第10話 羅刹の鬼 前編

 傭兵たちが“魔物”の隠れ家と思われる洞窟の中へ入る準備をしていると、木々の茂みから息を切らして一人の男が飛び込んで来た。


「弁慶の兄貴っ! 俺を置いて行くなんて・・・あんまりじゃねか!」


 息を整えながら、うらめしそうに苦情を言う男。


「三郎!お主は仕事の為に旅立ったのではないのか?」

「弁慶の兄貴! 何を言うのじゃ!・・・」

「こっちの方が面白れぇに決まってるだろうが!」


 長巻ながまきを持つ手を打ち鳴らし、弁慶に苦言を言う。


「俺も行く!」

「・・・」

「お前、三郎ではないか?」


 弁慶の後ろに居た、黒甲冑の隊長が声をかけた。

 三郎は、声の主を見定める様に目を凝らした。


「おおっ。源七郎ではないか」

「こんな所で会うとは・・・久しいのう」

「お前、何をしておる」「お前こそ、こんな所で」


 二人のたわいないも無い会話に傭兵たちは興味が無さそうに自分たちの突入準備を進める。

 ひとしきり近況を話し終えた二人。


「おい三郎」

「お前ほどの男が、さっきから兄貴と呼んでいる、あの御坊は何者じゃ」

「かなりの強者つわものだが・・・」

「何っ! お前、知らんのか・・・あれは鬼弁慶だぞ・・・」

 

 三郎の大きな声に、黒甲冑の隊長・源七郎と今まで二人の会話に興味を示さなかった四人の傭兵が目を見開き振り返った。

 

 辺りの空気が一瞬とまる。

 傭兵たちは、弁慶の姿を頭の先から足先まで食い入る様に見ると息を飲んだ。


「・・・」


 ―――そう言われてみれば・・・


◇◆◇◆ 羅刹の鬼

 焚火たきびを囲んでいた傭兵たちは、身に付けた甲冑や武器を念入りに確認した後、手に持つ松明たいまつに火をつけた。

 切り立ったゴツゴツしたがけの下には、洞窟の闇が大口を開けていた。

 洞窟の入り口には、雨風に削られ風化した古い石碑が一つ建つ。はるか昔、何者かがこの洞窟を使っていた形跡がある。生温かい風が洞窟の中から漂ってくる。

 五人の武装した傭兵と従者、そして弁慶と三郎は火の灯る松明たいまつを手に薄暗い洞窟の中に進んで行った。

 入り口は狭い造りであったが、中に進むにつれ道幅は広くなり天井も高くなった。

 湿気を帯びた壁。足元にはゴツゴツした物が転がる。ゴツゴツした物を足で踏むと軽石の様に簡単に砕ける。傭兵たちは足裏の嫌な感触に眉間にしわを寄せるが、誰一人押し黙ったまま何も言わなかった。

 しばらく進むと突然、傭兵たちの目の前に洞窟とは思えない程の広く明るい視野が広がった。


「・・・」


 まぶしいほどの灯りが照らされ、石畳いしだだみで整備された床は美しく磨かれ、都を思わせる珍しい置物や壁飾り、高価な家具が並べられている。

 ここが?“魔物”の住家すみかか?と目を疑う光景である。

 並べられたそれらの高価な物品は、朝廷に献上する為に全国の有力者から送られて来た品だろう。

 部屋の隅には、装飾された箱からキラキラと輝く瑠璃やサンゴの宝石、金銀が箱に収まり切れず散乱している。

 傭兵たちは、息をのむ。


―――どれほどの財宝を貯め込んでいるのか?・・・


「・・・」

「ひゃああああああああ」


 傭兵の一人が、興奮のあまり我先にと宝石の前に走り寄る・・・


「まっ待てっ」


 隊長の源七郎が興奮のあまり走り出た一人に注意したが、欲に目がくらんだ男は、床に転がる宝石を拾うとする。

 他の傭兵もたまらず、隊列から抜け、散乱する宝石の方へ走り寄る。


「ドカーン」


 衝撃音と共に走り寄った一人の傭兵が、弾け飛び、壁に打ちつけられた・・・

 部屋の中央に山の様な大男。人が見上げる程の身長である。

 大男は、地鳴りの様な声でえた。

 赤い肌、ゴツゴツした剥きだしの筋肉、顔より太い腕。

 そして・・・額に二本の角、鋭く伸びる長い牙。

 右手に持つ禍々まがまがしいとげの付いた金棒かなぼうで、傭兵一人を壁まで吹き飛ばした。


「・・・」

「あっ赤鬼じゃあ」


 傭兵たちの後ろに立っていた従者が恐怖で叫ぶ。


――― これほど・・・伝説に聞く鬼らしい鬼に出会った事が無い・・・


 傭兵たちに緊張が走る。

 傭兵たちは、今来た道を振り返った・・・

 既に先ほど通って来た通路・退路は大勢の“魔物”たちに塞がれ、戻る事が出来ない。


――― しまった!罠か!

