第28話 夜叉椿 1

 帝都の政を行う大内理から外門にあたる羅城門に一直線にのびる朱雀大路。この大路に沿って上皇が政務を行う御所や寺院、宮廷庭園が建ち並ぶ。

 そして朱雀門を交差する様に東西にのびる七条大路。この地には海の向こうにある大陸から訪れる外交官や使節団をもてなす貿易施設が建設された。その中でひと際目を引く商館しょうかんである、西の鴻臚館こうろかんと東の鴻臚館こうろかんが並び建つ。

 遥か遠く大陸・唐の国の宮殿様式を手本に建てられた大陸の瓦や壁や柱、装飾品で飾りたてられたこのやかたは、貴族たちの交易の場として役割を果たし、毎夜の様に盛大なえんが開かれていた。

 その鴻臚館こうろかんが建つ一帯にはいちと呼ばれる商店が建ち並び、全国から集まった商人や商品を求める人々が集まり大きな繁華街が形成されていた。


 繁華街の奥へ進むとひと際、輝くやかたが目の前に現れる。

 鴻臚館こうろかんにひけをとらない豪華な造り、色とりどりの提灯に照らされたその館は夜の町に浮かぶ湖城の様であった。巨大な柱と頑丈な門に護られた館からは、美しい楽器の音と煌々と漏れる灯りが闇夜に溶けていた。

 

 やかたの門の前に牛車が止まると、立派な身形みなりの貴族が顔をかくした姿で降り立つ。続いて止まった牛車からは大陸の衣装をまとった男女が降り立つ。そして客たちは頑丈な門の中へと消えていった。


 ◇◆◇◆妓楼


 まぶしいほどの光が身体を包む。

 鼻をくすぐる上品な香が漂い、美しい楽器の音色が飾られた陶器や磨かれた壁や床に共鳴して響く。

 薄絹の羽衣はごろもを纏い着飾った女たち。

 男も女も関係無く、身につけた衣服の統一性も無い。ただただ豪華な装飾品を身に着けた裕福な客人が奥へと案内される。

 ひと際とり巻きの多い客人の所へ、この妓楼ぎろうの女主人が挨拶あいさつに現れる。

 年齢は推し量れない。美しい顔立ちと唇にさした赤いべにが妖艶で、絹糸で織られた大陸風の紅い衣装を纏った姿は、まるで天女の様である。

 訪れた客は皆、着飾った女たちに手を取られ、奥へと消えていった。


 都が一望できる小高いろうの窓辺から妓楼の女主人が一人。

 空に浮かぶ朧月夜おぼろつきながめていた。


「ふうぅぅぅ」

 深い溜息を一人ついたあと、翡翠の笛をゆっくりと取り出し唇に添える。


 悲しい気な笛の音色が目下に広がる街に溶けていった。


 ◇◆◇◆女盗賊 椿


 馬に跨り山野をかけ駆ける女。

 女の後ろには武器を手にした荒くれ者たちが付き従い馬を走らせていた。

 紅の着物に袴姿。腰に二本の小太刀こだちを差している。

 錦の紐で束ねられた長い髪が風に流れ揺れていた。


姐御あねごっ」

「今回も役人どもうまく出し抜いたなっ」

「がっははは」


「俺らに目を付けられりゃあ役人なんざあ、大した事はねえや」


 先頭を駆ける女の後ろに並走していた髭の男が声をかける。


「ふっ」

 と女は真っ赤な紅を引いた口元を満足気に緩めた。

 

 この女、都の周辺・東三国をまたにかける盗賊団の女首領・椿つばきでる。

 朝廷に納める為の財宝が輸送されるとの情報を入手した椿つばきは、珍しく遠くの地へ遠征をおこない、計画通り襲撃成功をさせ根城ねじろの地へ帰還する途中である。


「しっかし姐御の肝っ玉と剛力ごうりきには歯が立たねえわな」

「おいっ以蔵」

剛力ごうりきと言うな、剛力ごうりきと」

剣技けんぎと言えっ」


「がっははは」

「俺らにとっちゃ差ほど変わりはねえやな」


「ちっ」

 椿はいつもの様に舌打ちする。

 盗賊たちは、以蔵の調子のいい高笑いに合わせて皆大笑いした。

 

 ◆


 馬を走らす盗賊団が山間の谷を抜けた頃。


「まずいっ」「嫌な予感がする……」


 女首領・椿は一瞬、嫌な予感と共に走る馬の速度を緩めた。

 後に続く盗賊たちも慌てて速度を緩める。

 馬の嘶きが響き荒息が辺りに広がった。


 ガサリッと木々を押し分ける音。

 金属音が辺りから聞こえた。


「まずいぞ!」

「敵の待ち伏せだ!」


 数十本のが飛んで来たかと思うと、一斉に雨の様な矢が頭上に降りそそぐ。

 

 馬がいななき、隊列が混乱する。

 遅れて盗賊たちの悲鳴が聞こえ始めた。


「くそっ。はかられた」


 突然、繁みから姿を見せた敵兵の出現に驚きと悔しさで言葉を吐き捨てる。

 両側を山に挟まれた谷合。

 盗賊らは列を組んで進んで来た為、後ろには引き返す事が出来ない。

 前方には武装した兵士たち。

 走り込んで来る盗賊たちを討ち取ろうと槍と弓で身構えている。


「くそう。やっちまえ!」


 血気盛んな盗賊たちは気勢を発し、散り散りに敵へ斬り込で行く。

 たてに護られながら後退する女盗賊・椿。

 周りの盗賊たちは、次々と射られる矢に倒れ苦痛の声をあげる。


「斬り込むぞっ!」

 椿は太刀を抜くと先頭をきって敵に斬り込んでいく。


 椿の凄まじい剣技の前に敵の陣形が崩れ始めた。


「よしっ姐御に続け!」

 残った盗賊たちは椿の切り開いた囲みにできた空いた隙をついて突破する。


「姐御に続け!」「行けっ!」「行けっ逃げるぞ」


 ◆


 どれくらい走っただろうか……。

 椿たちは兵士に追われるまま、小高い丘に出た。


 前は行き止まり。横は深い谷底。後ろに大勢の敵兵たちが迫りくる。


「姐御、いけねえ」

「俺は……もういけねえよ」


 椿に付き従っていた髭の男・以蔵が、苦しそうに話しかける。


「以蔵っ何をっ言って……」

 椿が一瞬、押し黙る。

 息絶え絶えに、ふらふらと歩く髭の男の背に数十本の矢が突き立っている。


「私が道を斬り開く」

「以蔵はそのすきに逃げろ」


「はあっ……はあっ……姐御、俺は男だ……」

 

 息絶え絶えに言葉を吐く以蔵が力を振り絞って、椿に覆いかぶさった。

 椿をかばう様に大男は力強く椿を抱きしめる。

 

 以蔵の勢いに椿は後退りした。


「あっ!」

 草に覆われた地面。そこには足を踏みしめる足場は無かった。

 二人は抱き合ったまま深い谷底に落ちていく。

 

 

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