第21話 鬼の娘 後編 激突

 目の前の巨大な土蜘蛛が鋭く尖った複数の腕を動かし、怪しく光る赤い複数の目でギロリとにらむ。

 光沢のある黒地に黄色いはんてんは、禍々まがまがしい妖気を放っていた。

 キキキイと金属を擦る様な金切り声をあげ近づいてくる魔物、小十郎は、太刀を構え土蜘蛛との間合いを計る。


 その時、一陣の風が吹き抜けた・・・

 土蜘蛛の後ろに簾笠すだれがさをかぶり旅のマントを羽織った旅人が立つ。

 旅人はヒラリと土蜘蛛を飛び越える程に高く跳躍するとマントをひるがえす。

 空中で腰に下げた黒く光る武器を抜くと、跳躍の回転で勢いをつけ土蜘蛛の頭上に力まかせにに振り下ろした。


「ガコンッ」

「キッイイイ」


 いくつもの赤い目が付いた頭部が打撃でへこみ、悲鳴ともつかない奇声を発する。

 地面に着地した旅人は、重心を少し落としたかと思うと、振り向きざま土蜘蛛に回し蹴りを放つ。


「ドゴンッ」


 はなたれた回し蹴りは、旅人の体の数倍はある土蜘蛛の体を吹き飛ばし、周りの大木に衝突げきとつし地面に落ち転がった。


「・・・」


 静寂せいじゃくが辺りを包む・・・

 旅人は、古那たちへ向き直ると風で乱れたマントを勢いよく肩口にまくり上げた。


「・・・」

「み・つ・け・た」


 まだ幼さが残る娘の声。

 しかし声から闘気がにじみ出し、歓喜の声にも聞こえた。

 目の前の旅人は、先ほど土蜘蛛を打倒した黒く光る金棒を片手で持ち、先端をサッと向けると、闘う姿勢で構えた。


 銀の飾りが刺繍ししゅうされた衣服から、赤肌のすらりと伸びた手足が露わになる。手に持つ黒く光る金棒が異色の武人ぶじんを連想させた。


羅刹らせつの女鬼か・・・」


 古那が独り言をらす。


「古那っ・・・みつけた・・・」


 目の前に立つ旅人は、かぶっていた簾笠すだれがさを取る。

 まだ幼さの残る娘だが、整った顔立ちは・・・

 見覚えのあるなつかしい面影おもかげが残る。

 ひたいから小さな二本のつのが生え、切れ長の目の奥に深いみどりの瞳が美しく光っていた。


「・・・」

「おまえ・・・大きくなったな・・・」


 古那が声をかける。 


◇◆◇◆ 羅刹の鬼娘

 羅刹の鬼娘は、うれしそうにニヤリと笑う・・・

 チラリとのぞいた白い牙も少し伸びていた。


「古那。やっと見つけた・・・」

「勝負だ」

「・・・」


 肩をスッと上げ首筋のゆっくりと筋肉を伸ばす。


「ふっ」

「おまえ・・・何を望む・・・」

「・・・」


 鬼娘の瞳が輝く。


「古那の・・・竜髭糸・・・」


 口元を緩めニヤリとする。


「ふっ・・・いいだろう」


 キンッと二人の間の空気が一変し、闘気が肌に刺さる。


「待ってくれっ」


 小十郎が張り詰めた二人の空気に割って入る様に声を発した。


「鬼なのか?」


 小十郎の問いに鬼娘は無視し答えようとはしない。


「羅刹の女鬼だ」


 古那が変わりに答える。

 

―――古那から話しを聞いていた羅刹の鬼

―――遠い昔、先祖が幾度も生涯をかけて闘った宿敵

―――今も語り継がれる英雄伝説・・・

―――幼少の頃より武術を叩き込まれ、先祖の武勇伝にあこがれ、伝説の人物を超える為におのれもまた日々鍛錬して来た。

―――本当にこの日が訪れるとは・・・


 小十郎の内から込み上げる衝動しょうどうに全身は震え、興奮こうふんで鳥肌が立つ。


 無意識の内に太刀のつかを強く握り、重心を落とし、目の前の鬼を見据みすえていた。


「フンッ」

「人間ごときが私と闘うなど片腹痛いわ・・・」


 と鼻を鳴らす。


「・・・」

「まあ・・・お前が負ければ・・・うろうてやろう・・・か」


 切れ長の目が小十郎をにらみつけ殺気をぶつける。


「・・・・・・」


 古那が口をはさむ。


「羅刹の鬼娘よ。この男、良い短刀を持っているぞ」


 二人は、同時に古那を見る。

 古那は、腕を組み・・・ニヤリと笑う。


「?・・・・・・」

 

