第5話




 気温もほどよく上昇し、のんびりとした暖かい風が吹く。



そんな、昼食が終わってから二時間ほどがたった頃。




 ダイニングでしゃべり声が聞こえた。




「やめようよ、兄さん! まだ僕たちじゃ危ないって!」




この声は……ジョニー君だな?




「大丈夫だって! 武器まで持っていくんだから!」




そんな声とともに、台所に二人の影が入ってくる。やはりやって来たのは兄のジャニー君と弟のジョニー君だ。


前を歩く兄の背を、弟のジョニー君が追いかけている。





なんだ? こっちに近づいてくる。台所は火やら刃物やら危険がいっぱいだと教わっていないのだろうか?

 どうやら教わってないらしい。そのままヅカヅカと台所に歩いてくる。





 そして二人は俺の前で立ち止まった。兄ジャニー君は空っぽの鍋の上に置いてあった俺を見つけると、その小さな手を一生懸命伸ばして、ウンウン唸り始めた。





ジャニー君の手が、少しずつ俺のもとへと近づいてくる。






「あと、ちょっとぉ……届いた!!」






え、ちょっと! おいぃ!






下から伸びてきた侵略者の手に捕まった俺は、軽々と持ち上げられる。








「あったあった! 最強の盾! うーん……『シルドー』!!」




そして、ジャニー君は俺を掲げながらそう誇らしげに言ったのだった。






この子は何を言っているんだ? 最強の盾?シルドー? ネーミングセンスなさすぎだろ!!






すると、そんな兄の側にいたジョニー君が、呆れたような声を出した。







「兄さん……それ、鍋の蓋だよ? しかもかなり年代物の……それが武器なの? それにシールドだからシルドーって……安直すぎるよ」





ジョニー君! そんな目で兄をみるな! 赤くなっちゃってるじゃないか!





 ……ってか、年代物とか言わないで、お兄さん傷つくから!






「い、いいんだよ! もう決めたんだから!」






唇を尖らせて顔を真っ赤にした彼は、ユデダコそのものだった。横ではジョニー君が、しょうがないな、というようにため息をついている。


 この兄弟、実は弟のほうが精神年齢高いようだ。






そんなことを思っていると、ジャニー君は俺の持ち手の部分を掴んで、その重みを確かめるように、腕を振り上げてグルグルと腕ごと俺を回した。






おい、そ、そんな乱暴に扱うな!






しかし、俺の思いなど知る由もなく、俺『シルドー』はジャニー君の小さな手で遊ばれる。






「よし、じゃあ行くぞ! ジョニー」


「はぁ……分かったよ兄さん」





そう言うと彼らは台所を出てダイニングすら通り過ぎ、その先の外へ通ずるドアの前まで、俺を連れたまま平然と歩く。

どうやら、彼らは俺を持って外へ出るつもりのようだ。






外か……チャンバラごっこでもするのか? 

 痛いのは嫌だが、まぁこの灼熱と暇のダブルパンチから解放されるのなら、良いと考えるべきなのか……?







 ガチャリ……







 ジャニー君の手によって外へと続く扉が開けられる。






真上に登った太陽が俺たちを照らす中、ジョニー君がジャニー君に背後から声をかけた。







「でも、ほんとに行くの? アプルの森」


「もちろん! もぉ、そんな心配するなって! ジョニー」







ジョニー君からの質問に、ジャニー君が自慢げに胸を張って答えた。






 アプルの森、そういえば今朝親父さんが何か言ってたな?


 そう、ゴブリンが出たとかなんとか……


 この子達、親父を追って行くつもりなのか? 危険だと思うが……



 ゴブリンは見てみたいが、この身を危険にさらしてまで見たいわけではない。







母親にバレないようにこっそり家を出た二人の兄弟は、赤煉瓦の敷き詰められた大通りを歩いていく。



 左右にお店が立ち並び、その間をダチョウのような生物が荷車を引きながらカタコト音をたてて通っていく。








その様子を見ていると、本当に自分が地球とは別の世界に来たのだと実感させられる。さっきから驚くことばかりだ。








すると、ジョニー君が少し足を速め、ジャニー君の真横についた。







「森の中は危険だって言うし、やめた方がよくない? ……それに剣はどこにあるのさ?」



「大丈夫! ちょっと森の入り口に行って父さんの活躍を見るだけだし! 剣は現地調達!」







 森には不穏な空気が漂ってるらしいし、ゴブリンが街の近くに出没してるって話だった。




 ジョニー君の言うこと聞いた方がいいんじゃないか? ジャニー君よ。



 