 

 ブルッ!と一瞬、傭兵たちの背に寒気が走る。


「くそっ。儂がやる。お前らは後ろを守れ」


 息まいていた髭面ひげづらの傭兵が、皆を押し退け、薙刀なぎなたを構えると赤鬼の前へ進み出た。

 隊長の源七郎も覚悟を決め、鬼の前に進む。


「・・・」


 弁慶も右手の六角丈を握り直すと傭兵たちの前へ出ようとする。


「弁慶殿。止まれっ」


 古那が、前に出ようとする弁慶を呼び止めた。

 大きな赤鬼の後ろから、美しい女の鬼が現れた。


「あれは羅刹らせつの一族だ」

羅刹らせつ?」

「・・・」


 古那が説明する。


「鬼には、いくつかの種族が存在する・・・餓鬼、天邪鬼、夜叉鬼、そして羅刹鬼」

「羅刹鬼の一族は、鬼の中でも戦闘種族。戦いを好み、血肉を喰らう」

強靭きょうじんな体と怪力。中には疾風しっぷうの様に足の速い鬼もいるという」

「特に後ろの女の鬼、あの妖艶な美しさは羅刹の女鬼に間違い無い・・・」

「強いぞ・・・」

「・・・」


 傭兵たちは、武器を向け身構える。


「・・・」


 隊長・源七郎が鬼の正体を知ってか知らずか、それとも肌で危険を感じたのか、目前に立ちはだかる赤鬼を手玉てだまに取ろうと話かける。


「これを見ろ!」


 隊長・源七郎は、鬼の娘を閉じ込めているおりを指した。


「・・・」


 仁王立ちの赤鬼は眉間にしわを寄せ、目を吊り上げる。


「ゴンッ」

「かかって来い!」


 赤鬼は、手に持つ金棒を床に打ちつけ、低い声で言う。


「・・・」

「ゴンッ」「ゴンッ」

「かかって来い!」


 しびれを切らした様に金棒で床を打ちつけ、雷の様な声で怒鳴る。

 怒鳴るのが早いか動くのが早いか。赤鬼が金棒を背に振り上げたかと思うと傭兵たちに突進し金棒を横に振り払う。


「ドコンッ」


 髭面ひげづらの傭兵が薙倒され壁そして床に激突。ピクリとも動かない。


「・・・」


 さらに金棒を左に一振り、右に一振り、槍使いと剣使いが手に持つ武器で防いだが衝撃で壁まで飛ばされ倒れ込む。


「・・・」

「うりゃああっ」


 辛うじて金棒の攻撃をかわした隊長・源七郎が、太刀を振り上げ赤鬼に振り下ろした。


「キンッ」


 金棒と太刀がぶつかり、太刀が大きく弾かれる。


「くそっ」


 源七郎は両手で太刀を握り直すと力まかせに太刀を横に斬り払った・・・

 斬り払った太刀は、赤鬼の横っ腹に食い込む・・・


「カラン」「カラン」


 太刀が床に落ち、源七郎は二歩後ろに後ずさる。

 赤鬼の横っ腹に食い込んだはずの太刀は、赤鬼の隆起した腹筋に跳ね返された。


「うわっ」


 赤鬼は、源七郎の悲鳴を制する様に腕を伸ばし、口、顎、首をガシリッと掴む。

 手足をばたつかせ抵抗する源七郎を吊し上げると、壁に放った。

 背中を壁に叩きつけられ力無く床に崩れ落ちる。


「・・・」


 赤鬼は指に付いた源七郎の血を真っ赤な舌で舐めた。


「・・・」


 辺りが静まり返る


「・・・」

「貴様っ」


 怒った三郎が前に走り出た。

 長巻を肩越しに構えると力まかせに薙ぎ払う。


「キンッ」


 長巻の刃が弾かれる。


「だりゃあああ」


 長柄を握り直すと右に左に斬り下ろす。


「ギギギッ」


 三郎の振り下ろした刃と金棒が交差したまま力押しで止まる。


「ギギギッ」


 力と力。三郎の腕がワナワナと震える。

 徐々に赤鬼の金棒が三郎の刃を押しきる・・・と同時に脳天めがけ金棒を振り下ろす。


「ガキンッ」


 頭の上。長巻を握る両腕、肩で辛うじて金棒を受け止める。

 しかし・・・赤鬼の力に押され徐々に床に押し込まれていく。

 たまらずにガクリと片膝をつく。

 胸を護る甲冑を結ぶひも膨張ぼうちょうする力に耐え切れず、切れ飛んだ。


「なっ・め・る・なあああっ!」


 金棒を受ける長巻を左下にいなす。


「ガシンッ」


 いなされた金棒が床に衝突し床が砕け飛び散る。

 受けていた長巻の柄をいなした反動で勢いよく跳ね上がった刃を赤鬼の首めがけ、斬り込んだ。


「ガキンッ」


 斬り込んだ刃が赤鬼の裏拳で叩き折られ宙に舞った。


「・・・」


 三郎は、すかさず横に転がり赤鬼から間を空けて壁ぎわに逃げ去った。


「・・・」

「弱い弱い・・・」

貧弱ひんじゃくな人間ごときが・・・」

「この儂に刃向かうなぞ」

「・・・」

「次は・・・おまえらか?」

「・・・」

「大きいの・・・小さいの・・・どちらが闘う?」

「・・・」

 

 その時、弁慶の後からおりに閉じ込められていた鬼の娘が横をすり抜けていった。

 鬼の娘が赤鬼に走り寄り、父鬼の背に隠れる様に太い足に抱きついた。


「・・・」


 銀狐・琥珀の首元からヒョコリと古那が顔を出す。


「なんなら二人同時でもいいぞ」

「・・・」


 弁慶が鉄の六角丈ろっかくじょうを両手に握り直すと、目の前に立つ赤鬼の前に進み出た。


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