冥護の槍士と十六夜の鬼 ~帝都編

橘はつめ

第1章 誕生

第1話 帝都の魔物 ―プロローグ

 それは遥か遠い昔々の話しだ。

 天が轟き地が揺れる世界。神の子らは国造りの旅に出た。

 

 大陸の果てにある海に浮かぶ小さな孤島。

 この孤島に辿り着いた神の子は、大地を鎮め恵の雨を降らせ豊穣の作物を実らせた。やがてそこには人が生れ、神の子は人々と共に暮らし始めた。


 悠久の時は流れた―――。


 かの地には大小さまざまな国が起ち営みを始めた。

 弱く小さな国は強い国に呑み込まれ、さらに大きな国へと成長していく。

 やがて国は統一され、都市国家へと成長していく。


 帝都・平安京―――。

 遥か海の向こうにある大陸との貿易によってもたらされた大陸文化と、この島国の文化が緩やかに混じり合い、いつしか独特な平安文化が生れた。

 それはみやびで華やかな千年の都。


 しかし、長く続いた平和な世もほころびを見せ始めていた。

 都では貴族の権力が増すいっぽう、地方の国を治る貴族や豪族たちは財力を蓄え、軍備を増強し領土を広げる為に各地で戦を起こしていた。戦で田畑は荒れ、国を追われた者たちは徒党を組み、やがて盗賊と化し近隣の村々を襲った。


 天は乱れ地は震え飢饉や災害が人々を苦しめた。


 時を同じくして帝都の周辺にも『魔物』と呼ばれる存在、人間ではないが出没し始めていた。


 古来伝承にうたう―――。

 人を惑わし人知を超えた『魔物』の存在を

 「『魔物』が現れる故に戦が起こるのか」

 「戦が起こる故に『魔物』が現れるのかと」

 

 そのことわりを知る者は誰もいない。


 ◇◆◇◆ 帝都の魔物 


 ある秋の夕刻―――。

 帝都の街には、いつものように寺院の清らかなかねの音が鳴り響いていた。

 暮れに空は赤く染まり、遥か遠くに見える山々を鳥たちが群れをなし飛び去って行く。


 寺院の鐘を聞き、大路や小路の通りで商売をしていた店は慌てた様子で店じまいを始める。行き交う街の人々も急かされる様に身をかがめ、何かにおびえる様に帰りの足を速めた。

 

 ◇ 


 平安宮を護るよう建つ十三の門の一つ。北の護り・安嘉門。

 見上げる程に大きな門の前には衛門所が置かれ、通行人や荷の出入を管理する。

 駐在する警備兵たちは鎧と武器で身を固め、都で暮らす住人に比べれば一回り大きく屈強な兵士たちである。


 警備兵が急いで入場門を閉める準備を始ていた。

 夕刻の閉門時間に追われ、出入りの者たちに大声で指示を出す。

 門を通過しようとする通行人や荷を運ぶ者たちは、門が閉ざされる前に帝都内に入場しようと、あせりの表情を見せ入場の列を待っていた。

 

 そんな中、慌ただしく働く警備兵たちの前を一人の貴族の娘が通り過ぎていく。

 薄絹で回りを覆った市女笠をかぶった一人の娘。


 警備兵たちは、無意識のうちに目の前を通り過ぎる娘の姿を目で追った。


 錦に彩られた高価な重ね着物に大柄な刺繍柄が目を引く。

 艶のある長い黒髪が腰の辺りで束ねられ左右に揺れている。

 着物の色柄から察するに、まだ十四、五才ぐらいの若い娘であろうか。

 風にゆれ時折はだける笠簾すだれの隙間から見え隠れする愛らしい横顔に赤く引かれた口紅が大人びた風韻気を感じさせる。


 その娘の少し後ろには少し距離をとって歩く若い剣士が一人。

 いかにも、娘の護衛といったふうである。

 護衛の男は背が高く、若い剣士に良く似合うあい染めの着物と錦の帯をしめ、腕には黒色の篭手こてを装着した軽備な武装姿で身を固めている。

 身形みなりの正しさから、宮廷の役人、あるいはきたえられた兵士であることはわかる。切れ長の目は、前方を見据みすえ所作にはすきが無い。


「おいっ! 早く仕事を済ませるんだっ!」

「陽が沈む前に門を閉めるぞっ!」


 歩く娘に気を取られ、作業の手を止めていた兵士たちに向かって隊長が大声で指示を出す。

 

 突然―――。

 娘の後ろを歩いていた若い剣士が、前を歩く娘をかばう様に走り出る。


ゆい姫様っ!」

「お待ちをっ!」


 その剣士は既に腰に下げた太刀のつかを握り、腰の重心を少し下げて構えていた。


「シュ……」

「シュウウウウ……」


 微かだが動物の鳴き声とは異なり、風を切る様な甲高い異音が聞こえた。

 娘をかばう様に動いた剣士の様子に、門を護っていた警備兵たちも気付く。

 奇妙な音の出どころを見定める様に警備兵らは辺りを見回した。


「んっ!……」

「―――うっうわあっ!」


 一人の警備兵が悲鳴の声をあげる。


 後退りしながらも門の天井に張り付く影を見定めた。

 

