八話 召喚主の事情と召喚者の都合・四

 「ではぁ、すぐにでも行動しましょうか」

 

 僕が皆を集めてラルアス王子からの警告を伝えると、ナデシコさんはすぐにそう決断した。

 迅速に出ていこうとは決めていたけど、ついさっきまでそれは明日にもくらいの感覚だった。けどこうも切羽詰まった状況だというなら、もっと早いにこしたことはない。

 

 「うん」

 

 そう考えて僕が頷くと、サヤちゃんとタロウさんもそれぞれ同意を示していた。

 

 「でも大丈夫? かいちょ……」

 

 珍しく不安そうな表情を隠そうともせずにサヤちゃんが聞いたのは、拙速ではないかということだろう。

 起きそうではあっても絶対起こるではない城内での揉め事を避けて、確実に準備不足といえる段階で外へでるのは、僕にとっても不安が大きい。

 

 「オレはナデシコさんに賛成。王子からの警告まであったってことは事が大きすぎる」

 

 珍しく意思表明したタロウさんのいうことは、いかにも社会人的な合理性があるように聞こえた。起こる確率よりも起こった場合の被害の大きさで考えるべきってことかな。

 

 「大丈夫だよ、サヤちゃん。何かあっても僕が守る」

 「っ!? ~~っ!」

 

 正直に言うと不安とか恐怖感は僕にもあるけど、それはぐっと飲み込んだ。サヤちゃんも僕と同じ超常者かもしれないけど、僕はヒーローだ。異世界に来て正体もバレて……それでも心にある意志は変わらない。

 

 「――! だ、あ、わ……かったし…………」

 「ふふ」

 

 色々な葛藤とか、普段クラスでは頼りない僕からいわれてもむしろ怒りがこみあげるとかあったのだろう。サヤちゃんはよく日に焼けた浅黒い肌を紅潮させながらも、最後には小さな声でそういってくれた。

 それにしてもそんな僕らのやり取りを見て微笑んでいるナデシコさんは余裕があるなあ。この中では唯一超常者じゃない彼女は、一番不安を感じていてもおかしくないのにリーダー役を自然にやってくれているし。

 

 「じゃあすぐに城をでよう。僕は準備できてるよ」

 

 ちらりと後ろに置いたリュックに目を向ける。今集まっているここは僕の部屋だから、さっき王子が来る前にまとめ終わっていた荷物はそこにあった。

 他の皆も部屋を見た訳ではないけど、もう荷造りは終わっていることをそれぞれに頷いたりして伝えてくれる。

 

 「ではぁ、すぐに動きましょうか」

 

 ついさっきとほぼ同じ言葉で改めて告げられたナデシコさんの号令で、僕らは動き始めた。

 

 *****

 

 それぞれにリュックを一つずつ背負って、城の廊下で再集合する。

 

 「今のところは……平穏だな」

 

 廊下の向こうとあっちを交互にみて、タロウさんが息をついた。

 大きな城だからか、僕らの他には人の気配も感じない。少なくともすぐ近くには、誰もいないようだった。

 一国の王子から警告されたからって動揺しすぎたかな……? 考えてみればすぐにっていっても今すぐだと考えて警戒するのは大げさだったかもしれない。

 

 「考えてるより、さっさと動かん?」

 

 僕だけじゃなくてナデシコさんとタロウさんも何やら考え込み始めたところで、サヤちゃんがけろっとした表情で言った。焦っている訳でも怯えている訳でもなく、純粋に状況判断として言っているようだ。

 そしてそれは正しい。今はまず動くべきだった。

 

 「まずは外に出てぇ、それから考えましょうか」

 

 ナデシコさんの言葉で動き出す。僕らはどうにも考えすぎる所があるようだから、シンプルだけど筋の通ったサヤちゃんの性格はありがたい。

 

 「…………?」

 「セイちゃん、どしたん?」

 

 ふと視線を巡らせた僕にサヤちゃんが心配して声を掛けてきたけど、何でもないと小さく首を振っておく。

 ……気のせいだよね? やっぱり改めて探ってみても人の気配は遠くにしか感じないし。

 自分を誤魔化すように直感を論理で説き伏せようとしたけど、どうにも胸騒ぎがおさまらない。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 再びちらちらと柱の陰とか曲がり角を見ていると、今度はナデシコさんにも声を掛けられた。タロウさんも不思議そうな目をしている。

 

 「――ぁっ!?」

 

 その時、僕の口からは小さく音が漏れ、そして言葉にするよりも先に体の方が動いていた。

 僕から見てナデシコさんの向こう側。三人の視線の外にあったそこは物陰でもなんでもない廊下の端だ。だけど隠れる場所なんてないはずのそこには、忽然と黒ずくめの人影が現れていた!

 とっさに超能力を発動して光を放つ僕の体は、身に宿す尋常ならざる力によってその身体能力を一気に増大させる。その踏み込み速度は生物の限界を超えるほど。

 だけどテレポートするでも力場や爆発で加速したでもない黒ずくめは、信じられないようなスピードでナデシコさんの背中へと接近していく。

 僕と同じ超能力――いや、この世界の“魔術”か!?

 そんな驚愕は、だけど今は関係ない。というか、考えている場合じゃない。

 思考を頭の隅へと押しやって、全力で踏み込む。

 引き延ばされてスローに感じる時間の中で、黒ずくめの手にした刃はナデシコさんの背中に僕よりも一歩早く近づいていく。

 

 「っ!」

 「――?」

 

 僕の動き出しと不穏な気配に気づいたサヤちゃんも腰を落として戦闘態勢へと入り始め、ナデシコさんは怪訝そうに眉根を寄せる。

 だけど駄目だ! どうしても間に合わない!?

 

 「え?」

 

 絶望に陥りかけた僕の視界が黒く染まり、思わず驚きと疑問の声が漏れる。その黒は気のせいでも何でもなく、ナデシコさんの背中を盾として守っていた。

 

 ギィィイン

 「うわぁっ!」

 

 金属的な衝突音――そしてタロウさんのどこか間の抜けた悲鳴。

 足元から黒い板のような物を引きずり出したタロウさんがナデシコさんの背中を守っていた!

 色々な疑問や称賛の気持ちは一旦無視して、僕は鈍りかけた足を再び力強く駆けさせる。

 

 「やあぁっ!」

 

 気合いをこめて叩きつけた右の拳を胴体中央にまともにくらって、黒ずくめは廊下の向こうまで吹き飛んでいく。

 とっさに加減も何もなく殴ったけど、致命的な感触はしなかった。まるで砂の詰まった袋を叩いたみたいな感触……やっぱり尋常な人間ではない?

 

 「……あ」

 

 案の定、少しの距離を滑っていった黒ずくめは、器用に起き上がるとその勢いのままに駆け去っていく。

 鮮やかな逃走。だけど相手の力量も正体も何も分からない状況で、深追いはできない。

 

 「かいちょ、大丈夫!?」

 「え、えぇ、驚きましたけどぉ」

 「タロウさんは?」

 「無事だよ、何とかね」

 

 今は僕ら四人がとりあえず無事だったことで十分だった。

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