十三話 召喚者たち、冒険者になる・三

 「あぁ、あれか!」

 

 そう呟いた僕の視線の先にあるのは、モンスターなるファンタジックな存在だった。この世界へ来てから一番強く“異世界”を実感したかもしれない。

 緑色の毛並みをした直立するサルみたいな見た目の、ゴブリン。

 そして中型犬くらいのサイズながら鋭い牙が油断のならない、スモルウルフ。

 共生するこのモンスターがいることも、そしてその外見も、ギルドで聞いてきた内容の通りだった。

 

 「あれを退治しろってことなんよね?」

 「そうだな、あれを殺すのが依頼内容だ」

 

 サヤちゃんはタロウさんが顔色を変えずに言ったことに一瞬だけぎょっとする。けどすぐにそれを引っ込めていた。生き物を殺す――この世界では知らないけど僕らにとってそれは抵抗があって当たり前で、タロウさんの言い様には僕も驚いた。

 

 「ああ、いや……ほら、下手に刺激した上で逃がしたりしたら、大変だぞ?」

 「……そう、だね」

 

 どこか取り繕うように、言葉を選ぶようにして付け足してきたタロウさんに僕は頷いて肯定する。実際に「無理そうなら手出しする前に帰ってこい。手を出したなら仕留めきれ」ということをゾルさんからも言いつけられていた。理由は今タロウさんが言った通りだろう。

 

 「まず、僕が」

 

 気を取り直して僕は一歩前に進み出た。こちらを警戒して動きを止めているモンスターの数は、ゴブリンが五、スモルウルフが二、だ。事前にギルドで聞いた情報と、相対したうえでの勘で、これなら僕だけで十分に対処できそうだ。

 と、思ったけどそれは僕の考え違いだったらしい。というのも、彼我の実力のことではなくて、どうすべきか、という面で。

 

 「何言ってんの。あぁしがやるし」

 

 ずいっとさらに前へと出たサヤちゃんが勇ましく構えをとる。簡易にあつらえたこっちの冒険者風装備――拳までカバーする革の鎧――もあって、その出で立ちはまさにファンタジーの武闘家って感じだ。似た感じだけどより軽装な僕も並ぶとゲームの登場人物みたいだ。

 

 「どっちもちょぉぉっと冷静に、な?」

 

 ちょっと横にそれつつも戦う気満々だった僕と、仲間を守ろうと前のめりだったサヤちゃんに、タロウさんから制止の声が掛かった。

 

 「ナデシコさんがいないから、余計に冷静に、な。情報を得るという意味でも三人で慎重にかかろう」

 「そ、そうだよね。ちょっと勇み足だった」

 「あ、うんうん。慎重に、だよね」

 

 タロウさんが続けた注意の言葉に、僕は反省の意思を示し、サヤちゃんもオウム返しで肯定した。

 そう、ここに来たのは僕ら四人だけど、リーダー役で僕ら全員の手綱をうまく握るナデシコさんはいない。代わりに……。

 

 「危なくなったら、加勢する。安心」

 

 僕らの後ろではエッジさんがふんぞり返っていた。腰に手をあて、胸を大きく逸らす姿勢はどこか奔放な印象というか、初対面時の印象より“面白い人”って感じだ。ギルド長直属冒険者であるエッジさんは、ゾルさんの近くではあれでもかしこまっていた、ということなんだろう。

 ちなみに、ナデシコさんは単純にお留守番をしている訳ではない。元々超常者じゃないナデシコさんを、冒険者としての依頼遂行中にどうするかは僕も考えていたけど、今回も別に安全圏に置いてきた、というつもりじゃなかった。あの人は今、ギルドで修業中だ。

 この世界へ来て、あのお城のガシャイ将軍が褒めたくらいの能力を示したのはナデシコさんのみだった。もちろんそれは、僕やサヤちゃん、そしてタロウさんが持つ超能力をこの世界の人は理解していないということなのだけど、何にせよナデシコさんには戦える可能性があるということだ。

 その可能性を芽吹かせる手伝いを、ゾルさんが申し出てくれた。今頃ナデシコさんは、ギルドで魔術が得意な冒険者から基礎的なレクチャーを受けている頃だろう。魔術の基礎と、そして最低限冒険者としてやっていける程度のノウハウ。それらを教われるという申し出を、僕らが、というかナデシコさんが、断る理由なんかなかった。

