十二話 召喚者たち、冒険者になる・二

 「はい、登録ですか?」

 

 冒険者って登録制らしい。そして見る限りはこのカウンターって冒険者たちが受注に使っている様子だったから、こちらから何かを言う前に、この受け付けのお兄さんが新規だと見抜いてこう聞いてきたのは、僕らに見覚えがなかったからだろう。

 

 「まず色々とぉ、説明を聞きた……」

 

 とリーダー役が板についてきたナデシコさんが口にしかけたところで、言葉を止めて視線を受け付けから外した。僕、タロウさん、サヤちゃんも揃ってその視線の先を追うと、そこにいたのは小柄な少女だった。

 

 「…………」

 

 無言でこっちをじっと見ている少女は、サヤちゃんよりもさらに小柄で長い黒髪を後ろで括ってポニーテールにしている姿は、それこそ小学生くらいに見える。これもかなり長い前髪の隙間から覗く鋭い目がなければ、ややサイズのあっていないだぼっとした外套の不釣り合い感もあって、ファンタジー系のコスプレをした子供に間違えそうだ。

 いや、この世界にコスプレなんて概念はないか……、なんて考えていたのは僕だけだったのかはわからないけど、とにかく受け付けのお兄さんが反応する方が早かった。

 

 「あ、エッジさん。どうしました……?」

 

 三十代くらいに見えるお兄さんが、とても丁寧に声を掛けている。こう見えてこの子はかなりの年齢……、な訳がないよね。確かに隙の無い立ち姿とか、鋭い目線からは見た通りの子供でないことは察せられるけど、それにしても、ね。

 

 「呼んでる」

 

 ぽそりと呟かれた声は、意外と低かった。だけど威圧感があるほどではなく、不機嫌なネコみたいな声音だ。

 

 「わたしたちを、よねぇ? 誰が呼んでいるのかしら?」

 「……」

 

 聞き返したナデシコさんに、じっと目線が向けられる。警戒……というほどではないけど、様子をうかがわれているようではある。

 

 「エッジさんは、ギルド長の直属なのですよ」

 

 そして結局、その答えは受け付けのお兄さんから聞かされた。

 

 「……ん」

 

 言葉もなくエッジさんは顎をくいとしゃくって受け付けのさらに奥、ギルドの二階へと続く階段を示す。そのギルド長という人に会うために、ついて来いってことかな……?

 

 「まぁ、いきましょうかぁ」

 

 この場でそれ以上に情報は得られないと判断したナデシコさんの言葉で、僕らは大人しくついていくことにしたのだった。

 

 *****

 

 「よく来てくれた。俺はゾル・ギス、ここの頭を張ってる者だ」

 

 部屋に入ると椅子に座るよりも先に、自己紹介をされた。お腹の出た長身のおじさんだけど、ぼてっとしているというよりはがっしりとしたいわゆる固太り。短い黒髪から頬まで続くもみあげが縁どるその顔は、角ばっていてとても厳つい。

 

 「冒険者ギルドの……ギルド長」

 「おう、そうだ。ゾルでもギルド長でも好きに呼んでくれや」

 

 思わず僕が口から漏らした言葉に、ゾルさんは律義に答えてくれた。

 

 「ゾルさんがギルド長……というのはぁ、ここの? それとも組合全体の、ですかぁ?」

 「全体も何も、テルトに冒険者ギルドはここだけだ」

 

 ナデシコさんからの質問に、ゾルさんは腕を組みながら返す。支部長か全体の長かという質問だったけど、微妙にずれた返答内容に一瞬の沈黙。

 

 「冒険者ギルドというのは……、この街にしかないの?」

 「そんな訳がないだろう。あ? いや、そうか、そうだったな、お前さんらは……」

 

 向こうの常識はこちらの常識ではない。なぜなら僕らは“異世界人”だから。ということをしばらくぶりに強く自覚した。

 他は知らないけど少なくとも冒険者のギルドについては、ギルドごとに独立した存在であるらしい。そしてその事はこの世界――あるいは国?――では常識的な知識であるらしい。

 僕らの感覚で置き換えると、つまり冒険者ギルドはチェーン店ではないからここは冒険屋テルト支店じゃなくて、テルト冒険屋、ってことかな。自分で例えておいてわかるような、余計にわかりにくいような……。

 ま、まぁ、お互いにすれ違ったけど、そのおかげというか、それを経たことで結果としてお互いの認識状況をすり合わせできた……とでも思っておこう。

 

 「まぁそれはそれとして、オレたちに何用で?」

 「ん、あぁ」

 

 何事か考え込み始めてしまっていたゾルさんが、タロウさんの呼び掛けで意識をこっちに戻した。

 

 「用事っちゅう程のもんじゃあないんだけどな。お前さんらの登録は俺の方でやっておこう……ってな」

 「なるほど、囲い込み……」

 「ん?」

 「なんでもぉ、ありません」

 

 小さな声で呟いたナデシコさんは、ゾルさんに聞き返されても笑って誤魔化す。隣にいたサヤちゃんやタロウさんもきょとんとした表情で聞き取れなかったみたいで、聞こえていたのは僕だけだったようだ。

 

 「特別だからな、俺の方でしばらく様子をみたい。……ってな訳で、そこのエッジと同じく俺の直属って扱いで登録させてもらうぞ」

 

 ゾルさんがその後ろに控えていたエッジさん――僕らをこの部屋まで案内してきた後はずっと黙って立っていた――を軽く示しながら告げてくる。監視っていうほどではないにしても、まぁ言葉通りに様子見をするってことか。それを僕らにわざわざ明言したあたり、信頼関係を築きたいっていう意思も感じるし、僕としては不満はない。

 

 「……ぁ、ぅん」

 「……」

 

 いいんじゃないかな、という感情でサヤちゃん、タロウさんと視線を合わせると、どちらからも首肯が返ってきた。サヤちゃんの方は少し間があったというか、何かに戸惑っている様子ではあったけど、少なくとも不満はなさそうだ。

 

 「ではぁ」

 

 ということで、最後に僕らのリーダー役であるナデシコさんを見ると、にこりと微笑んで頷いていた。

 

 「登録とぉ、あと冒険者のお仕事について教えてもらえますか?」

 「おう!」

 

 僕らの意思疎通を待ってくれていたゾルさんは、ナデシコさんが代表して返した承諾の意思に、気持ちよく応答してくれたのだった。

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