リ・エピソード【ナデシコ・ゴトウ】 世界のおぼろな輪郭

 「(まずは足場固め。そのためにもわたしが足を引っ張る訳にはいかない)」

 

 意外なくらい熱心に冒険者たるためのレクチャーをしてくれる“先輩”に、表面上は優等生らしい相槌を返しながらナデシコは内心で決意を新たにしていた。別にナデシコは自身を無能と思うほどに、自己肯定感が低くはない。むしろ、己の頭脳には一定以上の自信を持ってさえいた。しかしそれも全ては元の世界での価値観だ。

 

 「(ここでは、思考が行動を凌駕するとは思わない方がいい)」

 

 モンスターなる怪物の実在。冒険者ギルドなる傭兵組織が幅を利かせている事実。そして城においては魔力の質と量という戦闘能力評価で自分たちの価値を決めつけられたこと。

 そうした事実から、戦う力の必要性をナデシコは感じていた。そしてその力がどうやら手に入りそうということであれば、拒んだり避けたりする選択肢はありえなかった。

 

 「魔力をもってぇ、自然に干渉する……」

 「そう、その際にある個人ごとの得意不得意が、つまりは属性だね」

 

 復唱して内容を吟味するナデシコの言葉に、小さな部屋で向かい合って座る先輩こと冒険者のコルリアがかみ砕いた説明を加える。

 今教わっている魔術というものは、魔力を燃料とする発動機のようなものだと、ナデシコは一旦の理解をした。その発動機は組み立てる構造しだいで様々な現象を起こせるが、構造のバリエーションについては個人の資質に依るところが大きい、と。

 

 「(しかし改めて考えても言葉の問題は……)」

 

 説明を聞くという機会によってじっくりと会話をしているナデシコは、意識的に抑え込んでいた疑問がわき出すのを感じていた。つまりは『今話している言葉は何か?』ということ。この世界へ来てから会話でも読み書きでも言葉に対して苦労していない。しかし日本語ではないということは理解できていた。

 この強く意識しなければ日本語でない事にも気付けない程の、高度かつ自然な言語理解。知らない内に脳内に翻訳ソフトを内蔵したチップでも埋め込まれたのかと、内心で戦慄したナデシコだったが、仲間には特に問題提起していなかった。

 

 「(そもそも“問題”ではない。これは結局のところただの“疑問”)」

 

 実害どころか利益しかなく、また仲間たちも気にしていない以上は突っ込んでも仕方のないことだった。そして自分たちを召喚した面々にしても、会話できないなどと疑ってもいなかったことから、この召喚なるシステムにそういった機能も含まれていると納得するしかない。

 しかし気にするナデシコの心中を、ある意味逆なでするように、このことによる明確なメリットが存在した。

 

 「じゃあ、その鍛錬用の詠唱は覚えたかな?」

 

 コルリアの確認にナデシコは頷く。

 

 「はい、覚えましたぁ」

 「さすが、早いね」

 

 先ほどナデシコの意識を言葉への疑問に引き込んだ切っ掛け、手元にある紙に目を落とすナデシコを、コルリアは快活に褒めた。

 

 「……いえぇ」

 

 しかしナデシコは苦笑する。それをコルリアは謙遜と理解してにこりと笑みを浮かべたが……、実際はそうではない。

 コルリアが感心したのは、それが初歩とはいえ詠唱言語と呼ばれる特殊な言葉で書かれていたから。

 ナデシコが苦笑したのは、その特殊な言葉が普通に読めてしまったからだ。

 

 「(この詠唱というのも……問題なく読める。日本語とも、この国の言葉とも違うというのは認識できるのだけど)」

 

 どうにも、召喚に付随する言語理解というのは、この世界の学者も真っ青なレベルで機能しているようだった。

 

 「『火は灯りて、標となる』……かぁ」

 「そう、ちゃあんと覚えてるね。あとはそれに発動の鍵言葉となる魔術名を言いながら魔力を通せば、……ぼっ!」

 

 手指をぱっと開いて火がつくジェスチャーをしたコルリアを見て、ナデシコは改めて自分が読めた詠唱が正しいことを確信する。覚えた短文を魔術の詠唱だと意識して口にすれば、それが自動的に詠唱言語とやらになっている。おそらくこれはこの世界で苦労して魔術を習得してきた人々からすると、目玉が飛び出るような事実なのだろうと考えると、苦笑も浮かぼうというものだ。

 

 「じゃあ、あっちで練習しよっか!」

 「はい、よろしくお願いしますぅ」

 

 ナデシコが優秀な生徒であることがうれしいのか、とても機嫌が良さそうなコルリアに先導され、ナデシコは席を立った。鍛錬用の小規模なものとはいえ、火を出したりするような魔術を、こんな小さな部屋で試す訳にもいかない。

 裏のない笑顔で歩くコルリアだったが、しかしそのすぐ後ろで、ナデシコはなんとも複雑な表情をしている。必要な力を身につけるという真剣さもあるが、特異極まりない状況に対して、なまじ頭の回るナデシコは考えることも多かった。なにより、運命共同体たる仲間たちの、なんとも能天気な様子を思い出すにつけ、やはりナデシコの双眸はその責任感の分だけ鋭さを増す一方なのだった。

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