 小十郎は、腰に差した短刀を取り出すと持ち上げた。

 そして、さやから短刀を抜く。


「・・・」


 羅刹の鬼娘の瞳が輝く・・・


拙者せっしゃの家に代々伝わる鬼切の短刀だ」

「・・・」

「フフフッ」「ハハハッ」

「では・・・お前が負けても、その短刀で命は助けてやろう」


 ・・・何やらうれしそうに鬼娘はうつむいた。


◇◆◇◆ 激突

 小十郎は太刀を中段に構えた。

 対する羅刹の鬼娘は、黒い金棒を腹の前で自然体に構えた。

 小十郎は、間合いを探る様に少しずつ右に回りながら移動する。


「・・・」

「ザンッ」


 間合いの取り合いにしびれを切らした、鬼娘が先に仕掛ける。


たたつぶす!」


 一言発すると身を沈め一気に前に出る。

 金棒を振り上げると小十郎の頭上に振り下ろす。


「ヒュン」


 風を斬る音。小十郎は紙一重で一撃をかわす。

 鬼娘がすかさず、二撃、三撃とぎ払う。

 辛うじてかわすが、疾風しっぷうの様に速い打ち込みが、上下左右と放たれる。

 たまらず、小十郎は後ろに跳び退る。

 が、鬼娘もザンッと地面を蹴り金棒で追撃する。


「キインー」


 金属の擦れる音と一緒に火花が散る。

 小十郎が逆手で斬り上げる。

 今度は、鬼娘が大きく弧を描きながら後ろに跳躍する。

 風の様にヒラリと地面に着地する。


「・・・」


―――ぬううう・・・一撃喰らっただけでこの衝撃。まだ腕がしびれる。

―――剛力ごうりきな打ち込み・・・

―――この華奢きゃしゃな体のどこからこれ程の力が・・・ 


 鬼娘は小十郎を凝視するとニヤリと口元を上げる。

 白い二本の牙が血の様に赤い唇から覗いた。


 鬼娘は大きく深呼吸をすると、金棒を両手に握り左右に分ける様にうでを広げた。

 黒い金棒の中からキラリと光る両刃の古剣が現れる。


「フフフッ・・・お前を倒したら、次は古那だ!」


 左手に金棒、右手につるぎ、二刀の構えで腰を落とした。


「・・・」


 古那が顎に手をやり剣を見つめる。


―――んっ!あれは・・・

―――いにしえより魔を払うと言われる金剛こんごう独鈷剣どっこけんか?

―――ふっ鬼族の娘が、面白い武器を持っている・・・


「・・・」

「ひゅうううう」


 鬼娘の細く吐く息が漏れる。


「ザンッ」


 鬼娘は体をゆらりとらすと素早い身のこなしで小十郎に金棒を打ちつけた。

 鬼の持つ強靭な腕力に加え、素早い身のこなし、磨かれた刀術で左右の武器を器用に操る。

 左で打っては右で斬る。右で斬っては左で打つ。

 巧みに攻撃をかわしていた小十郎も、若い鬼娘の変幻自在の攻撃に後ろにさがる。


「がはっ」


 鬼娘のりが、小十郎の腹に命中する。


「キン」「キン」


 グッと力で押し込まれ、片膝かたひざをつく。


「・・・」


 小十郎はたまらず横に逃げる。


「お前、なかなか強いな」


 鬼娘の威嚇いかくする様な世辞せじが余裕をうかがわせる。


 小十郎は立ち上がり太刀を中段に構えると両足で地を踏みしめた。

 そして頭のかぶとつかむと投げ捨てる。

 かぶとに収まっていた肩まである長い髪と闘気を発する武士貴族の顔が現れる。


「・・・」

「りゃああああ」 


 前にかがみ、一気に前に出る。

 素早い突きを放つ。さらに左右に突く。

 片手で渾身こんしんの突きを放つ。


「ちっ」


 鬼娘がクルリッと体を回転させる・・・瞬間・・・血しぶきが舞う。

 小十郎の着物が、ざっくりと斬られ垂れた着物。

 そこから血がにじんだ。

 右逆手に持つ独鈷剣がキラリと光り、顔をかくす様に重心を下げ構えた。

 鬼娘は獲物えものる様にジワジワとめ寄る。

 素早い左手の突きと共にりが襲い、刃と打撃が容赦ようしゃなく襲う。


 どれほど打ち合ったか・・・

 気を抜けない攻防に二人は正面で向き合った。

 小十郎は上段。鬼娘は左右手上段で構えると微かに間合いを詰めながら静かに呼吸を読む。


「・・・」

「パチン」


 何かが弾けた・・・


「しゃあああああ」

 小十郎が右手を太刀のつかから離し、遠間とうまから左手上段で踏み込んだ。

 鬼娘は一歩前に踏み込む。


「キン」


 瞬間。短い金属音と共に一瞬早く鬼娘の剣が小十郎の振り下ろした太刀を弾いた。

 二人は体がぶつかるほど交差し、ピタリと制止した。

 鬼娘の剣が小十郎の首元で止まる。

 小十郎の抜いた鬼切の短刀が鬼娘の喉元のどもとで止まった。


「・・・」

「ギシギシ」「キュキュ」


 二人の切れ長の目が、見開かれ何かを言いたげににらみ合った・・・


「・・・」

「ぐっ古那っ!貴様っ!」

「・・・」


「今日は、ここまでだな!」


 二人の間に割って入った古那の伸ばした両手から伸びた銀糸。

 二人斬り合った刃にからみついた銀色の糸がほどけ、スルスルと腰に戻った。


「古那っ!」

 

鬼娘は小十郎の見開かれた瞳から目を離さず、白い牙を剥くとうらめし気に言葉をいた・・・


◇◆◇◆ 愛称を贈る

 古那、小十郎の、鬼娘の三人はまだ火種がくすぶげ臭い焼け跡で顔を突き合わせていた。


「小十郎も鬼娘おまえも剣をおさめろ」

鬼娘おまえ・・・もう名は有るのか」

「・・・」

「まだ・・・名は無い・・・」

「・・・」

「そうか・・・これから名が無いと呼びにくいな」

「・・・そうだな~」


 古那が羅刹の鬼娘の肩に飛び乗る。

 そして耳元でささく・・・


「これから、おまえの名を・・・疾風しっぷうの”朱羅しゅら”と呼ぼう」

 鬼娘の肩がピクリッと上がる・・・そして何やらモジモジする。


「・・・」

「今度は・・・古那と・・・勝負だぞ」


 鬼娘の切れ長の奥の深いみどりの瞳が嬉しそうに輝いた。

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