第27話 猿魔 4 覚 醒

 朱羅が劣勢と見た古那が、猿魔と朱羅の闘いに割って入る。

 竜髭糸を銀槍に変形させ猿魔の前に立ち塞がる。

 銀槍の鋭い突きが猿魔を襲う。


「キンッ」「キンッ」「キンッ」

「ガキンッ」


「ふっ。貴様・・・その様な武器で儂に勝てると思うてか」


 猿魔の乾坤圏を竜髭糸の銀槍が受け止める。


「・・・」

「ギギッ」「ダンッ」


 猿魔の剛力に押され吹き飛んだ古那は屋根のかわらたたきつけられる。


「・・・」

「軽い!軽い!」

「貴様の攻撃は、その程度か?」

「先ほどの鬼娘の方が、よほどしびれたぞ!」

「・・・」

「その様な竜の欠片かけらで造ったいつわりの武器」

「儂には効かんわ」

「・・・」

「貴様っ!」

「何故、この竜髭糸の事を知っている!」

「・・・」


 予想もしない古那からの質問に呆れる猿魔。


「ガハハハッ」

「それは竜の欠片かけら

「貴様の思念しねんで形つくられし、いつわりの武器」

「・・・」

「色々な形に変形する便利な物だが・・・」

「所詮、攻撃にせよ防御にせよ神器に遠く及ばん」


「貴様!・・・何故、神器で闘わぬ?」


「・・・死ぬぞ」


「まあいい・・・期待外れであったわ・・・」


猿魔きさまっ!何者っ!」


「ふふふっ」

「思い出せねば・・・」

「儂が思い出させてやろう・・・」


 眉間にしわを寄せ牙をいた。

 猿魔が気を失いぐったりとする於結を人形の様に左手で持ち上げる。


「ごふっ・・・」


 猿魔の右腕の鋭い爪が於結の腹に突き立った。


「ごふっ・・・」

「やめろっー!」


 古那の悲痛な叫びはむなしく、於結の体や手足が力無くうな垂れた。


「・・・・・・」


 そして血に染まった右手を振り払い、うな垂れた於結の体を城門の上から投げ落とした。


「くそっ」落下する於結に向かって古那が急降下する。


 地面に衝突しょうとつする直前・・・

 寸でのところで放り投げられ於結の体を抱き止める。


「・・・」


 於結の体を地面にゆっくりと下ろす。


「於結っ!」「於結っ!」

「しっかりしろっ!」「於結っ!」

 

 傷口を素早く確認すると腰の薬瓢箪から薬液を垂らし傷口に塗りこめた・・・


「死ぬなっ」「死ぬなっ」「死ぬなっー」


 古那の叫びと共に涙がこぼれる。

 

 小十郎に支えられ、足を引きずりながら近寄る朱羅。

 

 地面に横たわる於結の傷口を押さえる古那の両手から鮮血が噴き出す。


「血が止まらんっ・・・血が止まらんっ」

 

 既に意識の無い於結・・・

 段々と体の血の気が引き、冷たくなっていく・・・


「死ぬなっ」「死ぬなっー」


「古那っ! どけっ!」

 

 朱羅は短刀を抜くと・・・自分の手の平をスッと横に斬る・・・

 朱羅の赤い血があふれる・・・


 そして血が流れ出る手の平を於結の冷たくなった口に当て喉元のどもとに流し込む。


「やめろ!」

不浄ふじょうの血を・・・」


 小十郎が朱羅を止めようとする。


「うるさいっ!」

「羅刹の血は、不浄ふじょうの血ではない!」

「神より与えられた血だ!」

「・・・」

「於結っ!」

「 於結っ! 目を覚ませっ! 」

「目を覚ませっ!」

「生きるんじゃっ!」

「・・・・・・」


 於結の冷たくなった体がピクリッと動く。


「・・・・・・」

 

 すると血の気を失った肌に微かに赤みが戻る。


「・・・・・・」

 

 そして出血が止まる。


「・・・・・・」

 

