Bさんの場合
メッセージが返ってくる度に涙が溢れて、胸が満たされていく。だけどこうなれば顔が見たい。会ってその体に触れたい。幸いにも彼もそう思ってくれたようで『会いたい』というメッセージに、私はすぐに『私も』と返信した。
彼の家の最寄駅から私の最寄駅までは電車で二時間ほどかかることが分かり、その距離が私の心に影を落とす。
『俺が行く。外は治安が悪いから、家から出ないで』と彼は言った。
もう電車は動いていないし、タクシーもバスももちろん動いていない。社会は完全に収束に向かっているのだと彼とのやり取りで私は知った。
『歩いて向かうから』と彼はメッセージを送って来た。
『少し時間がかかるかもしれないけど、待っててね』
時計を見た。夜中の三時だ。マップで彼の家から私の家までの所要時間を調べた。徒歩で十二時間と出てきた。絶望した。
ずっと歩き続けて十二時間もかかるなんて、と思った。彼はずっと私とメッセージのやり取りをしていたのだから、寝ていない。休憩だって取るだろう。もしかしたら会えないかも、と焦った。だけど私には待っていることしか出来ない。そんなの苦しい。
でも彼は、そんな私の気持ちを見透かしたようにメッセージをくれた。
『歩きながらでも、メッセージは返信するから』
私が返事を送る前に、次のメッセージが送られてきた。
『どんな事が好きで、どんな事が嫌いで、とかそういう話をたくさん聞かせて欲しい』
一分一秒も無駄にしたくないと思った。
今まで私は勝手に一人で彼のことを想うだけで、彼ときちんと向き合うことを避けてきた。そのせいで、私は彼のたくさんのことを知る機会を逃し、たくさんのことを伝える機会を逃した。
限られた時間で、私は彼にたくさんのことを伝えたい。
彼が明るい気持ちになれるように、絵文字をふんだんに使ってメッセージを送った。まるでこれからの日々があるかのように、『子供は二人欲しいね』とか『新婚旅行はハワイに行きたい』とか、そんな文章を打つたびに、私の心は抉られる。
そんな未来が来ないって、分かってる。
でも今の私に出来ることは、こんなことくらいしかない。
『間に合いますように』と祈った。神様でも仏様でも誰でもいい。私の最後のお願いを、どうか聞き届けてくれますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます