第2章 帝都

第14話 帝都へ

 人の往来をこばんでいた深い雪がとけチロチロと小川に流れ込む、春を知らせる青緑色のふきのとうが川辺に芽を出し始める。

 梅のつぼみが弾けそうに膨らみ、温かい日差しに開花を待っていた。

 

 帝都ていとに向かう荷馬車にられながら門の前で見送る人々が小さくなっていくのをながめていた。都で取引のある酒問屋に新酒を卸す為の荷馬車に同乗し、生まれ育った村を旅立つ古那。

 母の千代が、都の流行りに合わせて新調した新緑色の着物を身に着けた。

 父の清兵衛は、帝都まで荷を運ぶ酒屋の番頭の平助に、くれぐれも古那の事を頼むと何度も何度も手を握った。

 小さな小さな息子を見送る母と、いつまでも手を振る黒髪が伸びた静香の姿が段々と小さくかすんでいった。


 ◇◆◇◆ 都入り


 帝都までは荷馬車で十日余り、街道が通っているとはいえ宿場と宿場を結ぶ山道や峠を進む危険な道中である。


「古那の坊ちゃん。この峠を越えれば宿場町が見えますので、今晩はそこに泊まりましょう」


 荷馬車の馬の手綱を取っていた、番頭の平助が荷台を振り返り、古那に話しかけた。


「この辺も最近、めっきり物騒になりましてな」

「何でも、小鬼が出没して人を襲い、荷をおそうそうです」

「急いで峠を抜けましょう」


 手綱を振るうと荷馬車を急がせた。

 

 ◇


 数日後、荷馬車に乗った平助と古那たちが山間の街道を抜けると広大な平地が目の前に広がった。

 左手に高く続く山々を並走し、稲が刈り取れた田園風景をすすむ。牛に耕具を付け、田を耕す人が点々と見える。

 農村を抜け暫く荷馬車に揺られていると人家が建ち並ぶ街道にさしかかる。

 遥か前方に巨大な朱色の柱がそびえ建つ城門が見えた。


「古那の坊ちゃん。そろそろ平安京の都に着きますよ」


 平助はホッとした安堵の声で荷馬車を引く馬に手綱を当てた。

 都にかかる五条大橋を渡る辺りで、その巨大な都市を形成する帝都に驚いた。

 都に沿って流れる川には何本もの大きな橋がかかり、荷を積んだ商人や行商人たちが忙しく橋を渡り往来する。橋を渡り終えれば整備された路が真っ直ぐに広がり商店が軒を連ねる。

 通りには赤や黄、緑色の着物を着た娘や烏帽子をかぶり官服に身を包んだ役人が変な形の靴を履いて歩いている。黒塗りの装飾された牛車が列をなして進む。

 店先には色とりどりの旗が吊るされ、見たこともない品が並び、店主が呼び込みに声を張り上げる。頭上に売り駕籠かごを乗せた売り子が腕まくりをしてシナシナと通りを歩いて行く。


「古那の坊ちゃん。初めて見る都はどうですか?」


 平助も弾んだ声で問いかける。

 古那の村を管轄する国司こくしが置かれる城下町もかなり大きな町だと思っていたが、この帝都を観れば比べようがなく圧倒されてしまう。


「さすが、華の都だね」

「そうでしょ!」


 何故か自慢気な平助である。


「坊ちゃん。そろそろ腹も空いたでしょう」

「私が美味うまい店に案内しますので、そこで一服しましょうや」


 と鼻をこする。


「それから、坊ちゃんの下宿先へ向かいますので……」


 平助は荷馬車の手綱を軽快に鳴らした。

 

 ◇◆◇◆ 厄介事


 古那が都で滞在する下宿先。父の清兵衛が酒の取引をしている都の酒問屋である。

 清兵衛は、この酒問屋の主人に頼み込み、古那の下宿を強引に取り付けた。

 普通の人から見れば、古那の容姿は異形であり『魔物』の類である。

 最初は気味悪がった主人も清兵衛の押し迫力に根負けし、渋々下宿の申し出を承諾しょうだくした。

 

 平助と古那は食事を済ませると、さっそく下宿先の酒問屋に向かった。

 下宿先といっても平助にとっては、今年造った新酒をこの酒問屋に卸す仕事を兼ねている。

 

 酒問屋の店先に着いた二人は、何やら店の奥が慌ただしい事に気付く。


「どうかなさいましたか?」

 

 平助は、おろおろと歩き回る酒問屋の主人に質問する。


「それが……」

 

 口ごもる主人であったが、渋々と事情を説明する。


「先日、娘が奇妙な病気にかかってな」

「医者に見せても原因が分からず、この有様だよ」


 平助が胸を張り一歩踏み出すと、人差し指を立て声を低くして言う。


「ご主人。ご安心を」

凄腕すごうで法師様ほうしさまがおりますよっ」

 と古那を指差す。

 

