リ・エピソード【サヤ・アカシロ】 念願叶ってハジケ乙女
トルキーへと向かう道中、サヤはセイギ、ナデシコ、タロウたちとカスタにて一泊することとなった。これは予定通りのことであり、テルトを早朝出て日が落ちる頃にようやくついたカスタで身を休め、次の日の昼過ぎに冒険者ギルドでまた別の馬車を出してもらってトルキーへ向かうという手筈になっていた。
そのため、カスタの大通りに面した宿で朝の早い時間に目覚めたサヤとしては、これから数時間の自由時間を持て余していたのだった。
「(もぅまぢ無理ィ……)」
しかし、自由な時間をぷらぷらとのんびり過ごすはずだったサヤは今この時、再び精神の危機を迎えていた。
「(真剣な顔で鍛えてんぢゃん……、意外とがっしりしてんぢゃん……、てかあぁしこれじゃのぞきィ……)」
宿を出ようとしたところで、ふと裏手に気配を感じたサヤが何の気なしに覗き込むと、そこでは仲間のセイギが筋力トレーニングに勤しんでいたのだった。
汗をかいてもいいようにということなのか、下半身は短パンに上半身はタンクトップ状の肌着という格好をしており、よく鍛えられた脚や腕、肩回りなどが露わになっている。
「あれ? サヤちゃん、どうしたの?」
「え゛!? その、早く起きたから街でもみようかなぁ、なんて、えへへへへ……」
視線に気付いたセイギから問われて動揺したサヤは、へらへらと笑って誤魔化そうと試みた。しかしその思惑は全く思ってもみなかった方向で外れる。
「そうなんだ……あっ、じゃあサヤちゃんちょっと僕に付き合ってよ。買っておきたいものがあるんだ!」
*****
「(まぢ……無理ィ…………も、もう……あぁしの心臓がァ)」
激しく鼓動する胸を何度も上から抑えながら、サヤはなんとか“普通の”歩きを維持しようと頑張る。
「さ、サヤちゃん? 大丈夫……? なんだかふらついているようだけど」
「あぇ!? だ、だだ大丈夫だし!」
だがその試みは失敗していたようだった。
「とっ……ころ、で! セイちゃんの用事って何さ?」
超能力の発現によって金色になったセミロングの髪を何度もいじって、ようやく少し落ち着いたサヤは何とか話題の矛先を自分から逸らす。
セイギはそれでも少し心配そうな目をしていたものの、結局は突っ込まずに話の流れに乗ることにしたようだった。
「あっ、うん。えぇっと……多分そこのお店だよ」
セイギが指差したのは『カスタ大通り魔道具店』と書かれた看板を掲げる小さな店舗。日本のように大きな窓で中が見えるようなデザインの建物が見当たらないここではありふれた外観ながら、端々から感じられる品の良い雰囲気は学生であるサヤを少し気後れさせた。
「魔道具って……何があんの? 考えてみればあぁし良く知らないや」
「家電みたいのから武器まで色々あるみたいだよ。今日みたいのはねえ……」
歩幅の狭まったサヤを自然と先導する形で、セイギはためらいなく扉を開けて中へと踏み入っていく。
「(セイちゃんって、結構度胸あるよね……。ここに来るまで知らなかったや……。えへへ……)」
想い人に知らない一面があったことに少し落ち込み、それを知れたことにじわりと喜びながら、サヤは小柄な自分と然程も変わらないはずなのに大きく感じる背中を追いかける。
「ギルドでエッジさんに聞いたんだけど、カスタは時の魔道具……要するに時計が有名らしくて。特に個人用の懐中時魔道具が…………うえっ!?」
セイギは入り口から比較的近くに置いてあった目当ての品を見て、頓狂な声を上げた。
「なになに!? って、これは……あぁ……ね?」
近くに寄って覗き込んだサヤは、むしろ納得した声で困ったという笑みを浮かべる。
「これは……思ったより大分高いね。ちょっと手が出ないや」
「……うん」
冒険者としてテルトのギルド長から指名依頼を受けるほどになりつつあるとはいえ、それでも高いと感じるほどの値段設定だった。あるいは無理をすれば出せないほどではなかったが、この異世界で無理をするほど二人はバカではない。
セイギからすると、ちょっと気になった品を見に来たけど想定以上に高級品だった、というだけの話。むしろ「(これプレゼントするって言ったらワンチャンある!? いや、引かれるよねぇむしろ……)」なんて考えるサヤの方が傍から見ると落ち込んでみえたくらいだった。
その様子をどう思っていたものか、奥の方から店主がうろんな目を向けてくる。その視線に気付いてサヤは冷静になる。
「あ、じゃあ…………ァ」
そして顔を上げてセイギの方を見たところで、動きが止まった。
「(セイちゃんって……まつ毛長いよね。お化粧したらあぁしより全然かわいくなりそう……って近いちかいチカイまぢ無理ィ!?)」
慌てふためく内心とは違い、微動だにしなくなったサヤに対して、むしろセイギの方が顔色を赤くして半歩離れる。
「ご、ごめんね、サヤちゃん」
「…………………………気にしてないし」
何とかそれだけ言って店舗を出て、その後は特に何を見るでもなく宿へと帰った二人だったが、サヤはというとこの日を“二人の接近記念日”として心に刻んだのだった。
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