第15話 宮廷女官 結姫
帝都・平安京の北中央には、立派な御門と白壁に囲まれた宮廷があり、その周辺には朝廷の
その宮廷の西に建つ別院には皇后様や皇女様、そして身の周りを世話する女房と呼ばれる多くの女官たちが日々忙しく生活をおくっていた。
西の別院の一画に皇女様の御世話をする女官たちが集まる控え部屋がある。
女官たちは朝の御勤めも終わり遅い朝食をとっていた。
女官たちと言っても皇后様や皇女様の身の周りの世話から宮廷行事や公務なども行う大事な御役目。身分の高い貴族令嬢や才女が宮廷の行儀見習いを兼ね宮中に務めている。貴族たちにとっても宮中に務める我が娘が、帝や公卿家の目にでも留まれば一族の出世につながる一大事である。
宮廷で働く青年貴族たちにとっても恋を求め、また出世を夢見る場所なのである。
朝食を終え休憩をとる女官の娘たちの話題は、今流行りの和歌や物語、青年貴族の話題、そして宮中や都での
控え部屋で三人の娘が何やら顔を突き合わせ話していると、一人の娘が部屋に入って来る。
「
「宮中の北にある書院で、”魔物”が出るという
声を低くし、辺りを見回す様に噂好きの娘が話しかけた。
部屋に入って来た娘は、女官たちが着る
まだ幼さが残る
「ふふふ。私は
と
「これは、知り合いの読み物屋で手に入れた”魔物”除けの
黄色地に朱色の文字で何やら書かれた御札である。200年前に都に出没した、鬼や魔物を退治したと言われる英雄”源頼光”の名が描かれた御札である。
娘たちは、目を輝かせ目の前の
「
「こっこっ今度、私の分の御札も買うてきて下さいませっ!」
と魔物除けの御札をかざす、娘・
「でも…面白そうねえ…北の書院の”魔物”か…」
於結は、
◇◆◇◆ 北の書院の魔物
人気の無い北の書院。
文献や書物が整然と並べられ、古本の独特なカビ臭さと焚いた抹香の香が書院に漂っていた。
この北の書院には古い貴重な資料が保管され、帝や身分の高い公卿家、位の高い高官しか入室できない禁制の場所である。
於結は、書院の番人に一言告げると書院の中へ入って行った。
この娘、於結は帝都の政務を預かる太政官の一人、中納言・藤原一族の姫である。
本好きの於結は、子供の頃より北の書院に足を運び、遊び場の様に秘蔵の書物を読み
人気の無い静かな書院…
古い文献を集めた書棚の奥から風の音が微かに聞こえる…
「えっ」
於結は、自分の目を
「……」
気を取り直し、御札を顔の前に掲げるとソロリ…ソロリ…と近づいた。
足音を立てない様にゆっくりと近づく。
そして、大きな黒真珠の様な瞳を丸くする。
―――魔物?…妖精?…文献に載っていた大陸の“魔物”?
3センチほどの小さな体。
本を
寝顔から見える、その整った顔立ちと、今流行りの都の衣装。
そして腰に巻く銀の帯が何とも愛らしく
あまりの
「……」
「おい娘! 何をしている」
突然の問いかけに驚きハッとする。
小さな妖精が話しかけてくる…
「えっえっ。えっ~」
何が起こったのか? 頭の中が整理できず瞳が左右に動く。
「まっまっ魔もっ…」
「かっかっ神様ですか!?」
「俺は人間だ」
慌てて手の平を振りながら答える於結。
「でっでっ。でもっ」
妖精がヒラリと飛び上がりクルリッと回転すると、於結の差し出した腕の上にフワリッと着地した…
「ふえっ~」
於結は目を閉じ、意識を失った…
◇◆◇◆ 二人の秘め事
何やら鼻をくすぐる甘い香りに於結は目を開けた。
―――夢…か…ちょっと残念…
床に横たわり、目を開けた於結は、ぼんやりと天井を
耳元で
「えっ」
耳元に立つ妖精が腕を差し出し、於結の下唇に触れた…
甘い甘美な香り広がる。
「気付け薬だ。
於結は、言われるまま香る
―――今まで味わった事の無い、ふくよかな優しい甘味が口の中に広がった。
体に流れていた血液が一気に首から顔に行き渡る感覚…
「はははっ。どうだ…俺の薬酒は…」
於結は、腕を組み嬉しそうに笑う妖精の顔を見つめた…
「俺の名は、
◆◆
「ねえっ
鬼が記された文献にふと於結の手が止まる。
於結が古文書をめくりながら古那にたずねた。
あの日以来、於結は北の書院に
古那の探す、”願いを叶えてくれるという宝”の手がかりを探していた。
この歴代の文献が収められた書庫であれば、何かしらの手がかりが見つかるはずである。
二人は肩を並べ保管された古文書を読みあさった…
古那の話す古文書の解説は実に面白い。
都育ちの娘にとっては本に書かれた世界であり現実味は無い。しかし、古那の
この好奇心旺盛な娘にとっては、生まれ育った宮廷や平安京の都は
「今度、知り合いの”鬼”に会わせてやろう…」
「そういえば、
「
と意地悪くニヤリと笑う古那の言葉にブルッと肩をすくめる。
◇
「そろそろ御茶にしましょう」
於結が持参した、手持ち箱を開き御茶の準備をする。
宮中の書院で御茶とは
「皇女様から頂いた菓子を食べて…」
絹の布に包まれ見た事も無い菓子を差し出す。
古那が菓子を両手を広げ
「ほう、ほう、於結様。これは
「ふふっ。そうでしょ…」
自慢気な於結が、指を
「この御茶も
と茶を注ぐと古那に勧める。
御茶をすする古那の姿を…目尻を下げた表情で於結は見つめた。
夕暮れの日差しが、静かな書院の窓の隙間から二人を照らしていた。
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