第16話 土蜘蛛 騒動

 宮廷での女官姿とはうって変わり、於結おゆいは姫様らしくもなく床に寝ころび、ひじをついては足をばたつかせながら、目の前の庭園をながめていた。

 今日は宮廷の仕事が非番の為、休日である。実家の屋敷に古那を誘い、御茶を楽しんでいた。貴族の屋敷にみられる寝殿造しんでんつくりの大きな庭園や魚が泳ぐ池、山河をして配置されたを庭石を見た古那は自然を飛び回る様にはしゃいでいる。


「ねえ。古那ああ。お芝居でも観にいちに出かけましょうよ」

「今日は、”西のいち”の初日・・・珍しい物が沢山お店に並ぶのよ・・・」

 

 平安京は中央通りに整備された朱雀大路を中心に西と東に町が別ている。月の半分である十五日毎に”西の市”、続いて”東の市”が開かれていた。路に並ぶ商店ではいちの開催を待っていたかの様に競って店に品物を並べ商売を始める。全国から仕入れた珍しい品を並べ、流行りの雑貨や食材が豊富に並ぶ。飲食店がいい匂いを漂わせる。町には人々が集り、宮廷に仕える官吏や女官たちも珍しい商品を求め、身分を隠してはにぎわういちに足を運ぶ。


「よしっ。今日は俺が美味うまい店を案内する」


 古那はヒョイと於結の前に着地するとうれしそうに目を輝かせた。


◇◆◇◆ 西の市

 この姫様は町散策が手慣てなれているのか、ぐに出かける仕度を済ませ現れる。

 若い娘らし春色の生地に大きな刺繍をあしらった絵柄の着物を着た娘は、整った顔立ちと大きな黒い瞳が際立ってあいらしい。宮廷の女官姿に比べれば幼く見えるが、べにをひく口元に見え隠れするつやは隠しきれない。

 於結の伸ばした手を伝い、ヒョイヒョイと肩にのぼると着物の胸元にもぐり込む。

 そして着物のえりから小さな顔と手を出すと於結の顔を見上げた。


「それでは出発するか!」

「俺が於結を護るからな」


 於結は着物の胸元からのぞき上げる可愛い青年の顔を見てニコリと笑うと、用意していた簾笠すだれがさをかぶった。


 ◆

 西の市は人のにぎわいでごった返していた。

 二人は路に並ぶ店を覗き商品を手に取り歩いて行く。

 二人といっても・・・人から見れば一人の娘が何やらブツブツ独り言を言いながら歩いている様にも見える。

 時折、振り返る通行人や店主が奇妙な顔をするのがまた可笑おかしい。

 二人は芝居を観た後、今、宮中の女官の間で流行っている小間物屋に入る。

 色とりどりのかんざしや珍しい石が並ぶ。一通り品を物色した後、茶屋で一休みする。


「於結よ。そう言えば、そなたの首にかけている勾玉まがたまは珍しい品だな・・・」


 於結は、古那が訪ねた勾玉まがたまを手に取り大切そうに見つめる。


「この勾玉まがたますごく綺麗きれいでしょ」

「お父上様にいただいたのよ」


 と光にかし、その勾玉まがたまを見上げる。

 古那ほどの大きさがある水晶の勾玉。中心にキラキラと輝く銀のはりふうじられた針水晶はりすいしょうである。


「確かに・・・かなりの霊力が封じ込められている様だが?・・・」

「んんっ・・・何処かで見た事がある様な?・・・」

「この水晶は、”魔物” を寄せ付けないそうよ・・・私の御守り」


 と於結が大事そうににぎりしめる。

 

◇◆◇◆ 土蜘蛛騒動

 寺の鐘がゴーンと鳴り響き、夕刻の時を知らせた。

 西の市で商売していた店は、一斉に閉店の準備を始める。都では夕刻になるといちを終了し閉店する決まりである。

 集まった人々も名残り惜しそうに夫々それぞれが散らばり家路につく準備を始める。

 二人も日が暮れるまでには、屋敷に戻らなければならない。

 しばらくすると、家路に帰る人混みの中、山伏姿やまぶしの男がフラフラと閉店の準備をしている店に近づいて来る。


「ガシャン」「きゃあああ」


 人混みの中を甲高い悲鳴が響く。

 悲鳴が聞こえた中心の周りにいた人々が慌てふためき四方に散る。

 人々が散った中央に先ほどの山伏姿やまぶしの男。

 山伏姿やまぶし男の前には白い糸で手足、体を巻き取られた町人が必死で逃げようと手足をバタつかせている。

 そして町人は力尽き頭をうな垂れた。


「まっ魔物じゃあああ」


 悲鳴があがる。

 

 山伏やまぶしの男は、糸にからめた町人を引きずりながら動く。

 つまずき倒れた人に向かって右手を伸ばすとシュルシュルと手から白い糸をはなつ。まるで蜘蛛の巣に獲物がかかった様に逃げ遅れた人の足に糸を絡ませる。


「ひゃあああ。やめてくれ」


 足に糸を絡められた町人が必死に助けを求めさけぶが、山伏の男の放った糸に手繰たぐりり寄せられていく。


「誰か!!たったったっ助けてくれ」

「・・・」

「大丈夫か?!」


 声をあげながら、かけけつけた見廻みまわりの兵士が二人。

 異形の山伏の男に近づき、糸を吐く山伏の男に果敢かかんに斬りかかる。


「くそっ」一人の兵士が、足に絡まった糸を太刀で切り離そうとする。

 すでに意識が無く糸に絡み取られた町人を救出しようとするが、たてにされ容易には近づけない。


「・・・」

 山伏の男は不気味な声を発し、表情の無い白い顔と真っ赤な大きな口で兵士たちをにらんだ。


「・・・」

 見ていた於結の体がブルッと震えた。

 目の前の奇怪で見たこともない”魔物”に恐怖し、背筋に冷たいものが走った。


―――あっあっ足が動かない・・・声が出ない・・・これは現実?

―――心臓の鼓動が早い・・・書院で観た魔物の知識と混乱する思考が混ざり合い、頭の中に映像となって映し出される。


「・・・」

「俺が行って来る!」


 突然、耳元から聞こえた声にビクッと驚き我に返る。


「こっ古那・・・」

「大丈夫だ。大した敵ではない!」

「・・・」


 古那は言うと、地面に着地し助走をつけると山伏の男にめがけ跳躍する。


「・・・」


 山伏の男の頭上がキラリと光り・・・一直線に光の残像が地面まで落ちた・・・


「・・・」

「キイイッ」


 短い悲鳴に似た声を発すと山伏やなぶしの男はゆっくりと地面にくずれ落ちた。


 兵士たちは、恐る恐る倒れた山伏を確かめる様に近づいた。


「・・・」

 ドクンッと山伏の男の体が跳ね上げり、体が折れ曲がる。

 皮膚が溶け・・・変わりに黒光りする甲羅、細い足が数本現れた。

 数回跳ね上がると静かになり動かなくなった。


「・・・」

 周囲の人々が声無く静まる中、立っていた於結のひざの力は抜け、その場にフラフラと座り込んでしまった。


「あれが・・・”魔物”なの・・・」

古文書こもんじょで見た・・・ね・・・」

「ああ。あれは、土蜘蛛つちぐもの一種だな・・・」

 

 布団に入り目だけ出した於結が、天井を見つめて古那に問いかける。

 於結の耳元で横になっていた古那が回想する様に、いぶかし気に答えた。

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