、尻しか見えてはいないだろうがかなりヤバイ状況だ。





『自警団さん、ここです。ここに犯罪者がいます』


『冗談言ってる場合かぁ!!』





俺は多少強引にアンを離す。その顔は涙でぐじゃぐしゃになっていた。




『マスター、急いで服を着てください』




言われるまでもなく、急いでスキル【レザークラフト】を発動して服を身につける。とりあえずはこれで安心だ。





「ふぅ……」




セーフ……だよな?



一人、安心からくるため息をつくと、アンが顔をこちらに向けて声をあげた。





その声は、出会ってから一番大きな声だった。




「シルドー様! あんなに噛まれたのに、大丈夫なんですか!? どうか危険な真似はやめてください! シルドー様に死なれては私は……」




そう言って両手で目をこすりながら泣きじゃくる姿は、どうしても儚く映った。




よっぽど心配させたようだな……




なかなか泣き止まないアンに目線を合わせて、俺は正直に話す。






「さっきアンが見たようにな、俺は他の人間とは違うんだ。だから、そう簡単には死なないんだよ」





「それでもです! 少し利己的に聞こえるかもしれませんが、シルドー様が居なくなってしまったら、私はこれから何をしたらいいのか、どうしたらいいのか分からないんです!」






そうか……


彼女は外の世界に触れずに生きて来たんだ。

突然外に放り出されても、何もないのだろう。




することも、行くあても、頼る人も……




彼女は続ける。




「どうかお願いです。自分勝手かもしれませんが……私から生きる意味を奪わないでください!」




アンの心の叫びを聞いたような気がした。




生きる意味、か……




正直、お前は何をバカなこと言ってるんだと、煽り散らかしてやりたいが……




今は、嘘でもこの子の求める言葉を並べるべきだろう。





俺は、静かに口を開いた。





「……分かったよ。俺だって、危ないことなんかしたくないしな」





これから先、こんな戦い方をしないかと言われたら嘘になる。嫌で嫌で仕方ないが、この弱肉強食の世界で己が勝つためなら、俺は迷わず肉壁になるだろう……それが盾の役割であり、唯一の戦い方なのだから。





すると、アンは困ったように眉を八の字にして、笑って言った。





「ありがとう、ございます……シルドー様」






もしかして、彼女は、俺の本心に気がついているのだろうか?



……いや、まぁ、それは聞くべきじゃないな






そう自分に言い聞かせた俺は、しばらくしてアンが落ち着いたのを見て、軽い感じで言葉を飛ばす。




「ところで、アプルウルフって食えるのか?」



「い、いえ、グスッ……獣臭くて食べれたものではないですね!」



「そうか……なら、さっさとドラゴンのもとに戻るか」




最後に涙ながら微笑んだ彼女の顔は鼻み……いや、キラキラしていた……もちろん綺麗な意味でだ。

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