第9話 鬼娘

 山々が連なる国堺くにざかいの峠を騎馬隊に護られた数台の荷車が移動していた。

 山のように積まれた荷には厳重な鍵がかけられ、荷車には高々とはたが掲げられている。その旗を見れば一目で地方を治める有力な守護大名から朝廷へ贈られる貢物みつぎものだと判断できた。荷車の先頭には武装した騎馬が数騎、後尾と周辺にも荷車を護る為の護衛兵が数十人張り付いている。

 この高価な荷の護衛に就くのは、守護大名配下の屈強な兵士たちである。さすがの野盗たちも屈強な兵士たちに恐れをなし、輸送中の荷には手を出す事は無い。

 しかし、開けた街道や宿場町では国の警備兵が常駐しており安全であるが、人気の無い峠や小さな村では、野盗に襲われる可能性が非常に高い。

 

 ◇


 騎馬が一頭がけて来る。街道の安全を確認する為に物見に出ていた一騎が駆け戻り、隊の先頭で指揮する隊長の騎馬に報告をおこなう。


 既に日が暮れが近い。


 数年ほど前から、この峠付近を越える荷が次々と襲われるとの報告を受けていた。

 近隣の村でも夜になると何やら物音を聴き、朝になると家畜が突然と姿を消す事件が発生していると言う。

 近隣の村人たちは、この峠に恐ろしい野盗が住み着いたと噂した。


「さすがに、こんな所で野宿はしたくないな」


「おいお前たち。荷を運ぶ足をはやめろ」

「日暮れまでには峠を越えるぞ」


 隊長の男が、荷を運ぶ者や護衛の兵士たちに大きな声でげきを飛ばす。

 兵士たちは、峠の噂を知ってか知らずか緊張した様子で手に持つ槍を握り直した。


 突然。森の木々がカサカサと揺れたかと思うと馬がいなないた。

 後方の兵士たちが騒ぎだす、次々と馬が嘶き土煙が上がる。そして中央の積荷あたりからも声が上がり護衛の列が乱れ始めた。


「お前たち、気を緩めるな!」

「これは朝廷に納める大事な荷だ。我ら国の威信にかけて必ず御守りせよ」


 先頭を行く兵士たちの歩みが止まった。

 前方の道を塞ぐ様に人の背丈をはるかに超える黒い影が数体。

 それはノソノソと動き、そして恐ろし気な雄叫びを上げた。

 その雄叫びを合図に連なった荷車の横合からけものや数体の黒い影が次々と雪崩れ込んできた。


 獣を従え武器を持った人ではない生き物。

 恐ろし気な雄叫びを発し隊に襲いかかる。

 護衛の兵士たちは、まるで蜘蛛の子を散らす様に追い立てられた。

 兵士たちは次々と力尽き地面に倒れていった。


 ◇◆◇◆ 傭兵


 古那こなたちの住む村にも代官所から朝廷の荷が野盗に襲われたとの通達が届いていた。この近隣の峠で起こった事件に村人たちは恐れ、夜になると戸締りを厳重にして家々にこもった。


 古那と弁慶、赤茶目の銀弧・琥珀こはくは、事件の真相しんそうさぐる為、野盗が出没するという峠に出かけていた。

 握飯にぎりめしを拵え、酒蔵から拝借した酒を竹筒に満たし、二人は昼間のうちに家を出た。すでに日はどっぷりと暮れている。流れる雲が月を隠すと辺りは暗闇に包まれ、ふくろうの鳴き声だけが不気味に暗い森の中に響いた。

 

 山を一つ越え、その先の峠を登っていくと山の中腹に大きな洞窟が在る。

 村人の話では、以前この辺りは人通りも無く草木が覆い茂り道を塞ぎ、人の立ち入りは無かったと言う。しかし近年になって人気の無いはずの道が踏み固められ、山奥の洞窟へと続く道ができていたという。


 琥珀に跨った古那と弁慶は、月の明かりを頼りに洞窟を目指し山道を進んだ。

 

 すると、森の奥から剣戟けんげきの音と人の争う声が聞こえる。

 弁慶は、雑草をかき分け早足で音のする方へ向かった。

 細い山道を抜けると伐採された様な広場が見えた。

 そこには数人の兵士たちと膝下あたりを素早く移動するが争っていた。

 兵士たちは剣を振り動くを切り伏せる。


「古那殿。儂らも急ごう」


 弁慶は兵士たちの加勢の為、その戦いの中に飛び込んだ。


 軽装備な甲冑を身に付けた武者が四人に弓使いが後方を支援する。

 既にかなりの魔物を倒したらしく、装備は返り血を浴びている。

 官兵かんぺいにしては装備もばらばらであり、一人一人がかなりの手練てだれと見てとれた。


 横合いから加勢に入った弁慶に対して、一匹の妖獣が牙を剥き飛び掛かる。

 すかさず六角丈で妖獣を打ち払い、地面に叩き落とすと妖獣に止めを刺す。


「がっはははあ」

御坊ごぼうっ。やりますなっ!」


 とひげを蓄えた武者が、弁慶の動きを見て感心する。

 そして、振り向きざまに後ろから跳びかかろうとする妖獣を一刀両断で斬り払う。


 魔物たちは数を減らし、勝ち目が無いとみるや散り散りに森の中へ消え去った。


「魔物も噂ほどには大した事は無いのう」

 と先ほど弁慶の闘いぶりを称賛しょうさんした髭の武者が大笑いする。


「この洞窟の主も大した事は無いのではないか」

 と、また大笑いする。


「左之助殿っ。油断めさるなっ」

 黒い甲冑を着込んだ武者が、自分より一回りも体格のいい髭武者を注意する。


「がははは。隊長殿、そう硬い事を言いなさんな」

 となれれた口調で軽口をたたく。


 隊長殿と呼ばれた黒甲冑の武者が周囲の安全を確認した後、太刀を納めながら弁慶に問う。

 まだ年若く精悍せいかんな顔立ちの武者である。


御坊ごぼう助太刀すけだちかたじけない」

「御坊もかなりの強者つわものの様だが……そのう、目的は同じか?」


 隊長殿と呼ばれた黒甲冑の武者と弁慶は、お互いの事情を手早く話し、今の状況を

理解する。

 古那は琥珀の首元に隠れたまま、姿を現さなかった。


 ◇

 

