第34話 酒吞童子 5 魔炎

 古那に銀槍を突きつけられた御影は、目を細め顎をしゃくる。

 いぶかし気な目で、探るように言葉を発する。


「貴様、何者か?」

「こいつの闇から抜け出すとは」


「ふんっ。大した事は無い」

「闇に呑まれる前にチクリッとやってやった」

 

 御影の口元が緩み、肩が小刻みに揺れる。


 御影の後ろに控えていた二人の娘が動き、主人を護る様に立ち塞がる。

 二人の娘が手にした太刀は半分ほど抜かれ、すぐにでも跳びかかれそうな程に肩を落としている。


「紅玉。藍玉。待てっ」

 

 紅い着物の娘と藍い着物の娘は、於結たちをにらんだまま太刀をゆっくりとさやに戻した。

 

 御影は、ゆっくり立ち上がると紅い着物の娘が手にしている太刀のつかを握ると抜き放った。

 太刀を灯りにかざし、刃の表裏を見ると切れ味を確かめる様に指先で刃先に触れた。


 太刀を一振り。

 刃が触れていないはずの家具が斬り倒された。


 そして目の前の敵。古那に刃先を向けた。

 冷たい面影の口元が微かに動く。


「かかって来い」


 古那が身構え重心を落とす。

 後ろ脚を蹴って跳躍する。


 二人が交差する。金属のぶつかり合う音が響いた。

 御影が太刀を頭上に掲げ一閃、振り下ろす。

 小さな残像は剣戟けんげきを避ける様に反転し横に飛ぶ。


 絡み合った二人は、弾かれる様に跳び退った。


 御影が両手を広げ大きく息を吸い目を閉じる。

 すると剣を持たない手の平に紅の炎が一つ、二つ、三つ次々と浮かぶ。


 紅炎は玉となり円を描く様に動くゆっくりと動く。

 それが生き物の様に次々と古那に襲いかかった。


 襲いかかる紅炎の玉を銀槍で弾き落とす。


「古那っ!」於結の心配する声が響いた。


 御影の鋭い視線が一瞬、於結に向けられる。


 一発の紅炎玉が軌道を外れ於結を襲った。


「しまったっ!」

 連続攻撃を警戒していた古那。

 すかさず跳躍し於結を襲う紅炎玉を打ち払う。


 しかし、たて続けに於結を襲う紅炎玉に包まれ、炎を体で受け止める。


 紅炎玉の勢いに押され、古那が壁際に吹き飛ばされた。

 衝撃のあおりりを受けた於結も後ろの置物にぶつかり、足を取られて尻もちをつく。

 

 ◇◆◇◆魔炎


「紅玉、藍玉、その娘をとらえておけ」


 御影の命令に二人の娘が、於結を捕えようと動く。


「いやぁぁぁっ」「古那っ」「古那ぁぁぁっ」

 尻もちをついたまま於結は叫ぶ。


「娘。おとなしくしろっ」

 取り囲む様に於結に近づき、腕をとろうとする。



 ところが、於結に触れ様とした二人の娘の体が横に弾き飛ばされ、床に倒れ込んだ。

 於結の前には、肩を大きく上下させ肩で息をする鬼娘・朱羅が立ち塞がっていた。

「於結。待たせたな」

 

 朱羅がゆっくりと振り返る。

 顔を伝う血の痕。裂けた服に腕の傷。

 紅く高揚した肌、額から生える二本の短い角。


 紅い瞳をした朱羅が立つ。


「貴様、貴様。まさか……」


 朱羅の傷つき一戦交えた跡の様子に、御影が戦況を察しワナワナと体を震わせる。


「椿を……まさか貴様。椿を……」

 目の前に突然表れた敵の鬼娘に、激怒した御影が襲いかかる。


鬼娘きさまぁぁぁぁっ!」


 御影の一撃が朱羅に命中した。

 朱羅の膝がガクリと落ち床に座り込む。

 更に一発。打倒された朱羅は床に転がる。


鬼娘きさま。よくも椿つばきを」


 床に横たわる朱羅を罵りにらむ。

 動かぬ朱羅に止めを刺そうと、鬼の形相をした御影が太刀を頭上に振り上げた。


 その時。於結の体が動いた。

 華奢きゃしゃな体が御影のふところに潜り込んだ。

 腰に差していた朱色の短刀を逆手で抜くと、御影の体に刃を突き立てた。

 

 それは於結の反射的な動きであった。

 

 短刀を握る手に流れ出た血が伝い、生温かい血が握る手に絡みつき滴り落ちた。


「やめて。もうやめてよ…………」

 

 於結の着物の襟首をガシリとつかむと力まかせに於結を引き離した。

 御影は、よろめきながら後ろに一歩さがる。


 血の滴る自分の腹を押さえ、「これは現実か?」という目で血で染まる手の平を凝視した。


「御影様っ」「御影様っ」 

 思わぬ事態に床に倒れていた紅玉と藍玉が驚きの声をあげる。

 

 御影は出血した腹部を押さえると、手の平にべっとりと付いた自分の血と、於結を交互に見返した。


「お前が、その剣で?」

「私を殺そうと?……」


 無機質な表情が一変し顔がゆがむ。

「きっさまあぁぁぁぁっ」

 

 短刀を握る於結の姿を、目を見開き鬼の形相でにらみつけた。


小娘きさまかっ」「小娘きさまかっ」

小娘きさまかぁぁぁっ」


小娘きさまが、私を殺す存在っ」

 

