第12話 羅刹の鬼 後編
その美しい母鬼は、切れ長の目をさらに細め、目の前の二人を交互に見た。
褐色の赤い肌、肩口で
その妖艶な美しさは、人の
人差し指を立て、指先で誘う。
「さぁ、かかって来い」
その美しい顔からは想像できない程の殺気を放った。
「古那殿。ここは
「ふんっ」母鬼が鼻を鳴らす。
「貴様ごときが、私に
「小さいの……
肩に担いでいた大太刀を右手で軽々と振り上げると、名乗りを上げた弁慶の動きを制するように鞘先を弁慶の喉元に向け、
母鬼が片目を細めると目の前に立つ弁慶の目を
そして細い
「貴様ぁ……混ざってるな」
母鬼は低い声で言うと、ゆっくりと舌なめずりをする。
「ふんっ。面白い。先に相手してやろう」
「これを使えっ」
母鬼は部屋の中央に
「ガシャン」
突然投げ渡された大太刀を弁慶が左手で受け取った。
金銀で装飾された
「…………」
静まり返る中、母鬼が過去を
「その太刀はなあ……」
「“鬼”を斬る事ができる太刀じゃ」
「昔……私が打倒した者から
「その太刀で国一つ買える程の
「私に勝ったら……その太刀を貴様にくれてやるぞ」
と口元を引き上げニヤリとする。
そして母鬼は、手に持つ背丈ほどもある大太刀を収めていた鞘からゆっくりと太刀を抜き放つ。
「しかし貴様が負ければ……」
「その血肉。喰らうてやるぞ」
冷たく鈍色の弧を描き恐ろしいほどに鮮明に浮き立つ
◇◇◇ 血戦
羅刹の母鬼は殺気を
ザンッと母鬼が残像を残し跳躍する。
と同時に肩に
母鬼の一撃を弁慶が太刀の鞘で受ける。
二人の体が重なった瞬間、大男の弁慶がまるで人形の様に壁に吹き飛ばされた。
勢い余った大男の体は、家具もろとも壁に打ち付けられる。
「弁慶の兄貴っ!」
三郎が叫ぶ。
「…………」
「ふんっ。こんなものか?」
母鬼が牙を
圧し掛かった家具を払いのけ、床に倒れた弁慶が身体を起こす。
甲高い息の音を漏らし弁慶が立ち上がる。
母鬼は含み笑いを浮かべる。
「やはり楽しませてくれる」
弁慶が衣服の
古那も仁王立ちで両腕を組み、含み笑いを浮かべる。
「フッフフッ」「ハッハッハ」
突然、弁慶が肩を震わせながら笑い、天井を見上げた。
「ああっ……」
「儂は、何と冷静なのか」
「以前の儂なら、
「古那殿に……感謝申し上げたい」
弁慶は左手に持った大太刀を顔の前に
美しい三日月の曲線をした銀色の刃紋が光り鋭利な剣先が現れ出た。
その研ぎ澄まされたその刃に男の顔が映る。
そこには闘気を
歪んだ口元に
「うおおおっ」
弁慶が母鬼に向かって走り、跳躍する。
鋭く打ち込んだ渾身の一太刀。
大太刀と大太刀が交差する。
甲高い金属がぶつかる音に火花が散る。
弁慶の一撃を受けこらえた母鬼が、一歩さがり
交差した
激しい音を発し、二人は後ろに飛ぶように跳躍する。
と同時に母鬼が上段より太刀を振り下ろす。
これを弁慶が紙一重でかわす。
瞬間。振り下ろした太刀がひるがえり下段から斬り上げられた。
「バシュ」
血しぶきが天井に舞う。
一滴、二滴と血が落ちる。
母鬼の重心が下がる。
と思った瞬間、息もつかさず鋭い大太刀の突きを繰り出してくる。
辛うじて弁慶は繰り出された大太刀を
◇
二人の太刀を交える金属音と家具が破壊される音が空間に鳴り続く。
弁慶は、間合いを取る為に横に転がる。
そして、首にかけた長い数珠を外し左手に握りしめた。
「
母鬼の期待する高揚感が言葉となって投げかけられた。
肩を上下させ大きく深呼吸をすると、カッと目を見開く。
右手に大太刀、左手に数珠。
まるで生き物の様に
「面白いっ!」
母鬼は、左右の攻撃を見事にかわし、
攻撃しているはずの弁慶の着物が裂け、徐々に血が
母鬼の刃が弁慶を
「キッ」「何っ!」
「
左手に巻きつた数珠が、母鬼の刃を受け止め、弁慶の首を護る。
「何じゃその数珠は?」
母鬼はすかさず
「ぐふっ
踏み込む母鬼。後ろに跳び退る弁慶。
二人は
母鬼は大太刀を右上段に構えると細く息を吐いた。
高く掲げられた大太刀が闘気で
「貴様あぁぁぁぁっ斬り倒すっ」
母鬼が一声、前に出る。
◇
二人は幾合ほど打ち合ったか。
さすがの偉丈夫な二人も次第に息が上がり、体から蒸気を発する。
時折、母鬼のはだける着物姿に父鬼がハラハラし始める。
弁慶が息を吸い、力を溜める様に呼吸を整える。
そして上段に振りかぶり太刀を振り下ろした。
「キイインッ」
先ほどとは異なる金属音が鳴る。
母鬼の大太刀が
一瞬、弁慶の力が
母鬼は弁慶の左手首を
「ぐふっっっ!」
床に叩きつけられた弁慶の体。
意識が一瞬飛ぶ。
「ぐふっ」
母鬼は、床に
母鬼の熱気をおびた褐色の
そして母鬼の美しく面妖な顔が弁慶の顔に近づき牙をむいた。
「どうじゃあああ……
低く
「…………」
既に弁慶の闘気は消えていた。
「殺せっ」と言い放つと目を閉じた。
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