 すかさず古那が、印を結び・・・真言を唱える。


「 वैश्रवण・・・ヴァイシュラヴァナ・・・」

 

 三人の体が金色の光に包まれ・・・

 光は於結の胸元の勾玉に集まり・・・

 そして光は於結の体の中に吸い込まれた・・・


「何っ・・・・・・」

 

 光を失った勾玉はピキッピキッと音をたるとと砕け散る。

 キンッと勾玉の中にあった銀の針が地面に落ちた。


「アハッ」「アハッ」


 微かに意識を取り戻し苦しそう息をする於結。


 皆の息がれる。


「・・・・・・」

 

 古那が於結の胸に顔を当て心臓の音を聞く・・・

 安堵あんどした表情を浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。


「・・・・・・」


 ◆神槍

 古那が砕けた勾玉から地面に落ちた銀針を拾う。

 そして猿魔に向き直り銀針を構えた。


「 वैश्रवण・・・ヴァイシュラヴァナ・・・」


 右手をゆっくりと額の前に掲げ・・・真言を唱える。

 それは銀針に眠っていた力を呼び起こすかの様に・・・

 そして真言の力を宿すかの様に右手でスウッと表面をなででる。


 空気が振動し大気を揺らす。

 銀槍と一体化する体から闘気が溢れ出す。

 銀針は輝きを増し古那の倍ほどの長さに伸び変形した。


「・・・・・・」

 

 大地を両足で踏みしめ、銀槍を右手に持ち大きく深呼吸をする。

 ゆっくりと目を閉じる。


「・・・・・・」

 

 カッと目を見開くと城門の上の猿魔をにらむ。


「叩き潰す!」


 古那が猿魔めがけ城門に跳躍する。


 銀の光りは猿魔に向かい一気に駆け上がる。


 猿魔の頭上で一瞬キラリと光る。


「キイインー」


 銀槍を猿魔の脳天めがけ振り下ろした。

 高い金属音と共に猿魔の体が弾き飛ぶ。


「・・・・・・」

 

 銀の光りは猿魔を追う。

 一突き二突き、更に連続する無数の突き。


「ガガガッ」


 槍先に触れる空間をゆがませ、稲妻の雷光がほとばしる。

 雷竜の様に猿魔を襲う。

 猿魔の手から金輪が放たれ二つの輪が攻撃と護りを繰り返す。


「バシュ」


 炎の柱が古那を包む。


「ドンッ」


 爆発音とともに炎の柱が砕け落ちた。


「・・・」

「古那っ」


 朱羅が於結を抱きしめ、思わずさけぶ。


「・・・」


 上空がキラリと光り再び交差する。

 月を望む暗闇に金属音と銀色の火花が激しく散った。

 暫くすると上空の火花は止み、辺りが静かになる。


「・・・・・・」


 古那が猿魔に向けて銀槍を投げつけた。


「行けっ! 雷霆針らいていっ!」


 と叫ぶと両手で印を結び、真言を唱えた・・・


 天空を割く轟音と共に空の暗闇が光る。


「ガガガッ・・・ビキビキッ」


 鋭く光る稲妻が投げ放たれた銀槍にからみつく。

 まぶしい閃光せんこうと空気が砕け散る爆音。


 天空から落ちたいかずちは猿魔を包む。

 そして、凝縮された膨大ないかずちのエネルギーが爆発した。


 いかずちの火花は夜空に舞い、都の上空にゆっくりと降り注ぐ。


 都に降り注ぐ光は段々と小さくなり消滅し、静かな闇夜に戻った。


 猿魔の姿は消えていた・・・ 


 ◆

 横たわる於結の側に駆け寄る古那。


「於結っ! 大丈夫か?」

「古那・・・私・・・」

 

 顔色も赤みを差し、目の輝きも取り戻していた。

 心配する古那に朱羅に抱きかかえられた於結がニッコリと笑う・・・

 口元に少し長い犬歯がちらりとのぞき見えた。

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