第30話 酒吞童子 1 密談

 都の灯りが消え、人々が寝静まった夜。

 都でも五本の指に数えられる大店の米問屋に数人の怪しい影が動いていた。


「おいっ早くしろ!」

「 金を積み込んだらすぐに逃げるぞ」


 足元には店主らしき男女が血を流し重なる様に床に横たわっている。

 土間や開け放たれた戸口の先にも店で働く者が逃げる様子で倒れている。

 武具の擦れる音と荒い息づかい、土足で床を踏み荒らす音だけが、薄暗い部屋に響いていた。裏木戸を打ち破り店に押し入った、兵士くずれの盗賊たちがである。


御頭おかしらっ、 この娘はどうする?」

「なかなかの上玉ですぜ」


 盗賊の一人が何かを期待する様に問う。


「斬れっ」


 冷徹な言葉に部屋に隅で震える娘は悲鳴すら発する事が出来ずうずくまる。

 男は震えながらうずくまる娘の襟をつかみ引きずり出す。

 力弱く抵抗する娘を男はめる様な目つきで見る。

 そして命令どおり太刀を握り直すと娘に狙いを定めた。


「ぐはっ」


 太刀を振り上げた盗賊の体がぐらつき、数歩前によろめくとドサリッと倒れ込んだ。


「たっ、助けてくれよ!」

 盗賊数人の悲鳴が辺りに響いた。


「先客がいたか。俺の邪魔をする輩どもが」

 鬼の面で口元を隠した若い男。

 血がしたたる太刀を手にし吐き捨てる様に言う。


「ぐっ」

 床を這いながら逃げようとする盗賊の背に太刀を突き立てる。

 背に突き立てた太刀を抜き、ヒュンと血ぶりをする。

 

 鬼面からのぞく切れ長の目が足元の盗賊を冷い視線で睨む。


「こいつら、自業自得さねえ」

 と両腕を組み紅い衣を着た髪の長い女があごをしゃくる。


「金目の物をいただいたら、さっさと引き上げるよ」

 女の言葉に手下たちが素早く動く。


 若い男が立ち去ろうとすると、震えてしゃがんでいた娘が足元にしがみ付いた。

 振り払おうとするが、ますます握る手に力を込めた。


「この娘はどうする?」


「あなたが決めなさい」


 若い男は目を閉じると溜息をつく。


 目を開けると震える娘を見つめる。

 血に濡れた太刀の刃を娘の肩口に当てる。


おまえ……一人ぼっちになったのか?」


「…………」

 娘は震えながら無言で小さくうなずく。


「…………」

 若い男は娘の前に手を差し伸べた。


「一緒に行くなら、自分の足で立て」


 娘は差し伸べられた若い男の腕にしがみ付き、震えながら立ち上がる。

 血と涙で汚れた娘の顔を目を細めて見る。

 そして、娘をヒョイと抱きかかえた。


椿つばきっ!」

ねぐらに帰ろうっ」


 と低い声で言い放った。


 ◇◆◇◆誘拐事件


 官仕えの源頼政が酒瓶を抱え、中納言・藤原兼光の屋敷にやって来た。

 黒地の生地に銀の刺繍を施した高価な官服を着て烏帽子えぼうしをかぶった長身の男は、「古那殿は御居おいでかな?」と家人に訪ねると、万事慣れた様子で屋敷の中を歩いて行く。

 

 廊下を曲がると目の前に白無垢しろむくの衣に浅葱あさぎ色の帯を垂らした美しい娘が現れる。

 

一瞬、息を飲んだ頼政だが。


「ははあーん」

「どうやらこの娘が中納言様が自慢気に話していた鬼娘だな」

 

