十話 帝国の召喚者たち
そしてそんなヒカルの自尊心を決定的に形作る出来事が約二年前、彼が高校生になったばかりの頃に起こる。超能力の発現だ。
自身が武器だと認識した物に眩く発光するエネルギーを纏わせる能力を得て超常者となったヒカルは、次には当然それを存分に振るい誇示できる舞台を求めた。――ヒーローフラッシュラインの誕生だった。
「誰だ、お前らは?」
ヒーローとして揺るがぬ自尊心を確立したヒカルは、十代後半の青年とは思えぬほどに精神的に安定している。それは、突如発光する魔法陣に巻き込まれ、気付けば見知らぬ世界で見たこともないほど美しい二人の女に見据えられていても、傲然と誰何する余裕があるほど。
「あっれぇ……?」
「…………」
豪奢な長椅子を独占するように寝そべる少女はあどけなく首を傾げる。色白の肌と白い髪で構成されるどこまでも白い少女は、じっとヒカルへと向けてくるその瞳だけは金色に輝いていた。
そしてその少女を守るように立つのは妙齢の女性。黒髪を短く整え、黒を基調とした軍服を少し楽にしたような服装という部分だけを見るといかにも男性的だが、その匂いすら漂うような色気を振り撒く所作と艶やかな顔つきから女性だとヒカルに確信させた。
「貴様の方こそ誰だ?」
「シュルゥはシュルゥだよ」
「……」
鋭い誰何返しの声に重ねてあっさりと自己紹介をされてしまった黒髪の女性は、表情は変えずにじっと押し黙る。だがその目は微量の湿り気を帯び、どうも振り回されるタイプであろうと察せられた。
「そうか、俺はヒカル。ヒカル・アマヤだ」
白い少女の名乗ったシュルゥという名前も、そして前に立つ二人の顔立ちも、どちらからも欧風な雰囲気だと感じたヒカルは、それに合わせた名乗りを上げた。ここまでの態度からその様にあっさりと名乗るとは思わなかったのか、聞いた瞬間に黒い女性の方が眉を小さく上げて驚きを示す。
「……」
「テルシア? あなたの番だよ」
そして訪れた場の沈黙に、白い少女シュルゥの無邪気な言葉が差し挟まれ、それを聞いて黒い女性はついに観念したという溜め息を漏らす。
「余はテルシア・モント・ドゥ・ギャップス。ここギャップスの領王……といえば貴様のようなものにもわかるか?」
「ぎゃ……?」
たっぷりと含まれた嫌味にも、普段ではありえないことにヒカルは反応しなかった。それよりも気になった部分があり、そちらへ意識が向いたからだ。
「王……お前が? そっちじゃないのか」
顎をしゃくってシュルゥの方を示しながらヒカルが疑問を口にすると、テルシアと先ほど名乗ったばかりの黒い女性は露骨に顔をしかめる。こうした行動が、ヒカルからはどう見てもシュルゥが王で、テルシアが従者だと感じられたのだったが。
「余は王に違いない、だが陛下は皇帝だ。重ねて問うが、貴様は何様だというのだ?」
言外に頭が高いと意味を込めたテルシアからの高圧的な言葉に、ヒカルはただ顎をひと撫でしつつ視線を斜め上に彷徨わせて反応した。
「(皇帝は王の王だったか? 領王と言っていたし、つまりこの黒い方が知事なら、白い方が総理大臣ってところか)」
ヒカルはヒカルでうろ覚えな知識を引っ張り出して状況を把握しようと努めていた。頭に浮かべた例えが正しいかどうかを判定してくれる者など近くにはいないのだから、当たりをつけたら行動に移すしかなかった。
そう、今ヒカルの傍には味方となる者はいない。あの魔法陣が光る直前まで、確かに近くにいたはずの同業者や、居合わせた市民の姿は見当たらない。
だが味方になるかもしれない者なら一応いる。それはヒカルの足元で寝息を立てている小男だった。長い黒髪もぼさぼさなこの男は、ヒカルの記憶ではレイジブラスターが無力化した銀行強盗であったはずだが、これほどの異常事態においては目の前の二人の女よりはまだ味方寄りに認識できていた。
「(こいつらが敵か味方か……、まずは見極めてみるか)」
そう意を固めたヒカルは、とりあえず直前までの話の流れを無視して、初めてまともにテルシアの目を見た。これまで偉いと思われる方であるシュルゥを見定めていたが、身の振り方の話をするならこちらだという勘に従ったのだった。
「俺……と、そうだなこいつにして欲しいことはあるか?」
いい夢でも見ているのかへらへらと笑いながら意識を失い続ける小男をつま先で突きながらヒカルは告げる。すると話の流れが意外だったのか、テルシアは一瞬黙り、次に自分の問いかけを無視されたことに気付いたのか顔を赤くする。
だが、そんなテルシアが口から罵声を発することはなかった。
「あるよう。えへへ、楽しくなりそう! ね、テルシア?」
満面の笑みを浮かべた絶対上位者が、そう無邪気に語り掛けてきたからだった。
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