第11話



『……はぁ、マスター、女の子を泣かせましたね』


イチジクが前で泣きじゃくる女の子を見ながらそんなことを言ってくる。


『いや、俺は悪くないだろ!?』



イチジクも一部始終を見ていたろうに……




「とりあえず泣き止んでくれ、えーっと、そうだな、なんでこんなところに?」




とりあえず、泣き止むことを最優先に俺は状況の整理に務める。




「ぐすっ……話せば長くなってしまうのですが……」



そう切り出して、彼女はこれまでの人生で何があったのか、なぜここにいたのか話してくれた。







この子も、ドラゴンのせいで酷い目にあったうちの一人だったのか……


別にだからどうするということもないが、場の空気的に同情してみる。




「そいつは酷い話だな……大丈夫だ、少なくとも俺は酷いことはしない」



俺がそう言うと、ちょっかいをかけてくる付喪神が一人。



『マスター、そんな言葉言えたんですね……』


『誰だって言うのは簡単だ』





頭の中で会話をしていると、半分魔族の彼女はまた泣き出した。目を両手でこすり、涙を拭いている。





『マスター……』


『いや、だから俺は悪くないだろ』






しかしそうか……こんな可愛くても半魔族ってだけで……




この少女は、きっと何も悪くないのだろう。ただ、言うなれば生まれた場所と時代が悪かったのだ。




彼女はまさに現在に生きる悲劇の少女、それこそ王子様が来て彼女を幸せにせねばならない。もしそれが叶わないと言うのなら、そんな話はバッドエンドとしか言い表せないだろう。





じゃあ、誰が王子様になるのか?


王子様は、そんな都合よくポンポンと現れない。



それこそ、悲劇の少女の前を通りかった、何の力もないただの男が、見栄を張るなりして王子様になりきるしかないのだ。



そうしなければ、この悲劇はいつまでたってもグッドエンディングにはならないだろう。






なら、今回の場合、誰がその王子様になるのか……






よし!!






事情を聞いた俺は、一つの決意をした。


そして、その子に一つ笑顔を向ける。





俺は、そのままゆっくりと口を開く。





少女の真っ直ぐな目が、俺の目とあう。





そして、俺は言った。







「大変そうだが、頑張れよ? じゃあな」







その言葉とともに、俺はその少女に向けて、サムズアップした。







訪れる静寂……







……ん? まさかの、ノーリアクション? 相槌一つでも返してくれたらいいのに……



……まぁ、いっか






そう頭の中で呟くと、『面倒ごとから逃げる決意』をした俺は、くるりと方向を変える。





目の前には、馬鹿でかいルビィドラゴンの死骸が横たわり、その奥には険しい山がそびえていた。





言うべきことを言った俺は、そのままここから立ち去ろうとする





……が、その静寂を打ち破るように、イチジクの声が頭に響いた。








『マスター……今の話を聞いて、その対応ですか?』



『……? 何が言いたい?」



『普通、こういうところでかっこよく手を差し伸べるのでは?』






……は?






『なんでだ? そんなことして、俺に何の得があるんだよ』



『マスター、あなたという人は……』




イチジクは、そこで一拍おいてから、再び言葉を続ける。




『いえ、確かにその通りです。ですが、マスターは本当にそれでいんですね?』






……え、いや、いいもなにも、面倒ごとからここで離れる以外の選択肢、俺にはなかったんだが……?





まさか、イチジクは俺にこの子を王子様が如く助けろと、そう言いたいのか?




そんなもの馬鹿げている。




俺は、己の意志を貫き通すように考える。



なんでそんな面倒くさいことを……

そんなの、俺のポリシーに反する。そもそも俺がする必要ないし、俺に助けられるような素質は無いだろう。




そんな意見を並べて自分を肯定していると、ふと、かつてどこかで聞いた声が頭に蘇った。





それは、ある優男の声である。






「君にもしっかりと善行を積んでもらわないと、天国行きは認められないかなって」






 あっ……嫌なこと思い出した。






そういえば閻魔様にそんなことを言われたっけ……







 額から汗がツゥーッと流れ落ちた。







って! いやいやいや、もしかして、すべきときが今なのか?






まさかそんな……もちろん、天国には行きたい。そのために善行を積まなければならないということも分かる。






 でも、やりたくない!!






