第35話 打ち出の小槌 ーエピローグ

 帝都の街を見下ろす小高い丘の上に建つ山城の一画。

 美しい庭園の中に設けられた石卓を囲んで、古那こな於結ゆい朱羅しゅら、そして御影みかげの四人が座っている。

 御影みかげの足元でフサフサの鬼獣が退屈そうに大あくびをする。

 空を見上げれば金色の月が浮かんでいた。

 

 微かなももの香りが月夜に漂い流れていた。

 椿つばきの奏でる笛の音が遠い遠い昔の山河を連想させる。

 笛を奏でる椿の細い腰が月の光に照らされ、月を待つ天女の様にゆららめいた。

 

 御影みかげの白く長い指が、古那の空いたさかずきに酒を注ぐ。


 古那があごに手を当てながら御影みかげに問う。


貴方そなた・・・いったい何様なにさまだ?」


 あれだけの騒ぎの後、朝廷からの詮索せんさくも無く、勅命を請けた頼政たちは何事も無かった様に、この件からあっさりと身を引いた。


「・・・」

「ふっ」


 御影は質問に対して鼻で笑う。


「血だ。私の持つ・・・高貴な・・・血統」

「今まで・・・きらっていた血だが・・・」

「今日ほど愉快ゆかいな事はない・・・」

「・・・」


 思い出した様にひとしきり笑う。


「・・・」


 そして体を前のめりに乗り出すと、声を一段低くし、真面目顔まじめがおで古那にたずねる。


「貴様こそ・・・何者じゃ」

「・・・」


 於結がチラッと古那を横目で見る。朱羅の耳がピクリと動く。


「・・・」


 古那が頭をきながら、少し困った顔をする。


「俺は・・・」

屠龍師とりゅうしだったらしい・・・」

「何っ?!」

屠龍師とりゅうしだと!」


 御影と椿の二人が驚き目を合わせる。

 盃を口に運んでいた朱羅も慌てて盃を取り落とそうになる。

 側らに置いていた銀槍・雷霆らいていつかむと懐かしい昔を想う様な遠い目を銀槍に向けた。


「・・・」


―――龍を穿うがつ者・・・


「フフッ」「ハハハハハッ」


 御影が思わず笑う。


 一口、酒を口に含むと、また思い出した様にクスリッと笑う。

 そんな御影の横顔を椿が目を細めながら口元を緩めた。


「・・・」

「俺は・・・またつぐなえないあやまちを犯すところじゃった・・・」


 注がれた盃に映った自分の顔を見ながら目を細める。


「・・・」

「・・・」

「古那よ」

「お前に・・・これをやる・・・受け取れ」


 御影は、人ほどある葛籠つづらの箱を運ばせると、葛籠つづらふたを開けた。


 箱の中にはまぶしく輝く金銀財宝。見たことも無い細工さいくがされた逸品の品々がめ込まれていた。


「おおおっ」「おおっ」「おおっ」


 朱羅の瞳がキラリと輝き、歓声が上がる。


「そなた・・・なかなかのおとこじゃなっ」


 光物ひかりものに目がない性格は母鬼譲りである。

 思わず体を乗り出し金銀財宝を手に取ろうとする。


「んっ。んんんっ」


 咳払いをする。


「・・・」


 そして、もう一つ。御影が鍵のかかった箱を取り出した。

 厳重にかかった鍵を開けると中には、古びた小槌こづちが一つ。

 珍しい模様が刻まれている。

 手に取ると古那と於結の前に置いた。


「これは、面白い小槌こづちでな・・・願いを叶える小槌らしい」

「我が家に伝わるものだ」


 この言葉に於結と古那が驚き、目の前に置かれた小槌こづちに目を見張る。


「・・・」

「まああ万能では無い」

「死んだ者を生き返らせたりは出来んがな」


 二人は、目を見合わせる。


「・・・」


―――これが・・・ずっと探していた宝・・・


「これ・・・これで、古那にかけられた呪縛を解いて元の姿に・・・戻れるの・・・」

 

