第35話 打ち出の小槌 ーエピローグ

 帝都の街を見下ろす小高い山の上にある山城の一画。

 屋敷の庭園に設けられた石卓を囲んで、古那と於結と朱羅そして御影の四人が座っている。御影の足元でフサフサの妖獣が退屈そうに大あくびをする。

 

 空を見上げれば、海に浮かぶ船の形をした半月。

 

 微かな桃の香りが夜風に漂う。

 椿の奏でる笛の音が、遠い遠い昔の山河の景色を連想させる。

 笛を奏でる椿の細い腰が月の光に照らされ、まるで月を待つ天女の様に揺らめいていた。

 

 御影の白く長い指が、古那の空いた盃に酒を注ぐ。


 古那があごに手を当てながら御影に問うた。


御影そなたは、いったい何様なにさまなのだ?」


 あれだけの騒ぎの後にも関わらず、朝廷からは何の詮索も無く、勅命を請けた頼政たちは何事も無かった様に、黙ってこの件から身を引いた。


 御影は質問に対して鼻で笑う。


「血だ。私の持つ高貴な血統……」


「今まできらっていた血なのだがな」


「今日ほど愉快ゆかいな事はないぞ」

 何か思い出した様に笑う。


 今度は御影が肘をつき声を一段低くしながら、真面目顔で古那にたずねる。


古那きさまこそ、何者じゃ」


 その問に於結がちらりと古那を横目で見る。朱羅の耳がピクリと動いた。


 古那が頭をきながら、少し困った顔をする。


「ああ、俺は……屠龍師とりゅうしだったらしい」


「何いっ。屠龍師とりゅうしだとっ」

 御影と椿の二人が驚き、目を合わせる。


 盃を口に運んでいた朱羅も慌てて盃を取り落とそうになる。

 側らに置いていた銀槍を握ると懐かしい昔を想う様に遠い目を銀槍に向けた。


「龍を穿うがつ者……か」


「フフッ」「ハハハハハッ」「面白いのう」

 御影が思わず声を上げて笑う。


 酒を口に含むと、また思い出した様にクスリッと笑う。

 そんな御影の横顔を椿が目を細めながら口元を緩めた。


 御影が飲み干した盃を置き、真顔でつぶやく。

「私はつぐなえないあやまちを犯すところじゃった」


 注がれた盃に映った自分の顔を見ながら目を細める。

 椿が思わず手で口元を覆い。グスンッと小さく鼻を鳴らす。


「古那よ。お前にをやる。受け取れ」


 と御影は人が両手で抱える程の大きさがある葛籠つづらの箱を運ばせると、葛籠のふたを開けた。


 箱の中にはまぶしく輝く金銀財宝。見たことも無い豪華な細工さいくがされた逸品の品々がめられていた。


「おおおっ」「おおうっ」「おおうっ」

 朱羅の瞳がキラリと輝き、歓声が上がる。


「なかなかのおとこじゃなあっ」と満足気。

 光物ひかりものに目がない性格は母鬼譲りである。

 思わず体を乗り出し金銀財宝を手に取ろうとする。


「んっ。んんんっ」

 咳払いをする於結。


 そして、もう一つ。御影が鍵のかかった小さな箱を差し出した。

 頑丈にかかった鍵を開けると中には、珍しい模様が刻まれている小槌こづちが一つ。

 その小槌を手に取ると古那と於結の前に置いた。


「これは、面白い小槌こづちでな、願いを叶える小槌」

「我が家に伝わる代物だ」


 この言葉に於結と古那が驚き、目の前に置かれた小槌こづちに目を見張る。


「しかしまあ、この小槌も万能では無い……」

「死んだ者を生き返らせたりは出来んがな」


 二人は、目を見合わせる。


「これが、ずっと探していた宝か」

「これで、これさえあれば古那にかけられた呪縛を解いて元の姿に戻れるの」

 

 目の前に置かれた小さな小槌を見つめ、二人はそれぞれの未来を空想した。


 椿つばきの瞳が自分を見ている事に気付いた御影はニコリと笑い返す。

 

 酒が満たされた盃に口をつける。

 そしてうたうたった。


「春夜宴桃李園序…………」


 最後に自分を見つめている椿の瞳を優しく見返した。

椿つばき、ありがとう……」と 


 ◇◆◇◆ふたりの願い


 満月が輝く夜。

 草花は生気に溢れ、夜の生き物たちは活発に行動を始める。

 古那と於結の二人は、満月が浮かぶ湖面の側に座っていた。


「十五夜の月が光輝く時、その願いが叶う」

 御影から教わった口伝くでんに従い、古那と於結の二人は、この日を待っていた。


 於結の膝の上に古那がちょこんと座る。


「クスッ」於結が小さく笑う。

 

 ある日突然。カビ臭い宮廷の書庫で古那と初めて出会った。

 色々な出来事があった。

 時の経つのが何と早い事か。

 鬼娘との出会い、妖魔と戦い、そして私は一度死んだ。

 でも、今日で長い旅も終わり。

 この小さな小さな私の勇者を見るのも最後。


 於結の瞳から温かい涙がこぼれ落ちた。


「おい於結っ!」「ずぶ濡れだっ」

 膝の上から怒鳴り声。

 

 於結のほほを伝って落ちた涙で古那は頭からずぶ濡れである。


「もうっ古那のバカッ」

 半笑いで涙を拭う。


 ◆


「そろそろ始めるか」

 

 二人は向かい合う。

 古那が立ち。於結が正座して小槌を両手で構える。


 御影から譲ってもらった『願いが叶う』という打ち出の小槌。

 

 両手で持ちあげ、そしてゆっくりと目を閉じる。

 そして一心に願いを小槌に込める。


「カランッ」「カランッ」乾いた音色が鳴る。

「古那の体を元の姿に戻して。その身に宿る呪縛を解いて」

「大きくなあれ……大きくなあれ……」


 小槌を振る。

 古那の頭上で小槌を振った―――。


 ザワリッと空気が騒ぐ。

 青い光が古那の周りに集まり、体を包み込む。

 そして、光はどんどんと大きく膨らんでいく。


「…………」


 膨らんだ光は、人型になって小さくなる。

 古那を包んでいた青い光は、だんだんと薄く輝きを失っていく。


 於結の目の前に、薄い光に包まれた立派な体格の青年が現れた。


 古那は目を閉じ、この全身を包む温かい光が消えるのを待った。


 両腕を広げてみた。

 手の感覚、足の感覚、そして風を感じる皮膚の感覚。

 いつもの甘い香りと鈴の様な声を聴く。

 

 古那の両手にすっぽりと収まった華奢きゃしゃな体を抱く。

 感じる、この感覚……。

 大きく深呼吸をし、そして、ゆっくりと目を開ける。


 目の前に大きな瞳をした娘が涙を浮かべていた。


「於結……」


「あっ、あのう……こっ古那……」


 少し照れて赤くなった於結の顔。


「ふっ服を着て下さるかしら……」


 その声に古那は、静かにゆっくりと目を閉じた。


「やってしもうた……」

 心臓から血が飛び出し、体中の血流が早くなる。

 顔から火をきそうである。


 二人はしばらくく動かない……。


 とても静かな夜。

 肩を並べる二人の姿と金色に輝く丸い月が、鏡のような湖面に美しく映える。


 


 めでたしめでたし…………

 おわり。



 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 最後まで御愛読いただきありがとうございました。

 二人の旅は、まだまだ始まったばかり・・・

 その後の活躍は、第二部 遷都せんと・福原編へつづきます。

 大きくなった古那や於結の活躍をお楽しみに。


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