第11話 羅刹の鬼 中編

 赤鬼は背丈ほどある太い金棒を軽々と肩に担ぐと目の前で闘気を発する弁慶をにらんだ。

 そして次の相手である弁慶を指名するかのように左手を弁慶の前に突き出した。

 空気が一変し、通路の出口を遮っていた魔物たちが一斉に雄叫びを上げる。

 そして手に持つ武器を打ち鳴らした。

 魔物たちにとって戦いのうたげを始めるときの声である。

 

 魔物たちは我先にと赤鬼と弁慶の闘いの場へ雪崩れ込もうと前に進み出る。 

 その時、雷電の様な妖獣の雄叫びが洞窟に響いた。

 雪崩れ込もうとする魔物たちの動きが一斉に止まる。


 一匹の銀狐が悠々と闊歩かっぽして歩み来る。


 音も無く四足を運ぶ銀狐の姿は魔物たちを一瞬にして黙らせた。


 銀狐は居並ぶ魔物たちをにらむ。

 赤茶目の鋭い瞳は、目の前の全ての魔物を食い殺す程に鋭く光った。


 魔物たちは金縛りにでもあった様に動かない。

 それどころか目の前の銀狐が発する妖気を恐れ、次々と後退りし姿を消していく。


 ◇◆◇◆ 激突


「待て」

 

 琥珀の首元で顔を出していた古那が、シュッと前に跳躍する。

 そして、弁慶と赤鬼の間の床に着地するとゆっくり立ち上がった。


「弁慶殿。俺が闘おう」

 と古那が弁慶の動きを制する。


「ガッハッハッ」

 赤鬼が大口で笑い、洞窟の空気が揺れる。


「よかろう!」

「小さいのは踏みつぶして、今晩の酒のさかなにしてくれる」

 

 赤鬼がニヤリとすると、古那もニヤリと返す。

 一瞬。二人の間に身を斬る様な空気が交差する。


「では、参ろう」

 古那は仁王立ちになり両手を広げた。

 そして広げた腕で弧を描きゆっくり胸の前で手の平を合わせた。


 合わせた両手の指でいんを結び真言を唱える。


「 वैश्रवण……ヴァイシュラヴァナ……」


 いんを結んだ古那の手が金色に光りはじめる。


 すると腰に巻いていた銀の竜髭糸がスルスルと左腕に絡まり、銀色の籠手こてに変形した。

 そして、竜髭糸を持つ右手を掲げ、左手で竜髭糸の先端をゆっくりとで伸ばす。

 

 やわらかな竜髭糸は、銀色に輝くやりに変形した。


 赤鬼も後ろに居た女の鬼もこの光景に目を見開く。


 古那はヒュンヒュンとれた動作で、銀槍を数回ほど回転させ、狙いを定めると槍先を赤鬼に向け中段に構えた。


 後ろで腕を組んで観ていた、女の鬼が真っ赤な唇に沿って舌なめずりをする。


「ふっ面白い」


 対峙する赤鬼も急激に変化した敵の闘気を感じ取り、目を吊り上げ、重心を落とし金棒を構えた。

 赤鬼と古那はお互いにらみ合いう。


 二人は自分の攻撃の間合いを計る様にジワジワと移動する。


「―――カツンッ」

 女の鬼が手に持つ大太刀の鞘先を床に打ちつけた。


 待っていたかの様に古那が床を蹴って、赤鬼に飛び込んだ。

 古那の姿が銀の残像の一閃となって走る。


「ドカンッ」「ガラン」「ガラン」

 赤鬼の体が壁際に吹き飛んだ。


 古那は容赦ない。赤鬼に銀槍の攻撃を叩き込む。

「キンッ」「キキーンッ」


 銀の残像と共に金属音が遅れて響き渡る。

 赤鬼が金棒で古那の攻撃を受ける。


「キーンッ」「キーンッ」

 赤鬼が片膝をついた。


「キーンッ」「キーンッ」

 古那の繰り出す激しい攻撃音が響きわたる。

 

