六話 召喚主の事情と召喚者の都合・二
「では勇者殿たちにはこれから――」
殆ど眠れない夜を過ごした翌朝、部屋へと運ばれてきた簡単な食事をとった後で、僕たちは集まってガシャイ将軍から話を聞いていた。
改めてラリィ・ガシャイと名乗ったこの中年の将軍と僕ら四人が対面している部屋は、昨日待合室として使われたのとは別だけどよく似た部屋だった。城なのだしこういった応接用の部屋というのは無数にあるというのは、短い滞在でもよくわかる。
もみあげから顎にかけて、そして口まわりに立派な髭を蓄えているガシャイ将軍だけど、今日はちょっと態度が違っている。
というのも昨日はナデシコさんから痛いところをつかれたからか、どこか申し訳なさそうというか、気まずそうな、言ってみれば下手の態度だった。
けど今は明らかに上から見下ろしている。……もちろん掛けている椅子は同じ高さだし、なんなら僕らの方が部屋の奥側――感覚が同じなら上座側――なんだけど、なんというか語り口が横柄になっているような気がする。
気がする……と言う程度のことではあるけど。
「……」
実際に僕と同じ印象を受けているのか、サヤちゃんは口を引き結んでむすっとしている。
「それでぇ、あぁ、なるほどそうなるのですか」
適宜相槌をうっているナデシコさんはどう思っているのかわからないけど、露骨な態度のサヤちゃんを諫めないあたり、同じでなくとも遠くはない感情なんだと思う。
「……ふむ、…………ほう」
時おりそれっぽく頷いているタロウさんは、正直ナデシコさん以上にどう思っているかは分からない。単純に知り合ったばかりだし、なんというかこう、たまに目の奥が笑っていない気がするんだよね、この人。
……いや、そんなこと勝手に考えるのも失礼か、仕事に疲れた社会人ってこういう表情になるものなんだろうし。
「――という計画ですな」
ガシャイ将軍が説明を終える。話としては単純、要は僕らに冒険者になれ、ということだった。
僕とタロウさんの(非常に偏った)知識による予測では、おそらくはしばらく城に留まって騎士団に混じって訓練。その後に徐々に実戦を交えつつ、いずれは魔王軍との戦争に投入される。……そう考えていた。
この国の軍というのは大きく分けて二種類の戦力から構成されていて、戦時のみ徴兵される農兵や治安維持の衛兵を含む兵士たちの兵団と、戦闘のエリートである騎士による量より質の騎士団があるようだった。
細かいことは知らないけど、この騎士たちは職業軍人、つまりは普段から訓練をしているし何より王国への忠誠心も高いらしいから、僕らを放り込んで監視と訓練を課すには都合がいいんじゃないかと、ナデシコさんも僕とタロウさんの予測を肯定していた。
だけど、そんな予測に反して冒険者――つまりは市井の傭兵兼何でも屋――に放り投げるということは、僕らが思っていた以上に王国の見る僕らの価値は低いということになる。
さっき感じたガシャイ将軍の態度の変化というか悪化も、このことで裏付けられたかもしれない。
「昨日の検査水晶の結果は儂も当然聞き及んでおりましてな……、冒険者稼業でも苦労するでしょうが、まあ頑張っていただきたいですな」
「わたしたちが“勇者殿”としては弱すぎると言いたいのでしょうかぁ?」
普段通りののんびりとした口調にわずかな険を混ぜて、ナデシコさんは問い返す。
「あぁ!?」
「ち、ちょっとサヤちゃん!」
「お、おお、おう……、悪かったよ」
ガシャイ将軍の言葉というよりは、ナデシコさんの見解を聞いて激しく反応したサヤちゃんを思わず肩に手を置いて諫めた。僕もとっさに語気が強くなっちゃったけど、ちょっと頬が赤らんでいるし、サヤちゃんはよっぽど腹が立った様子だ。
舐められる、みたいなのは腹に据えかねるのかな。
「……ナデシコ殿は大したものでしたが、お三方は、まあ、そうですな」
微妙に言葉を濁そうとしつつも、結局はガシャイ将軍はストレートに“弱すぎる”という認識を肯定した。
ちなみに王国の関係者は僕らのことを名で呼ぶ。一般的に平民は名を使うこの王国の感覚でいうと、つまりは僕らを平民扱いしているということだ。
ただしこれについては、確認された時に僕らは貴族ではないと答えたので、向こうがそれに合わせたということになる。まあ現代日本で育った僕らの感覚からすると、貴族だ平民だというこっちの感覚の方がよっぽどよく分からないのだけど。
一応、相当な田舎でなければ姓名あるのが普通であるそうだし、平民でも大金持ちや古い家柄だと家名呼びを好む人もいるそうだ。まあ要するに、僕らは僕らで普通に名を名乗っていても特に何の問題も起きないということだけ覚えておこう。
「ナデシコさんが大したもの、というのは?」
僕もちょっと気になったから深く突っ込んで聞いてみる。するとガシャイ将軍は記憶を探るように目線を上げ、大仰な仕草で髭を片手で撫でている。忘却するほどには時間が経っている訳でもないのに、余程に興味の湧かない結果だったのだろう。
「魔力総量はそこそこ。でしたが、地水火風全属性への適性を示すというのはさすがの勇者殿です。騎士団でも三属性が一人おる程度でありますから」
なるほど、魔力は量と属性で表されて、そして使える属性みたいなのが普通は限られる、と。
「お三方は……、まあ、努力は時に才能を凌駕するとも言いますからな」
そして、僕とサヤちゃん、そしてタロウさんの三人は、その両面の意味から魔力が低かった、と。確かにあのクリスタルはほぼ反応していなかった。
「率直にいって、僕らの検査結果って一般的な冒険者程度だったんですか?」
「一般的な…………平民程度ではありましたな」
割りと長い時間考えて言葉を選んだガシャイ将軍からはそんな返答だった。
この言い方からすると、魔力っていうのは魔術師の攻撃出力ってだけではなくて、何らかの形で戦士や盗賊みたいな人にも影響するのかな。こうまで露骨に戦力外扱いするくらいだし。
ちょっと認識を改めて、この世界の魔力っていうのは戦闘力やエネルギー量みたいに置き換えて考えておこう。
「おい、言いたい放題だけどさぁ……、あぁしのこの――」
サヤちゃんが右腕を立てて、握った拳を見せつけるようにする。電撃を操る超能力、それを示そうとしているのだろう。
「――サヤさん」
「っ! え、あぁ、やめといた方がいい?」
ナデシコさんのひどく冷静な声音に肩を跳ねさせたサヤちゃんは、その表情がいつもと変わらないことを確認すると、すぐに落ち着きを取り戻す。そしてナデシコさんが頷くのを確認して手を引っ込めた。
「……?」
ガシャイ将軍からすると意味が分からなかっただろうけど、追及する気も無いようだ。
現状では僕らの超常者としての能力は隠しておきたいのだろうか?
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