二人ともまだ小学校の高学年くらいの見た目だ。ゴブリンがあんなゴリマッチョな大人が倒しに行くような生物なら、ゴブリンに対してこの二人では勝ち目がないだろう。







このままジョニー君が止めてくれたらいいが……






「……もう、ちょっとだけだよ?」


 





 ジョニー君も満更でもない様子だった。







おいおい、やめたほうがいいって!





 俺はそう忠告するが、、そもそも聞こてなどいない彼らは、歩きながら手を口に当てて、イッシシシと笑い合う。それはこれからイタズラをする子供の笑みだった。






ジョニー君は、完全に悪い子サイドに落ちたようだった。

 彼は言う。






「母さんたちには絶対内緒ね? 怒られちゃうから」








おい、まじかよこいつら……怒られるってわかってるなら、そんなことやるなよ



ってか、俺を巻き込むな!! そんな危険なところ、お前らだけで行けよ!! 







しかし俺の叫び(無音)も虚しく、ジャニー君とジョニー君、それに俺は、太陽の照りつける一本道を進んでいく。







あぁ……これはマズイことになったな……









しかし、だからと言ってどうにも出来ないまま、十分くらいは歩いた頃




もはや俺が開き直って、最悪鍋蓋はゴブリンの相手にもされないだろうから、いいか……などと自分本位な考えをし始めたときに、あるものが目に入った。




遮蔽物の少ない広場だから見える。兄弟が進むのとは真逆の方向、遠目からでもわかる巨大な建造物。





あれは……城か!?





街の……遠く離れた先には城というよりキャッスルといった方が良いような、ヨーロッパの城っぽい建物があった。真っ白な壁、大小様々な塔が並び、大きな塔にはステンドグラスが赤青黄色、様々な色で照っていた。






簡単に言えば、ガラスの靴を履いた姫様が住んでそうな城だ。ここからだとかなり遠いはずだが、その偉大さはビンビンと伝わってくる。






そんなものを見ていると、自然と気持ちが高ぶる。





 あんな立派な城なんだ、王様にお妃様、お姫様に彼らを守る騎士団……あぁ、他にも金銀財宝なんてものもあるんだろうか。

 





そんないろいろな幻想が詰まった城をもっとちゃんと見たい気持ちもあるが、兄弟はどんどん城と逆の方向へ進む。






 くそっ、この体はどうもがいても、こいつらのなすがままになるしかないのか……

 物なのだから、当たり前ではある。







道行く途中、人混みの中で誰かが呼ぶ声が聞こえた。






「おう! フランクのとこのガキどもじゃねえか! そんな鍋蓋抱えてどこいくんだ?」






すぐさまそちらに目線を移すと、リンゴらしきものを売っている店屋の親父さんに声をかけられていた。


彼の眉は太く、もうじき一本に繋がりそうだった。






そんな、眉を絶対一度はイジられたことがあるであろうオヤジさんに声をかけられて、ジャニー君は、ビクッと体を震えさせた。





「えっ! えーと、ちょっと用事だよ! いくぞジョニー!!」




そう言って、ジャニー君は突然俺を握っていない右手でジョニー君の手を握ると、引っ張るように走り出した。




走ったことで、俺自身の体の揺れが大きくなる。





だから急な動くなって!!







「なんだ……ありゃ?」



果物屋の親父さんが、二人の走り去った後にポカンとしながら呟いた声は、誰の耳にも届かず消えていった。






「ふぅ〜、危なかった! もう少しで勘づかれるところだった!」


「いや、今の兄さんの行動はかなり怪しかったよ?」





果物屋から店を三十軒くらい通り過ぎたところで、二人は走るのをやめた。


ジャニー君は、やりきったように額に光る汗を袖で拭う。




お、落ちるかと思った……手汗に脅威を感じる日が来るなんてな。




「バレなきゃいんだよ! それよりほら! もうすぐ門だぞ! 門番さんは任せたからな!」



「もう……兄さんはいつも、かってなんだから」





そう言ってジョニー君は掴まれた腕を振りほどきながら溜息をつく。





それからしばらく歩みを進めると、とてつもなくでかい門が見えた。二トントラックを縦にしても通せそうなその穴の左右には、この国のものと思われる旗が風にひらめいている。




