第10話
まだ幼い頃、私は幸せな日々を送っていました。アプルの森の奥で誰もいないところだったけれど、お父さんとお母さんは優しくて、たくさんの愛情を注いでくれたからです。
私のお母さんは人間で、お父さんは魔族でした。そしてその娘の私はハーフ。普通はどちらかの遺伝子だけを受け継いで生まれるみたいですが、私は違いました。肌の色はお父さんみたいに青色じゃなくて、お母さんのほんのり橙色。代わりに頭にはお母さんにはない羊みたいなツノが生えています。
私はその容姿が、大好きな二人の子供と認識させてくれたので好きでしたが、どうやら他の人から見たら歪らしいです。
一度どちらかの種族の町に住もうとしましたが、どちらの種族も私を醜い存在として酷い扱いをしてきました。
たがらこそ、この森の奥でひっそりと暮らすのです。
それでもやっぱり私は幸せでした。お父さんとお母さんがそこにいたのですから。
しかし、私の人生は狂い始めます。
忘れもしない十五歳の冬、突然家に青と白の服を着た人間たちが押し寄せてきたのです。彼らはドラゴンが出たのが私のせいだと言って力ずくで家族をバラバラにしました。
そして、私は引き摺られれて、イーストシティの牢屋に入れられたのです。分かるのはそれだけで、両親がどうなったのかは知りません。
どうやら奴隷として売りさばきたいけど、誰も私を買ってくれないらしいです。どこぞのモノズキが買ってくれるまでは、ずっとここでの生活だと言われました。
牢屋での日々は辛かったです。誰一人来ない部屋にずっと鎖で繋がれて、食べ物は一日に二回、窓の外から投げ入れられるイモやリンゴでした。
そんな中での唯一の救いは、隣の牢獄に住むお婆さんとの会話だったことを覚えています。彼女は、半魔族として捕らえられた孫を助けようとして捕まったらしいです。
お母さんとお父さんのいない獄中の生活の中で、死にたい……そう思ったことが何度あったかことか。
その度に隣のお婆さんは私を励ましてくれて、両親に会うことを諦めないよう訴えかけてくれました。彼女の暖かさは今でも心の中に生き続けています。
そして五日前……約三年ぶりに牢屋の扉が開きました。奴隷になるのだろうか? それともついに出られるのか? そう思った私に看守は言ったのです。
「よかったな、ようやく役に立てるぞ? 三年前から森で目撃されていたドラゴンが、ついにこの街に迫っているらしい。お前はその生贄に選ばれた」
絶望……私は嫌だと全力で拒否したけど、その度にぶたれました。痛かった、辛かった、もうこのまま殴られて死にたいとも思った。
でも、奴らは死なせてくれなかった。死にそうになるたびヒールの魔術をかけてきたのです。
お婆さんは看守に乱暴しないよう叫んだけどそれは無視されました。私はこのままじゃ、お婆さんに迷惑がかかると思って黙ってついていくことにしたのです。それを見たお婆さんが泣いてのは印象的でした。
そうして私は、そのドラゴンが来ているという山道の真ん中に鎖で繋がれました。
あぁ、このまま終わっちゃうのかな……
しばらくすると本当に真っ赤なドラゴンがやってきました。
私は本能で悟りました。殺される、と。
しかし同時に生物としての本能が叫んだのです。死にたくない、生きていたいと。お母さんに会いたい、お父さんに会いたい、また平和に暮らしたい、質素でも幸せでありたい……
私は気がつくと叫んでいました。助けて、助けてと。
誰に届くわけもないけれど、それでも生きていたかったのです。
確かに生きることの辛さは知っています、でも生きることの嬉しさ、楽しさも知っていたから……
ドラゴンが目の前まで来て、もうダメだと思いました。
なぜ私だけ? 私は何も悪いことしてないのに! 今更ながらそんな気持ちが溢れて涙となって落ちていきます。
恐らく最後となる私の言葉……
「誰かぁ……助けてよぉ……」
目をギュッと閉じました。もう何も見たくありません。
その時です。
「ま、眩しいな……」
そんなのんびりした声が聞こえたのは。なぜドラゴンは襲ってこないの? なぜ人の声が聞こえるの? わけがわからなかったけど、とりあえず私はその声の方を見ます。
そこには人間の男の人の上半身がありました。
黒髪で、なんだかやる気のなさそうな顔をしてる彼は、上半身は裸で、ひょろりとしていました。なぜか下半身はドラゴンに入っています。
「あのぉ……」
パニックになりながらもとりあえずコミュニケーションを取ってみることにしました。
すると彼はこちらを向きながら言ったのです。
「あぁ、助けを呼んでいた子か!」
なるほど、この人は私を助けてくれたんだ。そう思いました。
「助けてくださってありがとうございます!」
人にこうして助けられたのは久しぶりで、心がジンッと温まりました。こんな私を助けてくれた彼に最大限の感謝を込めてお礼を言います。
「いや、気にするな、ちょっと予定が早まっただけだし……」
ん? よく分からないけど、いい人のようです。あとで大丈夫かと心配をしてくれました。
そして彼はドラゴンの上から何かブツブツ言いながら降りてきます。
「この人……何も着てない。それに、なんかテカテカしてる……」
男の人の裸はお父さんしか見たことがなかったからすごく恥ずかしいです。
でも、そんなのを気にした様子もなく、男の人はこちらまで近づいてきました。
すると、あろうことか、その男の人は私の顎を指で持ち上げて顔を近づけてきたのです。
えっ……? え? えーっ!? 頭が真っ白になります。もともと男性に耐性のない私。
もうただでさえパニックなのに、全く理解が追いつかなかったのです。
すると、そんな顔を真っ赤にしているであろう私に彼は言いました。
「ん……? 君、人族じゃないよな?」
あ、そうか……
私はひたすらに謝りました。
何を自分は浮かれていたのだろう、私は半魔族、自分の領分をわきまえなければいけないのに。
そして同時に分かってしまいました。彼は私が何であるかわからずに助けたのだと。彼は優しい人族ですが、他の人族と同様、それは人族に対してだけなのだろうと。
すると彼はおもむろに、その手に持つ剣を掲げたのです。
あぁ……私は死んでしまうのでしょう。私は優しい彼を怒らせてしまったんだ。
私が半魔族であるばっかりに……
そこで神様に祈りました……『どうかこの優しい男性を罰さないでください』と。私のようなものを殺したからという理由でこの人が裁かれるのはダメだと思ったからです。
そして彼の剣がスッと振り下ろされました。
ガチャリ……
「えっ……?」
次の瞬間、私は驚くことになるのです。
振り下ろされた剣は私ではなく、私を捕らえる鎖を切ったのですから。
そんな驚く私を置いて、彼は手を差し伸べながら言いました。
「なんか、すまなかったな……まずはおまえのことを教えてくれないか?」
私は再び驚くとともに、涙が止まりませんでした。これほど嬉しいと思ったことは、これまでもこれからもないだろうなと確信できます。
そして決めました。私は強く生きようと。もとは失うはずの命だったのです。それでどんな死に様をしても後悔はありません。
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