七話 召喚主の事情と召喚者の都合・三

 ガシャイ将軍が部屋を去り、給仕の人もお茶のお代わりを用意するといって出て行ったから、今この品の良い応接室には僕ら四人だけとなっていた。

 魔法の品みたいなもので盗聴器に類するものがあるのかはわからないけど、気兼ねなく相談できるのはとりあえずは今だろう。

 他の三人――ナデシコさん、サヤちゃん、タロウさん――もそう思ったらしく、自然と互いの目線が交差した。

 さっきまでの横並びだとさすがに話しづらいから、僕とタロウさんがすっと移動して、男二人と女二人でそれぞれ向かい合うようになる。

 体勢が整ったところで、場を仕切るように口を開いたのはやっぱりナデシコさんだった。僕とサヤちゃんからすると生徒会長であるナデシコさんには自然に頼ってしまうし、何故か年上で大人のタロウさんも異論や不満なく従う姿勢をみせている。

 

 「確認というかぁ、注意を促しておきたいなと思いまして」

 

 話し始めはそんな内容だった。未だに城の中しか知らないこの世界での注意なんて何もしようがないと思うけど……、ナデシコさんの憂い顔をみると聞き流す気にはなれない。

 

 「なに? なんかヤバい?」

 

 聞き返すサヤちゃんの表情も真剣味を帯びる。

 

 「とりあえずわたしたちは城を追い出されて冒険者として生計を立てることを余儀なくされましたがぁ……まあそれはいいでしょう」

 「うん」

 

 頷き返す。さっきの将軍や昨日の王様への感情は置いておいて、その状況は僕も理解できている。だけどナデシコさんがいいというなら、いいんだろう。というか、明らかに一番判断力がありそうなナデシコさんに、現状では任せるしかない。

 

 「城を出る前にひと悶着ありそうだと?」

 「そうですねぇ」

 

 タロウさんの不穏な憶測を、ナデシコさんは「今日はにわか雨が降るかも」くらいの調子で肯定した。

 ひと悶着って……多分だけどちょっと悪口いわれるとかそういうレベルの話では……ないんだろうなぁ。

 そうして、城の人間に対しては極力関わらず、受け取るものを受け取ったら迅速に立ち去ろうということでまとまったところで、給仕の人も戻ってきて僕らは何食わぬ顔でお茶のお代わりを楽しんでから一旦解散したのだった。

 

 *****

 

 追い出される準備といっても、まとめる荷物もないから何もすることは無い。着の身着のままで召喚された訳だから当然なのだけど。というか、服はそのままだったにもかかわらず、スマホどころかハンカチや財布みたいなものまで、持っては来られなかった。

 といいつつリュック一つ分の荷物はあったりする。中にはこの辺りの平民にとって一般的だという衣服と多少の道具類、そしてある程度のお金だ。

 これらは全て将軍から支援として支給された物資で、僕はすでに服装はもらったものに着替えていた。

 いかにもファンタジーのゲームにでてくる町人みたいな、すこしごわついた布地の衣服に、ここへ来た時に身に着けていたプロテクター類の一部を付けている。変といえば変な格好になっているけど、元々下に着ていた服は戦闘で汚れていたしプロテクターは必要だろうしで、ここへ落ち着いた。

 ちなみにさっき話を聞きに行った時から僕はプロテクター無しでこうした現地服。タロウさんも同じだったけど、サヤちゃんとナデシコさんは召喚された時の制服のままだった。

 用意された服を警戒したのか、あるいは単に制服が気に入っていたのかは知らない。

 

 そんな益体もないことを思い出しながら荷物の最終チェックをしていると、扉の外から小さな音が聞こえてきた。

 超能力を発動していなくても、僕の身体能力は部分的に常人より高い。具体的には目や耳の性能がすこぶるいい。

 今回はその耳が、分厚い扉の外から微かな足音を拾っていた。

 微かな、といっても別に足音を殺して歩いているという感じではなく、部屋の防音がいいのと、そもそもの足音が小さいだけのようだけど。

 そしてそれを裏付けるように、続いて扉をノックする音が、今度ははっきりと部屋内に響いた。

 

