リ・エピソード【ナデシコ・ゴトウ】 油断という名の大敵

 「魔族!」

 

 ナデシコは自分で断定した内容に驚いていた。別に実在を信じていなかった訳ではない。しかし実感がなかったことも事実だった。

 今視線の先にいる肌が青い以外は自分たちともこの世界で出会った人たちとも同じ人間。それが“敵”だということが急に恐ろしく感じられていた。

 

 「(違う……敵というのはテルタイ王国にとってということ。わたしたちはわたしたちで立場を考えないと)」

 

 焦りを抑え、意識して冷静に思考することで、ナデシコは“らしさ”を取り戻していく。

 

 「(わたしたちはこの世界にとっての異世界人。最初に会っただけの人たちを信じたところで簡単に裏切られる可能性も高い)」

 

 ナデシコは実のところ、テルト冒険者ギルドのゾル・ギスやエッジも含めてこの世界の人間を信じてはいなかった。表立って敵対しても利益はないからそうしなかった、というだけのことだった。

 

 「(同郷の仲間はわたしを含めて四人だけ……。どこかではしごを外されれば簡単に孤立して破滅する。冷徹に思考しなさい、ナデシコ……。でないと生き残れはしない)」

 

 いかにもヒーローらしく甘さも目立つ温厚なセイギに、強くともただの女子高校生でしかないサヤ、そして甘さはないが主体性もないタロウ。ナデシコとしては仲間として親近感は抱いていても、頼りにできるかはまた別のことだった。

 

 「なら先手を……っ!?」

 

 しかしそこでナデシコはまた――今度は味方に――驚くことになる。今誰よりも先に攻撃を開始しようとしたのは、温厚と評したばかりのセイギだったからだ。

 

 「(冒険者としての成功体験を積んだことで、少し自信過剰になっている……?)」

 

 不安が胸中に過ぎるナデシコだったが、今それをじっくりと考えているような場合ではない。

 

 「落ち着いてぇ、まずわたしが話してみるから」

 

 とっさにセイギの腕を掴んで止めながら、ナデシコは方針を伝えた。いつもより少しだけ早くなっている口調に、抑えたはずの焦りが滲む。

 だがそのやり取りははっきりと視認できていたらしく、魔族のリーダー格らしき立派な鎧の人物が小さく首を傾げるのが見えた。

 

 「(こちらが問答無用の敵でないことを不思議がっている……? もしそうなら、やはり交渉の余地が……)」

 

 テルタイ王国やテルト冒険者ギルドへの裏切り行為まで含めた選択肢が、ナデシコの中では浮かんでくる。そもそも、元の世界へ帰りたいということを目的とするならば、この世界の誰が味方で誰が敵かなどというのは重要ではない。

 しかし、魔族の側から仕掛けてきたことでナデシコの思考は中断した。

 

 「(リーダー格はあの鎧ではない……? 指示を出した素振りはなかったわよね)」

 

 そうなると一気に状況は進んでしまい、ナデシコとしても応戦を決意せざるを得ない。

 しかし、ナデシコも気付いてはいなかった……。冷徹なつもりのその思考が、大抵の相手が戦えばどうとでもなるという油断でしかないということに。

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