なるほど、町の周りは大きな壁で覆われていて、その出入り口として門があるわけだ。





門の左右には壁が広がり、それからはこの国の力強さが感じられた。





そうして門の前まで行くと、気さくな感じで革の鎧を着た男が声をかけてきた。





「おう! ガキんちょ! 外に出んのか?」



この人が門番なのか? なんか、二人の親父さんに比べて頼りない感じだが……?




すると、ジョニー君が胸に手を当てて、一歩前に出た。




「はい、そうなんです。実は、母が寝込んじゃって……そこの草原で薬草を取ってあげたらもしかしたらって……」




泣きそうな声で俯きがちに説明する。




確かに門を出た先には、真緑の草原が広がっていた……が、




二人のお母さん、朝からピンピンしてたじゃないか!




しかし、見事に腹黒ジョニー君に騙されたチョロイ系門番さんは、眉を顰めて応援の言葉を口にした。




「そうか……大変かもしれないが、頑張れよ!!」





涙を拭く門番さんは見ていなかったのだろう……この時の、ジョニー君のニタリと笑う小悪魔のような笑みを。





ジョニー……将来が恐ろしい子だ





門番は、二人の通行を許可しながら、大きな声をあげた。




「最近ゴブリンが森の浅いところで確認されてる!! くれぐれも奥に行き過ぎないようにな!!」



「うん! ありがとう門番さん!」





そう元気に返事をして、二人は手を振りながら街を出たのだった。その二人の姿からはさっきの悲壮さはなくなっていた。





そりゃお母さんめちゃくちゃ元気だもんな……







門を出た瞬間目の前に広がる緑、一筋の風でふわりと揺れ動く草原。その奥にはどこまで続いているのか、視界には収まらない森が見えた。



あれが話題のアプルの森なのか?

森の表面しか見えないが、かなりでかそうだ。




しかし、二人にとっては見慣れた景色なのだろう、平然とそちらに向けて足を進めた。




「よし、行くぞ! ジョニー!」




少年たちは進み続ける。下を見ると、草原には見たことない花が咲き、ここら一帯の平和を物語っていた。



この辺は街の近くだけあって、特に危険そうな生物はいなそうだな




それからしばらくして、初めて見るものに興味津々だった俺の耳に、ジャニー君の声が聞こえた。




「やっと着いた!」




言葉につられて前を見ると、確かに目の前には立派な木々が立ち並んでいた。木の下には日光が届かず、不気味な風が漂っている。




本当にここに行くのか……? 嫌な予感しかしないし、こんな危険フラグが立ちまくった冒険は無謀というほかないだろ。





すると、やはり、この不気味さは二人にも伝わっていたようで、俺の少し上から、震えた声が聞こえた。




「やっぱりやめようよ兄さん……」


「こ、ここまできてそんなこと言うなよ!」





ジャニー君は、立派なことを言っているように聞こえるが、様子を見るに無理やり絞り出した、から元気だと分かる。




しかし、それでも彼らは進むようだ。


二人の子供は、互いに身を寄せ合いながらも、草木をかき分け森の中に入っていく。




この兄弟、おバカなのか? 無理して行く必要性ないのに……




伝説の剣を握るはずだったジャニー君の右手には、ジョニー君の手があり、町を出る前の威勢はどこかで落としてきたようだ。




「怖いよ……兄さん」



「な、何ビビってんだよ!! 俺なんてへっちゃらだぞ?」




そう言いながらジャニー君は、俺をこれでもかというほど握りしめてきた。ジョニー君の冷や汗が木製の体に染み込んで気持ち悪い。




ジャニー君、言い出しっぺだけにやっぱり辞めると言えないのか?





ザワザワと音を立てて木々が揺れる。その度に立ち止まるので、なかなか前に進まない。




その時だ、明らかに風とは違う、何かが植物の茎を折る音が辺りに響いた。その数は一や二ではない。





……ついに出やがった! ゴブリンか? ドラゴンか?





