第32話 酒呑童子 3 黒太刀 

 鬱蒼と茂る木々、深い谷、切り立った岩に囲まれた堅固な山城が築かれていた。

 正面の洞窟を抜けると鉄の門が現れる。その奥には都でも稀な二階建ての天守閣で築かれた建物。誰がいつ頃、この様な代物を建てたのか目を疑ってしまう。

 

 於結が盗賊たちに連れ込まれた後を追い、頼政率いる検非違使隊がこの山城の城内に斬り込んでいた。

 右の攻めて手から小十郎、左の攻めて手から鬼娘の朱羅が攻め立てる。

 中央に指揮を取る源頼政が率いる隊が進み、弓隊が矢を放ち交戦していた。

 

 目の前に次々と現れる魔物たち。


「魔物っ魔物っ」「くそっおおお魔物っ」

「この敵の数、限が無いぞ」


 頼政のいつもの愚痴ぐちをよそ目に小十郎が現れる敵に突っ込んで行く。

 重心を下げ横一閃、大太刀で目の前に立ち塞がる敵を薙ぎ払う。

 そして地を滑る様な足さばきで敵をかわすと次々と斬り伏せていく。


 朱羅は地を蹴り宙を舞う。

 黒く光る金棒を手に疾風の様な素早い動きで敵を打ち倒していく。


「朱羅。お前は先に行ってくれ」

「俺らが魔物こいつらを食い止める」


「お前は、於結様を頼む」


 闘いの中、一瞬、背中を預けた二人。

 小十郎と朱羅は肩越しで話しをする。


「小十郎っ」

小十郎おまえとは、まだ決着がついてない」

「こんな所でやられるなよ」


「俺はな御先祖様に誓って魔物には負ける訳にはいかんのだ」

朱羅おまえこそ」


「ふんっ。私は羅刹らせつの一族じゃぞ」

「こんな小さな山城など一人で落とせるわ」

 朱羅は吐き捨てる様に言い、一太刀振るう。

 闘気がビリビリと背に伝わせる。


「ではっお先に入っておるぞ」

 朱羅は金棒を肩に担ぐと、於結を追い城内の奥へ消えて行った。


 ◇◆◇◆ 黒太刀


 頼政は大弓を引き絞り矢を放つ。

 矢に貫かれた魔物は泡となり消えていく。


 目の前では小十郎が自分より背丈のある鬼たちに斬り込んでいく。

 衣服は裂け、身に纏った鎧は傷だらけ。魔物ならぬ鬼の表情である。


 魔物を掃討ししかばねだけが辺りに転がっていた。


 最後の矢を放つと大きく息を吐いた。

「小十郎。そろそろ儂らの役目も終わりだな」


 辺りが静まりかえる中、ゴツン、ゴツンと地響きの音。

 頼政が渋い表情で顔を左右に振り溜息を吐く。


「まただ……」


 目の前に立つ鬼。額に生える一本角が立派である。


 一本角の鬼は、手に持つ金棒で地面を擦りながら歩んで来る。

 目をギロリろさせ、頼政と小十郎をにらんだ。

 口元から迫り出した長い牙が、その鬼の戦歴を語っている。


「小十郎、あれは厄介だな」

「儂でも判るぞ」


 小十郎は兜と鎧を脱ぎ捨てると、大太刀を両手で構え重心を落とした。


 目ずらしく小十郎の口が数多い。

「頼政殿」

「かつて、我ら御先祖様たちはこの様な面持ちであったかのぅ」

「いかように太刀を振い、いかように闘ったのか」


 ガシャリッと大太刀の柄を握り直すと右足を踏ん張った。


「背がっぞっ」


 右足で地を蹴ると一本角の鬼に突っ込んだ。


「りゃああああ」

 地面から天に向かって大太刀を斬り放つ。

 そして返す刀で一刀両断、大太刀を斬り下ろした。


 大太刀の刃が宙に舞う。

 そして、小十郎の体が横に弾き飛ばされた。

 

 辛うじて態勢を守りながら二歩三歩と後ろに退き片膝を付く。

 折れた大太刀を地面に突き立てた。


 一本角の鬼めがけ二本の矢が飛来する。

 矢は鬼に命中するが、力無く地面に落ちた。


「小十郎っ。これを受け取れっ」

 

 頼政は背にした一本の太刀をとると小十郎に投げ渡した。


 小十郎は投げ渡された太刀を右手でしっかりとつかむとクルリッと回転させると、無駄の無い所作で素早く腰に納めた。


「先日、帝よりたまわった黒太刀じゃ」

「よう斬れるぞ」


 小十郎は受け取った黒太刀の柄に手をかけると一気に引き抜いた。

 黒光りする漆黒の刀身が現れる。

 恐ろしく尖った刃先は全てを貫き、斬り裂く鋭利な牙の様であった。


 小十郎は天を見上げた。

 

 黒太刀を天に掲げ左手を柄に添えると腹の底からえた。

 

 感情が無かった一本角の鬼が小十郎の闘気にまれ後退りする。


「うおおおおお」

 黒太刀を天高く上段に構えると一匹の獅子の様に一本角の鬼に向かって突っ込んでいった。 

 漆黒の刃が凄まじい勢いで残像となって光った。


 ◇◇◇鬼娘再び刃を交わす


 城内に入った朱羅は目の前に立ち塞がる敵を打倒し進んでいた。

 廊下を抜け広間に着いたところで、目の前の於結を発見した。

 その瞬間。閃光が走ったかと思うと於結は床下の穴へと落ちていく。

 於結を抱き止める様に古那も一緒に落とし穴に姿を消した。


 朱羅の目の前には、自分を一度打ち負かした宿敵・女頭目の椿が小太刀を構えて立っていた。

 

 放たれる闘気が肌に刺り、身体の中から湧き上がる高揚感が血流を速め細胞を刺激する。


「お前はあの時の女盗賊、仮面の女かっ」

「覚悟せいっ!」

 

 言葉を発するより早く地を蹴り跳躍していた。


 朱羅の渾身こんしんの一振りが相手を壁まで吹き飛ばす。


 散乱した物を押し退け、女頭目・椿が立ち上がる。


「羅刹の小娘……本当にあの時の小娘か?」

「今の一撃、しびれる程に効いたぞ」


「なぜにこの短期間でそれほどまでに上達する」

 と目の前の敵を威嚇するように小太刀を突き出す。


 そして腰に差したもう一本の小太刀をスラリと抜くと二刀で構えた。


「鬼娘かって来なっ」と二刀の刃をギラつかせた。

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