 彼らは、野盗や魔物退治を専門とする傭兵たちである。

 通常は数人の小隊、または数十人の隊を組んで行動する。凄腕の傭兵になれば、地方の守護大名から依頼を受け、大金で戦や依頼の仕事を受ける強者つわものたちである。

 弁慶も元々は僧兵そうへいであった。寺の僧侶たちも己の寺を護る為に武器を持ち僧兵となり、寺に危害を加える敵や不利益が生じれば戦い、依頼の要請があればいくさにも出かける事があった。

 今しがた見事に魔物を退け、お互い笑談するこの傭兵たちは、最近この辺りで頻発している輸送襲撃事件に対処する為、国府から真相調査と盗賊退治を依頼された傭兵らしい。

 調査の結果、この峠の洞窟にいきついた。

 そして今夜、洞窟に調査に来たたところ、先ほどの魔物たちと遭遇したのだ。

 

「隊長殿。ここで当たりだな」

「早く洞窟に突入して魔物どもを退治しましょうや」

 

 細身で目の鋭い男がいきり立つ様に隊長に進言する。


「奴ら、今回も奪った金銀、財宝をたっぷりと貯め込んでますぜ」

 槍使いの男が、ニヤリと軽口を叩く。


 雇われた傭兵は雇主から高額の報酬をもらうが、盗賊や魔物たちが貯め込んだ金銀、財宝を一部自分のふところに入れる事がつねである。危険を伴った対価としてであり、それは暗黙の了解となっていた。


「しかし、朝廷の荷を襲う奴らだ。かなり手強いぞ」

「ここは一旦戻り、増援ぞうえんを待った方がいいのではないか?」


「けっ。臆病者が。この程度の敵を恐れて何とするか」

「儂のこの薙刀なぎなたで斬り伏せてやるわい!」


 歴戦を自慢するように太い腕で握った薙刀をかざす。


「その通り。お宝の分け前は多い方が良かろうよ」

「がっははは」


 隊の中で一番の年長で大柄な男が大笑いする。

 五人は焚火たきびの周りに集まり意見を言い合った。

 

「ゴンッ」

「うるせえっ。静かにしろっ」

 

 傭兵の一人が後ろに置いてあったおりを槍で強く叩く。


「あれは?」 

 気になった弁慶が黒甲冑の隊長に訪ねた。


「ここに来る途中に捕まえた……ですよ」

「儂ら五人でなんとか捕えました。何かの役に立つかと思って捕獲しましたが」

 

 弁慶の横に居た琥珀が、鬼の子が閉じ込められた檻にゆっくり近づく。


 琥珀が牙を剥き喉を鳴らす。 

 檻の中に褐色の肌をした幼い鬼の子娘が、こちらをにらみ、尖った牙を剥いた。


「よしっ。準備はいいか?」

「そろそろ洞窟へ入るぞ」


 黒甲冑の隊長の掛け声で、傭兵たちは手入れしていた武器を各自装着する。


「よしっ。一丁やるかっ」

「終わったら、酒だっ酒だっ」

「がっはっはっ」


 と、傭兵たちは大笑いしながら一斉に立ち上がった。


 檻の前に居た琥珀の首元から、一瞬、小さな人影が檻の中へ飛び移った事は、誰も気付かなかったが、弁慶だけはニヤリと笑った。


 ◇


 古那が檻の中に飛び込む。

 鬼の子娘の前に着地するとスクリッと立ち上る。

 突然の事に鬼の子娘は驚き、目を丸くする。

 古那はニッコリ笑うと腰に巻いた銀帯・竜髭糸を左右の手に持ち、フワフワと空中に浮かせて見せた。


 そして、鬼の娘の肩に飛び乗ると耳元でささやいた。


「お前を助けてやる」

 鬼の子娘の目がさらに見開き、瞳がクルリと円を描く。


「しっ! もう少しだけ静かにしていろ」


 鬼の子娘は、両手で自分の口を押え、大きく二回うなずく。


「ぷうっ」と古那の肩が小刻みにれる。

 予想もしなかった鬼の子娘の素直な態度に可笑おかしくなり思わず腹を押さえ、顔を下に向け笑う。

 ふと面白おもしろくなり、鬼の娘の耳元でささやく。


「お前、何者だ……」


 鬼の子娘もつられて、古那の耳元でささやく。

 二人は何やら、ごにょごにょと内輪話し始める。

 

 気付くと鬼の子娘の手に争った跡の切り傷。

 古那は腰に下げた瓢箪ひょうたんを傾け、液体をてのひらに垂らすと、鬼の子娘の傷ついた手に液体をった。

 

 すると切り傷の跡が、見る見る間に消えていく。


「えっ……」

 思わず、鬼の娘が声を上げる。

 ハッと気付き、両手で自分の口をふさぐ。


 古那は、ゴロリと横になると人差し指で、「静かにする様に」と鬼の娘へ合図を送った。

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