二話 四人の召喚者たち・二

 「何か勘違いがあるようですな」

 「いや……っ」

 

 微塵の動揺も見せずに派手おじさんは堂々としている。対してサラリーマンの方がちょっと動揺しているくらいだ。

 僕としてはこの人が一番大人だし、頑張って欲しい所存だけど、いざとなったらやっぱり僕が前面に出て無理やりにでも脱出しないといけないだろう。それが勝手なボランティアであってもヒーローを名乗る者の責任だと思う。

 そこで深く考え込んでいた後藤さんが顔を上げる。考えの整理がついたようだけど……。

 

 「待って」

 「は? あ、はい」

 

 小さく、僕らにだけ聞こえる声量で告げられた言葉に、サラリーマンは至極あっさりと引き下がった。

 なんというか指示し慣れている者と、され慣れている者の構図というか、ちょっとだけ悲しい気分になったのは内緒にしておこう。

 

 「勘違いというのはなんでしょうかぁ?」

 

 学校では生徒会長を務める後藤さんの声と態度は、おっとりとはしているけれど堂々としていて立派なものだ。

 僕も脚に力をこめてじりっとにじらせながら、いつでも瞬時に飛び出せるよう身構える。

 

 「余が王家の秘術で勇者殿たちを一方的に呼び出したこと、それを“拉致”と捉えておられるのですな?」

 

 余……王家……、つまりはこの派手おじさんがやっぱり王様ってことで、この場所はどこかの王国ってことらしい。

 

 「これを伝えるのは心苦しいところですが、勇者殿たちは元の世界で死の運命が確定していたのです。そしてそうした死に瀕した最後の輝きを放つ魂をその状態のまま別世界……つまりここですな、に呼び出すことで固定化する。それこそが王家の秘術“勇者召喚”なのです!」

 「なっ!?」

 「マジかよ」

 「は?」

 

 思わず僕の口からこぼれた驚愕の吐息に、赤城さんの戸惑いとサラリーマンの困惑も続く。

 

 「そうですかぁ……」

 

 後藤さんもショックを受けた様子で……、も、ない? 口ぶりは衝撃の事実に落ち込む風だけど、その目はどこまでも落ち着いて見える。何か考えがあるのかな?

 

 「とにかく、ことは国の、いや人族の存亡にかかわること。時間と場所を改めて正式に話をしましょうぞ」

 

 その場は、その王様と思われるおじさんの一言でそこまでとなり、僕らはやたらと豪華な待合室みたいな部屋へと移動させられたのだった。

 

 *****

 

 「それぞれに色々あるでしょうしぃ、まずは状況を整理しましょう」

 

 部屋に入るなり「皆戸惑っていて何も喉を通りませんからぁ」といってお茶か何かを用意しようとしていた侍女の人たちを追い出した後藤さんが、椅子に浅く腰かけて場を仕切り始めた。

 この部屋は一応は応接室らしく、分厚い天板のテーブルを挟んで、扉から奥側と手前側に椅子が四脚ずつ配置してある。

 今はその奥側に後藤さんと赤城さん、手前側に僕とサラリーマンが座っていた。八人分の席を四人で使っているからか、実際に広い部屋が余計に広々と感じられる。

 

 「この期に及んで誤魔化そうとされても時間がもったいないからはっきりさせておくけれど、サヤさんのお友達の須垣スガキ君よね? 君はヒーローのレイジブラスターだったのねぇ」

 「友達っていうかクラスメイトだし。……しっかしあの大人しいセイちゃんがヒーローって」

 「すがき……?」

 

 改めて確認されて、心臓がどくんと跳ねる音がした。

 赤城さんはけろっとして気にしていない風だし、サラリーマンは適当に疑問ぽく受け応えて調子を合わせている感じだけど、後藤さんからははっきりと確信を持たれていた。

 けど今いるこの場所が僕の予想通りなら、戦いも避けては通れないだろうし、そうなると正体を誤魔化そうとするのは文字通りの命取りになりかねない。何より、ここまでの状況で誤魔化す方法も思いつかないし。

 

 「そう……です。僕は二年の須垣正義セイギ、……レイジブラスターとして自警団活動、いわゆるヒーローをやっています」

 「はへぇ、初めてみたなぁ」

 

 知り合いでない人もいるということで、名前も含めて改めて名乗った。

 サラリーマンの人はどこか間の抜けた反応。初めてみたというのはヒーローをということではなくて、その正体を明かすところを、ということだろう。

 

 「あ、オレは鈴木スズキ太郎タロウっていう、……まぁ、……会社員だ」

 