 「はい」

 

 すぐに扉を開こうと近づく。

 わざわざノックをしたことから敵意は感じない事と、今は僕一人だから何かあっても対処できるという自信がある。だから素直に対応することにした。

 

 「あの……」

 

 開いた扉の向こうには小柄な人物が立っていた。身長でいえばサヤちゃんよりはほんの少し背が高いという程度。

 薄茶色の細くてさらさらとした髪は肩まであり、垂れ気味の目尻は柔和な印象。顔だけ見ると女の人っぽいけど、小柄ではあってもしっかりとした肩幅や、所々の骨格をみると男の人だとわかる。

 確かこの人は謁見室にもいた……。

 

 「私はラルアス・テルタイ。王であるタタイアス・テルト・テルタイの子……つまりは王子です」

 

 意外と低めの声で告げられた自己紹介はそんな内容だった。やっと聞いた気がするけど、あの王様ってそんな名前だったんだぁ……じゃなくて王子!?

 ちらりと扉の外へと目線とともに意識を向ける。

 

 「今は私一人で来ました」

 

 早口でそう説明しながら、ラルアス王子はするりと部屋の中へと入って、後ろ手に扉を閉めた。

 

 「それで……?」

 

 王族の人への言葉遣いってどんなだろう? とか考えてうまく言葉が出てこない。それでも辛うじて疑問だということは伝える。

 普通はこういう身分の人が訪ねてくる時って、アポイントじゃないけど事前連絡みたいのがあるはず……っていうか来るんじゃなくて呼ぶよね、たぶん。

 つまりは普通ではない内容の用事だってことか。

 

 「私としてもあなたたちへ言うべき多くの言葉はありますが……、今は申し訳ないが時間がない」

 

 ラルアス王子は身分に見合った堅苦しい言葉遣いだけど、どこか取って付けた感じというか無理してそれっぽく振舞っているようにも見える。

 見た目が可愛らしいからか、あるいは緊張しているからそう見えるだけか。

 

 「警告です。あなたたちをよく思わない一派が城内にいる」

 

 戸惑って言葉を発さない僕には構わず、ラルアス王子から不穏な警告を告げられる。

 

 「っ!」

 「……驚くのも無理はありません。こちらから喚んでおいて、筋の通らない話です」

 

 ラルアス王子が眉尻を下げて同調を示したのとは違い、僕はほんの少し前のやり取りを思い出して驚いていた。

 ナデシコさんの予想が当たっていた。タロウさんも何かを感じ取っていたようだけど、僕はあれを念のための用心みたいな話だと軽く考えていた。

 それが身分のある人がこうして押しかけてまで伝えに来るってことは、かなり切迫したものだったということだ。

 

 「どうすれば……?」

 

 何か言わないと、と考えてとりあえず言葉を返したけど、僕らとしては決めておいた方針で行動するだけだよね。

 

 「とにかく急いで城をでてください。ガシャイ将軍のあれは厄介払いに違いありませんが、今は都合がいい。そうして時間が作れれば私がなんとか……」

 

 なるほど、方針は僕らのものと一致している。

 ていうか、冒険者になれっていうガシャイ将軍からのあの話って厄介払いだったんだね。扱いが予想と違うみたいな話はしていたけど、思っていたよりもさらに低く見られていたみたいだ。

 

 「わかりました」

 「…………すみません」

 

 僕が頷くと、短い沈黙の後でまっすぐとこちらの目をみたラルアス王子からはっきりと謝罪される。

 誠実には違いないけど、僕のイメージする王族とは何となくずれている人だと感じた。とはいえもちろん僕としては今まであった城の人の中で一番好感が持てる。

 そのまますぐに扉を小さく開けたラルアス王子は、外の様子を一瞬うかがってからするりと体を外へ出して立ち去って行った。

 警戒している雰囲気はただならないものだった。これは皆にも伝えた方が良さそうだ。

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