Aさんの場合

 スマホばかりを眺めているうちに外が暗くなったことに気付き、もう時間がない、と焦った。だけど相変わらずどうしたらいいかは分からない。

 明日の夜には皆死ぬ。そんなことを急に言われても、冷静な判断なんて無理だよなと思った。

 外から誰かの悲鳴が聞こえた。窓に顔を付けてみたけれど、何も見えない。何の落ち度もなくても刺されて死んでしまう可能性が高い今となっては、ベランダに顔を出す勇気もない。玄関の鍵が閉まっていることを確認し、チェーンのロックもかけた。考えすぎかもしれないけど、外は怖い。

 最後だから見境なく殺されてしまうこともあるだろうけど、最後だから殺してやる、って人だっているだろう。俺が恨みを買っていない保証はどこにもなかった。

 腹が減ったのでとりあえずカップラーメンを作って食べた。他に食料のストックはない。俺の人生最後の晩餐はシーフード味のカップラーメン。俺の人生なんてそんなもんだよな、と思うと少しだけ可笑しくて、ふ、と一人で笑った。

 美味くも不味くもないカップラーメンを汁まで飲み干すと、することがなくなった。ベッドに横になり、自分の死ぬ姿を想像してみた。俺はこの部屋で一人寂しく死ぬんだろうか。

 転がしてあったスマホを手に取り、ロックを解除した。メッセージの新着通知のラッシュは終わっていて、静かなものだった。もう皆、最後を過ごす誰かを見つけたのだろうか。それとも一人で死ぬ覚悟を決めたのだろうか。

 気になってまたいつもの掲示板を覗く。地球滅亡論論争は終わっていて、ただの雑談掲示板に戻っていた。いくつかの書き込みに目を通す。一人で過ごしている人が案外多い。ほっとしたような、そうでもないような複雑な気持ちになった。

『大好きな人に、告白された』

 そんな書き込みを見つけたとき、俺は何もしないままでいいのかと思った。だけど俺の気になっている彼女は、きっと俺のことなんて考えてない。他の誰かと一緒に過ごしてるかもしれない。一人で死ぬことよりも、一人だと思い知らされて死ぬことの方が怖い。でも、万が一、最後を一緒に過ごせたら。

 ぐるぐると堂々巡りする思考に振り回されているうちに日付が変わった。

 ああ、もう今日しかないと思ったとき、スマホが震えてダイレクトメールの受信を告げた。表示された名前は、今まさに自分が浮かべていた顔だった。がば、と体を起こして、両手でスマホを握り締める。まさか、そんなに都合よくいくわけないよな、と自分に言い聞かせながら震える指で通知のウインドウに触れ、ダイレクトメールを開く。

 心臓は、これ以上ないくらい存在を主張している。

 ああ、生きているな、と見当違いの事を考えた。

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