十五話 不穏な村・一
まだ基本的なものだけとはいえナデシコさんは魔術を使えるようになり、僕らは安定して冒険者としての日々を過ごせていた。
依頼を受けていない日には僕も皆もそれぞれにお出掛けをする余裕もあるほど……、特にタロウさんは定宿で姿をみることがないってくらいに、いつも何かをしている様子。ま、まあ、あの、あれだよね……、その、タロウさんは大人の男性だから? ぼ、ぼ僕も深く突っ込んだりなんてしししてないよ?
……こほん。
そして、そんな風に僕らが冒険者として一端になってきたというのは、うぬぼれでもなかったようだ。
というのも、僕らはある日冒険者ギルドへと呼び出されていた。定宿まできた人は『とにかくギルド長と話してくれ』の一点張りだったから、まだ何で呼ばれたかも知らないけど、おそらくこれは指名依頼というやつだろう。
「お前たちには、トルキーの様子を見に行ってもらいたい。これはテルト冒険者ギルドのギルド長であるこのゾル・ギスからの、直接指名依頼と受け取ってくれ」
「なるほどぉ」
ナデシコさんはどこか不満そうな空気。
だけどこれは名誉なことだ。指名依頼があるということは名もなき冒険者から卒業ということだし、それが地位のある人からとなればなお更意義が大きい。
「……不満?」
ギルド二階の部屋には、ギルド長であるゾルさんの他にもう一人、彼の直属であり僕らの先輩にあたるエッジさんもいた。入り口側に並んで座る僕ら四人の向かい側、ゾルさんの席の後ろに立っていたエッジさんは、それこそ不満そうだ。
黙って言うことを聞けという雰囲気だけど、さすがに無茶だよ。
「不満といいますか……、詳細がなにも……」
そう、何もわからない。その依頼を受けるも受けないも判断のしようがないよ。
「トルキーならぁ、最も近いのはカスタ冒険者ギルドではないですかぁ? なぜわたしたちに?」
ナデシコさんの真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下では、普段はおっとりした印象の両目が鋭く細められている。背が高くて姿勢のいいナデシコさんがこういう雰囲気をだすと、意外と迫力がある。
というか、ナデシコさんはトルキーという場所のことを知っていたようだ。さすがは学校中から慕われていた生徒会長にして僕らのリーダー。
「もちろん、まずはそこの説明からだ――」
ゾルさんもナデシコさんの知識には面食らった様子だったけど、ともかくも丁寧に説明をしてくれた。
それによると、今僕らのいる王都テルトから普通の足なら徒歩で二日、馬車なら一日ほど西へ行ったところにカスタという大きな街がある。そこから北西にさらに進んだ場所にはいくつか小さな村が点在しており、その中のトルキーというそこそこ規模の村では近頃モンスターの出没情報が増えているということだった。
それはもちろんカスタの領主や冒険者ギルドで対応すべきことで、事実そうしているそうなんだけど、一応と王都まで届けられたこの報告を王城では重要視したらしい。その結果としてテルト冒険者ギルドでもその辺りの調査をしてこいとゾルさんへ依頼――という名の命令――がきて、それが今こうなっているということだ。
「王城ね……、あぁしはしょーじき気に入らない」
「はは、まあまあ」
竹を割ったような性格のサヤちゃんはすっぱりと不満を表明し、タロウさんはゾルさんとエッジさんの方をうかがいながらとりなそうとする。
僕は……
「感情的なことは置いておいても、不安なことがあるなら調べるのはいいんじゃないかな」
と思う。何かが起こってから対処するよりも、起こる前から動いた方が圧倒的に被害は少なくて済む。これは僕のヒーローとしての経験から得た教訓だ。
「おぉ! 助かる」
「それでこそ、我が弟子たち」
エッジさんの弟子になった覚えはないけど、ゾルさんはほっとしたようだ。
しばらくいてわかったことだけど、王都の冒険者ギルドといっても抜けた実力者はエッジさんくらい。というか……僕らはこの世界基準では相当の規格外な強さを持っている。そして懐刀のエッジさんを遠方にやりたくないなら、ゾルさんは僕らに頼るほかなかったのだろう。
「そんな遠方のぉ、未知のモンスターを調べに行くのは不安があるのですがぁ」
「かいちょがそういうなら……。あっ、でもセイちゃんは……。う、うぅぅ」
ナデシコさんは安全を優先したいようで、サヤちゃんはどちらにも共感した結果板挟みになっている。タロウさんは無言で困ったように笑んでいるけど、どちらでもいいよという感じかな。
「調査だけだ、危ないことはしなくていい。それにさっきも口にしていたが、王城とは色々……あるのだろう? 俺の無理を聞いてもらうんだ、そっちのこともそれなりに、な?」
「……」
ゾルさんはどこか獰猛な笑みに口元を歪ませ、後ろではエッジさんがさっきよりも圧を強めてくる。
「……………………ふぅ、わかりましたぁ。行きますよ、もぅ」
僕らの素性というか事情を、ゾルさんはおそらくかなり正確に把握している。その上でこんな脅しじみたことをしてきたことに、ナデシコさんは結構お怒りだったようだけど、最終的にはのむことにしていた。
というより、僕らがテルトで冒険者として活動する限りは、ある程度こういうのも受け入れていくしかない。
「異世界社畜……」
タロウさんがぼそっと呟いた言葉が、なんというか一番的を射ているように感じられた。
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