これまでは、鍋蓋の姿っていうのを言い訳にして善行から逃げてきたが、今の俺は完全なる人の体を手に入れた人の心を持つ鍋蓋である。善行ができてしまうのだ。






 でも、やりたくない!!







 ど、どうしたものか……


正直、嫌で嫌で仕方がないが、今の俺は逃げ場を失った状態とでも言える。







えぇ……面倒くさい……







確かに俺は、可愛い女の子が好きだし、簡単に助けられるなら助けてあげようとも思わなくもない。




だが、彼女の問題は大きく深い。それを解決しようとすれば、何よりも面倒くささがつきまとうのだ。








いや、でも、そうか……




俺はまた半回転して、目の前にペタンと座る女の子に目をやった。くりりとした綺麗な瞳が、少し不安げに俺の目を捉える。その目は、子犬のような可愛さと、どこぞの女神のような美しさを持ち合わせているようだ。




善行、善行ねぇ……




次に、目線を下に向けた。彼女のボロ切れ一枚纏っただけの姿は、見えそうで見えない究極の美を体現している。






それらを見て、ひたすらに考えぬいた俺は決めた……







どこまでできるかはわからないが、この娘の仮初めの王子様になろうと。






別にこの子が可愛いからとか、格好が少しいやらしいから、といった不純な理由ではない。違うと言ったら違う。





俺は言ってみれば、これまでドラゴンの恩恵に頼って楽をしてきた。なら、さすがに、そのドラゴンの後始末くらいはするべきだと思ったのだ。





俺は、隣に横たわるデカブツ……ルビィドラゴンを見上げる。






『お前、感謝しろよ? 死んだ後の後始末してやるんだから……』






すると、視界を共有しているらしいイチジクから声がした。






『……それで、本心は?』



『そりゃ、面倒くさいし、やりたかないよ』






……ただ、善行を積まないとだし?






俺は目をウルウルさせる少女に向かって、ドラゴンのゴツゴツした肌を叩きながらその意思を伝えることにした。






「お前、行くあてもないんだろ? 俺はこれからこのドラゴンがしでかしたことの後始末をするつもりだけど、しばらくは俺と来るか?」





俺にとっても、こんな可愛い子と一緒に居ることができるというのはラッキーだ。





そこで、ふと冷静に考えが浮かんだ。



いや……でも普通に考えたらこんな訳の分からん男と行動なんてしたくないか……?




言ってみてから、考えなしに発言したことを後悔していると、彼女は俺の不安を打ち消すように、満面の笑みで答えた。






「はい……こんな私でも良ければ! どうかよろしくお願いします!」

 





その笑顔は、醜さなどない可憐な少女のそれだった。俺も思わず口角が上がってしまう。




さて、そうと決まればこれからのことを伝えよう……としたとき、大切なことに気づいた。





「そういえば、名前は?」




彼女も言い忘れていたことを思い出したようで、慌てたようにワタワタと言った。そう、言ったのだ。





「申し遅れました! 私は……アンコロモチといいます!」……と。




え……?




「アンコロモチ?」



『マスター、聞きたいことが伝わってないのだと思います』



「そうだな……えー、もう一度聞く、な・ま・えを教えてくれ」



「アンコロモチです!」





この子は俺を試しているのか? それともバカにしてるのか? 俺は様子見しながら聞いた





「そうか、アンコロモチ……か、名前の由来は何だ?」




「はい! 数百年前、ちょんまげという名の勇者様がアンコロモチなるスイーツを広めて人気になったそうで、私がそのスイーツのようにみんなの人気者になれる日が来ることを願って母がつけたらしいです!」





嬉しそうに答えるアンコロモチ




「そ、そうか……」





俺は、急いで俺にだけ聞こえる声の主に話しかける。




『イチジク! この子、本当に名前がアンコロモチらしいぞ!? ここまでのシリアス全部台無しだよ!』



『私もそのスイーツは見たことがあります。ですが、人名がアンコロモチなど、聞いたことがありません』



それはそうだろう。名前をアンコロモチにする親などそうそういるものではない。それに恐らくこの子は人との関わりがなさすぎて、自分の名前が変であることにも気づけていない。