俺は視点を表や裏に回す。




ジャニー君たちも聞こえたのか、近くの茂みに飛び込んだ。




くそ! 背が低いから全然周りが見えない!!






そんな視界が不良の中、突然棍棒がふりかざ……




されることもなく、張り詰めた空気を破るように、ジョニー君が口を開いた。





「あっ! 大丈夫! 自警団の人たちだよ!」





そこには森深くへ歩いていく銀の鎧で全身を固めた十人ほどの集団がいた。遠くからでその顔までは見えないが、皆赤色のモニュメントを胸の部分につけているのがわかる。




それを見て嬉しくなったのか、ジャニー君が提案した。 




「もう少し近寄ってみるぞ!」



「兄さん! バレないようにね!」




二人はうんと頷くと、音を立てないよう慎重に足を進める。



お父さんもいるであろう自警団を見る二人の瞳はキラキラと輝き、子供らしさが感じられた。




それにしても、この子達はこんな思いをしてでも親の活躍が見たいのか?

この子達にとって父親ってものは、ヒーローなんだろう……




しばらく観察していると、ジャニーが興奮したように言った。




「いた! 父さんだ!」


「どこ? どこにいるの!? 兄さん!」


「えっと、前の方にいる!」




森の中を歩く集団の前方、よく見るとそこに今朝見た筋肉男がいた。

その悠然と歩く姿は頼れる男な感じがして、たしかにヒーローのそれだった。





珍しくジョニー君がハキハキ話す。




「もうゴブリンは倒したのかな?」


「そんなの知るわけないだろ! しばらく付いてってみようぜ!」


 


二人は、その後も自警団に着いて行く形で、足を進めた。




やっぱりやめた方がいいって……まぁ、聞こえてないんだろうけど。




こうして自警団とそれを追う兄弟は、太陽が西に傾くなか、森のより深くへ進むのだった。





 はぁ、そもそもこの世にはフラグと言うものがあってだね……





そんな具合に鍋蓋が教鞭をとっているいると、やはりと言うべきか、俺の解説が終わりもしないうちに、突然の怒鳴り声が森に響いた。






「いたぞぉお!! ゴブリンが十匹!!」






やっぱり出たじゃんかよ! 今回は二人とも隠れてるし大丈夫だと思うけど……俺はちらりと二人を見る。





その時、自警団のはっきりとした声が聞こえた。





「一人一匹!! しっかり仕留めろよ!!」


「おぉー!!」






そのやる気に満ちた自警団の声を聞いて、兄弟は興奮状態に陥ったようだ。



気がつくと、身を潜めることも忘れて、自警団の行動を目に焼き付けていた。






お前ら!! ちゃんと隠れろよ!!





とか言いながらもつい気になってしまい、例に習って駆け出していく自警団を見てしまう俺は、ダメ男なのだろう。






その先には……






い、いた……本物の! 正真正銘ゴブリンだ!





そこにはファンタジーの世界でよく見たゴブリンがいた。姿は人のそれに近いが、成人男性の腰より少し高いくらいまでの背丈で、顔は緑色で醜く、服は腰に巻いた布切れ一枚。手には棍棒を持っており、簡単に言えば小さな鬼だった。





「キィエエエエ!!!!」





自警団の突撃にようやく気付いたゴブリンが体を彼らに向ける。その顔はおぞましかったが……




ふっ、俺の見た本物の鬼に比べれば大したことないじゃないか!!

