第33話 酒吞童子 4 鬼獣



 古那こなを胸に抱いた於結おゆいは敵に見つからない様に身を隠しながら天守閣の建つ中央へ向かっていた。


―――途中、洞窟を探索したが、捕らわれた娘たちの姿は無い。

―――敵の姿も見当たらない。小十郎たちが敵を引き付けているのか?


 並べられた家具や飾られた美術品は逸品ぞろい。

 この高価な品々は、朝廷から奪った貢物か・・・と思いつつ二人は先へ進む。


 二人は目の前の大きな扉の前に立ち、耳を添えるように中の様子をうかがう。

 部屋の奥から微かな楽器の音色と人の声が聞こえる。


「・・・」

「ギッギギッ」「まっ待てっ!」

 

 於結が目の前の大きな扉を開け放った。


 予想通り・・・目の前には華やかな情景が広がっていた。


 大きな柱、輝く灯りに照らされた煌びやかな装飾。行き交う着飾った女たち。

 大広間の中央に設けられた雛壇ひなだんには、けものを枕にしながら、寝そべり酒を飲む男。


「・・・・・・」

 突然、開いた扉の先に立つ娘・於結。

 

 寝そべるその男は、切れ長な目で娘をにらんだ。


「・・・・・・」

 

 切れ長な目の奥に冷たい瞳。色白の肌に整った顔立ち、肩越しで束ねた髪が胸元に流れ、赤みの無い薄い唇が高貴な気品を感じさせる。


「・・・」

きさま、何者?」


 男は突然現れた目の前の娘に対して、興味無さげに冷たい口調で訪ねる。


「・・・」


 重たい空気を押し返す様に於結の大きな声が響く。


「連れ去った娘さんたちを返してください!」

「・・・」

 

 冷たい瞳の男は、ゆっくりと目を閉じ・・・

 そして目を見開いた。


「死ね!」

 

 男の手の平から赤い炎が一瞬、燃え上がる。

 次の瞬間・・・炎の玉が於結を襲う。


「パンッ」「きゃあ!」


 於結の目の前で炎の玉が砕け散る。

 パラパラと散った火の粉が床に落ちチリチリと燃え消えた。


「・・・」

 

 冷たい瞳の男は、体を起こし座り直した。


「貴様ら!何者だ?」


 少し興味が沸いた様子で体を乗り出す。

 銀槍で炎の玉を振り払いのけ、槍先を冷たい瞳の男に向ける古那に問う。


「・・・」

「お前か!」

「都の娘をさらっていると言う神隠かみかくししの正体は・・・」

「・・・」

「悪鬼っ。酒吞童子っ!」

 

 於結へ放たれた突然の炎玉攻撃に怒りあらわな古那が叫ぶ。


「・・・」

「ふっ。そうか・・・”椿つばき”が言っていた朝廷のとりり方か?」

「・・・」

「酒吞童子だと?」

「フッ・・・都の噂ではそう言われているのか・・・」

「・・・」

「その様な下賤げせんの魔物と一緒にされては迷惑めいわくだが・・・」

「・・・」

「悪鬼・・・悪・・・か・・・」

「・・・」

「この城では私の事を”御影みかげ”・・・と呼んで欲しいものだ・・・」

 

 冷たい瞳の男は、御影みかげと名乗り、独り言の様に天井を見上げた。


「・・・」

「まあいい・・・私の邪魔する者は・・・この世から全て消えてもらう」

 

 御影みかげの冷酷な言い方に於結の背に一瞬、悪寒が走り、思わず両腕を抱えて肩をすぼめた。


「・・・」

 

 周りにいた女たちは、不安そうに広間の隅にさがった。


◇◆◇◆鬼獣

「ガアアアア」

 御影みかげの側らに寝そべっていたけものが大あくびをして立ち上がる。

 四つ足で立つけものは、虎の様な大きな目で於結たちを捉えた・・・


―――うっ!・・・頭と体が同じぐらいの大きさの二頭身の鬼獣。


 於結が何か言いたげに目を丸くして銀槍を構える古那を見る。


―――於結。何も言うなっよ・・・


「・・・」

 

 大きな顔、短い手足、全身を覆う長い毛を自分の足で踏み倒しそうである。

 その鬼獣は主人を護る様にノシノシと二人の間に歩み出た。


「・・・」

 

 危なげなく歩み、二人の目の前に立ち塞がる。

 ペロリと短い舌を出すと、耳まである大きな口を開いた。

 体に似合わない恐ろしく尖った牙を剝いた。


「ガタッ」「ガタッ」


 鬼獣の地鳴りの様なうなり声を上げ大口を開ける。


 すると部屋全体が振動で揺れ調度品がガタガタと音を立てはじめる。

 女たちは皆、耳を押さえ、お互い身を寄せ床や柱にしがみついた。


「ひいいいっひゅううううう」


 風の音・・・鬼獣が発する妖力が風となり旋風の様に回転を起こす。


「しゅうううう」


 ガタガタと鬼獣に引き付けられる。


「ガアアアア」


 鬼獣がえた。


「古那っ」


 軽い古那の体が宙に浮いたかと思うと・・・

 次の瞬間、鬼獣の大きな口の中に吸い込まれていった。


「古那っああああ」


 於結が吸い込まれていく古那に手を差し伸ばす。

 が・・・胡麻粒の様に鬼獣の口の中に消えていった。


「・・・・・・」

「げっふっ!」


 鬼獣は主人からのけた仕事を終えた様な態度で口を閉じる。

 そして何事も無かった様に主人である御影のもとにゆっくりと戻っていく。


「・・・・・・」


 辺りには調度品が嵐が過ぎた跡の様に散乱しコロコロと転がる。


「いやっああああ」


 床に座り込んだ於結が悲痛な声で叫ぶ。


「ふんっ。たわいもない・・・」

「暗黒のやみに喰われおったぞ」


 と御影が冷たい視線を向ける。


「・・・・・・」


 突然。

 鬼獣の体が痙攣けいれんし苦しみもだえ始めた・・・


「ガフッ」「ガフッ」「・・・ガフッ」


 鬼獣は狂ったように自分自身の体を柱や床に打ちつけ始める。


「ガフッウウウウ」


 そして異物を吐き出す様に悲鳴をあげ鳴いた。


 すると鬼獣の口の中から古那が勢いよく飛び出す。


 スルリと床に着地すると全身を覆う光りが徐々に消え元の姿に戻った。


 鬼獣は逃げ去る様に御影の後ろに隠れる。


「こっ古那っ!」

 涙目の於結が歓喜の声をあげる。


「なっ何っ!・・・」

 

 御影みかげが思わず立ち上がる。


「貴様っ何をしたっ!」

 

 驚きと怒りの目が古那に向けられる。


「・・・・・・」

「ふんっ・・・あの鬼獣は、”闇喰やみくいのバク”か?」

「・・・・・・」

「暗黒の闇に呑まれる前に・・・ヤツの喉元で暴れてやったぞ」

「・・・」

御影みかげとやら」

「次は・・・貴様が相手かっ!」


 古那は銀槍をクルクルを回転させると槍先を御影みかげの喉元に指し示した。

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