「アンコロモチ……お母さんたちには何と呼ばれていたんだ?」



「えっと……親からは略してアンと呼ばれていました!」




アンか……これなら特に変でもないだろう。これからは俺もそう呼ばせてもらおうと思う。さすがに毎回アンコロモチと呼ぶ勇気はない。




「じゃあ、これからよろしくな! アン!」


「はいこちらこそ!……えっとぉ……」





あぁ、俺も名乗るのを忘れていた。自分の名前を確認するように、ルビィドラゴンの胃の中で成長した自分のステータス画面を見る。




名前 シルドー

種族 盾

称号 鍋の友達 胃の中の鍋蓋 付喪神に溺愛される物 NEW ドラゴンキラー

Level 100→108


攻撃力. 0

防御力. 12900→16120

魔力. 0

素早さ. 0


スキル

熱耐性(極)




ユニークスキル

人語理解

進化 [ 人間の盾 亀の甲 革の盾 バックラー(中盾)スクトゥム(大盾)]

付喪神




まず、大きく変わったのはそのレベルだろう。ルビィドラゴンの胃の中に入るまでは53だったのが、さっきドラゴンを倒した経験値も含めると108にまでなっている。防御力も桁違いだ。


イチジクいわく、そのへんの店にある一番いい盾でもレベルは10前後で、防御力は500に満たないらしい。





でも、防御力以外はやっぱり増えない……か





盾はみんな防御力しか伸びないらしいが、俺のようにユニークスキルを持つ盾はほとんど存在しないか、存在したとしても伝説級のものらしい。




進化か……色々増えたけどまだ人間の盾しか試したことがないな。




それにしても人間の盾が一番最初に進化可能になったということは、この中で一番脆いとされたのが人間の盾だったのだろうか?




全て、人間が作ったものなのにな……




そこで目線に気づいた。アンが俺の方を見てキョトンとしている。




「あぁ、すまなかった、俺の名前はシルドー。ルビィドラゴンの中にいたのは諸事情とだけ言っておこう」



「シルドー様ですね! と、ところでシルドー様が裸なのも……そのぉ、諸事情ということなのでしょうか?」



顔を赤くして少しもじもじしながらアンが聞いてきた。




『マスター、露出癖もあったのですか?』




「あっ……いやん」





俺はそこでようやく自分の状態に気づいた。 鍋蓋から人に進化した状態は、生まれたままの姿だ。




目線を下におろし、自身の体を見ながら思う。



この体は……前世の俺と同じ容姿なのか?



顔を見ることはできていないが、体つきは死ぬ直前と全く同じに見えたのだ。





いや、そんな冷静な分析をしている場合じゃない。




『おい、やばいぞ、このままじゃ変態になっちまう!』



『え……? マスターは変態じゃないのですか?』



『……え? そうなの?』



『ええ、そうですよ?』




俺ってば変態だったのか……?






……ハッ! 騙されるなよ俺!!



だが、確かにこのままだと言い訳のしようのない変態だ。



俺はとりあえず、そそくさとドラゴンの影に隠れる。


……どうしよう。アンから上着でも借りられたらいいが、見たところ彼女も布切れ一枚だ。




 うーーむ……鍋蓋に戻って運んでもらうか?




 しかし、せっかく久しぶりの人の体なのに、戻りたくはないしなぁ……




 それに、アンに突然「今から鍋蓋になるから、運んでくれ」なんて頼むわけにもいかない。





『どうすべきだと思う?』





 困った時のイチジクさんだ。





『鍋蓋になって運んでもらうのが嫌でしたら、他の盾にでもなればよろしいかと』





『違う、そういうことじゃないんだよ』






 こいつ、分かってて言ってるだろ……





 別に「鍋蓋になるから運んでくれ」と頼むのも「革の盾になるから運んでくれ」と頼むのも大差ない。問題はそこではないのだ。

 



 だが……






『はぁ、ひとまずやってみるか』





何にせよ、今はどうしようない状況だ。



試せるものは試してみるべきだろう。



俺はユニークスキル進化を発動する。





「【進化】亀の甲!!」



うっ……眩しい。





辺りを光が包んだあと、そこにはドラゴンに立てかけられた一つの亀の甲羅が残った。




『ただの甲羅じゃねぇか!!』




おおよそ分かっていたが、なんの解決にもなりそうにない。




『いえ、待ってください。スキルが増えています』





……え?



