リ・エピソード【サヤ・アカシロ】 乙女凄む

 「だ、大丈夫かな……?」

 「どしたセイちゃん。あぁしがいるし問題なんて……」

 

 ふと不安を漏らしたセイギに向けて、サヤは励まそうとする。が、セイギの表情には違和感を覚えてもいた。

 

 「ああ、やっぱり気になるよね。いや、期待なのか?」

 「あはは、タロウさんの言う通りなんだよね。ほら、冒険者ギルドに登録しようってことだし、怖い先輩冒険者が『お前らみたいなのが冒険者だとう!?』みたいなさ」

 

 そして続いたタロウとのやり取りを聞いて、ようやくセイギの心情をおぼろげに察したのだった。

 

 「(つまり……、マンガとかの“お約束”ってこと? あぁぁ……やっぱりあぁしもそういうのチェックした方がセイちゃんと話題が……って元の世界に帰らないとそれもできないし!)」

 

 サヤは元来活発な性分であり、日の光に当たっていればそれだけでご機嫌になってしまうような根っからのアウトドア派であった。そしてそれ故に、セイギとタロウが度々と話題に上げるこういう内容についていけない。

 扉を開けながらもセイギたちは何やら話し続けていたものの、サヤはふと気になった思考へと囚われていた。

 

 「(元の世界に…………帰れるのかな……あぁしたち……)」

 

 生来のムードメーカーとして無意識に明るく振る舞っていたサヤではあったが、心の奥では不安も溜まっていた。それは“家”に帰りたいという当たり前の感情からのものだ。だがそれは賢いナデシコにしても検討がついていないだろうということは、サヤにも分かっていた。

 

 「……ん?」

 

 だから不安を振り払って目線を上げたサヤだったが、そうすると気になる光景が目に入る。

 

 「わ、すごい」

 「賑わっているのねぇ」

 「ファンタジーって感じがするな」

 

 三人の仲間たちは内部の盛況さに気をとられて気付いていないそれは、こちらへ向けられる不快な視線だった。

 

 「……ちょい気になる」

 

 小さく呟いたサヤは、そのままそろりとギルドの奥、飲食スペースのようになっている所へと歩を進めていく。マンガやゲームの様な光景に圧倒されて気付かなかったらしく、セイギたちから声は掛からなかった。

 

 「おお? 何か用かよ、嬢ちゃん」

 

 視線を合わせていたからか、飲食スペースまで辿り着くまでもなく、サヤが気にした相手の方からも歩み寄ってくる。それは三人組の男たちだった。

 

 「そっちがヤラシイ目で見てきたんじゃんか」

 

 真ん中に立つ体格のいい禿げ男――絵にかいたようなマッチョ――を睨み返しながら、サヤは低く恫喝する。先ほど声を掛けてきたのもこのマッチョで、立ち位置からしても三人のリーダー格のようだった。その左右に立つ背は低いが恰幅のいい男と、長身で細身の男を、サヤは内心でチビデブとガリノッポと名付ける。

 そしてサヤの内心ではハゲマッチョと定まったリーダー格らしい男は、自分たちに怯えないどころか言い返してきたサヤに焦れたのか、歯を向いて野犬のように荒々しく唸り始める。

 

 「ぁああん! ぇめぇ、ぁめてんのか!?」

 「そうだぞ!」

 「謝るなら今のうち」

 

 怒りからかハゲマッチョは何を言っているか分からない語調ですごみ、チビデブが甲高く喚き、ガリノッポは最後にぼそりと付け加えた。

 

 「…………」

 「「「――?」」」

 

 それでもなお一切の怯みを見せずに、それどころかさらに距離を詰めてきたサヤを見て、三人は怒りより疑問が表情に出始める。そしてハゲマッチョが「何のつもりだ?」という意味の言葉を彼なりの言い方で口にしようとしたところで、それは鮮烈に弾けた。

 

 パチッ

 「「「っっ!」」」

 

 彼らに向かって突きつけられたサヤの人差し指の先端が、小さな雷光を放ったのだった。それは大して音もたてず、ハゲマッチョの鼻先をほんの微かに焦がす程度のちょっとしたもの。サヤからすれば「自分は超常者だぞ」と示すだけの、デモンストレーションに過ぎない。

 だがそれが与えたインパクトは絶大だった。

 

 「は? あ……え?」

 「や、やばいっすよタンタカさん……」

 「む、無詠唱……、超一流の魔術師の、証……」

 

 タンタカという名前であったらしいハゲマッチョは目を精一杯見開いて厳つい顔を間抜けにぽかんとさせ、チビデブはとにかく焦り、そしてガリノッポは何やら気になる言葉を口にした。

 “そういう事”に精通していないサヤははっきりとは理解できなかったものの、しかし何やら大きな勘違いによってビビり散らされているらしいことだけは辛うじて察する。

 

 「はぁ?」

 「「「っ!」」」

 

 そしてその大部分を占めている疑問の感情を表に出すと、それに反応して三人組は面白いくらいにびくりとしてみせた。ここまで反応されれば、サヤが見せた超能力は何やら彼らにとってはひどく怖ろしいのだろうと確信できた。

 

 「と、に、か、く! あぁしらに絡んできたら…………わかってんね?」

 「「「――っ、――っ、――!」」」

 

 ならばそれを精々活用しようと、今度はサヤが凄んでみせると、ハゲマッチョはおもちゃか何かのように首を縦にカクカクとさせて肯定してみせた。当然、彼の子分か何かであるらしいチビデブとガリノッポもすぐに追従する。

 

 「…………うん、わかればいいんよ」

 

 不良少女であったとはいえ、低めの身長と可愛らしい顔つき故に初対面でここまで怯えられたこともないサヤとしてはまだ釈然とはしないながらも、とりあえず面倒そうな脅威は事前に排除できたと、その場を後にしたのだった。

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