【5】初仕事


「助けてくれェ!」

「なんすか…ここ……」

「食糧庫ですが?」

「しょく、りょう…?」

「小日向ァ!たすけ、助けてくれェ!」

「うるさい『食材』ですねぇ。それでは新人くん。最初のお仕事です。アレを殺してください」


 着替え終わった彼…新人となった小日向透は、指示された通りガレージに出た。シャッターは重く閉ざされ、店長の姿は見えなかった。代わりに遠くで何かが喚くような音がした。

 それを頼りに行くと、ガレージの端のタイルが外され、人が通れるような大穴が空いていた。

 そろりと足を踏み込んでみると、やはりその下には店長が待っていた。――正式には、店長と裸に剥かれた見覚えのある顔だった。

 ゴリラと揶揄され、自分を見下していたあの男である。

 電気椅子に使われる様などっしりとした木製の椅子に腰掛けさせられ、体中を麻縄で縛り付けられている。

 なんだ、何が起こっている。食材?殺す?それが仕事?何を言って…。


「この方、君の職場で偉い大きな顔をされていたようですね?それに貴方は何度も被害に遭っている。適切な『食材』を用意したつもりですが。…気に入りませんか?」

「え…?」

「お前のせいで捕まったんだ!このバケモンみてぇな奴に!責任もって助けろォ!」


 半泣きで命令してくるゴリラの何とみっともない事か。正直驚きと憐れみを通り越し…呆れた。


「俺は別にこんな人、どうでもいいんですけど」

「おや」

「でも…そう、さっき店長、言いましたよね」

「何をですか?」

「コイツは『食材』で、さっさと『殺す』のが仕事だって」

「ええ。言いましたとも」

「人間て、そんな簡単に殺してイイものなんすか?」

「新人くん。あとで料理長の料理を食べればわかると思いますが、先に言っておきます。人肉は、大変美味です」


 店長はにこにこと微笑んだままエプロンの下に右手を滑り込ませた。新人の頭の中に猛烈に輝いた一言を反芻する様に問うた。殺す、ころす、コロス、コロシテイイ、駄目、だめだ、ダメ。相手は誰でも構わない。その新人にとって宝石より価値のある言葉に否定と肯定が織りなすノイズが走る。頭が痛い、痛くなるほど興奮した。

 人間を殺せと命じられたその瞬間、新人は悩める獣になっていた。殺したい。彼の抱えていた悩み、それを消す瞬間が目の前に待っている。『食材』を『殺す』。殺して――?


「人間が人間を殺すのは、美味しく戴くためですよ」


 だって此処はトラットリアですからね。そう言ってギャルソンはバタフライを差し出した。


「ブヒィ!」


 それにおののいたのか、ゴリラが豚の様な悲鳴を上げた。新人の手がナイフに伸ばされる。

 ああ、そうだ。これは仕事だ。仕事だった。トラットリアだから肉を提供する。そのための仕込みのひとつなのだ。遠慮なんてしている場合ではない。仕事をこなさねば。仕事、仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。

 アア、タノシイ。


「ぎゃあああああ!」


 気付いた時には、ゴリラの剥き出しの足にナイフを突き立てていた。いつ開いたのかもわからない。いつ詰め寄ったのかもわからない速度で、それは非常にスムーズに行われた。



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