第13話 それぞれの旅立ち

 六人がはなやかな円卓えんたくかこんでいた。

 偉丈夫な父鬼、美しい母鬼、気丈な鬼の娘、小さな古那、そして傷だらけの弁慶、緊張気味の三郎。

 母鬼と弁慶の闘いを古那がめ休戦となった。

 以外な母鬼の一言でこのうたげが開かれる事になり、今夜、皆が顔を合わせたのだ。

 古那の持つ薬瓢箪で、かなり傷は回復したものの深い殺傷がまだ完全にえていない弁慶。

 一方、母鬼は生気せいきを吸ったかのごとく、闘いで傷ついていた肌は既に傷後は無く、つやにじませていた。


 鬼のうたげ

 六人が座る円卓には、所狭しと豪華な料理や果物が並べられていた。

 配下の鬼女たちが入れ替わり立ち替わり給仕をする。

 そして、甘い酒の香が辺りに漂った。 

 

 父鬼が百年来の友をもてなす様に古那のさかずきに酒を注ぐ。

 

「次は必ず貴様を打倒す!」

 

 ゴキッゴキッと力強く握られた岩の様な拳が古那に差し出される。

 返答するかの様に古那の小さな拳が向けられた拳を打ち返す。

 そして銀槍でつらぬかれた傷を親指で差し、”今度はそうはさせん” と誇示こじする。


「・・・」


 二人はニヤリと笑いもう一度拳を合わせた。

 二人の間にちょこんと座る着飾った鬼の娘が、何やら言いたげにモジモジとしているのに気付き、古那が鬼の娘に向かって片目をつぶる。

 

 鬼の娘は、意を決した様に大声でさけぶ。


「わっ私も早う強うなって貴様を倒す!」


 と高らかに宣言する。


「・・・」 

「ガッハハハッ」


 父鬼がうれしそうに高笑いする。


「・・・」

「待ってるぞ」


 と、また古那が片目をつぶった。


 この破天荒はてんこうな三人の会話に三郎が頭をかかえ、口を開けたまま苦笑いする。


――― こっ・・・こいつら一体・・・まだやるうのか?


 母鬼が側らに置いていた大太刀を持ち上げ弁慶に差し出す。


「弁慶よ! お主、この”鬼切の太刀”を受け取れ!」

「・・・」

「本来・・・この太刀は、我ら鬼族にはあつかえん代物じゃ」

「この太刀も・・・お主が使い手なら本望ほんもうじゃろうよ」

「・・・」


 弁慶は大きく深呼吸をする。

 そして母鬼から差し出された大太刀をガシリとつかみ、弁慶が太刀を受け取った。


 差し出された太刀越しに母鬼の漆黒の瞳が光っていた。


 暗い洞窟の中で明々と照らされた部屋には、見たこと事の無い鬼の踊りと聞いた事が無い音楽が流れ、不思議な鬼たちのうたげで夜は更けていった。


◇◆◇◆それぞれの旅立ち

 羅刹の鬼との闘いから数日後、傷のえぬまま弁慶は旅立って行った。

 僧兵の法衣に身を包み、首には大玉の数珠をさげ、手には長巻ながまき

 腰には 羅刹の母鬼からゆずり受けた “鬼切の太刀”を差した姿は、新な道を進むおとこ相応ふさわしい堂々とした面構つらがまえであった。


「古那殿。儂は諸国をまわり、苦しむ人々を助ける!」


 おのが何をすべきかさとったった大漢おおおとこは、後ろを振り向かず大地を踏みしめ立ち去ってった。

 

 ◆

 古那が縁側えんがわに寝そべり、青い空に形を変えながら流れて行く雲をながめていた。

 庭先の椿つばきの葉が濃い緑の葉を茂らせ、赤と黄色の大きな花を咲かせていた。

 静香が古那の顔をのぞき込む。

 気付いた古那は、体を起こし、縁側に胡坐あぐらをかいて座り直した。

 静香も古那の横にゆっくりと座る。


「・・・」

「古那様、どうしました?」


 静香が優しく問う。


「・・・」

「俺は・・・帝都ていとに行こうと思う・・・」

「・・・」


―――羅刹の母鬼が言った。

―――遥か昔・・・鬼族の伝承の中に何でも願いをかなえる宝が存在した。

―――その宝を巡って鬼や魔物、人間たちの争いが起こった。

―――最後に勝ち残った最強の鬼がその宝を手にし、今、その宝を受け継ぐ者が帝都に居るらしい。

―――その宝で元の姿に戻り・・・力を取り戻す・・・


 静香は、古那の言葉を聞きながら、山向こうの空を見上げた。

 さびしげな瞳は、何かを言うとしていた。

 そして、横に座る古那を両方のてのひらで包み、ゆっくりと自分の膝の上に乗せた・・・


「このまま・・・ときが止まれば良いのに・・・」


 とさびしげに溜息ためいきをついた。


「・・・」


 静香の小さな肩が震えているのがてのひらから古那の体に伝わった。

 古那は、震える静香の左小指を両手でつかむ。

 そして、腰に巻いた銀の帯から竜髭糸を取り出すと、静香の小指に巻き付けた。


「・・・」


 すると不思議な事に小指に巻き付けられた竜髭糸が見る見る白銀の指輪に形を変えた。


「静香よ。この糸は竜髭糸と言って、強い霊力を宿やどしている」

「これを身に着けていれば、大概の”魔物”は恐れて、お前に寄っては来ない」

「・・・」

「これは俺の封印を解いてくれた御礼だ・・・」

「・・・」


 静香は、左小指の白銀の指輪を大事そうに触れ、いのる様に自分の口元に押しやった。


「・・・」


 そしてサクランボの様な小さなくちびるが、古那の顔に近づき、ほほに優しく触れた。


「・・・・・・」


 古那は、静香の白玉の様なほほを優しくでる。


ってくれるか?」

「暫く、そなたの美しいまいを見る事が出来なくなる・・・」

「・・・」


 静香は、濡れた瞳を何度も何度もぬぐい、コクリとうなずいた。


 花香はなかおる温かな風が二人を優しく包み、まだ見ぬ地へかけけ抜けていった。


第二章・帝都編へつづく・・・




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