俺はその右上に見えるステータスに目をやった。



『ほんとだ……?』



熱耐性(極)の下に【長持ち】というスキルが追加されている。




『もしかして、進化する盾それぞれにスキルがあるのか!?』




スキルは、武器が持つ能力だ。



基本的には、その武器の所有者がスキルを発動させることで効果を発揮する……言うなれば、使用者ではなく、武器そのものにある技みたいなものだ。





つまり、生き物には無いはずのものであり、俺が武器そのものであるからこそあるものである。





『……かもしれません。しかし、それだとマスターは異常過ぎます。前に言ったように、スキルというのは一つの武器に多くても三つ。二つあるだけでも国宝級なんですよ?』





確かに、武器一つにスキル一つという考えでいけば、俺は進化で七つの武器になれるから、今の段階で計七つのスキルを習得できることになる。





『まぁ、とりあえず、全部試してみるか?』





その後、ドラゴンの周辺が何度も眩く光ったことは言うまでもない。





五分ほど経った頃、そこには異世界にはそぐわぬ真っ黒のレザージャケットを着た男がいた。




「ほんと……奇跡的に解決してよかったよ」




俺はまた充実した自分のスキルを見る。






名前 シルドー

種族 盾

称号 鍋の友達 胃の中の鍋蓋 付喪神に溺愛される物 ドラゴンキラー

Level 108


攻撃力. 0

防御力. 16120

魔力. 0

素早さ. 0


スキル


熱耐性(極)

New. 長持ち

New. レザークラフト

New. 挑発

New. 巨大壁


ユニークスキル

人語理解

進化 [ 人間の盾 亀の甲 革の盾 バックラー(中盾)スクトゥム(大盾)]


付喪神






やはりというかなんというか、その盾の特性に応じた技……スキルがあったらしい。






俺の服は、革の盾を使用したときに得られた【レザークラフト】のスキルを利用して作ったものだ。レザークラフトとは、革の生地を利用して工芸品を作ることのはずだ。





まさか、素材がなくても俺の体力だけで作れるなんてな……





しかも、こんな現代的な服……





 俺は、改めて自分の服装を確認する。




 ハリのある革もののジャケットとズボン。真夜中の空のような真っ黒なデザインには若干の光沢があり、ワイルドでなかなかカッコいい。

 正直、パンツもシャツもない状態で直にジャケットは気持ち悪かったが、今は欲張っていられない。





その服装……真っ黒なレザージャケットは異世界には不釣り合いな服だったが、スキルを使うだけで、疲労感を代償に光とともにそこに現れた。





これほど便利なものもないだろう。






まぁ、盾として使う者にとっちゃ必要ないスキルなんだろうがなぁ……





ちなみに、バックラーという丸い盾によって得られた【挑発】も試そうとしたが、うまくいかなかった。これは使おうとするだけではできないのかもしれない。




最後の大盾スクトゥムになって手に入れた【巨大壁】、これは凄かった。



手を前にかざして使うと、目の前に透明な壁が出てきたのだ。縦の長さは俺の1.5倍程度で、両手を広げたくらいの横幅がある。動かすことはできなかったが、広辞苑程度の厚さで、かなり頑丈だった。




これで俺もさらに強くなれた……のか? いいや、また丈夫になっただけか……




俺のスキルにはどうも戦闘系のものがない。

まぁ、盾なのだから仕方ないだろう。







俺は自分の現状を確認し終えると、急いでアンの元に戻った。



「いやぁ、すまん! 裸と気づかなかった」




どこかへ行ったと思ったら、凄い服装をして帰ってきた俺に、アンも驚いていた。




「いや、私は良いのですがシルドー様、そんな立派な服どこから?」




俺は何と誤魔化すか考えながら言うのだった。




「そうだな……諸事情だ!! そう、諸事情。それと、様付けはやめてくれ」





 諸事情、何て便利な言葉なんだろう。



 その言葉にそうですかと答えた彼女は首を横に振った。





「いいえ、シルドー様。私はこれまで私に酷いことをした人間にも様付けで呼ばされてきました。なのに、彼らより素晴らしい方であるシルドー様を呼び捨てにはできません。いえ、正しくはしたくないのです」





