第2話 一寸法師誕生

 霊山 の裾野すそのに緑豊かな盆地ぼんちが広がる。春には草花が咲き小鳥たちの声が聞こえ始める。夏には果実が実をつけ、秋になると盆地一帯に穀物や果実がたわわに実る。冬の大地は雪深く人の出入りをこばみ、人々は内職にはげんむ。山から湧き出す澄んだ水は川となり人々の生活をうるおした。

 

 木々の枝に新たなつぼみが芽吹き始めた頃、この村に住む造り酒屋の息子、正直者しょうじきで働き者と評判の清兵衛と優しく気立きだての良い村娘の千代が夫婦になった。

 この小さな村の住人たちは、皆で二人の幸せを祝い祝福した。


 二人の祝言しゅうげんが終わった次の日。

 清兵衛と千代は二人で連れ立ち、朝早くから村外れの小高い丘に古くから建つ神社へと向かった。

 この神社の裏庭には古いほこらがあり、ほこらには、この村を造り、村の特産である米や果実、そして温泉や地酒など、五穀豊穣をもたらした神をかたどった石碑がまつられている。


 清兵衛や千代、この村で育った人々は子供の頃から何か願い事があれば、このほこらの石碑に手を合わせる習慣がある。

 二人は御供おそなえ物の穀物と地酒を供えた後、並んで石碑に手を合わせた。


 二人が出会い、そして将来を誓い合った時もこの祠の石碑に祈った。

 今度は早く子供が授かる様にと二人は祈る。


「……」


 突然。


 空に鳴り響く轟音ごうおんと共に今まで広がっていた青い空に一点の黒い雲が湧き現れた。

 たちまちのうちに空一面を黒雲がおおう。

 

 遠くに見える連なる山々のみね稲妻いなずまが鋭利な閃光を放ち、恐ろし気に走った。

 遅れて、かみなりが落ちる音とともに地鳴りが低く響く。


「キャアッ」


 千代は空を引き裂く雷の音に驚き、清兵衛にしがみついた。

 

 二人は、近づいて来るかみなりの音と光る稲妻いなずまを避ける為、ほこらの中に身を寄せた。

 

 かみなりは遠く去っていくどころか、こちらに近づいて来る勢いである。

 

 二人は手を取り合って小さく震えた。


 空間を割く雷鳴の音が辺りに響く―――。

 遅れて落雷の衝撃で地面がれた。


「キャアッ」

 

 ほこが一瞬、光に包まれまぶしく光る。


 二人は、恐る恐る目を開けた。


 今まで鳴り響いていたかみなりの音がうその様に辺りは静まり返る。


 二人は驚きで息を飲んだ―――。

 

 古びた石碑せきひの前に金色に光る小さな玉がユラユラ浮かんでいる。


 光る小さな玉は、飛び回る蛍の様にぼんやりと輝く。


 驚きで手を取り合い身を寄せ合っていた二人。

 千代は、その金色に光る玉にせられたかの様に右手を静かに伸ばした。


 光る玉は、ユラユラと千代の伸ばした手の平に近づき、ゆっくり手の平の上に優しく乗った。

 

 千代は、光る玉を柔らかく両手で包むと大切そうに自分の胸元に寄せた。

 そして光る玉を包み込んだ指に自分の唇を当て、目を閉じた。


「……とっても温かい」

 

 突然。

 合わせた手の平の中で何かがふくらんだ。

 指の隙間から光があふれれ出し、千代の体を包む。


 千代はゆっくりと包む手の平を広げた。


 そして清兵衛と千代、二人は驚きの目を見開いた。


「えっ!」


 広げた千代の手の平に、銀のぬのに包まれた小さな小さな子供がスヤスヤと眠る。


「……」「……」

 清兵衛は千代の光に包まれた顔を静かに見た。

 

 千代の顔は、手の平でスヤスヤと眠る小さな子供を、我が子を見る様ないとおしい瞳で見つめていた。


「清兵衛様……これは……」

 