あれより怖いものを俺は見たことがない。




彼岸花の咲く例の世界を思い出して、身震いした。



ゴブリンと自警団の戦いを見ながら、やはり俺は異世界に来たんだと実感する。


交わる剣と棍棒、時々聞こえる呪文詠唱、そしてゴブリン……全て元の世界では見る機会のないものだ。




「カッケェな! 父さん!」


「そうだね! 兄さん! 今のすごかったよ!」



どうやら、俺に負けず劣らずこの兄弟もテンションが上がっていたようだ。話題の親父さんを見れば、もう自分の分は倒し終わったのか他の人の助っ人に入っている。





親父さん……たしかにカッコいいじゃないか。





両手で剣を持ち、迫り来るゴブリンの攻撃をかわしては反撃に出ている。全ての行動が洗礼されているのが素人の俺にでも分かった。




しばらく続くその戦闘に、俺たちは釘付けになった。



……いや、集中しすぎたと言ってもいい。






それが劇場でのことだったら問題なかっただろう。最後に面白かったな! と言えば終わりだ。




しかし、ここは森だ。さらに言えば、俺たちはゴブリンの近くにいるのだ。








それは突然だった。





なんの前触れもなく、後ろからジャニー君でも、ジョニー君でもない声が聞こえたのだ。





「グェエエエエ!!!!」





人間のものですらないその声に、心臓が飛び跳ねる。いや、俺に心臓はないのか?






すぐに後ろに視界を移すと、そこには醜い顔を奇怪に歪ませ、ニヤリと笑うゴブリンがいた。




やばい……!! あいつらの仲間のゴブリンか!?




すぐ冷静に判断し、逃げようとする……が、鍋蓋が逃げられるわけもない。




持ち主の方に急いで視線をやると、予想外の展開に、ゴブリンの方を見ながら完全に固まっているジャニー君がいた。





なら、ジョニー君は!?





兄より冷静な彼なら……弟に希望を託してジョニー君の方を見ると、彼は立つことも出来ず、尻餅をついていた。




恐怖で目を見開き、もっと動ける状態ではない。






マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!!




二人が動けるようになるのを待つしか方法は……



そうはいっても、二人が再起動するのをゴブリンが待つわけもなく





そいつは容赦なく棍棒を振り上げた。





逃げろ! 逃げろって! 早く!!!!


俺の叫び声(無音)は届かない。




……ダメだ、やっぱり恐怖で固まっている。




全てが動かない、永遠にも感じる時間の中、ゆっくりと棍棒だけは降ってきた。





あー、これは、ダメだ、この二人、死んだな





俺は二人の死を覚悟した。元気いっぱいな少年ジャニー、それに、冷静な弟ジョニー。





二人とも俺には関係のない奴らだが、だからって、死ねばいいと思うほど、俺も腐ってはいなかった。





 まぁ、でも、鍋蓋の俺にはどーにも……






俺は二人から視界をそらす。今の俺に見えるのはこのゴブリンだけだ。彼は目を赤く充血させ、開いた口からヨダレを垂らしていた。





こいつも必死なんだろうな……自らが生きていくために。





今から二人を殺そうとする存在にも関わらず、なぜかそんな感想を抱いてしまった。






その時だ、視界の外から声が聞こえた





「く、くそぉおおお!!!!」





突然、止まっていたはずのジャニーが、尻餅をつくジョニーの前に飛び出たのだ!





「え? 兄さん!?」


兄の奇行にジョニー君が驚いた声を出す。





まさか!? こいつジョニー君をかばって……!





おい、お前が死ぬぞ、ジャニー!?




しかし、ジャニー君は逃げない。どっしりと腰を入れて、ゴブリンに向き合ったのだ。








そしてジャニー君は……










左手に持っていた俺を斜め前にかざした。







なすすべも無く、俺はゴブリンの棍棒へと突きつけられる。








え……? おい! まさか!! やめろって!ちょ、嘘だろ!? ほんとにそれはやばいってぇえ!!







一度振り下ろされた棍棒は、容赦なく落下してきて……








ーーバコン!!!!








木と木のぶつかる音が辺りに鳴り響いた。







そう、見事ゴブリンの攻撃をジャニーの野郎が防いでみせたのだ!!






この俺で……







アガァッッッッ! 痛いぃいいい!!






体が猛烈な痛みに襲われる。そりゃそうだ、棍棒で思いっきり殴られたのだから。殴られたあたりから痛みが一気に広がり、全身を満たす。






テッメェエ!! ジャニー!! やりやがったな!!






しかし、それでゴブリンの攻撃は止まらない。


ゴブリンは眉をしかめ、ならもう一度と、棍棒を振り上げたのだった。





それを見たジャニー君の顔から、いよいよ生気が失われる。顔面蒼白を表すのにこれほどふさわしい顔もないだろう。もう、俺を掲げることもしない。その小さな両手で俺を持ち、ガタガタ震えている。






死の恐怖から立ち直れていないのか?







