リ・エピソード【タロウ・スズキ】 異世界のうろ

 放り出された見知らぬ世界であっても、職があれば人間なんとかなるものだ。実際にタロウと三人の学生たちは、試しの依頼を経て名実ともに冒険者となったことで、早くも立ち位置を確たるものとしていた。

 

 「(とはいっても、城の方は気になるんだけどねー)」

 

 遠くにある王城の威容を横目にしながら、タロウはテルトの中でもあまり治安のよくない場所を歩いている。王都の冒険者としては一般的な服装で、いかにも街歩き用の軽装備を身につけたタロウだったが、ふらふらと歩く彼に話しかける者もいない。

 中肉中背というにはやや細身であり、その顔立ちは地味で覇気がない。そんなタロウは日本でもよくガラの悪い連中に難癖をつけられたし、転移してくる直前にも巻き込まれていた通り突発的な超能力犯罪の脅威も無視できるものではなかった。

 であるからこそ、タロウが普通に歩けているこの場所は“特殊”であることが察せられる。それはタロウのような種類の人間を避ける能力に長けた連中がここには多いということ。つまりそういう種類の人間の縄張りだということだ。

 

 「……最近注目の冒険者、だな」

 

 唐突にタロウの進行方向を塞いで立った暗い雰囲気の男が、断定的な口調だが小さな声でそう告げてくる。大きな騒ぎは起こしたくないという雰囲気だが、剣呑であることには違いなかった。

 

 「(向こうの陰から二人……三人?がこっちをうかがってるな。気配の感じからするとあっちが“ヤバい奴”か。目の前のこいつは……オレと同類、だな)」

 

 黙ったまま品定めするタロウだったが、立ちふさがった陰気な男は文句を言わないどころか苛立った様子をみせることすらない。

 その事実に背筋がヒヤリとしながらも、タロウは普段通りの表情で口を開く。

 

 「手が足りなかったりはしないか? オレは、お前らみたいのの“お手伝い”には慣れていてな」

 

 迂遠な言い方を受けて陰気な男は、ここまでで初めて不快そうに鼻を鳴らした。

 

 「遠くからではわからなかったが……、お前は酷く……上辺だけだな。気持ち悪い」

 

 吐き捨てるようなその言葉は、タロウへの返事ではなかったし、何が上辺だけなのかはっきりとしないし、何よりあまりにも失礼な物言いだった。

 

 「……ふ」

 

 しかしタロウは口角を上げて小さく鼻を鳴らすだけ。彼が言う所の『上辺だけ』の表情に、陰気な男は今度は反応しなかった。

 不躾に縄張りへと踏み入っておいて、好意的に歓迎をされるとはタロウも思っていない。しかし異世界へ来てまで見慣れた反応をされるとも思っていなかったために、思わず笑ってしまったのだった。

 

 「手が足りなかったりはしないか?」

 

 先ほどの問いかけをタロウは繰り返す。そして一瞬だけ、王城のある方向へと目を向ける。今は隣の建物に隠れてその威容は見えないが、それで意図は伝わる。すなわち、純粋な好意で施しをしようなどという人物は“こんなところ”にはおらず、タロウは情報を求めて取り引きを持ちかけているのだと。

 

 「……ついて来い」

 

 陰気な男が歩き出したのは、先ほどタロウが気にした“向こうの陰”がある方向だった。

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