第29話 夜叉椿 2 暗黒の炎
鼻をくすぐる
盗賊団の女首領・
―――天井が高い・・・ここは
「痛い!」
寝台に横たわった体を起こそうとしたが、体中に感じる激しい痛みがはしり、また寝台に体を戻した。
部屋の外で女の人の声がした。
「・・・・・・」
暫くすると着物に香を焚き込めた
その男は
「まだ動かないほうがいい」
「かなり、ひどい
「・・・」
「こ・・・ここは?」
「・・・」
男は、椿が話せる状態である事に安心したのか、また
「川辺で倒れている君を見つけた時は、びっくりしたよ」
「・・・」
「ここは、人里離れた私の屋敷だ・・・安心するといい・・・人は来ない」
「・・・」
とぎれとぎれの記憶をつなぎ合わせる様に椿はゆっくりと目を閉じた。
「・・・・・・」
敵兵に囲まれ・・・
髭の男・以蔵は小さく笑った。
私を
「以蔵っ!」
椿が叫ぶ。
「以蔵っ!」「以蔵はっ!」
両腕を伸ばし、
「・・・・・・」
男は
「・・・・・・」
椿の瞳に涙が溢れ、小さな悲痛の声をあげた。
◇◆◇◆御曹司
花が咲き鳥がさえずる庭園の中を、ひょこりひょこりと手当の包帯を巻いた、女首領・
―――あれから幾日が経ったのだろうか?
―――この・・・ゆっくりと時間が流れる屋敷・・・。
―――外界からの情報は入ってこない。
―――本当に情報が届かない土地なのか?
―――それとも・・・屋敷の主人が情報を遮断しているのか?
ここは人里離れ
珍しい造りの屋敷、高価な調度品、良くしつけられた家人。
家人の
椿の世話に訪れる女人も屋敷ですれ違う者も何事も無かったかの様に振る舞う。
助けてくれた屋敷の主人である男も気品がり、どことなく浮世離れしている。
客の出入りは無く、ただ時が止まった様な静かな屋敷である。
夜になると良く手入れされた庭園から
◆
椿は、その
三日月の夜。月の明かりは弱々しく闇夜を包む。
庭園の池の側に建てられた
一人、月を見上げ・・・笛を
着流しの着物から
「・・・・・・」
屋敷の主人は、ふと
椿に気付くと振り返り、優しく語りかけた。
「まだ君の名を聞いていなかったね」
「私はこの紫雲荘の主人」
「名前は・・・」
「・・・」
「君は帰る
「・・・」
―――多くの盗賊仲間を失い、残った者とも散り散りに別れ。
―――
「・・・」
「外は物騒だ・・・暫くこの屋敷に居るといい」
「・・・」
「だだ、西の別宅には近づいてはいけない」
「君のためだからね・・・」
「・・・」
そして、また
◆
椿は、その
毎晩の様に聞こえる笛の音に導かれ庭園に訪れた。
「・・・・・・」
笛を吹き終わった主人の男は、藤棚の下に用意された椅子に座り、
いつの日からか椿も主人の男の横に座り、甘く香る酒を酌み交わしていた。
もうすぐ満月を迎えようとする夜。輝く月が手に持つ二人の
「・・・私の名は・・・”
屋敷の主人の男は、盃に映る月を揺らしながら、自分の名をポツリと言った。
「・・・
椿は首を傾げ、その
「・・・・・・」
「あっ」
傷口から血が流れ落ちる・・・
・・・出血が止まり・・・刃の傷が跡形もなく消えた。
「・・・・・・」
椿は息を飲んだ・・・その光景を目を見開き無言で見た。
「私は死ねない
「・・・」
「
主人の男の瞳から涙が流れ落ちた・・・
椿は目の前に今にも
「・・・・・・」
椿の頭の中に蘇る断片的な記憶・・・
―――
―――いつしか・・・その武芸者も消えた・・・
頭の中に毎日の様に現れては消える、信じたくない事実。
椿の瞳からも涙がこぼれ落ちた。
―――魔物の血・・・
◇◆◇◆暗黒の炎
満月の夜。月の光が優しく闇夜を照らす。
池の側にある
笛を吹き終わると
男は・・・椿の手にそっと自分の手を重ねる・・・
同じ魔物の血を持ち苦悩する二人。
二人の距離が近ずくのに時間はかからなかった。
「私もあなたの様に笛が吹きたい」
「ふっ」
「時間はたっぷりあるな・・・」
「・・・」
「
「私も・・・もう少し生きたくなった」
「・・・」
「そうよ!」
「世の中には楽しい事が沢山あるの」
「これから・・・これから、私たち一緒に生きましょう」
「一緒に
椿の瞳が美しく輝き、目の前の男の顔を映し出す。
男は少し不安気で、少し照れた様な
「・・・・・・」
「乾杯しましょう」「二人に・・・」
◆
二人が杯をかさね話していると、庭園の隅から、一人の少年が現れた。
少年には表情がなく無機質な存在。
その鋭い目には世間を
「・・・・・・」
現れた少年に気付いた
「・・・・・・」
椿は無言の二人を交互に見る。
―――面影が似ている?
突然、少年の体から妖気が膨らんだ。
現れた少年は、右手を
右手から小さな黒い炎が立ち昇り徐々の大きくなっていく。
「・・・・・・」
はじめて妖術を見た椿にもハッキリと判る。
身を
「やめなさいっ!」
椿は思わず
黒炎の妖気と殺気が椿の肌に突き刺さる。
「・・・・・・」
「ゴオオオオ」
黒炎はいびつな音を発し燃え上がる。
「止めてっ!」
椿は立ち上がり叫ぶ。
しかし、声は月夜に吸い込まれる。
「・・・・・・」
黒炎は少年の手から離れ・・・
轟音と共に黒炎は、
「・・・・・・」
そして、黒炎の消滅と共に
「いやああああ」
椿の叫び声。
腰の短刀を抜くと、少年に
「・・・・・・」
短刀を握る手に温かいものが伝い流れ落ちた。
「・・・・・・」
椿が目を開ける・・・
目の前には涙を流す少年の顔があった。
その時、椿は全てを理解した。
「・・・・・・」
目の前で涙を流す少年を抱きしめると、全て忘れる様に声を出して一緒に泣いた。
その日の朝。椿と少年はこの地から姿を消した。
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