 これではもう一度来るであろう攻撃を防ぐことも出来そうにない。






 まぁ、どちらにせよ痛い思いをしなくて済むなら俺はそれで良いか







ジャニー君は防ぐことを諦めたのか、ギュッと目を閉じていた。俺がいっそう強く握られる。






後ろから刺激臭がする。見ると、尻餅をついたジョニー君の股のあたりに水たまりが出来ていた。

  





あぁ、俺に力があれば、ゴブリンなんて序盤の雑魚モンスター、颯爽と倒せるのに……






だが俺は鍋蓋、結局は鍋の上でしか活躍できないのだ……






鍋蓋は、窮地に陥ったからといってもラノベの主人公のように覚醒もできないらしい。







そうして全員が終わりを感じて諦めかけていた時。












「どっせぇええええい!!!!」










本物の映画のように、颯爽と兄弟のヒーローが駆けつけたのだった。








突然の第三者の声と同時に、目の前からゴブリンが真横に吹き飛ぶ。







 ブゥウゥウウウウウンッッ!!








そして……







ゴブリンがいたところには、彼らの父が佇んでいた。







木漏れ日がちょうどその男にあたり、鎧についたゴブリンの返り血が汚く光る。しかし、それすらも神々しいと思わせる何かがその男にはあった。







どうやら、彼は例のゴブリンに飛び蹴りを食らわしたようだった。





彼は体を吹き飛んだゴブリンに向けたまま、こちらを見て叫ぶ。






 ゴブリンに目を向けると、木に体を打ちつけた彼はお腹を押さえながら、一目散に逃げていった。





 その様子を確認した親父さんは、叫ぶ。






「おい、お前ら!! 大丈夫かーー!!」





二人が自分の子供だと分かっていたらしく、親父さんは剣を放り投げ、こちらに走り寄ってきた。


そのまま二人を自らの胸に手繰り寄せ、ギュッと抱きしめた。


それは、何者にも触らさせるかと力強く、そうでありながらも、まるで割れ物を触るように優しく……







それを見た俺は、心の中で安堵の息を漏らす。





 ふぅう……




さすが、ヒーローはギリギリでやってくる。よく分かってるじゃないか……






二人は突然の出来事に混乱しているようだった。そして、ようやく理解が追いついたのだろうか、二人は泣き始めた。




「うわぁあああああん!!!!」


「ごべんなさいぃいいい!!!!」




その生きているからこそ出る声に、親父さんはもっと強く、離さないとばかりに二人を抱きしめた。



その家族を見守る周りの自警団は、優しい目をしてその様子を見ていた。しょうがないと言ったようにため息をつく人もいる。




え……? 俺?




俺はなぁ、さっき、泣くのに邪魔だと気づいたジャニー君に放り捨てられて地面に転がってるよ?? 命の恩人にこの仕打ちとは……




正直、俺を『盾』に使ったジャニー君は、許せたものではないが、まぁ、寛大さで知られる俺だ。



今回は、海のようなこの心で許してやることにした。




……ん?





そう満足していると、何か違和感を感じた。



原因を探して周りを見渡すが、周りの風景はなんら変わっていない……。


さっきまで同じ草木、自警団の面々……そのはずなのだが、どこを向いても違和感がつきまとう。





俺はもっと慎重にあたりを見た。





なんだ? なんかいつもと違うような……





ーーそして気がついた。その違和感の正体は、視界の右上に浮かび上がる、なにか電子的な存在によるものだと。





なんだ……これ?




そこにはこう書いてあった。




名前  シルドー

武具種 盾

Level 1


攻撃力. 0

防御力. 50

魔力. 0

素早さ. 0


スキル

熱耐性



ユニークスキル

人語理解

進化







な、なんだこれ? 俺のステータス?

そこに浮かび上がる文字に驚く。




しかし、ファンタジーならこれもありなのか? 驚き慣れた俺は、今更驚くこともあるまいと、とりあえず見てみることにする。




我ながらなかなか異世界に対する耐性がついてきたようだ。




えーっと? まず名前は……って嘘だろ?




シルドーなの!? 鍋野 颯太 って前世での立派な名前はどうしたんだよ!?