 鬼娘の朱羅は、頼政の横を怖い顔をして通り過ぎていく。

 伽羅きゃらの香が微かに漂った。


「うむ……聞いた話から想像すると、凄腕の武闘派との事」

「恐ろしい印象を想像していたのだが、鬼娘にしては洗練された娘だな」

 と顎髭あごひげで感心する。


「朱羅っ」「おいっ朱羅」


 この屋敷の娘・於結と古那の呼び止める声が聞こえ、於結がバタバタと廊下を早足で歩いて来る。


「あっ、頼政の兄様」

 

 びっくりした於結の顔に頼政も驚く。


「古那殿にまた、相談があってな」


 頼政が古那を訪ねて来る時は、決まって厄介事やっかいごとをばかりである。


 於結と古那は、お互い顔を合わせ、何やら思いつた様に瞳を輝かせた。

 

 ◆


 古那が居候する中納言の屋敷の離れで、古那と頼政と於結そして朱羅の四人が顔を突き合わせ座っている。


「頼政殿だいたいの事情はわかった」

「俺と朱羅で事件解決の手伝いをしよう」


「おおおっ頼みますぞ!」


 頼政が歓喜の声をあげ、手に持った扇子を打ち鳴らす。

 

 先ほどまでそっぽを向いていた朱羅がキラキラと瞳を輝かせ体を乗り出しながら三人の会話に割り込んで来た。


 頼政が持ち込んだ依頼と言うのは、最近、都で噂される『神隠かみかくし』の事件についてである。

 貴族の娘や町の娘が忽然こつぜんと姿を消す事件が起こっていた。魔物の仕業か、天狗の仕業か、はたまた都人が昔し恐怖した悪鬼・酒吞童子が再来したかと、そんな噂さが人々の間に広がりつつあった。

 朝廷は先の魔物退治で名をあげた、源頼政に調査と解決を命じた。

 また深い溜息をつく頼政であったが、調査の結果、都周辺に出没するという鬼の面をかぶった盗賊団が一連の犯人だと断定した。

 そしてその盗賊団を裏で操ると思われる『魔物』の存在を確認した。

 怪しげな魔物の存在に頼政は悩んだ結果、事件解決の為に酒を手土産を持って古那を訪ねて来たのである。


「頼政の兄様も古那もひどいっ」

「私だけ仲間はずれなんて」

 

 瞳を輝かす朱羅の顔とは反対に頬っぺたをふくらます於結の顔があった。


 頼政が不思議な顔をする。


「目の前で頬っぺたを膨らますこの娘。幼い頃より於結のことを知っている。確かに人一倍、好奇心旺盛な娘だったのだが……しかし、何がこのか弱いはずの姫様にここまで言わせるのか……」と。


「於結殿……」

 頼光が質問しようと口を開こうとすところへ、すかさず古那が口を挟む。


「於結よ。今回はダメ険だ、危険すぎる」

「また以前の様にお前を危険な目にあわす訳にはいかない」


 古那が諭す様に言い返す。


「でもぅ……」口を尖らす。


「古那よ。於結もだいぶ強くなったのだぞ」

「自分の身ぐらいは護れる」


 朱羅の助言に於結はよく言ったとばかりに瞳を輝かせる。

 於結と朱羅の二人は目で合図し合う様に顔を合わせると、お互いの肩をモゾモゾとつつき合わせる。


「しかしだなぁ」困った顔で二人の顔を見る。


「んんん、わかった。わかった」

「於結は俺が護るから、俺の側から決して離れるなよ」


 於結が満面の笑顔でニコリと笑う。


 三人の不思議な関係に、横にいた頼政が目を丸くして左右に動かし、三人のやり取りを見守る。


「ところで、よ」と突然、朱羅が馴れ馴れしく頼政の名を呼ぶ。

「お主、逸品よいの太刀を持っておるの」


「一つ、私と闘うてみぬか?」

「私に勝てば、何か望む物をくれてやるぞ」


 朱羅の瞳が頼政の持つ太刀から頼政の瞳に移りドキリッとする。

 そして真っ赤な唇がニヤリと妖艶に動いた。

 

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