Aさんの場合

 人生で初めてなんじゃないかってくらい、スマホの通知がひっきりなしに鳴り出した。初めはひとつひとつ丁寧に返していた。けれど途中で、こんなに一生懸命返す必要はないな、と気付いた。返信しなくて嫌われても、どうせ最後なんだから構うことはない。浅い付き合いだった同期の自己陶酔したさよならメッセージを既読スルーした。

 後回しにしていた母親からのメッセージには『元気?』とだけ書いてあってちょっと鼻がツンとした。

『元気』と返したら『ならいい』と返ってきた。

 なんと返したらいいか分からない。たくさん言いたいことがある気がするけれど、いざとなると全然まとまらないし、決まらない。

 考えに考え抜いて、一言だけ送った。

『ありがとう』

 すぐにメッセージは返ってきた。

『こちらこそ』

 五文字しかないそのメッセージに俺は泣かされた。

 なんだよ。俺の方がたくさん、ありがとうを言わなきゃいけないに決まってるのに。

 だけど俺の気持ちを伝えられる上手い言葉が出てこない。

 両親の顔を思い浮かべてもう一度心の中で『ありがとう』を呟いた。

 そうしながら、俺は次から次へとこぼれる涙をスウェットの袖で拭った。

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