第39話 国司の憂鬱 ~モノローグ

 帝都の東には公家たちの御屋敷が建ち並ぶ一角がある。

 源氏の一柱である清和源氏の当主、源頼政が住まう御屋敷である。

 先に騒動となった宮廷での魔物退治の一件で、頼政は帝の覚えめでたく、その名は宮廷や大内理に留まらず、帝都の街にまでその武勇は伝わり聞いていた。


 清和源氏の嫡流にして魔物退治の英雄の名を継ぐ者。

 

 ◇

 この広い御屋敷では引っ越しの準備で、御家人や女官の女房たちが総出で慌ただしく動き回っていた。


「御館様・・・御館様?」

「灯りも無く、この様な暗い所で何をしているのですか?」


 行燈あんどんを手にした一人の女房が声をかける。


 灯りに男の背中が照らされた。

 

「ああっ」

「もうすぐ儂の和歌集が完成するというところなのに・・・」

「儂の詠った和歌が都に・・・いや皆に知れ渡るというのに・・・」

 

「関東の伊豆への転任なぞ・・・」


 だだをこねる子供に諭す様に優し気な口調で女房が声をかける。

「御館様。何を言われますか」

「一国の国司様ともなれば、先代様に次ぐ御出世ですぞ」


 頼政は爪を噛んだ。

「何がっ東海道を護る要役かなめやくとして領地をやるだっ!」

「関東に勢力を張る有力な平氏や源氏たちを見張る御目付役じゃあ」

「関東からの侵攻を防ぐ御役目だぞっ」


「ああ儂はな、あの無骨な坂東武者たちが嫌いなのじゃ」

「それに、今や平氏も源氏も皆、敵ぞ」


 面長で綺麗な顔立ちをした、頼政が親指の爪を噛む。

「儂は、歌人として美しい世をでる人生を送りたいのじゃ」


 だだをこねる頼政に呆た顔で女房が言う。

「しっかりしなされっ」

相国しょうこく様からの直々の御声掛け、断れぬでしょうが」


「くううう」

「そうなのだっ! 断れぬのじゃ・・・」


「儂は相国しょうこく様が苦手なのじゃ」


「あの御身から漂う威圧感。そして底知れぬ冷徹な目が・・・」


「恐ろしいのじゃ」「儂は恐ろしいのじゃ」


「ふっ」

 女房が眉をさげ微笑む。

「でも今や相国しょうこく様に御意見できる御人は、頼政様ぐらいでしょう」


 女房は優しく頼政の両肩に手を置き、白粉顔の頬をそっと近づけた。


「・・・・・・」

古那こな殿お」

「古那殿。頼むぞお」


「貴殿しかおらぬ」

「貴殿しかおらぬのじゃ」


「貴殿ならを倒せるかも知れぬ」


 と頼政は都の西南、福原の方角に手を合わせると必死に祈った。


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