リ・エピソード【タロウ・スズキ】 からっぽの使命感
なんでオレ? ヒーローのセイギさんでも、ケンカが得意なサヤさんでもなく、一番ぱっとしないスズキのタロウさんだよ?
いや、二人ずつで別れて行動ってのはわかるよ? けど将軍みたいな国の偉い人に文句言いに行くのにオレなんか連れてっても何の役にも立たないよ……?
「こっちです」
しかし素直にナデシコさんの後を追ってしまう自分が情けない……、いやオレがどうっていうか、この子なんか怖いんだよ。有無を言わせない雰囲気というか。ん? それなら、オレは別になさけなくないのか。
「……あれ?」
とか考えている間に城内を進んできたけど、こっちだっけ? オレもうっすらとしか覚えてないけど、謁見室だったり将軍や宰相の執務室がある区画はこっちじゃなかったような……。
「謁見室でお話を聞いた時にぃ、当たりをつけておいたんです」
「……へ」
間抜けな声を出してしまった。だって今のナデシコさんの口調は変わりないけど、声が冷たかったような気がして。さっきから歩きながらも何度か自分の腕を撫でるような仕草をしているし、緊張……いや、不安を感じている風にみえるのとはちぐはぐだ。どうもぱっと見と中身の噛み合わない人だよな。
とか考えている間にも歩みは進んで、ある部屋が少し離れたところに見える位置で足を止める。
「あれ……?」
その部屋は扉がほんの少しだけ開いていた。どの部屋も大体はしっかりとしまっているから珍しい。「それであの部屋が何か?」という意図を込めて視線を送ると、ナデシコさんは頷いてから口を開く。
「あれがそうですぅ」
そう……というと、さっき話していた“当たりをつけた”っていう相手のことか? あの部屋がその人の部屋で……、開いているってことは誰かが慌てて駆け込んだりしたばっかりで……。
……うん、ここまで考えるとさすがに察しがついてきた。オレらを消そうとした貴族とかのところに失敗した実行犯が迂闊にも駆け込んだ、と。
「あ、ちょっと」
そして止める間もなくナデシコさんは歩み寄り、扉を完全に開いてしまった。
「っ!?」
「貴様ぁ! つけられてはおらんと!」
驚く黒ずくめと、そいつを責めるいかにも貴族っぽい禿げたおっさん。謁見室の時にこんなのいたっけなぁ……? 覚えてないけど、まあいたんだろう。
「つけられてはいないし、痕跡も残していない。となるとあなたが尻尾をだしていたのでは?」
「はぁ? ふっざけるな、貴様!」
ふてぶてしく言い返した黒ずくめにおっさんはぶちきれる。けど、黒ずくめが正解。
「で?」
「ふふ」
腕に縄を巻くような仕草で、「捕まえるんすか?」ということを問いかけると、ナデシコさんは艶然と笑う。そして自分の腕をひと撫ですると、これまた年齢に似合わず色っぽい雰囲気で唇を舐めて、犯人たちを手で指し示した。
「証拠が残らないように……できますよね?」
「……」
びっくりして黙ってしまった。この子はオレがどういう人種か見抜いていたらしい。だからこそ、こんなただの確認するような聞き方になっているんだろうし。
はぁぁぁ。
それにしても、ナデシコさんも難儀な子というか、なまじ賢すぎるんだろうな。明らかに緊張して躊躇しているくせに、こんな縁もゆかりもない世界で権力者に狙われるということの恐ろしさをちゃんと計算できて、……いや、してしまっているんだな。
とはいえ、それで実行に移す胆力も、オレが“そう”だと見抜く眼力も、とてもただの高校生が持っているようなものじゃない。末恐ろしい子だ……。
「……」
「お、おいなんだ!」
「っ!」
とか驚いたり憐れんだり、やっぱりびびったりしつつも一歩二歩と近づくと、貴族のおっさんは怯えつつも威嚇して、隣の黒ずくめは無言で身構える。
「まあそんな警戒しなさんなって」
「は?」
もう下手に出る必要もないかな、ということで砕けた口調で声を掛けつつ、おっさんの肩に手を置いた。出方を見つつも、体を張って守る義理はないのか、黒ずくめは動かない。
おかげで楽に一人目が終わった。
「あれ? え? ぐぅ」
……ドサ
心底から何が起きているのか分からないという顔のまま、おっさんは倒れて、その重そうな体に見合った音を立てる。オレがさっき手を置いた一瞬だけ、袖口から伸ばした影――超能力によって実体化し、鋼のナイフ程度の硬度と切れ味を持つ――による傷からだくだくと血を流し、柔らかい絨毯を赤く染めていく。
「それでもプロか? お前さん」
「くぅっ」
展開に驚いたのか動きを止めていた黒ずくめに大きく一歩寄ると、本当に素人みたいにオレの顔とか手に警戒するから、足を簡単に踏みつけることができた。ただ軽く、嫌がらせ程度の勢いでのせた足に脅威を感じなかったのかもしれないけど、当然足裏からは影のナイフが伸びている。
オレの能力の低さ故に、足から出す場合は普通のナイフの半分程度の長さにしかならない。けど、それは十分に鋭く、こいつの足を貫通して床に縫い留めるくらいには十分だった。
「舐めるなっ」
小さく、息を吐くような声でそれだけ言うと、ようやく黒ずくめは何やら反撃を試みる。だがその刃物を振りかぶろうとする動きは大きすぎるし、そもそも動き出すのが遅すぎた。……オレの手はもうこいつの脇腹に添えている。
「はぐ」
……トサ
そして狙った訳でもないけど、貴族のおっさんに重なるように黒ずくめも倒れた。今度はおっさんの亡骸が赤くなっていく。
「こんなもんで?」
「……………………ええ」
振り返って確認すると、随分と長い沈黙の後で、ナデシコさんは頷いた。
まあその心中を推し測ると「ここまでやべぇ奴とは思ってなかった」ってところか。依頼者からはよく言われるし、この程度の動揺しか見せないのはむしろ落ち着いたもんだ。
オレは何も感じない。感じる心が無いからだ。見ず知らずの異世界人を二人ほど亡骸に変えても、その時の生々しい感触にも、そして仲間からこういう目で見られても、何も感じない。
ただ普通はこうなんだろうな、という予想で普通の人間を真似ているだけの殺人人形。裏社会では大層都合が良かったらしく、おかげで殺人の経験値だけはさんざっぱら積んできた、異常者だ。
だけどオレの中の深い部分では何かが叫んでいるような気がする。……「守れ!」と。
ずっと無視し続けていたその声は、こっちに来てから大きくなって、無視できないくらいになってきている。だからよく分からないけど、この子たちをオレは守ろう。例え蛇蝎のように嫌われるような手段でも、平気でとってやろう。なぜなら、声がそういうのだから。
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