なるほど……最低な人間に様をつけていたのに、助けてくれた人間に様をつけなければ、その最低な人間の方が上のようになってしまうと……




「そういう理由なら、分かった。気がすむまで好きにしてくれ」



「お気遣いありがとうございます! シルドー様!」





そうして微笑む顔はやはり可愛かった。





その時、グゥ〜と間抜けな音がした。その音の方を見ると、真っ赤になったアンが俯いている。




「そういえば……俺も腹が減ったな?」




このへんの作りは本物の人間と同じようだ。鍋蓋の頃はなかった空腹感が人の体の自分を襲う。




にしても、食事か……何年も食べてないからな……




ようやく、ようやくだ! またこの口に食べ物を運べる!! そう考えるとワクワクしてきた。




これまで数年に渡るお預けを食らわされたのだ……ようやくのご飯にウキウキしながらアンに提案をする。







「よし! 何よりもまずは腹ごしらえだ! 食べ物は……このドラゴン食べられるのか?」



「私は食べたことありませんが、ドラゴンは街では高級食材とされていたはずです!」




「なら、とりあえず焚き木用の木と……調味料を取りにいくか」





俺の言葉に、はい! と元気よく返事をしたアンは、俺の横に並ぶ。





「あ、アンもこれ着ないか?」




俺は己の格好をアンに見せつけるようにして、尋ねる。




「い、いえそんな! 私ごときがそんな高価そうな服着るわけにいきません!!」




いや……無料なんだが?




まぁ、無理して着せるほどのものでもないし、本人がいいと言ってるのだからいいか……なにより、今のアンの格好の方が目の保養になる。





「そうか? じゃあ行くか」




こうして、鍋蓋の俺と半魔族のアンは出会ったのだった。










俺たちはアプルの森へ向けて進み始めた。その目的地は、山を降りたすぐそこに広がってる。




俺の隣には、半魔族の美少女アンがおり、その痩せこけた足をせせこまと動かしていた。




「そういえば、アンが昔住んでた家はどこにあるか分かるのか?」




アプルの森に住んでいたようだし、もし分かるようであれば、アンの両親がいるかもしれない。


 まずそこを目的地としたいのだが……





「すみません、何年も前のことですし、あの頃は親に手を引かれながらでしたから」



アンは困ったように、眉を八の字にして答える。




こいつ、いちいち仕草可愛いな……全然狙ってやってないところがなお良し!






『マスター、鼻の下が伸び切ってますよ?

はぁ……これだから鍋ブタは……』



イチジクの冷たい声が頭に響く



『女の子と喋るのなんて小学生ぶりなんだから仕方ないだろ? それと、そこ! カタカナにしない!』



『……一応私も女なのですが?』



『………………すまんて』





ここはすかさずフォローを入れる。



一心同体と言ってもいいイチジクとは、より良い関係を築いておきたいのだ。





『いや、イチジクってさ、いつも俺と一緒にいるだろ? だからその……家族みたいなもんなんだよ、俺にとっては』





実際、どんな時でもそばにいてくれるイチジクは心強い。その安心感は家族に対するそれに似ていた。




すると、イチジクがそれに返答してくる。




『マスター、家族であることは同意しますが、私はマスターの親でも兄弟でも娘や息子でも……もちろん孫でもないことを忘れないでくださいね?』




なんだ……? 家族なのに親や兄弟ではないと? なにかの謎かけなのか……?



その答えは、俺の中ですぐに出てきた。




……いや待てよ! イチジクが挙げていない家族となると





『分かったぞ! イチジク! つまりイチジクは俺のおばあち……』


『違います』




言い切る前に否定された。おかしいな? イチジクが挙げなかった家族はそれぐらいだと思ったのだが……



『はぁ……マスター? もっとよく考えてください。私とマスターの関係を表すより適当な名称があります』



『うーん……いつも一緒で、ケンカをすれどもまぁ、仲良くはやっていて……え、やってるよな?  それで助け合ってるような……ふむ、そんな関係性か……?』




一人、その間柄について考えていた時、アンの声が耳に飛び込んできた。




「シルドー様、どうされたのですか? 何やら難しそうな顔をしていらっしゃいましたが」




そうだ、今はアンがいるんだった!