「―――平助っ。またお前は厄介事を俺に押し付けるのかっ」

 と古那が心の中で叫ぶ。

 

 店主の手を震わしながら歓喜の声をあげる。


「法師様っ!」

「なっなっ何とっ。すっすぐ中へ。中へ入って娘を診てくだされっ」

 慌てて主人が古那たちを店の奥へと引き入れる。

 

 挨拶あいさつもそこそこに早速、病気を患った娘の部屋に案内された古那。

 布団に包まり苦しそうに息をする娘の手首に触れ脈をとった……。


「法師様……娘は、娘はどうですか?」


「…………」

 目を閉じ、瞑想するかのように手の平で娘に腕をでる。


 娘の体がビクリッと跳ね上がった。

 古那は娘の肩口をめくる様に指示する。


「えっ」

 娘の側にいた、店主と母親が驚きの声をあげた。

 

 娘の肩口に根を張る様に浮かぶ赤黒いあざ

 赤い斑点が不気味な顔の様にも見える。


「何故こんなものが……まずいな……」


 古那が腰に巻く帯から一本の糸を抜き取り指で糸をスッとでる。

 でた糸は針の様に銀色に光る。

 そして針になった糸を娘の赤黒いあざに突き刺した。


「ジュッ」と燃えるような異臭がたちこめる。


 店主はふらつく母親の肩をあわてて支える。


 その赤黒いあざは「キュウキュウ」と悲鳴のように鳴いたかと思うとあわの様に消えて無くなった。

 すかさず、古那は腰の瓢箪ひょうたんの蓋を開け、中の液体を娘の傷口にサッと振りかけた。


「ふうー。これでいいだろう」

 

 瓢箪ひょうたんふたを閉めながら安堵あんどの声をもらした。

 

 目の前で起こった光景と安堵あんどのあまり今度は、酒問屋の主人が気を失った。


 ◇◆◇◆ 商談事


 古那の目の前に下宿先の酒問屋の主人が真剣な表情でひざを突き合わせて座っていた。

 二人の間には酒を満たしたさかずきが三つ。

 古那が両腕を広げ、盃の淵をつかみ、顔を近づけた。

 クンクンと鼻を鳴らすと大きく息を吸う。

 そして、盃に注がれた酒にソロリと口をつける。

 目を閉じると、何やら考える様にあごに手をやった。


「美味いっこれだ!」


 声をあげ、満足そうに相槌あいずちを打った。


 目の前にいた主人がスクッと立ち上がると、大声でさけぶ。


「番頭さん!番頭さん!」


 あわてた声で名を呼び、番頭を呼び寄せる。


「この酒の蔵元くらもととすぐに契約しなさい!」

「多少のが張ってもかまわん!」

 

 口元に笑みを浮かべながら呼び寄せた番頭に指示を出す。

 番頭は、慌てて部屋を出て行く。


 店の主人は番頭が出て行ったのを見届け、古那の前にまた座る。


「ふふふふ」

「お父上の清兵衛殿より話は聞いていたが……」

「本当に良い味覚をされておる」

「古那殿が美味うまいと太鼓判を押した酒は、たちまち評判になり飛ぶように売れますぞ」


「ふふふっ」「はははっ」二人は、目を見合い高らかに笑う。


 主人はふところからにしき巾着袋きんちゃくを取り出すと古那の前にズシリと置いた。


「今回の報酬ほうしゅうです。お受け取りを……」


「いつもありがたい」

「こちらも店主殿に世話になっている身」

「それに都での生活費をかせがねばな……」


「ふふふっ」「はははっ」

 また二人は、目を見合い笑う。


「ところで、古那殿」

「例の願いが叶うという宝の行方ゆくえはどうですかな」

「手掛かりはみつかりましたかな?」

 

 主人が興味深々きょうみしんしんに訪ねる。

 古那が困った表情をする。


 思った以上に帝都は広い。闇雲やみくもに探してもなかなか見つかるものではない。都に巣くう荒くれ者にも問い質したが、誰からも有力な情報は得られなかった。実はこの広い都での捜索をどうしたものかと困っていた古那であった。


「私も知り合いに聞いてみたのですが……」


 主人は声を低くし古那に顔を近づけた。


「実は……情報が一つありましてな」

「常人には到底無理じゃが、古那殿ならできるかもしれん」

 

 と更に顔を近づけ、辺りを気にしながら耳打ちした。


「…………」

「あはははっ面白い、店主殿!」

 

 古那は、腕を組み天井を見上げる。


「早速、明日にでも出かけてみるとします」

 

 と、瞳を輝かせ満面の笑みで笑った。

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