 目の前に置かれた小さな小槌を見つめ・・・二人はそれぞれの未来を空想した。


「・・・」


 椿つばきの瞳が自分を見ている事に気付いた御影はニコリと笑い返す。

 酒が満たされた盃に口をつける。

 そしてうたうたった。


「・・・」

「春夜宴桃李園序・・・」

「・・・」


 最後に自分を見つめている椿の瞳を優しく見返す。


椿つばき・・・ありがとう・・・」 


◇◆◇◆ふたりの願い

 月が輝く満月の夜。草花は生気に溢れ、夜の生き物たちは活発に行動を始める。

 古那と於結の二人は、満月の月が浮かぶ湖面の側に座っていた。


「十五夜の月が輝く時、その願いが叶う」


 御影の口伝くでんに従い、古那と於結の二人は、この日を待っていた。

 於結のひざの上に古那がちょこんと座る。


「・・・」

「クスッ」


 と於結が小さく笑う。

 

――― カビ臭い宮廷の書庫で古那と初めて出会ってから、色々な出来事があった。 ――― 時の経つのが何と早い事か・・・

――― 鬼娘との出会い・・・魔物との戦い・・・死・・・

――― でも・・・今日で長い旅も終わり・・・

――― この小さな小さな私の勇者を見るのも最後・・・


 於結の瞳から温かい涙がこぼれ落ちた。


「・・・」

「おい於結!」「ずぶ濡れだ!」


 膝の上から怒鳴り声。

 於結のほほを伝って落ちた涙で古那は頭からずぶ濡れである。


「もうっ! 古那のバカッ・・・」


 半笑いで涙を拭う。


 ◆

「そろそろ始めるか」

 

 二人は向かい合って立った。

 於結は、御影から譲ってもらった”願いが叶う”という打ち出の小槌を両手で持ちあげる。


「・・・」


 そしてゆっくりと目を閉じる。

 願いを小槌に込め・・・古那の頭上で小槌を振った。


「シャン」「シャン」

「古那の体を元の姿に・・・大きくなあれ・・・大きくなあれ・・・」

「・・・・・・」


 青い光が古那の周りに集まり、体を包み込む。

 そして、光はどんどんと大きく膨らんでいく。


「・・・・・・」


 膨らんだ光は、人型になって小さくなる。

 古那を包んでいた青い光は、だんだんと薄くなる・・・


「・・・・・・」


 そして、目の前に光に包まれた青年の姿が現れる。

 古那は目を閉じ・・・この全身を包む温かい光が消えるのを待った。


「・・・・・・」

 

 両腕を広げてみた・・・

 手の感覚、足の感覚・・・そして・・・夜風を感じる皮膚。

 いつもの甘い香りと鈴の様な声・・・

 

 古那の両手にすっぽりと収まった華奢きゃしゃな体・・・

 感じる・・・この感覚・・・

 大きく深呼吸をする・・・

 ゆっくり目を開ける・・・


「・・・」


 目の前に大きな瞳の娘・・・


「・・・」


「於結・・・」


「・・・」


「あっあのう・・・」

「こっ古那・・・」


 少し照れて赤くなった顔の於結。


「・・・」

「ふっ服を着て下さる・・・」

「・・・・・・」


 古那は、ゆっくりと目を閉じる。


―――やってしもうた・・・


 心臓から上の血流が早くなり、顔から火をきそうである。


 二人はしばらくく動かない・・・


 静かな夜。

 二人の姿と輝く満月の月が、湖面に美しく映っていた。


 

 めでたし、めでたし・・・おわり。



 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 最後まで御愛読いただきありがとうございました。

 二人の旅は、まだまだ始まったばかり・・・

 その後の活躍は、第二部 遷都せんと・福原編へつづきます。

 大きくなった古那や於結の活躍をお楽しみに。


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