「あぁ……アンは、いつも一緒で支え合って生きている間柄、なんて言う?」




なぞなぞですか……? と言いながらアンは顎に手を当てて考える。

 口元がクイっと上がり、そのなんとも言えない可愛さに目線が吸い寄せられる。




「そうですねぇ……仲間、相棒、あっ、夫婦でしょうか?」




ニコリと答える彼女はやはり可愛いかった。





『イチジク、お前俺の嫁だったのか?』




『…………。言ってみれば私は、ドラゴンの脛をかじって昼間から女の子に言いよるようなダメ夫を影ながら支える良妻と言えるでしょう』




『からかってるのか?』




『少々……』





こいつは本当に……






脳内でそんな無駄話をしていると、懐かしのアプルの森に着いた。



久しぶりに見た緑の木々は美しく、木の一本一本が己の生き様を誇示しているかのようだった。



「よし、じゃあまずは調味料を取りに行こうか、木は重いから帰りにとっていけばいいだろ」



「調味料ですか……わかりました、シルドー様」




そうして俺とアンは特に戸惑うこともなく森の中に足を踏み入れる。普通の人なら多少の躊躇いもあるのかもしれないが、二人とも慣れ親しんだ森だ、恐怖心などさらさら感じない。





十分後……



俺は、ある木を前にして喜んでいた。



これは早速いいものを見つけたな



そこには小さな実がなっていた。その小さな実は一つ一つが一般的な錠剤ほどの大きさで、一房に十数個なっている。




アンが側にいることを確認して話す。


「この実はな? 焼き料理の香りづけに欠かせないものらしんだ」




俺は高さの低い木から、黒色のの小さな実を手に取った。一粒一粒重みがほとんどなく、手に粒が乗る感覚があるだけだ。



「そうなのですか? 私は見たことのないものですが……」



「チッチッチ! まだまだだねぇアンコロモチ君は」



俺は人差し指を左右に振りながら言う。



こんなにも得意げになれるのは、イチジクが教えてくれたからだ。こいつはどうやら、前世で言うところの胡椒に似たものらしい。






肉と胡椒か……おっと、よだれが。






とにかく、説明するより食べてもらえばいいと思いながら、一房むしり取る。




「よし、肉はいっぱいあるんだ。せっかくだしここにあるの全部取るぞ」


「はい、シルドー様! 私も手伝いますね!」




そう言って隣に来て一緒に採取する。しばらくして二人が両手いっぱいになった頃に気づいた。




『そういえばこの実、どうやって運ぼう?』




俺のレザージャケットのポケットに入れても良いが、この後木々を運ぶ時に服の中で潰れる可能性がある。匂いもうつりそうだし、勘弁してほしいんだが……




うーむ……だからって調味料を妥協したくはないしな




困った俺は、すかさず我がパートナーを頼る。





『イーチジークさーん!』



『本当にマスターは考えなしですね? そこの大きな葉をちぎってください。包み方を教えてあげます』




さすがは困った時のイチジクだ、頼りになる。





言われた通り、俺は日本ではそうそう生えていないであろう大きさの葉をむしって、地面に広げた。




『では、まず始めに両はしを持ってください……』




こうしてアドバイスをもらいながら俺は葉で包みを作り始める。


次第にその形があらわになってくる。


すごいな、本当に作れていく……イチジクもよく知ってたものだ。




すると、それを見ていたアンが感動したように褒めてくれた。




「凄いです、シルドー様! そんなことまでできるなんて!」



「え、いやぁ……まぁ、な!」




可愛い女の子に褒められて思わずにやけてしまう。





その時だ、イチジクの声が聞こえなくなった。



ほとんどその包みは出来上がっていたのだが、アンの言葉を聞いた途端にイチジクのアドバイスが止まったのだ。





『……? 次はどうしたらいんだ?』



『……マスター、私の功績で好感度を上げようとしないでください』




……何という理不尽な!!




『いや、そんな気は無かっただろ?』




『はい。ですが、結論から言えばそうなりました。確かに今回マスターに非がないことは明らかなのですが』




突然止まった俺を不思議そうにアンが見てくる。





『ちょ!! イチジク、なら早く続きを教えてくれ』




俺の必死のお願いにため息が聞こえる。




『……はぁ。まぁ、仕方ないですね。次は……』







 ふぅ、どうやら教えてくれるつもりらしい。

 にしても、自分の功績を取られたくないとは、柄にもなく可愛いやつだ。






その後なんとか俺は包みを完成させてから、気づいてしまった。





……そういや、レザークラフトのスキルで包むもの作ればよかったんじゃ……





そんな今更な考えを無理やりなかったことにした俺は、アンの方を見る。




「……よし、じゃあ後は乾いた木でも取って戻るか!」




「はい!」





こうして、木ノ実を入れた葉の包みを持つ俺たちは、地面に敷き詰められた枯葉を踏む音を楽しみながら歩き始めるのだった。

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