これはなんとも言えないことになってしまった。ジャニーやジョニーがいる世界で、「ふうた」という名前も確かに変だとは思うが、このままだと名付け親がジャニー君になってしまう。




まぁ、つべこべ言ってても仕方ないか……





 それで、次の武器種の「盾」ってなんだよ。たしかにゴブリンの攻撃止めたけども……

 俺、鍋蓋じゃないのか?




そこで、また一旦冷静になる。




いや、言われてみれば鍋の蓋ってRPGとかだと、盾としての最弱初期装備だよな……なんとかそう自分を納得させ、次に移る。




スキルの熱耐性ってのはなんだ? そのまま熱に耐性があるってことでいいんだよな? ……うーん、まぁ、熱される俺にとっちゃ良さげなスキルだな。





ユニークスキルの人語理解は、異世界人の言語を理解できる能力だろう。現に、日本語ではないこちらの言語を難なく理解しているのだから。







最後に……進化ってなんだ? 三段階で進化とかしちゃうのか? ビーボタンで回避とかできちゃうのか?

 これだけは、よくわからない。

 十中八九、俺自身が強化されるのだろうが、どんな強化なのか、どんな条件でするものなのか、マニュアルもないから一向にわからない。






 分からないことはいくら考えても仕方がない。俺は思考を切り替える。






 さて……なぜ突然こんなのが出てきたのか。






そこで俺の導き出した、考えられる可能性は二つ。





一つは、本来ならこの世界においてはこれが普通で、なにかの手違いで俺にだけ表示が遅れた可能性。他の人のものは見えていないが、実はみんな見えているのかもしれない。



二つ目は俺が盾になったから。

恐らく俺が盾としてみなされたのはついさっきだろう。あのゴブリンの攻撃を防いだ時だ。





俺的にはこの考え方の方が納得がいく。この世界では、ゲームのRPGのように、防具や武器にステータスが存在するとする。そう仮定すれば俺が盾になった瞬間から俺は防具扱いになり、ステータスが表示されたということになるのだ。





……でも、鍋蓋の盾って、やっぱりどう考えても最弱装備だよな。






一人でステータスのことにって考えていると、突然空気を切り裂く音が聞こえる。

親父さんが兄弟二人にビンタをお見舞いしたのだ。





「お前たちはなぜここにいる!!」





初めて聞く親父さんの怒鳴り声だ。

よく見ると二人は正座させられて説教を食らっているようだ。




「と、父さんのかっこいいところが見たくて……」




さすがに、元気だけが取り柄のようなジャニーも身を縮めてシュンとなっている。




「ごめんなさい、危ないことして」



目に涙を溜めてジョニーが言う。





その返答に、静かに親父さんは呆れたようなため息をついた。



そして……それからしばらく、親父さんのお怒りの声が森に響いたことは言うまでもない。








説教が始まった時にはすでに傾いていた太陽が、西の木々に隠れてようとしていた頃だ。


  




「まぁまぁ、落ち着きなさんな。そろそろ日も暮れるし、帰ろうや」






自警団の一人がそう提案をしたことで、ようやく二人は解放されたのだった。







それを聞いた親父さんは、怒り足りないのだろうか、不満そうな顔をしながらもしょうがないと、切り上げた。




「帰ったら二人とも母さんにも謝るんだぞ! そして、だ! 絶対に今後こんな危険な真似をするんじゃない!!」



「「……はい」」





こうして彼らの大冒険は幕を閉じたのだった。





しかし、夕日の光を浴びて森の中を帰るジャニーとジョニーの後ろ姿は、これからの彼らの成長を予感させた。







そう、後ろ姿……は。






……あれ? ちょっと待って? なんか、いい感じで終わりそうだけど、待って?





俺を忘れて帰るなぁああああ!!!!

ジャニーくぅぅぅうん!!





しかし、彼らは止まらない。もともと俺なんて存在しなかったかのように、その足を進めた。






 恐らくジャニー君は色々ありすぎて俺を持ってきていたことなど、とうの昔に忘れているのだろう。






そして、その俺の叫び(無音)も虚しく、彼らは元来た道へ去っていったのだった……






一人取り残された鍋蓋は考える。






え……もしかしてこれからずっと朽ちるまでこのまま?






アプルの森に残った鍋蓋。この鍋蓋が起こす波乱万丈な物語を、この時誰も知る由もなかった。



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