【6】目醒め


「ひゃは!」

「いてぇぇぇえぇ!いでぇよォ!」

「ああ、そっか。『食材』がしゃべくるんじゃねーよ」


 ナイフをぐりぐりと動かし、太腿を抉りながら新人は言った。制服に血が付くのも気にしない。肉に突き立てた掌から幸せな感触が湧き上がって来る。

 人間てのはなんて柔らかいんだ。いや、此処では『食材』か。


 ――好きの反対語は嫌い、ではない。正式には『興味がない』だ。


 新人は目の前の喚く豚に興味が無かった。それは一緒に働いていた時から同じだ。

 だからどうでもいい。雇い主が自分のためにと捕えて来た『食材』なら、自分がすることは決まっている。

 ナイフを引き抜き、滴る血を反対の掌で掬って舐める。嗚呼、なんて甘いんだろう。こんなゴリラでもいいところがひとつはあるではないか。

 それから痛みに悶える首筋に目を遣った。大学時代、自分に許されたかったあの行動。

 生まれた時に取り上げて、愛しく愛を注ぎ、大きく育て…他人に盗られた喜び。

 新人は男の頭を、髪を鷲掴みにして固定した。


 次の瞬間には、バタフライナイフがその首に走った。


 新人の腕力をすれば、首の肉ごと半分以上削げた。

 彼は目を瞠った。嗚呼。この感触。この手触り。この…この……!

 満たされて行く悦び。


 どしゃ、と音を立てて瞬殺された男が床に倒れ込んだ。おびただしい量の血を流しながら、もう息をしていない…出来ていない事は一目見てわかった。

 室内にぱちぱちと拍手の音が響く。店長のそれだった。


「よくできました新人くん。で一番晴らしい殺しっぷりです」


 その声は新人の鼓膜を叩き、新人はまるで初めて花を摘んだ子供の様に無邪気に笑った。

 人は殺してイイんだ。やった。しかも褒めて貰えた。一番、そう、一番だって。当たり前だ、自分は努力したのだから。我慢したのだから。嬉しい。こんな愉しい事を許されて、尚且つ褒めてもらえるなんて。

 店長はその場で子供の様にはにかむ新人に近付いた店長は、新人の頭をよしよしと撫でた。新人はナイフを投げ出すと、そのまま店長に抱き着き、大声で笑い始めた。


「あはははは!あはははは、あはははははは!もっと褒めて! 僕、ちゃんとできた!」

「ふふ。鬱屈した感情が子供の頃のまま止まっていたようですね。よしよし。よくできました。いい子ですね」

「愉しい!コレ楽しいよ!もっと!もっともっともっとコロシタイ!」

「よしよし。また『食材』を獲って来ますからね。sのうち君にも狩りに行ってもらいますよ」

「狩り!?もっといっぱい殺せる!?」

「ええ。勿論ですとも。…ふふふ、本当に可愛いですねぇ。君はダイヤの原石より素晴らしい」

「えへへ、へへ」


 この青年からはこびりついた血の匂いがした。彼が今まで殺してきた『人間以外のモノ』の匂いが。それを嗅ぎ取った店長である男は、彼を試した。いや、彼等を皆試した。

 これがこの店の通過儀礼であることは後でまともなおつむに戻った青年に教えればいい事。


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