「ぬうおおおお」

 赤鬼が辛うじて古那の攻撃を金棒で防ぐ。

 しかし、たまらず横の壁ぎわに飛んだ。


 古那の鋭い槍の一突き―――。

 これを紙一重でかわす。


「バシュッ」

 かわした銀槍が壁に突き刺さる。

 と、銀槍の突き立った壁に波紋の様な大きな亀裂が広がり、パラパラと壁が崩れ落ちた。


 闘いを観ていた弁慶の肩がワナワナと震え、拳を握った腕の筋が浮き上がる。

 身体を流れる血が逆流し拳が硬く握られる。

「儂は、この男に勝てるのか?」


 ◇


「うおおおおお」

 赤鬼が小さな古那に狙いを定め金棒を振り回す。

 金棒の振り回す残像と金属のぶつかる音が部屋中に響き渡る。

 腕がしなり二人の体が交差するたびに壁や家具が砕け散る。

 赤鬼が体を気勢を発し、大きなこぶしを叩き込む。


「パンッ」「うっ」


 打ち込んだこぶしが跳ね返され一歩足を退いた。

 古那も衝撃で壁際に吹き飛んだ。


「…………」


 赤鬼は分厚い胸を上下させ深い呼吸をする。


「ビリッ」「ビリッ」「ビリビリッ!」

 赤鬼は目を見開くと、自分のころもの胸元をガシリと握り、力まかせに引き裂いた。

 ぎ取られたころもの内から連なった山の峰を思わす程の隆起した筋肉が現れる。


 そして、ほぐれた体を開放する様に肩や首の関節を動かした。


「ふふっふふふ……」

 肩が小刻みに揺れる。


「何百年ぶりか……貴様……」

 むきき出しの赤い肌が、血の様な真紅しんくの色に変わる。


 まるで好敵手を目の前にむかえる様に重心を落とす。

 左右の拳を突き出し無手むてで構えた。


「しゅううううー」

 赤鬼の不気味な呼吸音が響いた。


「そんな武器では儂の紅鋼の筋肉は突き通せんぞ!」


 荒々しい赤鬼の闘気に部屋の隅にいた三郎は片目をつぶっり反射的に身構えた。


 古那が、うな垂れる様にうつむく「ふふっ」。

 

 古那の体の輪郭りんかくが微かに揺らぎかすんだ―――。

 スッと体を前に倒し後ろ脚をみしめると赤鬼めがけ跳躍する。


「ドンッ」「ドンッ」「ドンッ」

 重爆の音。銀と紅の残像が衝突する。


 赤鬼の腕輪が砕け散った。

 突然。二人の動きが止まる。


 「…………」


 赤鬼の背に銀の槍が突き立っていた。

 長く伸びた銀の槍は赤鬼の胸元から背をつらぬき鋭利に突き出している。


「ガハッ」

 赤鬼が声をらす。

 赤鬼の体がしずむ…………。


 赤鬼が床に転がる金棒をつかむと、敵を打ち払う様に振り向きざま薙ぎ払った。

 古那は横合いから薙ぎ払われた金棒をって天井に飛び上がる。


「りゃあっーっ」

 そして天井を蹴って赤鬼に突進する。


「ガコンッ」鈍い音。


 古那の銀色に光る左拳が赤鬼のひたいに一撃を食らわした。

 赤鬼は意識をもうろうとさせ、足元をフラフラさせながら床に座り込んだ。



 座り込む赤鬼の肩に立つ古那。

 かざした銀槍の槍先が、赤鬼の首元に当てられた。


「もうやめてっ」


 鬼の娘が叫び、二人の前に走り込む。

 鬼の娘は父鬼をかばう様に古那の前に立ち塞がった。

 

 ◆


 古那はヒラリと跳躍すると机の上に飛び移った。


 また、女の鬼が手に持つ大太刀の鞘先さやさきを床に打ちつけた。


「母様っ!」

 鬼の娘が振り返る。


「勝負あったな」

 低い声で母鬼が言い放つ。

 と、手に持つ大太刀をさやからくのが早いか、母鬼が動いた。


「カランッ」「カラン」「ゴトン」

 赤鬼が握る金棒を一刀両断に切り伏せた。


 切り落とされた金棒の半身が床に転がる音だけが部屋に響いた。

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