 千代がゆっくりと口を開き、優し気な瞳を清兵衛に向けた。


 清兵衛は何も言わず、優しく微笑む千代と、手の平でスヤスヤと眠る小さな子供をその腕に抱き寄せた。


 ◇◆◇◆ 小さな息子


 清兵衛の実家は、村で代々続く造り酒屋を営んでいる家である。

 屋敷の裏手には、酒蔵が建ち並びこうじの甘い良い香が漂う。

 霊山からく清らかな水と良質の米、そして古くから引き継がれたこうじが美味い酒を生み出していた。うわさを聞きつけた都の商人がわざわざこの村に酒を買い求めにやって来るほどである。


 ◇


古那こなっ」「古那こなっ」

何処どこにいるの?」


 母になった千代の心配そうな声が聞こえる。

 


「母様っ!」

「母様っ! こっちこっちぃ」

 

 古那こなの元気な声が聞こえる。

 

 清兵衛と千代は、ほこらで授かった光るこの小さな小さな子供を『古那こな』と名付けた。

 不思議な運命を感じた二人は、この村を造ったという神から名前を頂いた。

 

 古那の声のする方を目を凝らしてよく見ると、庭の木の枝に蓑虫みのむしの様に糸で吊り下った小さな少年がぶら下っている。


「キャアッ」

「あ、危ないから降りてらっしゃいっ」


 怒った様な心配した様な声で千代が息子の古那に注意する。


「はあーい」

 

 仕方なく返事をすると、り下がった糸を伝って木の枝によじ登る。

 木の枝によじ登ったかと思うと、木の枝からこちらに向かって跳躍した。


「キャアッ」

 

 小さな体が部屋の畳に着地すると勢い余って前に転がり柱で止まった。

 飛んだ距離、約5メートル。ノミの様な超人的な跳躍力ちょうやくりょくである。


「痛ててててっ」

 

 古那は立ち上がると、先ほど木の枝に巻きついていた帯紐おびいもを器用に解くとスルスルと手繰たぐりり寄せ自分の腰に巻いた。


 この光景に見慣れた様子で千代は小さく溜息をもらす。


「もう御勉強は終わったの?」

「はいっ母様。とっくに終わってます」

「ふうっ」

 

 呆れた顔で千代がまた溜息をもらす。


 ほこらで古那を授かって三年の月日が経った。活発でかしこい子だが、身長は小さなまま伸びていない。


「そろそろ、お風呂に入りなさい」


 千代は、おわんを取り出し、急須きゅうすの湯をおわんに注いだ。

 古那は着物を脱ぎ捨て裸になるとに浸かる。チャプチャプと百まで大きな声で数えた。

 部屋から見える霊山の絶景に。古那のお気に入りである。

 そんな古那を千代は微笑んで見守る。

 

 湯上りに服を着せると、授かった時に古那を包んでいた布が不思議な力を持つ銀のおびのようになり、まるで生き物の様に古那の腰にスルスルと巻き付いた。


 ◇ 


 千代は、元気に飛び回る古那を見ながら頬杖ほおづえをついた。

 あの一件以来、古那は驚く程に体が丈夫になった……。 


 あれは空の月が氷の様に薄く夜空に浮かぶ寒い冬の晩であった。

 古那が高熱を出して苦しみ始めた。

 熱は三日三晩続き下がる気配がない。

 千代は、小さな古那を胸元に抱き必死に看病を続けた。

 しかし目に見てわかる程に日に日に体が弱っていく古那。

 

 清兵衛と千代はわらにもすがる思いで、古那を授かったほこらの前でいのった。


 すると不思議な事に二人の頭の中に古那が光から現れた時の映像が鮮明に浮かぶ。

 

 「そうっ! あの時、古那が大事に抱えていた瓢箪ひょうたん

 

 二人は御互いの顔を見合わせ、急いで屋敷に戻ると大切に保管していた小さな小さな瓢箪ひょうたんを取り出し、古那に小さな瓢箪ひょうたんかかえさせた。

 すると、瓢箪ひょうたんが青白く光ったかと思うと古那の体を光の粒が優しく包んだ。

 あれほど苦しそうに息をしていた呼吸が、だんだんとおだやかになる。


「ああっ!」

 二人は思わず声を上げ、目を合わせた。

 

 そして古那は自ら探る様に瓢箪ひょうたんに口をつけ、瓢箪の中身を吸った。

 

 今まで色味を失っていた肌にだんだんと赤味がさしてくる。

 二人は、泣きながら手を取り合って喜んだ。


 それ以来、古那の体は人知じんちを超える程に強くなっていった。


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