 

 「よし、掛かろう!」

 「り!」

 「おう」

 

 僕の掛け声を待っていた訳ではないだろうけど、相対するゴブリンが何かしらの合図をして、それを受けたスモルウルフ二体が大回りする様な軌道で駆けだした。

 

 「あっちはあぁし!」

 「じゃあ、右の方はセイギさん頼む。オレは時間稼いどくから」

 

 左側から駆け寄るスモルウルフへと突撃したサヤちゃんに続いて、タロウさんから頼まれた僕は右側のスモルウルフへと突っ込む。

 なるほど、たしかタロウさんの超能力は黒い盾みたいなものだったはず。あれでゴブリンの攻撃を耐えるつもりか。

 

 「ガァァウ!」

 

 激しく吠えるスモルウルフと接敵した。牽制のつもりで放った僕のワンツーパンチは軽く跳ねて躱される。

 様子見で超能力を使わずに攻めようなんて、モンスターという存在を甘く見過ぎていた。

 

 「セィァ!」

 

 そこで聞こえてきた気合いのこもった声に、横をチラ見する。するとスモルウルフを仕留め終えたサヤちゃんがこちらへ来ようとしているところだった。

 

 「こっちは大丈夫。タロウさんの方を!」

 「おぉう、こっち頼む!」

 「……わかった」

 

 僕の声と、あとタロウさんの余裕無さそうな声を聞いて、サヤちゃんは何かを振り払うようにゴブリンの方へと向かう。

 僕ってそんなに頼りない……?

 ヒーロー・レイジブラスターとしては情けない限りだけど、事実僕はまだスモルウルフに触れられてすらいない。

 

 「やああぁぁ!」

 

 様子見をやめて一気に力を解放、超能力を発動した。超常の光が体から発されるとともに、僕の身体能力はあらゆる面で向上していく。

 

 「これでっ、どうだ!」

 

 さっきはあっさりと躱されたワンツーパンチを再び放つ。

 

 ゴゴッ

 「キャウンッ」

 

 高められた身体能力によって、ほぼ一呼吸の間に打ち込んだ左から右の連撃は、今度こそオオカミ型のモンスターへと直撃した。

 確かな手ごたえがあった!

 すかさず首を巡らせて確認すると、黒い盾を足元から引き出して構えるタロウさんと手足に電光を纏わせたサヤちゃんの前に立っているのは、あと三体のゴブリンだけだ。

 

 「……っ」

 

 こちらの視線に気付いたタロウさんは、一瞬だけ目を合わせた後で体を斜めにずらした。その結果、サヤちゃんの目の前に一体、タロウさんは二体に相対するような形になる。……そしてその二体の方は、僕から見てもまっすぐに並んでいる。

 うまい! それにすごく冷静だ……。一番実戦慣れしているはずの僕でも、モンスターなんて存在に対して焦りがかなりあるのに。これならっ!

 

 「えぇい!」

 

 踏み込んだ勢いで腰をひねり、そのままそれを握り込んだ拳にのせて打ち込む。

 

 「「キィィ」」

 

 見た目通りにサルみたいな苦鳴を上げて二体のゴブリンはまとめて吹っ飛んだ。

 

 「おぉ……、すごいねぇ。さすがはヒーロー」

 「うん! か、か、かっこいいよ」

 

 少しだけ眉を上げて驚くタロウさんの後ろで、サヤちゃんもやや言い淀みながらも褒めてくれる。いや、それより……。

 

 「いやいや、サヤちゃんの方が速いし、強いしすごかったよ! それにタロウさんも、すごい落ち着いてた」

 

 僕らの中で唯一の大人であるタロウさんはやっぱり頼りがいがある。そしてこっちに来る前はケンカっ早い不良少女くらいの印象だったサヤちゃんは、とんでもなく強かった。その超能力もあって“疾風迅雷”という言葉が自然と浮かんでくるような戦う姿は、きっと元の世界でヒーローをしても僕なんかより活躍しただろうと感じさせられた。

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