 御影がワナワナと震え、両腕で自分の肩をガシリと掴む。

 

 「うぅぅぅっ」羽織ていた着物を力まかせに破り捨てた。

 半身が露わになった体に刻まれた梵字ぼんじの様な入れ墨が、血の様に赤く浮き上がる。


「私を殺す者……私を殺す者」

 

 叫びながら御影の広げた両方の手の平から黒炎が浮かび上がる。

 その黒炎は恐ろしい妖気を放ち膨れ上がる。

 

 既に人を覆う程の大きさに膨張し、妖気で部屋の空気が揺れガタガタと鳴る。

 紅玉と藍玉は、足が震え床に座り込む。


「はあっ。はあっ。はあっ」

「この部屋全て。いやっこの都。全て全て呑み込んでやる」

「このいまわしき闇の黒炎で全ての魂を消し去ってやるわっ」


 目を吊り上げ、牙を剥き、黒炎を握る両手を震わせ、天に向かって叫ぶ。


 空気がゆがみ、空間がをゆがむ程の衝撃。

 黒炎は生き物の様に空間を呼吸し膨張する。


「御影っ! やめなさいっ」

 

 肩を押さえながら表れた、椿が戸口から叫ぶ。

 そして足を引きずりながら椿が駆け寄り、御影の前に両手を広げ立ちはだかった。


 黒炎の妖気は禍々しく放出され、立ち塞がる椿の体をのみみ込もうとする。



 椿つばきの耳元を銀色の閃光が走った。


「バリバリッ」と音を起て突然、雷鳴と地響きで部屋が揺れる。


 激しい音とともに天井を突き破り落雷が落ちた。


「りゃあぁぁぁっ」

 揺れる黒炎に、古那が突っ込む。


 落雷が古那の振り上げた銀槍・雷霆らいていに絡み付き吸い込む。

 その銀槍はいかずちまとった金色の大太刀となって、黒炎を放とうとすり御影の頭上に振り下ろされた。


 濃縮され膨張する黒炎の球体がまりを圧縮した様に変形し、真っ二つに割れた。

 

 一瞬、全ての音が黒炎に込まれたかと思うと衝撃波が拡散する。

 白い光が全てを包みこみギュンと縮小し―――それが弾けた―――。


 御影が弾き飛ばされ、家具が砕け散る。


「御影っ!」

 椿の悲痛な叫び声が響き渡った。


「…………」「…………」「…………」


 そこには、床に大の字に倒れた御影の姿があった。


 ◇◇◇ 闘いの果てに


 砕け散った家具を払い除ける音がする。

 

 御影が目を開けた。

 

 目の前に屋根を突き抜けた大きな穴の開いた天井があった。

 

 穴の開いた天井からは、幾千の輝く星々がのぞいていた。


「おい御影おまえっ……危ないだろうが」

 

 天井の穴から見える輝く星々を覆い隠す様に古那の顔が御影の顔を覗き込む。


「ふうぅぅぅー」


 銀槍で御影の頭をコツコツと叩きながら、古那が深く息を吐き一息つく。

 そして腰に下げた瓢箪ひょうたんを持ちあげると、せんをポクリと抜く。一息つく様に瓢箪から流れ出る液体を口を含んだ。


「ゴクッゴクッ」「ふうぅぅぅー」

 と一服の息を吐いた。


「この香りは……」


 御影は、鼻をヒクヒクさせ、辺りに漂う香りを嗅ぐ。

 

 あぐらで座り瓢箪を口にする、小さな青年の姿が映る。


 座る古那の姿を頭の天辺から順に探るように目で追う。

 その視線が古那の手に持つ瓢箪で止まる。

 

 舌をペロリと出し、左手をゆっくり差し出しながら手の平を天井に広げた。

 何か貴重なものを握る様に長い指を動かした。


「おい。その瓢箪を俺によこせっ」


 二人は、目を合わせたまま動かない。

 古那が手に持つ瓢箪を縦に数回ふる。そして御影の鼻先にちらつかせた。

 何とも言えない福与ふくよかで甘い香りが漂う。


 御影が、古那を握り潰す様に左腕を伸ばしたが、その手を銀槍が払う。

 ニヤリ顔で瓢箪を手で打つ。


「おいっ古那きさまぁ」


「…………」

「ふうぅぅぅー」

 御影がゆっくりと目を閉じる。


「おいっ誰かっ!」

「急いで私の部屋から桃源を持って来てくれっ」

 

 侍女の一人に命令した。


 ◆一献


 侍女が大事そうに布に包まれた物をかかえ戻って来る。

 抱えて来た包み受け取り、中から白磁の陶器でできた酒瓶を取り出した。

 そして白磁の酒瓶を床に置くと胡坐あぐらをかき座り直す。

 

 古那もニヤリと笑い、御影の前にドカンと胡坐あぐらをかき座る。


 御影が盃を二つ置く。

 見事な細工さいくがされた逸品の盃である。


「秘蔵の酒だ」「飲めっ」

 

 と御影は少し照れくさそう言い、並んだ盃にゆっくりと酒を満たした。


 古那も瓢箪を傾け、空いた盃に酒を注いだ。


 お互いが互いの盃をとると鼻をヒクつかせ、ゆっくりと盃に口をつけた。

 

 幾千の星々の下、盃に光りに粒が映える。

 二人を囲んだ者たちが、静かに二人を見守る。

 

 一人は呆れ顔で、一人は目に涙を溜めて。一人は物欲しそうな目で。






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