 声を出したことで視線を集めたサラリーマン――鈴木さんが、続けて自己紹介をした。明らかにこの場で一番年上ということもあって、殊更に胸を張って名乗っていたけど威厳はない。

 管理職ではなさそうという言葉を口に出さずに飲み込んだ僕を、責められる人もいないはずだ。……不思議と好感を抱くというか、悪い人ではなさそうなんだけどね。

 

 「あぁしは沙耶サヤね、赤城沙耶。二年でセイちゃんと同じクラス。ケンカは得意だし、あのおっさんらを張り倒すならいつでも言って」

 

 その次に名乗ったのは、クラスメイトの赤城さん。背は低いけど華奢ではなく、制服でもわかるくらいに出る所は出つつそれ以外は引き締まったスタイルで、さらにはケンカも強いらしい。

 赤城さんは超常者らしいけれど、ケンカなんかで能力を使えば未成年とはいえおとがめなしの訳がないから、つまりは他校の不良生徒に負けないくらいには素の腕っぷしがあるのだろう。大怪我どころか、擦り傷を作っている姿すらみたこともないし。

 ちなみに超常者であることは、普通は周囲に隠す。やっぱり疎まれることも多いから。

 けれどからっとした性格の赤城さんは、「何か問題ある?」とばかりに公言して、実際にクラスでもそれは受け入れられていた。

 そういうところは、超常者であることもヒーローをしていることも隠して過ごしていた僕からすると眩しく見える。

 

 「わたしは後藤撫子ナデシコといって、この二人と同じ高校の三年生で生徒会長をしていますぅ」

 

 後藤さんの声で思考から引き戻された。

 赤城さんとは逆に女の子としては高めの身長だけど細身で華奢。そのモデルみたいな体の胸元に軽く手を当てながら、落ち着いた声音で話している。

 話し方だけでいえばおっとりというか、かなりのんびりとしている後藤さんだけど、そう感じさせないのは身にまとう雰囲気が凛としているからだろうか。

 

 「状況に対してのわたしの見立てと方針を話し合う前にぃ、まずは提案があります」

 

 そんな言葉に僕だけでなくて、残りの二人も後藤さんに視線を向けた。

 

 「自己紹介もしたということでぇ、お互いのことは気軽に呼び合いましょう。いきなり打ち解けるのは無理でもまずは呼び方からということで。わたしもセイギ君、タロウさんと呼びますねぇ」

 

 元から友達らしい赤城さん以外の僕らへ向けて後藤さんはにっこりと笑顔を向ける。

 確かにこれだけのよくわからない状況で、関係構築に変に時間をかけていられないだろうからまずは形だけでも打ち解けた方が良さそう。

 

 「えと、じゃあ……ナデシコさん、サヤさ――ちゃん、タロウさん、で」

 

 順に目を向けながら呼んでいく。先んじてナデシコさんが年長のタロウさんのことも下の名前呼びしていたから、僕も思い切った。

 そしてサヤさんって言いかけたところで、当の本人が露骨に眉間にしわを寄せたからとっさにちゃんにしたけど、考えてみたらこれはこれで良かったんだろうか。

 まぁ本人が微かに口端を上げているから悪くは思われてないのかな。

 

 「あ、それじゃ、あぁしはかいちょとセイちゃんはこれまで通りとして……、タロっさんで」

 「たろ……なんだ?」

 

 小さく指差しながら告げられた呼び名にタロウさんは思わず問い返している。

 

 「タロウのおっさんを略してタロっさんに決まってるし。かわいいっしょ?」

 「え、それ略? お、おう」

 

 サヤちゃんのいう“かわいい”には明らかに納得できていない様子だったけど、タロウさんとしても別に不満ではなくただ戸惑っただけだったようだ。特に文句も出てこなかった。

 

 「オレは……そうだな、ナデシコさん、サヤさん、セイギさん、で」

 

 最後にタロウさんが僕らへ順に目線を向けながら呼ぶ。

 

 「……」

 

 雰囲気の情けなさはともかく、外見上は三十手前くらいに見えるタロウさんから高校生である僕らへのさん付けには、ナデシコさんが何か言いたそうにした。

 けど、結局は何も言わずに飲み込んだようだ。僕もタロウさんからのさん付けは妙に板について見えたし、多分普段からそんな感じなんだろう、社会人だし。

 ともかく、こうして訳の分からない状況に放り込まれた僕らは、まだ何も分からないなりに、ぎこちない結束を固めたのだった。

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