 が動いた―――。

 天井に張り付いていた黒い影がモゾリッと動いた。


 声を上げる間も無く、天井を見上げる警備兵の一人にが飛び掛かった。


「ぎゃっ!」

 短い悲鳴を残し警備兵は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。

 

 警備兵たちは緊張した動作で槍を構え、倒れた兵士に絡みつく目の前の影の正体を探る。


「シュウウウウウウ…………」


 黒い影から数本の伸びた腕が異形な角度で曲がり無造作に動く。

 三つの赤い目があやしく光った。


「まっ魔物っ!」


 さけんだ瞬間。

 その警備兵の体は宙に浮き、鋭利なものに刺しつらぬかれ、そして地面に倒れ込んだ。


 硬直し後退りする警備兵の背後から、一陣の風に似た人影が警備兵の間をすり抜けた。


 長い銀色の閃光せんこうが斜めにはしった―――。


 「キッイイイッ」鳥肌が立つ様な金切り声が辺りに響いた。

  

 同時に黒い魔物の腕、いや鋭利な爪が宙に跳ね飛んだ。

 

 黒い魔物の前に、太刀を構え立ちはだかる剣士。

 娘を護衛していた若い剣士の姿である。

 

 太刀を振りかぶった姿で黒い魔物に対峙した剣士は、問答無用で魔物に斬りつける。


「キンッ。キキンッ」


 硬い金属どうしがぶつかり合う音が響く。

 若い剣士の男は、横に飛んだかと思うと、地を蹴って跳躍した。

 

 銀刃の残像を残し数太刀。息つく間も無く黒い魔物に斬りかかる。


「キイッイイイッ」


 断末魔の悲鳴とともに黒い魔物から液体が飛び散った。


 そして黒い魔物は、ゆっくりと動かなくなり地面にうずくまった。


小十郎こじゅうろうっ!」


 娘は、若い剣士の男の身を案じて声を荒げた。


ゆい姫様っ!」

「近づいてはなりませんっ!」


 小十郎と呼ばれた剣士が叫び、手を広げ娘を制した。

 その時、黒い魔物がビクリッと跳ねる。


 瞬きをする一瞬。声を発した娘の方へと黒光りする針が数十本、鋭く放たれた。


「グッ……ウッウウウウ……」

 悲痛な声と共に娘の近くに立っていた警備兵たち地面に倒れ込む。


ゆい姫様っ!」


 剣士は驚き急いで娘に駆け寄ると、その切れ長の目を見開き娘の頭からつま先に怪我が無いか確かめる。


ゆい姫様っ! お怪我はっ!」

 

 娘の足元には魔物から放たれた鋭利な黒い針が数本、地面に落ちている。


「貴様、何をやってるんだっ」


 若い剣士、小十郎をしかる様に少年の叱咤しったの声が響く。


「俺が防がなかったら危なかったぞ」

「この未熟者がっ!」


 娘の着物の胸元がゴソゴソと動く。

 その重ねた合わせた着物の胸元からがヒョコリと顔を出した。


於結おゆいは、俺が護っているから。安心しろ」


 娘が口を開いた。

 自分の着物の胸元を見て、胸元から顔を出している小さな少年に言う。


「もう、古那こなっ」

「小十郎をイジメたら駄目だと言ってるでしょっ」


 娘は鈴音の様な声で、顔を出した小さな少年に苦言を言い、っぺたをふくらます。


「しかしだな、於結おゆいよ……」


 顔を出した小さな少年は、頭をかきながら、娘の顔を見上げた。


「ああっもう。わかった、わかった」

「小十郎っ!」

「早くあのとどめをしてこい」


 と言うと、自分は不服そうに娘の着物の胸元の上で両腕を組んだ。


 ◇ 


 横たわる魔物の側らに小十郎が太刀を近づける。

 太刀を逆手に握ると頭上に振り上げ、動かなくなった黒い魔物の頭上に太刀を振り下ろした。


 微かに光りが残る赤い瞳が色を失っていく。

 刺し貫かれた魔物の体が一瞬光り、泡の様に溶けていった。


「…………」


 於結と小十郎と古那の三人は、溶けていく黒い魔物を見つめ押し黙った。


「小十郎。怪我は無い?」

「結姫様……私は大丈夫です」


「しかし……警備兵たちは既に……」

 と重い息を吐き肩を落とした。


「そう……か……」

 倒れている警備兵たちに向かって手を合わせると、ゆっくりと目を閉じた。

 古那こなは何やら真言しんごんを唱え始める。

 

 於結と小十郎も古那の動作にならい目を閉じ手を合わす。


 古那の唱える真言のいんが言霊の様に押し黙った辺りの空気を揺らした。


 唱え終わると古那こなはゆっくりと目を開ける。


「あの様な魔物が、もう帝都の中に現れ始めている」

「俺らもことを急がねばならんな」


 三人は、お互いの顔を見合わせると表情を曇らせた。




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