九話 召喚主の事情と召喚者の都合・五
しかしタロウさんも超常者だとは聞いていたけど、何か変わったことをしていたような……?
どこからともなく取り出した黒い板みたいなものを盾にして、それはいつの間にかまた消えていた。
「タ――」
「さてぇ」
だけど僕がタロウさんに聞こうとした声は、動き出したナデシコさんによって中断する。
さっきは突然の事に動揺していたようだけど、それはもう落ち着いたみたいだ。
「出発前にぃ、今のこと苦情だけいってきますね」
城内で襲撃があった。その事に文句を言うのはわかるけど、どこかずれたというかのんきな調子だ。
「いやちょっと待ちなって、かいちょ」
サヤちゃんも反射的に引き留める。
だけど今のはナデシコさんに危機感が無いとかじゃなくて、なにかを誤魔化そうとしているようにも感じる。……勘ぐり過ぎかな。
「急ぎたいのはわかるけどぉ、ちょっと時間をもらえますか?」
「や、や、そうじゃなくてさ」
のらりくらりとした態度のナデシコさんに、サヤちゃんもたじたじとなっている。何か論点をずらそうとされているのはわかっているけど、サヤちゃんにしても具体的にいえることが無いから、言葉に詰まってしまっていた。
「セイギ君はサヤさんとラルアス王子の方に、わたしはタロウさんとガシャイ将軍に、という感じでぇ、手分けしましょう」
「あ、う、うん」
色々と考えをまとめようとしていたところに声を掛けられて思わず頷いてしまう。
あ……いや、ラルアス王子は一方的に警告だけして去ってしまったから、どこにいるのかもしらないな……。それはまあ城内にはいるのだろうけど、今の立場の僕らが聞いてすぐに会わせてもらえるとも思えない。
「それではぁ、よろしくお願いしますねー」
そのままタロウさんを引き連れてナデシコさんは行ってしまった。
「誰かに聞いてみよう、王子の居場所……」
「あ、うん」
他にどうしようもないし、サヤちゃんに声を掛けて歩き出す。とりあえず中庭にいけばこの時間なら騎士団の人が訓練の休憩をしていたはず? ……たぶんだけど。
*****
結局のところ、予想通りではあったけど王子の居場所なんて教えてはもらえなかった。まあそれはそうだろうね、殊更に僕らを警戒している訳ではないだろうけど、部外者に要人の居場所を軽々しく教えるなんて、特に騎士相手だとありえなかったか。
「あっちはどう?」
「ん?」
サヤちゃんが不意に指差した方には、騎士の訓練を見学していたのか三人の貴族っぽい人がいた。服装の感じからすると中級くらいというか、城内では比較的よく見る感じの雰囲気をした人たちだ。
とはいえ立場のある偉い人ならもっと近くで堂々と見学するだろうし、隠れるようにひっそりと様子をうかがっていたあたり、そんなに偉い立場ではないのかな? だとすると、王子の居場所なんて把握していないだろうけど、まあ聞くだけなら損はないか。
「っ!」
僕らが近づくと、三人は肩をすくめた。驚いた……という感じではなく、警戒を強めたって雰囲気だ。
なんで……?
「そちらから近づいてくれるとはな! いや、まさかとは思うが感づいたか?」
「待て、こやつらを亡き者にすることは秘密の計画だ。簡単に口にするな」
「…………はぁ」
二人が説明してくれた後で、少し距離のある一人が溜め息をつく。よくよく見ると、いかにもバカっぽい前の二人に比べて、溜め息の人はとても鋭い目をしていた。貴族風の服装がどうにも似合わない感じというか、いかにも変装して招き入れられた裏社会の殺し屋、みたいに見える。
……見えるっていうか、そのまんまかな?
「……」
無言で前に出て、懐からナイフを取り出した殺し屋貴族を見て確信した。やっぱりこの人、貴族に変装した殺し屋だ!
さっきの人だけじゃなかったのか……。
「話し合いなんて雰囲気じゃないよね…………っ!?」
力が、足りない? さっきナデシコさんが襲われた時に力を使ったからか!
僕の超能力は身体能力強化。その制限時間は十分程度。
だけど一度使ったら十分で終わり、という意味じゃない。オンオフは自分の意思でできるから温存しながら使うことはできるし、しばらく休憩していれば体力と同じように超能力も回復する。他の人は知らないというか能力ごとに違うらしいけど、少なくとも僕の場合はそうだ。
時間は確かにそれ程たっていないけど、さっき使ったのはせいぜい一、二分だった。それでバテるはずがない。
だけど実際に今とっさに発動しない。時間をかけて力をかき集めればなんとか発動できそうだけど、これほど消耗しているとは……。たぶんだけどさっきはあまりに驚いて力み過ぎていたんだろう。だとすると、これは僕の未熟さが原因か。
貴族に変装した殺し屋はナイフを振り上げてこちらへ駆け寄ってくる。その大きな動作は隙も大きいけど、必殺の意思がこもったものだ。
「くそっ」
焦るけれど、焦るほどにうまく超能力が発動できない。
「あぁしの目の前でやらせるワケないし!」
殺し屋のナイフと僕の距離が縮まり切る前に、その間に体を滑り込ませてきたのはサヤちゃんだった。
「しィィやァ!」
鋭い呼気、そしてそれに倍する鋭さで奔るサヤちゃんの四肢。
両腕両脚でそれぞれ一発ずつの四連撃はあまりにも高速で、紫電を纏っていなければ僕の目でも追いきれなかったかもしれない。……本気のサヤちゃんってこれほどなんだ。とてもではないけど“ケンカの強い不良少女”なんてレベルじゃない。
ダァァァン!
「っ!」
繋がって一つの音に聞こえる四連打音の尾を引き、殺し屋は中庭の地面を滑っていった。電撃を伴うその衝撃には、鍛えられた殺し屋でさえ、悲鳴も上げられず苦鳴すら漏れない。
そして、その行き先はちょうど騎士団が訓練をしていたあたり。
「――? ――!?」
人間の体が土を擦る音で事態に気付いた騎士たちが、ざわざわと慌てている。
「あなたたちはここにいてくださいね」
「「ひぃっ」」
その機に乗じて去ろうとしていた、殺し屋以外の貴族二人を確保する。遅ればせながら超能力が発動した僕の腕力を振りほどける訳もなく、二人は一瞬だけ抵抗する素振りを見せてから大人しくなった。
*****
「お待たせしましたぁ、どうでしたか?」
その後、僕とサヤちゃんが騎士たちに説明を終えたところへ、ナデシコさんがタロウさんを連れて戻ってきた。向こうもちょっとだけ心配だったけどさっきと変わらない様子だから、特に問題はなかったみたいだ。
「かいちょ! こっちは大変だったし!」
訓練はとっくに中止してざわざわと行き来する騎士を横目にするナデシコさんは、それだけでおおよその事情を察した様子だった。そしてそこに駆け寄ったサヤちゃんが大きな身振りも交えていかに大変だったかを伝えていく。
……ちょっと大げさな気もするけど、大体は僕の認識と違いない。そう意志をこめて小さく頷くと、サヤちゃんの相手をしつつも一瞬だけ目線をこちらへ向けていたナデシコさんはまつげが震える程度の目礼で「了解です」と示す。
思っていたよりも遥かに大変で、僕の甘さも痛感したけど、ともあれこれでようやく外へと踏み出せる。
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